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昨晩は古民家ヴィレッジの2階部分で寝た。一昨日自分の家で寝た時には床下のアスファルトからの冷え込みが結構しんどかった。なので”社長”の石永さん(というらしい)一押しの畳の上で寝てみようと思った。早く寝付こうと思って夜9時頃には寝袋に入った。翌日からのイベントの準備のために、夜遅くまで1階に人が集まっていた。ここの2階は吹き抜けのようなものなので、1階の賑やかさがもろに2階に伝わってくるいのと、あと寝袋の中が暑すぎて寝付けなかった。なので近くにあった窓を全開にしたりした。
僕はいつも通り耳栓をして寝袋に入ってたけど、けっこう会話が聞こえてきた。みんなこの施設のことを「公民館」と呼んでいる。”女性達”がどういう関係性なのかわからないけど、この場所になじみのある人もいるっぽい。不思議なコミュニティだ。夜中の11時過ぎ近くまで準備をしていた。女性達はおでんとかを作っていた。
翌日は朝8時くらいから準備が始まっていた。僕は9時過ぎに下に降りて行って、準備を見学したりしてた。かなりの人数がかかわっているっぽい。15人以上はいたと思う。子供を連れて準備してる人もいた。物販コーナもあって、そこでは「いのちの大切さ」について、一般の人から集められたエッセイをまとめた本が売られていたり、地元の杉でできた木箱が売られていたり、あと大分県から有機生姜シロップとか野菜とか、宮崎県からお米とか米ぬかのお茶とか、いろいろ売ってた。家を背負って歩いてる村上という人がいるということは”ライン”で伝わっているらしく、みんな僕に向かって「村上さんですか」と話しかけてくれた。そのうちの一人のおじさんが「生年月日を教えてもらえませんか」というので教えたら、「マヤ暦って知ってる?」と別のおばちゃんが言う。「最近限界を迎えたというマヤ暦ですか?」と言ったら「ちょっと違うんだけど、まあ話聞いてみて」という。おじさんは携帯で何かを打ちこんで「風か」と言っている。「何かわかるんですか?」と聞いたら「詳しく見てみませんか?まだお時間ありますか?」というので「まだ大丈夫です」と言ったら「ちょっと奥の部屋に行きましょう」と言って奥の部屋に行った。僕はついて行った。
奥の部屋で二人で向かい合って座って、おじさんはA4のファイルとパソコンを広げた。どちらにも色々な記号とか文字が書かれてる。「村上さんは番号でいうと182で、今世は『白い風』です。そして本質は『白い犬』です。あと13の音を持っています。13というのは一番多い数です。」と言われた。白い風にも白い犬にも性質があって、僕はその説明を聞きながら『それはあってる』と言ったり『これは違うな』と思ったりしていた。マヤ暦によると、僕が人生の道を見つけるのは51歳の時で、52歳のときにもう一度生まれるらしい。長生きしなくちゃなあと思った。”音”というのは1から13まで数があって、13の音の人は、要するにまわりの音を13こ聞くことができるらしい。1の人は1つの音しか聞こえないらしい。この話は納得がいった。でも納得がいくというのはどういうことだろう。おじさんの話を聞きながら、昔新宿の路上でお金を払って手相占いしてもらった時には『あんたは30で自分の道を見つける』と言われたことを思い出していた。確かあのときは誰かと一緒にいて、本当は両手みるところを、二人で片手ずつ見てもらって、一人分の料金だけ払ってやってもらったんだった。あのときは誰と一緒だったんだっけ?思い出せない。自分は大学生だった気がする。

