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ICCの「移動する聖地」展のカタログに収録されていた港千尋さんの文章をたまたま奈良県立図書館 で読んで、昨日に引き続いてもう1つ大切なリンクを得た。それは「大いなる移動の予感」というタ イトルの文章だった。
「日本全体を自分の身体として感じる」ことはシャーマニズムと密に関係していた。そしてそれは多分荒川修作とも繋がっている。
シャーマンが太鼓のリズムとダンスとボディペインティングによってエクスタシー に到達し、身体を動かさずに意識を彼方まで飛ばす儀式。これは身体の変身の能力。 いつかの日記に書いたあの晴れた日、家を温泉の駐車場に置いて、来た道を戻りながら散歩をしてい た日。ローリングストーンズを聞きながら歩いていたら(酔っぱらっていたのもあるけど)、歩行の上下のリズムにあわせて、意識がどんどん遠くに飛んでいって「土地とダンスをしている感覚」があ った。あのとき僕は、本当にどこまでも飛んでいけそうな気がした。あれはシャーマンのエクスタシ ーとほとんど同じものだと思う。 さらに、ラスコーやアルタミラの洞窟絵画がシャーマニズム的な要素を持っていることは19世紀から指摘されていたらしい。暗い洞窟の中で、その硬い岩の向こう側に「何か」を見て絵にしようとし た当時の人々の気持ちがなんとなく理解できる。
荒川修作さんの
「車道は広いのに、歩道はこんなに狭い。これは間違っている。徹底的に間違ってるんだよ人間の生き方は」
っていう言葉も、今なら完全に100パーセント理解できる。あれは歩行による上下のリズムが身体に与える影響がどれほど大きいかを言っているんだ。車の移動によるリズムのない平行移動が身体に
及ぼす悪影響、ひいては社会に及ぼす悪影響のことを言ってるんだ。
この公共事業のありかたとかバリアフリー化を正義とする傾向は身体をなめているんだ。それは人間を気づかないうちに殺していくと思う。
僕はクラブとかライブハウスで踊るのも大好きだし、夜行バスで寝る時、もっともリラックスできるからだの置き方を見つけるのも得意だと思う。いつか書いたステートメントでほぼ無意識的に「変態」っていう言葉を使ったのもちゃんと繋がっているんだ。僕は身体の問題を理解していた。いまそれがようやく分かっ
た。

11241316 | 2014 | 未分類 | Comments (0)

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