4月19日 | 



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引き続き家は杉並におかせてもらう。なんかいろいろあって、御茶ノ水美術学院の芸大先端コースで一時間くらい授業をするなど。こういう形で話をするのは、自分の整理にもなって良い。みんなまだ高校生なのに、ポートフォリオのためもあり、もう作品を作っていた。一人の子が自分の作品について話すとき、「これが自分の作品だって、自信を持って言えない」というような事を言っていた。その気持ちは身に覚えがある。自分の感性が、借り物でしかないんじゃないかっていう感覚。だからそのころはプレゼンがきらいだった。そういう人は美大の中でもたくさんいた。なんでこんなことになるんだろう。

今日は、はじめて自分の家を離れたところに泊まることになった。そこで話していて思ったことがある。2011年の震災のとき、逃げなくちゃという気持ちも感じつつ、なぜか動けなかった。新しい家を契約したばかりということが大きいのだけど、なんとなく東京という土地に縛られている自分を感じた。
あえて書いてみるとそのときはすこし、契約した家や、ここで築いた人間関係が、生き延びるためには邪魔なものに思えたりもした。じつは、いま連れて歩いている発泡スチロールの家も、すごく邪魔に感じることがある。何処かに許可を得てから置かないと、安心して家から離れられないので、いつも家のそばにいなくちゃいけない。どこかにおいても、何かされるんじゃないかと心配になって遠出ができない。
僕はあれを「家」と呼んでいるけど、その正体は、あの震災のとき、僕を動けなくさせたものを具現化したもの。家というよりも、僕が生きていく限り、連れて歩かざるをえない荷物のように思える。不気味なものが。

4月19日 | 2014 | 未分類 | Comments (0)

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