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釜石のほほえむスクエアで家の修理などやっていたら、大船渡在住の人が二人わざわざ訪ねてきてくれた。コーヒーを飲みながらお話。家を背負って歩いてると体幹が鍛えられる気がするという話をしたら

「そっか。体が大黒柱になるわけだから鍛えられますね」

と言われた。そうだな。僕の体がそのまま家の大黒柱になるんだ。生活をささえるのは、文字通り僕の体なんだな。それはこの移動生活に限った話じゃない。

ほほえむスクエアを出て大槌町へ向かう。11キロくらいしかないんだけど、途中に1.2キロのトンネルがあって、そこで気力を削られた。入った瞬間から「なんかここ嫌な感じだなあ〜」って思ったんだけど、すすむうちにどんどん汗をかいてきて、思考がなぜかネガティブになって、油断したら死について考えちゃって、負けじと音楽をかけながら歌を大声で歌って(でも油断したらどんな歌詞でも死にまつわる内容に解釈しそうになる)なんとか乗り切る。疲れて発狂しそうになった。でもトンネルを抜けたとき生まれ変わったような気持ちになって清々しかった。何かを取り込んだような気がして、しばらくからだのバランスをとるのがむずかしかった。でも勝った。勝ったぞ。何に勝ったかはわからないけれど。

 

トンネルを抜けてわりとすぐ、車にのった家族連れに話しかけられる。近くで「沢口パン」ていうパン屋さんをやっている家族で、すこし事情を話したら「うち泊まっていいぞ」て言ってくれた。

店は鵜住居っていう面白い地名の場所にあった。来客ノートに絵を1枚描いた。

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ここも津波の被害がひどい。震災前は建物もたくさんあったから海なんか全然見えないところだった。でも震災後は何も遮るものがなくなって、こんなに海は近かったんだと思い知ったという。地震のあと、まさかここまで津波が来るとは思ってなくて、でも海の近くの電柱から順番に倒れていくのが見えたから急いで逃げた。という。恐ろしい。

ここは地面を19.5メートルまでかさ上げするらしい。それが終わるのはいつになるのかよくわからない、でも待つしかない。いまの仮設もいずれ出て行かなきゃいけない。仮設住宅も維持費がかかるので、まだ仮設暮らしを続けている(これも本意ではないはずなのだけど)人を集めて、空になった仮設は取り壊すっていう段階になりつつある。パン屋にはカフェが併設されていて、それは震災後にはじめたらしい。以前からやろうという話はあったけれど、震災後に山の上に建てられた仮設から出られず閉じこもっている人たちをみて、人が集まるところはあったほうがいいということではじめたらしい。

夜は家をトラックの中に入れさせてもらい、僕は仮設住宅内にある談話室で寝かせてもらう。大船渡以来二度目だな。

Posted by satoshimurakami