11時過ぎに古民家ヴィレッジを出発した。大牟田方面に延々延々と歩いた。福岡は話しかけてくる人がたくさんいる。写真を撮っていいですかとか、何やってるんですか写真撮っていいですかとか、どこまでいくんですか写真撮っていいですかとか、いくつですかとか、警察にも久々に職質された。
20キロくらい歩いて夕方4時半頃に大牟田の国道沿いにある教会みたいな建物の真宗の法恩寺というお寺のチャイムを押して敷地の交渉をした。女性がでてきて、いろいろ説明して、その人がコーヒーも出してくれて、僕はそれを野外で飲みながらすこしおしゃべりして、そうしてるうちに住職さんが帰ってきた。住職さんは目力の強い人で、最初は明らかに僕に敵対心を向けていたけどすこし話してるうちに(身分証明書を要求されたので見せたりもした)すこし信用してくれたらしく、許可をくれた。最初は駐車場の桜の木の下に家を置くということで話がまとまったのだけど「雨が降ったらどうする。今日はこれから雨だ」といって「正面の門を入ったところが3畳分くらいの玄関になってるからそこでよければ中に入れていいよ」と言ってくれたのでそうした。
住職さんが「何かあまりものでよかったら出すよ。今日はスペアリブをやるみたいだし」というので少し待っていたら女性の人がおにぎり二つと漬物とスペアリブ2切れとパスタと茹でたジャガイモにマヨネーズをかけたものを一式お盆に入れて持ってきてくれた。とっても美味しかった。ありがたい。なにかお礼をしたい。
そのご飯を食べたあと歩いて10分くらいの「神明湯」という渋い銭湯に行った。かなり古い型の銭湯だった。入り口はドアがふたつ並んでる。ドアには「男湯」「女湯」とだけ目立たずに書かれている。遠目からはここが銭湯だとは気づかないかもしれない。おばちゃんが番台にいた。男の脱衣所には小さな老犬もいた。ひとなっつこいやつだった。良い時間だったけど僕の他には男湯には一人も客がいなかった。女湯には一人客がいるらしく、ときどき音が聞こえた。大人380円だったけど、運悪く財布に小銭が200円と1万円札しかなくて、「大きいのしかないから崩してきます」とおばちゃんに言ったら「どこでくずすの?」と聞かれた。「どっかでなんとか」と言ったら「いいよ。ちょっと待ってください」と言って脱衣所についてるドアを開けておくに消えていった。しばらくして千円札をもって現れた。「9千6百20円のお返しね」といっておつりをくれた。「すいません。ありがとうございます。」と言って受け取った。それから着替えて浴室に入った。浴室には「お湯が減ったら『お湯』と『水』をだしてください」と書いてある紙が貼ってあった。こういう銭湯はたいていめちゃ熱いのだけど、ここはぬるめで入りやすかった。こんなに熱くない古い銭湯は初めてかもしれない。いままでかなりの数の銭湯に入ってきたけど。お風呂をでるまで他に客は来なかった。
銭湯を出たら、雨はほとんど止んでた(お寺に家を置いたときからちょっとだけ降っていた)。歩いて家に帰ってきて、荷物をおいて、手ぶらになって散歩にでかけた。すぐ近くに大牟田駅がある。そこにファミリーマートがある。一回入って、なんとなく何も買わずに出て、ちょっと歩いて引き返してきてもう一回入って缶ビールを一つだけ買った。その缶ビールを飲みながら、ふらふら歩いた。駅前の国道(お寺の前の国道でもある)はとっても広くて、大牟田がもともと炭鉱で発展した町であり、いまでも工業団地として発展している町であることが感じられた。大牟田の炭鉱は世界遺産にもなっているらしい。駅前の大きなモニュメントにそう刻まれていた。
ふらふら散歩しながら、来年東京でやる展示について考えていた。「文明ング」というタイトルにしようと決めた。そういえば、マヤ暦のおじさんから「節をつくったほうがいい。竹と同じで。だらだらと節がないのはいけない」と言われたんだった。態度表明をしないと、伝わらないのだと思った。これはこう見えるだろうという自意識を少なからず考えないと何も伝わらず、何も伝わらないのは良くない。他にも「わが家の崖」とか「家カッター」とかいろいろ考えたが「文明ング」としか言えないものがある。文明という言葉のing型。瞬間の永遠というか。このグローバリゼーションと分断と孤立の時代に「文明ング」という態度を表明しないといけない。関係代名詞についても考えたい。「&」や「と」という言葉。展示したいものはたくさんある。次は「人に見てもらうための展覧会」をつくるという意識でもって臨んでみたい。
いまは玄関に置いてある家の中でこの日記を書いている。家の目の前にはトイレも2部屋ある。このトイレのドアノブが不思議で、下ではなく上に引き上げないとドアが開かない。二つとも。気がついたらこれを書き始めてから1時間経っている。

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11262304 | 2016 | 未分類 | Comments (0)

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