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特にお金がもらえたりするわけではなく、誰かがみているわけでもないのに、とても重い荷物を背負い、誰も歩いてない道を一人でずっと歩いてたりすると、一体この重みは何なのかがわからなくなってくる。何のための重みなのか。そしてずっと誰とも話さずにいると、じぶんはいま「いつ」にいるのかが曖昧になってくる。頭の中身が外にどんどん流れていって、いつとか、どことか、誰とかっていうことの区分けが消滅していく。いまが何世紀なのか、ここはどこなのか、誰とは誰なのか、そういうことが問題ではなくなっていく。そして不安になってくる。不安が心地よいときもあるし、気持ちが悪くなる時もある。

気持ちが悪い時はラジオを聞く。ラジオは「いまは2時です。こんなニュースがありました。」ということを、教えてくれる。1年後にはみんな忘れてしまうであろうニュースをとりあげたりして話している。瞬間を刻んでいる。そうすると永遠の中に溶け出していた「いつ」「どこ」「だれ」という区分けが輪郭を取り戻していく。瞬間と永遠が僕のからだを媒介して結びつき、ぐっとチューニングが合ってくる。瞬間と永遠が、同時にからだの中に立ち現れる。そのバランスが保てると、自分がいまここにいるということに自信がもてるようになる。なんのための重さなのかとか、そういうことも問題ではないのかもしれない。自分はいまここにいるということに対して、自分で自信をもつということなのかもしれない。

10170035 | 2015 | 未分類 | Comments (0)

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