5月25日

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常陸太田市里川町にいる。標高600メートル。星がとても綺麗。もうあと数キロ北上したら福島県に入る。昨日までいた松平町よりもすこし気温が低い感じがする。この街に家は65軒くらいあるけど、時々人が帰ってくるだけの空き家状態のところも多いらしい。今日はここで酪農をやっている家に家を置かせてもらう。僕を呼んでくれた人とその奥さんと、お母さまお父さまが住んでいる。ここはそのお父さんが始めた牧場で、それまでは野菜やお米をつくる段々畑がある農家だったところを、一大決心してブルドーザで土をならし牧場に変えたらしい。最初二頭の牛を仕入れてやり始め、今では60頭くらいになっている。ここまで規模の大きな牧場は当時なかったためまわりの人に反対されたという。それをエネルギーに変えて見事に成功させた。眼鏡がとても似合う聡明そうなお父さんと、それを継いでいる人と、また新たに生まれる命もある。すごい。
ここから福島第一原発まで120キロくらい。原発事故が起きてから数ヶ月は線量検査にひっかかったため毎日毎日絞った牛乳を捨てていた。何トンも。当時は牛が心配で、家ではなくて牛舎により近い小さな事務所に寝泊まりしていた。
牛舎のなかで牛のそばを通ると必ず顔をあげてこっちの目を見てくる。目がうるうるしていて顔が大きくて重そうで、舌が長い。草をやるとそれが無くなるまで一秒も休まずに食べ続ける。一頭あたり一日30キロの乳を出す。牛が乳を出すためには子供が生まれないといけない。だからほとんどの牛はいつも妊している。生まれてから一ヶ月経ってない子牛もいた。牛乳の値段はどんどん下がっている。買い取られる牛乳の脂肪分に制限が設けられてから、なかなか基準をクリアできず牛をやめてしまう人が全国的に多くいたらしい。

今日人に前髪を切ってもらった。この生活をするにあたってなるべく「旅人」っぽくなりたくない。ごく普通に家で生活をしているような印象を保ちたい。髭も髪も伸びてない方がいいし毎日お風呂に入った方がいいし肌は白い方がいい。ながく旅をしている人ってどんどん仙人みたいな見た目になっていって、本人もそれでよしとしちゃってるイメージだけど、僕は旅人ではなくて家と一緒に移動しているだけの人なのでそういう見た目にはなっちゃだめだ。

田んぼが近くに無いので、昨日までみたいにカエルの合唱は聞こえない。かわりに時々牛がおしっこをしているジョロロという豪快な音やおならの音やもぞもぞと動く音や、すこしの虫の鳴き声と、そいつらが電灯にぶつかる音が聞こえてくる。外はとても静かで暗い。

そこに近づいていると思うと気が引き締まってくる。この制作の発端になっている事故が起こった現場。明日か明後日にはもう福島県に入るはず。とてもとても重要な現場に入る。

「あなたがんばって」よりも「わたしがんばる」の方が応援になることもある。誰かが何かやっているのを見たり聞いたりするのが応援に感じられることもある。

Posted by satoshimurakami