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10時頃にハーレー乗りのおじちゃん夫婦の家を出発。福島市の方へ向かう。20キロくらい歩いた ら福島市に入ったので、ツイッターで「福島市で家を置かせてもらえそうなところを探しています」 ってつぶやいてみたら10人以上の人がRTしてくれた。感激。
そしたら福島市で「建築以下の建築」をやっているアサノさんという人とつながって、その人の家に 一晩置かせてもらうことになった。ツイッターすげえ。そしてツイッターでの拡散がうまくいくかど うかでその日の生活が左右されるのも面白い。
結局大玉村から30キロくらい歩いて、着いた頃にはへとへとだった。アサノさんと会ってみたら、 前にも一度会っていたことと、共通の知り合いもたくさんいることがわかった。二人で福島駅近くの 沖縄料理屋でオリオンビールを飲みながら話す。僕もアサノさんも建築学科を卒業してから美術と関 わっているっていう共通のバックグラウンドがあって、初めて会った気がしない。
デモの話をした。福島市でもよく反原発のデモが行われているらしい。彼らの一部は町を行く人々に対して 「あなた達はなぜマスクをしていないんだ」とか「すぐにここから逃げるべきだ」なんていうらし い。福島市民としてはそんなのを聞くのはあまりよい気持ちじゃないと思う。「それでも福島に暮ら すことにした」っていう自分の選択を否定されたような気持ちになるのだと思う。前に僕も東京で反 原発のデモに参加したことがある。子供がいて、不安だから放射能から逃げたいんだけど逃げられな いもやもやを抱えたお母さんみたいな人が何人かいた。放射能さえなんとかなればいいんだけど「原 発反対」としか叫びようがない。そこまでふりきるしかないくらい追いつめられていたんだと思う。
いわき市の志賀さんは「側溝には近づかないようにして」「2メートル離れれば大丈夫」って言って た。ハーレー乗りのおじちゃんは「雨で流れっちまうから大丈夫なんだ」って言ってた。ここで暮ら している以上、人それぞれ放射能とのつきあい方があるのだ。そりゃそうだ。ここで暮らしていれ ば、天気予報を見るような気持ちで今日の空間線量なんかを確かめたりするんだろう。考えてみたら当たり前のことだ。そりゃあそう なるよ。それを外の人間がどうこういう資格はない。 各々の付き合い方を見ないまま「全員こうすべきだ」とか言ったら反発うけるのは当たり前だ。

そうだ選択肢はなるべく少ない方がいい。ひとつかふたつでいい。みっつ以上あると、選択すること がとても重要なことのように思えてきてしまう。僕は何かを選ぶのが苦手だ。夜アサノさんに「何食 べたい?」って聞かれたけど答えられなかった。居酒屋とかでメニューを選ぶのも得意じゃないと思 う。それを選択したかどうかではなくて、目の前に現れた状況に対してどう向き合うかが重要なの だ。いままで自分の意志を働かせて「こうしよう」って決定したことは大抵うまくいかなかった。
あと、最近見つけて「完全にかぶってんなー」って思ってた「旅する小さな家」っていう建築アイデ アコンペの話もして、応募してみることにした。審査員のみなさんに「ていうか今やってるんですけ ど」って手紙を書くようなノリで。

1時くらいには寝たかな。

0602 | 2014 | 未分類 | Comments (0)

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