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批判ができない。何かおかしいと思う事があって、それに対して批判を浴びせたいんだけどそれに携わってる個人の顔を思い浮かべたとたんに批判ができなく なる。好きか嫌いかは言えるけれど批判ができない。その人が幸せなら、それで一生懸命やってるんだったらそれでいいんじゃないかって思ってしまう。自分 が当事者になって、戦わなくちゃいけない時はあるんだろうけど。いくら怒り狂っていても批判ができないからそのエネルギーは不完全燃焼のような状態にな る。いつか批判というものを一回くらいしてみたい。そのためにはなにか確信のようなものがいるんだろうな。自分のロジックに狂いがないように精査していく必要 があるんだろうな。

https://m.youtube.com/watch?v=ZRXGsPBUV5g&app=m&persist_app=1

今日は家を置いてたくさん歩いてみた。歩くことは踊ることだってわかった。土地と踊ることだ。ローリングストーンズのsympathy for the devilをイヤホン で聞きながら昨日歩いた道をずーっと引き返してみた。歩くリズムにぴったりで体が勝手に踊りだす。車はたくさん走っていたけれど歩行者は僕の他に一人も いなかった。ミックが「シェケナベイベー カモンッ」って言ってた。シェケナベイベーだよ!ほんと。心の底からのシェケナベイベーを今まで一度でも聞いた 事があるか。
歩きながらツガイのトンボがひらひらっといい感じで足下をすり抜けたりするし、カラスが田んぼからじっとこっちを見てたりするし、木陰に入るごとに涼し い風が吹いたりするんだ。そうやってリズムをつくって歩いていると、僕を抜かしていく車なんかよりもずっとずっと遠くに行けそうな気がする。ヘンリーデ ビットソローの言葉で「誰にも出し抜かれない生き方がある。それは歩くことだ」ってのがある。最高に幸せな時間だ。車にのって平行移動してたら到底味わ えない。トトロのさんぽって歌があったな。ピクニックって歌もあったな。フランシスアリスの素晴らしい作品があったな。全部同じことを言ってるよ。歩く 事は歩いている土地と、歩いた距離を体に刻み付けていくことなんだ。
プラスチックの小さなスプーンが落ちてるところを過ぎて、軍手が落ちてるところを過 ぎて、アスファルトの小さな隙間に草がびっしり生えてるのを眺めながら、時々何かの死体が落ちてたり顔が蜘蛛の糸にかかったり。見たことない虫が歩いて たりもする。どんどん遠くにいける。土がアスファルトに覆われてしまったことを嘆く必要はないのだ。アスファルトの上で踊れればそれでいい。トラックに 石をぶつけられる事もあるけど気にしない気にしない。
歩くと体が上下に動くからリズムがとれる、それで踊れる。車も電車も飛行機も水平にすーっと動くからだめなんだ。退屈なんだ。船はいい。上下に揺れてくれる。そういえば僕の曾曾じいちゃんは船大工だった。たぶん上下に揺れてないと ダメなんだ。そう考えていくと、いよいよリニアモーターカーはやばいな。移動するときは揺れないと体が駄目になるのにな。ださいな。歩いた方がずっとず っとずーっと遠くに行けるのに。知らないんだろうな。別にいいんだけど知らなくても。こっちは楽しいから。
地面がアスファルトばっかりで水平移動ばっかりで体が揺れないからみんなクラブとか行くんじゃないかな僕も含めて。そんでストーンローゼズがクラブカル チャーをロックに取り入れてスーパースターになったのは、みんなどうにかして踊りたいっていうのがひとつ理由としてあったんじゃないかな。地面をアスファ ルトで固めれば固めるほど、車や電車やリニアモーターカーに乗って水平移動すればするほど、体を縦に揺らせるクラブは必要とされるんじゃないかな。ダン スカルチャーはアスファルトへのカウンターだったんじゃないかな。そうだ前に書いた、バイパスを歩くツアーをする時はBGMにローリングストーンズをかけ たい。
歩いてたら「道の駅 ろくのへメイプルふれあいセンター」に着いた。そこのトイレに「メイプルトイレ」という看板が掲げられていた。なんだそれ。そういう ジャンルのトイレみたいでかっこいいじゃないか。
歩いてると右も左も緑色で、自然がいっぱいあっていいなあと思った直後に、いや田んぼは自然物じゃない ぞ人間が作り出した景色だ。これは人工物だと気がついた。都市にたくさん人がいられるようにするためには、都市じゃないところに田んぼがたくさんないと いけないんだ。こんな簡単なことなんで今まで気がつかなかったんだろう。だからこの目の前の一面の田んぼを見るということはすなわち、それを消費する大 量の人間をみるということなんだ。それは都市をみることと全く同じじゃないか。気がつかなかった。

でテンション高いまんま帰ってきて、すこし気を鎮めてからお風呂に入ろうとチケットを買おうとしたら
「お金はいいですよ」
って受付の人が言った。でもこれは順番として、僕の方から望んだことなのでお金は払うべきだと思った。もし「お風呂どうですか」っていう提案が向こうか らあったら、お金は払わなくていいんだろう。それもひとつの経済だと思う。受け取るというのは能動的なことだ。
でも「お金いいですよ」って言ってもらえ たのはすごく嬉しい。いまはまだ払えるけれど次来たときお金なかったらお願いしてみようと思った。お風呂は平日ということもあって人が少なかった。

今日は経営者の奥さんの提案でここにもう一泊することになっている。なんでも僕に会いたい人がいるそうで、その人は今日来る予定が寝坊してしまったらし い。十和田市の現代美術館が今日休みだったからちょうど良い。明日いけばいい。

07141934 | 2014 | 未分類 | Comments (0)

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