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大林宣彦監督の「海辺の映画館 キネマの玉手箱」を見てきた。「この空の花」以来だったのだけど、相変わらずの感覚全開映画で、マイブラッディバレンタインの曲の中のギターみたいに、映像と物語と不思議な字幕による情報の洪水を3時間浴びせられて、なんだか謎のタイミングで涙が出てきてしまったり、見終わった後も1、2時間は油断すると泣けてきてしまうような状態になった。たくさん受け取りすぎて頭の中がタプタプになってしまい、ちょっとした刺激を受けると涙として溢れてしまうような感じ。

映画内映画のなかに入ってしまった主人公たちが「君たちは何者なんだ?」と聞かれたときに「観客です!」と答えたのは笑った。他にも「観客でも死ぬのかなあ」とか「観客でも血が流れた」とか「いつまでも観客のままではだめなんだ」みたいなセリフが印象的で、大林さんの映画への愛とか、大林さんの人生が映画によって作られたことが伝わってくるし、まさにその映画を見ている僕たち観客に対して発しているメッセージにも思える。

大林さんが観客である僕たちのことを信じているから、これくらいでもついてこれるよね?という編集をしているようにも思えたし、客を置き去りにしないように作られているようにも思う。そう、意外と客を置き去りにしないように作られている。ブンブンとあちこちに振り回されながら笑っちゃうような感じ。昔お父さんがやってくれた「ひこうき」のような、足と腕に支えられて宙を飛んでいて、向こうもこちらも笑っている感じ。こういうのも楽しいだろ、ほらこんなこともできるぞ、と言われているような。それに、まだまだできることはたくさんあるぞ、と言われた。

映画館に入るところから始まり、映画館を出るところで終わるこの作品を、映画館で見られてよかった。本当に玉手箱のようだった。大林さんが生きていたら、「受け取りました」とファンレターを送りたい。素晴らしい作品をありがとう、とも言いたいけれど「受け取りました」と言うべきな気がする。確かに受け取りました。

0824 | 2020 | 未分類 | Comments (0)

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