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僕が自分の活動の話をしたら、こっちの人がこのあたりのことを話してくれた。ここらでも海沿いの地域の人は言葉遣いが荒くて仲間意識が強い。そう いうところに外から嫁いだ人がびっくりするような感覚で近所付き合いをしている。例えば 「良いタコが捕れたから、あんたの家の冷蔵庫に入れておいたよ」 と言われて、帰って冷蔵庫を開けたら生きたタコが入ってたり。最初は信じられないと思っていたけど何年も住んでると慣れていったらしい。 ここは富山だけど、金沢の方に行くとまた全然違う。外から人が嫁いで来て家を新築すると、町の人がみんな家を見にくる。部屋をみるだけじゃなく て、タンスの中とか押し入れとか隅々までみてまわる風習がまだ残っているところがあるらしい。どんな家が建ったのかを見るというよりも、人が嫁い で来るということは嫁入り道具を持って来るということ。で、例えば持ってきた着物を見ると、その人の家がどの程度のレベルの家なのかがわかる。だ から、タンスの中にはそうやって人に見せるための服なんかをいれておく。そういう風習の名残がまだ残っているらしい。素直にそれはちょっと嫌だ。 それはちょっといきすぎているなあと思う。でもそれは嫁いできた人をちゃんと迎え入れようとする町の態度なんだろうとも思う。その態度のありかた は大切にしなくちゃいけないと思う。そんな隅々まで見てしまった以上、その人をよそ者扱いするわけにもいかないし、見られてしまった以上は町のコ ミュニティに入っていかざるをえないだろうと思う。 僕が大学卒業後の2年間浅草に住んでいた頃、お祭りがあった。路上で綿アメを売るのを手伝ったりしてたらすぐ近くのマンションの子連れの夫婦がで てきて
「お祭りが今日あるなんて今日知りました!参加したいんですけど、どうやったら参加できるんですかねえ」 って聞いてきた。僕はたまたま近所の人たちとの縁があって出店も神輿も参加できてたけど、そこへの入りかたがわからないせいで参加したくてもでき ない人もいるんだなと気づいた。そういうことが浅草でもおこっているのだ。タンスの中まで見るってのはいきすぎてるけど、祭に参加できないっての もさみしい。近所との付き合い方の距離は地域差が激しい。何か1つ絶対にうまくいく方法があるわけでもない。難しいな。

話してるうちに「自分探し」というキーワードがまたでてきた。嫌いな言葉。でも考えてみたらこういう日記を書いてることも、そういう自分探し的な、何か未成熟で過渡期 的なものと結びつけられる原因になるなと思った。大学時代に教授から
「迷いが無い人の方が強い。迷いをなくせ」 って言われた事も思い出した。「そうじゃないだろ」って当初思ったけどそれは今でも思ってる。自分のやりたいことを探している気もないし、好きな 事をやっている気もない。答えとか到達地点を見つける気なんて最初からない。みんな「これがわたしのやりたかったことだ」って結論をさっさとだし て考えるのをやめたがる。『自分には何かができる』って思った途端に何も出来なくなる。答えを出さず問いをたてつづける事の方が体力がいるのだ。 なんでみんなわからないんだろう。

10091210 | 2014 | 未分類 | Comments (0)

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