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わりと朝早くに高雲寺を出発した。出発した直後、前方に犬の散歩をしている女性が同じ方向に歩いてるのを発見。「こんな朝早くから家背負って歩いてる人見ちゃったらびっくりするだろうな」と思ったのでさっさと抜き去ろうとしたら意外にも
「なにやってるんですか?」
って話しかけられた。
軽く事情を説明したら
「私も東京からきて絵を描いてます」
と言われた。その女性が描いたというアイフォンのカバーをその場で見せてもらった。つい最近東京から来て、空き家だった古民家を改修した シェアハウスに体験入居中らしい。つい昨日「この町も空き家が目立つなあ」と思ったところだったので、他人事とは思えない。
招いてくれたので行ってみた。もと歯科診療所だったところを地元の土建屋が奇麗にリノベーションした物件らしい。キッチンがすっごくお洒落に改修され てて、バーみたいだった。共同生活してる人たちがそこでお酒を飲みながら談笑してるのが目に浮かぶような気がする。こんなお洒落なキッチ ンがこんなへんぴな町にあるなんて思いもしない。
そんで僕を招いてくれたその女性は松尾たいこさんというイラストレーターで、ジャーナリストの佐々木俊尚さんの奥さんでもある人だった。 超びっくりした。まさかこんな「敦賀市街まで1日じゃ行けないからこのへんで一泊しよう」みたいな気持ちで立ち寄った小さな町でこんな人に会えるとは。地元の自動車会社に10年間勤めたのを辞めて上京してイラストレーターになって、今ではかなり活躍してる人だった。1時間くらい話して記念写真も撮って別れた。

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福井県から滋賀県に入るルートは、琵琶湖の東側か西側かでルートが2つある。西側の方が距離は短い。東側は西側よりも20キロくらい長いけれど、彦根とか草津とかネームバリューのある町が多い。そのルートの分岐点にある疋田っていう町にお昼頃ついた。コンビニもあったの で、ここで敷地を探そうと思ってお寺を探した。1軒目のお寺の前に家を置いて、チャイムを押してみたけど留守だった。「いないなあ」と思って自分の家のところに戻ったら近くに軽トラが停まってた。中から元気なおじさんが出てきて、いきなり
「これで旅してはるんですか?」
と聞かれた。びっくりしてすぐに答えられなかった。置いてある状態の家を見て「旅をしてるんですか?」って聞かれたのは多分初めて。よくわかったなあすごいな。
彼はこの先琵琶湖の西側のルートを15キロくらい行ったところにあるマキノという町に住んでいる青谷さんていう人 だった。
「うち敷地あるからきたらええわ!」
と言ってくれて、電話番号を教えてくれた。また見知らぬ人とすごい出会い方をした。しかしもうお昼過ぎでここから山道を15キロ歩くと着 くのは完全に夜になる。それはちょっと危ない。なので青谷さんが仕事おわるのを待ってから軽トラで送ってもらうことに。
それから青谷さんがくるまでの6時間くらいは家をコンビニに仮置きさせてもらって、僕は絵を描いたり散歩をしたりした。夕方になるとけっ こう寒くなってきて居場所に困る。仮置きさせてもらってる家の中で寝袋にくるまるわけにもいかないしコンビニでいつまでも立ち読みしてる のも悪い。そんで何かないかと歩いてたら、バスの待ち合い室を見つけた。必死で探せばなにかしら居場所はあるものだな。暗くなってから は、その待ち合い室の中からじっと外を観察してた。コンビニの駐車場がすぐそばにあって、ここは国道沿いなのでたくさんの大型トラックが 入って来ては、しばらくして出て行った。それぞれタバコを買ったりカップ麺を買ったりコーヒーを買ったりしてるんだろうな。まさかすぐそ ばのバス待合室の中に人がいるなんて思いもしないだろうな。でも僕にとっては切実な居場所だった。待合室の他に居場所は無いのだ。

青谷さんが8時半頃現れて、家(青谷さんさんはヤカタと呼んでくれる)を積んで出発した。青谷さんは
「うちでもええんやけど敷地が狭いから、この先の峠の上に願力寺っていう、とっても親切な人がやってるお寺がある。そこはいろんなボラン ティア活動やってたり旅人を受け入れたりしてるから、そこがええかもわからん。1回行ってみよう」
と行ってそのお寺に連絡をとってくれた。行ってみると、そこはちょうど福井県と滋賀県の県境にある小さな町だった。山の中にある町って感 じだ。標高300メートルくらいらしい。お寺を訪ねたら、こんな夜にも関わらず元気なおばちゃんがでてきて迎えてくれた。僕のことをテレ ビでみたことあるらしく
「クマもでるし、中入って寝なさい。お寺ってそういう場所やからな」
って言ってくれた。「お寺ってそういう場所やからな」っていうセリフに感激した。

願力寺は青谷さんの言う通り、本当にいろんなことをやってるお寺だった。震災後に福島から大津に移住してきた人がつくった作品の展覧会 をやったり、保育園に入るまでの子供とその親を対象にした月一回の「子供サロン」(現代の寺子屋っていうキャッチコピーで新聞に紹介され てた)をやったり、ヒッチハイクの旅人やホームレスの若者を泊めたりいろいろやっている。みんなにとっての居場所になろうとしている感じがした。
おばちゃんが話してくれた。
「今はどこも立派な建物がたってるけど、昔は建物と言ったらお寺しかなくてな。集まる場所になってたんやな。映画の上映会やったり、たま に会議やったり、子供が来て勉強したり、電話もお寺にしかなかったしな。お寺だけじゃなくて八百屋でも散髪屋でも、段ボールに人が座って話し込めるようになってる場所があったけどな。今はないな。」
おばちゃんは、現代社会に対する反抗という意味でも、携帯電話もインターネットも使わないようにしているらしい。
「いまは人の居場所がないんやな。昔は居場所なんて至る所にあったのにな。住みづらい生きづらい世の中になってしもうたな。こんな田舎で も、心を悪くしてしまう人も増えてきててなあ。」
ずっと歩いてて思うけれど、そもそも町に座るところがない。道にベンチとか全然無い。今日僕は、小さなバス待合室の中が居場所だったけ ど。あの場所があって本当によかった。コンビニの駐車場に家は置かせてもらえていたけど僕の居場所はあのバス待合所だけだった。

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震災後福島から大津に移住してきたという人が作った作品の写真を見せてもらった。自分が生まれ育った故郷福島のかつての風景を布で表現してる。とてもグッときた。一度会ってみたいな

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Posted by satoshimurakami