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日記の続き。翌日は戸田郁子さんに暑い中案内してもらい、暑い中朝から夕方までかけて仁川を見てまわった。仁川は港からすぐにフェリーに乗って大連など中国まで行きやすい。昔から中国人の出入りが多く、大きなチャイナタウンもある。戸田さんは中国にも八年ほど住んでいたらしく、中国料理も食べられる韓国の街で日本家屋を改装した家に住んでいる。

戸田さんが住んでいる家は90年以上前に日本人によって建てられた家を改装したもの。「日帝時代」(とこちらでは呼ばれる)に朝鮮総督府のもと、仁川につくられた日本人街の一角にある。かつてここらには長屋づくりの日本家屋がたくさん並んでいて日本人がたくさん暮らしており、解放後は韓国人がその長屋を改装して住みはじめ、今でもそうやって住んでいる人がたくさんいる。しかし日本の大工によって作られた木造の土壁の家は、日本より寒い仁川には不向きで、解放後は韓国人たちが木造の壁の外側にコンクリートを打ったりモルタルを塗ったりして外壁を作り直したものがほとんど。なので見た目はいわゆる日本の家とはすこし違っていて、しかもその違い方がそれぞれの家で個性があってとても面白い。ただ、これら日本人によって建てられた家は、戸田さんによるとほんの十年くらい前までは「敵産家屋」と呼ばれており、基本的に日本人が建てた家に住むのよくないことだとする雰囲気があったという。そのなか、戸田さんたちは家が新しく一軒建てられるほどの予算を費やしてこの木造の家を、その構造が見えるようなかたちで改装し、ギャラリー兼ゲストハウス兼住居として使っている。この家の歴史をつたえたいと戸田さんは言っていた。戸田さんの文筆業も、戸田さんが住む家も、歴史を伝えるという一点で一貫していると思った。

「敵産家屋」という呼び方は少しショックを受けた。いま釜山市立美術館で開催中の展覧会の中で画家の安藤義茂が朝鮮で描いた絵が展示されているのだけど、それがなぜすごいかという戸田さんの話もすこしショックだった。つい最近まで日本人の画家が「日帝時代」に朝鮮半島で描いた絵を韓国国内で展示するなんてことはできなかったらしい。それはつまり、日本人からプラスの影響を受けたということを公のものとしたくないという感情からきている。日本人の画家がかつて朝鮮半島で絵を描いていたという事実は、韓国の公の立場からしたらあまり見たくないところなんだろうと思う。とても複雑な感情だと思う。

戸田さんは、仁川は残された街だと言っていた。良い意味でも悪い意味でも。新しい支庁がかつての仁川中心街(つまりこのエリア)からすこし外れたところにできた結果、このあたりは街が寂れてしまったという。結果的に街の中に古い家と、それを改装して住んできた人々が残り、新しい公共文化施設もたくさん生まれて、とても面白い街になっている。街を歩いていると、人の移動の痕跡が全て家の改装の跡になって残っていて、とてもダイナミックな気持ちになる。12以上の個人博物館(歯医者の待合室が、朝鮮戦争で志願して戦線に向かった兵士達を記念した博物館になっていたり、19-20世紀はじめの時代の日用品を大量に集めた個人の博物館があったり、世界中の消防車や救急車のミニカーを集めた個人博物館があったり、半端じゃない公共マインドを持った人々がたくさんいる街でもある)・公共博物館に加えてアートプラットフォームという綺麗なレジデンス施設まである。

港の近くにはタルトンネというスラム街がかつて存在し、そこには北朝鮮からの避難民や仁川国際空港の建設労働者達が住んでいた。今でもその一部が残っていて、人も住んでいる。ここも案内してもらったのだけど面白かった。人の家なのであまりジロジロ見るのも失礼なのだけど、自力で建てられた家がどんどん建て増しされて隣の家とつながって全体で一体化していて、生き物の中にいるようだった。

役所はこのような「見栄えの悪い家」を相手に、「屋根を直す代わりに壁にペイントをさせてくれないか」という事業も行っているらしく、その一角をすこし見ることもできたのだけど、パステルカラーに塗られた壁に鳥や花などが描かれていて、その家全体が醸し出しているセルフビルドっぽい雰囲気と混ざってなんとも言えない風景を作っていた。

戸田さんとのツアーは暑さもあり、夕方16時ごろに解散となった。戸田さんには暑い中大変な思いをしながら色々と説明していただいた。ありがたい。

その日の夜は戸田さんが紹介してくれたモーテルに宿泊。翌日は久々に、一人で涼しいところに1日中いられる日だったのでほとんど外出せずにずっと部屋に引きこもっていた。

いまソウルから釜山に向かうKTXの座席の中でこれを書いている。釜山駅でおりて、そこから地下鉄+徒歩20分ほどで釜山現代美術館にある自分の家まで戻って眠る。明日には家とともにフェリーにのって大阪に戻る。韓国滞在もいよいよ終盤になった。KTXは快適だ。今回の座席は電源もある。WiFiも飛んでいる。シートは倒せないが隣にいた人が前の駅で降りたので横にもなれる。

 

Posted by satoshimurakami