2011年12月10日(土)原発の国民投票のこととか | 

日比谷野音から始まった「がんばろう!1000万人署名集会」のデモ隊と一緒に歩いてみたら、歩道を歩く多くの人たち(一部では応援したり、デモに混じったりする人もいたけど)が、僕たちのことを、何か凄い汚いものを見下すような、殺気とも感じられるような目でみられた。そんな‥ここまできついのかと思ってしまった。これでは投票しても変わらないと思ってしまった。
で、そのあとデモ隊を離れてさっきまで自分がいた隊列を歩道から眺めてみたら、「原発反対」とか「NO NUKES」のプラカードの他に「30人学級の実現を」とか「団塊世代の全国ネットワーク」などいろんなノボリがあって何のデモだかよくわからない場所があったり、コールアンドレスポンスに「切実さ」が足りなくて、聞くに絶えない感じになってたりで、さっき歩道から見てた人たちの気持ちが分からなくもないなあと思ってしまった。

ぼくは、原発に対して「賛成か反対か」のどっちかではないという話も分かるし、ぼくもそう思うけど、「賛成か反対か」迫られたときに、各々が、自分はなんと答えるべきか考え、「何かその人なりの決断」をみんながするために、国民投票は必要だと思った。
ぼくは、「上のそしき」に向かって「変えろー」とか「やめろー」とか言っても、たぶん「上のそしき」は変わらないから「その人が個人として、事態に対してアクションをおこす」ことが大事だと思った。「原因療法」じゃなくて「対症療法」で。
で、ぼくはその人たちが「動きを取るべきときに取れるように、その人たちに「風」をおくろう」と思った。

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