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昨晩はopen artのオフィスを出発し、人に録画をしてもらいながら2キロちょっと離れた一軒家の庭まで歩いた。すれ違いざまにこっちから何度か通行人に「ハロー」と言ってみたけど、返事が返ってきたのは数人だった。もう少し通行人の反応があるかと思ったけど。日本の地方都市と似てるなあと思った。途中2人の人に話しかけられた。一人は男性で「あんたは家がないのか?」と言った。僕は「これが私の家なんです」と答えたら、彼はちょっと笑って「Oh」みたいな感じで去っていった。「家がないのか?」っていう声かけは日本でも度々あった。もう一人はおばあちゃんで「…かたつむり…」と言ってたけど、僕はsnailという単語しか聞き取れず、笑って去るしかなかった。(みんなまずはスウェーデン語で話しかけてきて、スウェーデン語がわからないというと、即座に英語に変換する。)

今日敷地を借りる家は先日open artスタッフが集まるパーティーで知り合った人の家で、快く貸してくれた。ただしこの家のオーナー夫婦はいま夏休み中(今の時期スウェーデン人の多くは夏休み中で、自分のサマーハウスに行ったり旅行に行ったりする)で、家にいない。着いた時家の庭にオーナーじゃない男性と女性がいて、彼らが僕を迎えてくれた。彼らは「オーナーは2階に住んでて、私たちは1階に住んでる」と言っていた。アパートみたいな感じなのかな。よくわからない。

しばらくして息子さんが仕事から帰ってきた。アート関係の仕事ではない。街の寿司バーで寿司を買ってきてくれた。一緒にご飯を食べて、少し話をした。彼は僕と歳が近い。「日本では、スウェーデンは治安の良さと福祉体制がしっかりしてるという良いイメージがある」と言ったら「彼はその通りだと思う」と言ってた。

「スウェーデンで一番問題になってることはなに?」と聞いてみたら「大きな問題が二つあると思う。」と言って「一つは、格差が大きくなってること。もう一つは、スウェーデンはいま多くの移民を抱えていて、彼らが財政を圧迫していると言って、よく思ってない人がいる。EUを抜けるべきだという人もイギリスやフランスほどじゃないけどいる。ヨーロッパの他の国と同じような状況だと思う」と、つかえながら話してくれた。彼も僕に英語で伝えるのが時々辛そうだったけど、大雑把な言い回ししかできないぶん、大胆に話ができることもある。言葉を細かく使うのをたまにはやめてみてもいいかもしれない。

あとテレビを見せてもらった、夜の8時台で日本でいうとゴールデンタイムっていうやつでどの曲もバラエティをやってタレントが出まくってる時間帯だけど、こっちではそんなバラエティみたいな形態は存在しないようだった。真面目な番組しかやってない印象。アメリカのドラマとか、なんかよくわからないけど森の中で人がカメラに向かって話してる番組とか。日本のテレビみたいに、話してることをそのまま字幕にするようなことはない。英語の会話だけ、スウェーデン語の字幕がついてた。あと馬に2つの車輪がついた乗り物を引っ張らせてレースをする番組が。これは日本でいう競馬のようなものらしい。「なぜ彼らは馬に直接乗らないんだ」と聞いたら「いろいろとある」みたいなことを言ってた。

「日本ではテレビが人々を馬鹿にしていると思う」って言ったら彼も「スウェーデンも一緒だ。難しいことを簡単に扱おうとする」と言ってた。でも難しいことを扱っている時点でレベル高いじゃないか。彼はテレビはほとんど見ず、ほとんどインターネットらしい。インターネットで何を見てるんだと言ったらちょっと考えて「ツイッターはよく見てるかもしれない」と言ってた。そのあとシャワーを借りて歯を磨いて「僕は家に戻るけど、夜の間はドアに鍵をかけて大丈夫。僕はポータブルトイレを持ってるから」と言って家に戻った。ポータブルトイレというのは空のペットボトルのことだ。この「家に戻ります」と言って玄関をでて庭に置いてある自分の小さな家に向かう瞬間が好きだ。なんか笑ってしまう。

ここらは静かな住宅街(エーレブルーは中心街以外はだいたい静かな住宅街だけど)だし、おまけに地面は芝生だし、寝るためのマットも日本で使ってるような銀マットじゃなくて、もっと厚手のしっかりしたやつだし、家も大きいので快適に過ごせてる。明け方に少しだけ雨が降ったけど雨漏りはなかった。

当面は、open artのスタッフに場所を探ってもらい、その場所をまわりながら生活するというスタイルになりそうだ。関係者やその友達の家であれば、僕が交渉するまでもなくすんなりと敷地を借りることができるだろうし、公園とか広場もopen artのスタッフからあたってもらえば借りることは難しくないだろうと思う。現にソフィアが、ある公園に電話で掛け合って、泊まってもいいという許可をとってくれた。公園で許可がもらえるなんて日本では考えられない。公園ていうものの考え方が日本と違うこともあるだろうけど、なにより、この芸術祭が街に受け入れられてる証拠だと思う。

でもopen artのスタッフを介さず、できればopen artというキーワードも出さずに「この家を置く敷地を貸してもらえませんか」という交渉だけでいずれ敷地を借りたい。今日歩いてみて、なんとなく教会だったらいけるんじゃないかっていう直感があった。

07281110 | 2016 | 未分類 | Comments (0)

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