2013年01月20日20時26分

「僕は乗り遅れてしまった」とときどき思う。

今日インターネットでパティスミスのトークショウをちょっとみたのだけれど、彼女は「フルパッケージで人生を楽しんで」と言っていた。この上ない救済。フルパッケージ。生まれてから死ぬまでの自分の時間をひとつのパッケージとして考える。そうしたら、ひとつの方向に進むと思われていた時間が、量としての時間に変わっていくような気がする。基本的にアーティストとか作家とかいう人種は、朝起きてから寝るまでの時間(あるいはもっとながい人生の時間)の使い方を、自分で考えて、制作に向かわせる体質づくりをしないといけない。自分のリズムを自分で作って、自分の背中を自分でおしていく。こんなきつい事はないと思うけれど、上から振ってくる予定に振り回されている人達からしたら、気楽で楽しそうに見えるらしい。

たぶん、みんな暇を毛嫌いしすぎるのだ。予定がない事の不安に耐えられない。その不安を安直に埋めようと、どっかの会社の面接に行ったりして、その先何年間もの予定を埋めてしまうのだ。結婚を焦ったりするのもそうだ。予定が決まってないことへの不安。僕は最近、ひたすら作品のプランを練ったり、絵を描いたりする時間がほとんどだ。たまに、ちょっとした制作の依頼を受けたり、人に会いにいったりもするけど。それは僕の最近の日々では「ハレ」の時間になる。

最近の僕はもう笑っちゃう程お金がないし、外に出るとお金がかかる事を知っているから(人に会うのも美術館にいくのも映画を観るのも、まして演劇なんか。。)机に向かってひたすら作品のプランを練ったり、絵を描いたり、本を読んだりするしかないのだけど、この時間はこの上ない贅沢な時間だと思っている。はたからみたら、お気楽で楽しそうな生活に見えるらしい。でもこれは、絶望とか死とか鬱とかと隣り合わせ(だけど、贅沢な)の時間なのだ。眠っているあいだだけは気楽だと認めるけど。明日は、ちょっと、山谷の労働センターに行って僕でも仕事を紹介してもらえるか聞いてみようと思う。半分は好奇心、半分は切実さで。

Posted by satoshimurakami