7月8日に「この空の花」という映画を観てきました | 

村上です。今日は日曜日です。
午前中は、制作お休みの時間にしようということで、×日町のメンバー6人で大林宣彦監督が新潟県の長岡を舞台にして撮った映画「この空の花」を、長岡の映画館まで行って観てきました。


長岡の花火大会が観光誘致のためではなくて、長岡空襲の慰霊のためのイベントだということ(”全ての爆弾を花火に換える”というコンセプトがある)と、(毎年曜日の関係なく8月2、3日に行われる。)東日本大震災が起こったことを受けて、事実にもとづきながら、長岡を訪れた女性記者の目線で脚本が作られていました。

3時間近くある映画で、全体の感想としては、すさまじい台詞の洪水と大量のテロップ。映像が過去を飛びまくって、違う時代の人物や物語が、何の前置きも無しにどんどん挿入されてくる映像。監督の、映像に対する情熱。ものすごかったです。

「まだ戦争には間に合いますか」という台詞が印象的でした。
まだ戦争には間に合いますか という言葉には、”まだ戦争は続いていることに気がつきました。今からでも参加できますか?”という読み方と”いまからでも戦争を起こすことはできますか?”という読み方ができると思います。

日本は敗戦国であって、敗戦後、戦勝国の真似事を理由も無く続けてきた。と、映像の中で言われていました。
原子力発電所や、資本主義や、もっというと個人主義という考え方や、美術と呼ばれているものも、戦勝国からの借り物でしかない、という”気持ち悪い感じ”は僕の中にもずっとありました。

戦争に勝った国が”正義”であって、戦争に勝った国が”平和”になれるのだと思うと、戦争に負けてしまったから原発事故が起こったのかもしれない、と考えてしまいました。

しかし、僕は日本人として生まれて来てしまいました。
怒りとも、悲しみともつかない、強くやるせないような、複雑な気持ちになりました。
僕はビルヴィオラや、デミアンハーストが作る作品をかっこいいと思ってしまいます。でも、自分は敗戦国の日本人であり、”美術”は戦勝国からのコピーでしかないのかもしれない、とも思います。これを考えはじめると、とても苦しいです。なぜ日本人なんかに生まれてきてしまったんだ、とも思います。
今の僕の薄皮一枚の下に、僕が本当はそうあるべきだった、別の姿が隠れているのかもしれません。
この映画をみて、
『戦争には負けてしまったけど、まだ戦争は続いていて、まだ、僕の薄皮一枚の下へと向かう戦争には、まだ間に合うのだ』と、そう考えることにしました。


映画を観た後、マクドナルドでお昼ご飯を食べました。フライドポテトも食べました。長岡のマクドナルドのフライドポテトです。
かつてジャガイモは、長岡の供出品だったそうです。供出とは、戦争のために、国民が貴金属などの大切なものを差し出すことです。水害で畑の野菜がほとんどダメになってしまったときでも、ジャガイモは取れて、それを「お国のために」と喜んで供出したそうです。そんな長岡のマックのフライドポテトを食べました。
長岡のマックは、日曜日のお昼ということもあって、とてもたくさんの人が居ました。注文するのに5分くらい並びました。たぶん、多くの人はフライドポテトを食べたと思います。長岡のマックのフライドポテトは、東京のそれと味は変わりませんでした。だからなんだという感じですが。。

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