06040125 | 

日記をさぼっていた。531日から62日まではチューリッヒに滞在していた。友達がチューリッヒにいるということもあって、清掃員村上の撮影をチューリッヒでもやろうと思った。前の日記にも書いたけど、友達が手伝っているedition finkというアートブックを作っているスタジオの一室を、寝室として使わせてもらった。スイスでも5本指に入るアートブックスタジオらしい。ここで作られたとても良い本がたくさん本棚に並んでいた。オーナーがめちゃくちゃ良い人で、可能な時はいつもご飯に誘ってくれたり、僕が「ヨーロッパの清掃員はみんな蛍光色の服を着ている。どこかでこういう服が帰るところはないかな」と相談してみたら、インターネットで店を調べてくれて、結果的に安く蛍光イエローのTシャツを買うことができた。(でも、そのTシャツをさっそくチューリッヒに忘れて、ここヴェニスに来てしまった。)

蚊のようなものが飛んでいる。。もうそんな時期か。ヴェニスはちょっと蒸し暑い。

チューリッヒではチューリッヒ美術館(大規模な改装中だったけど入れた)に行ったほかには、街をぶらぶらして、清掃員の撮影をしただけであった。チューリッヒ美術館は膨大な数のコレクション展がとても良かった。特にOld Mastersのコーナーにあったパオロ・パニーニの「サン・ピエトロ寺院」。噂は聞いていたけど大きな実物を見たのは初めてだと思う。これはもう平面作品というより、建築物だった。建築物が出現していた。調べてみたらルーブル美術館にでかいのが4点あるらしいので、できれば今回の旅のどこかでやはりパリにも行きたい。あと彫刻家のジャコメッティのコレクションもたくさん。彫刻も良いけどドローイングも鳥肌。ジャコメッティの作品が同時代のシュールレアリズムの作品と一緒に展示されていた。

清掃員の撮影は、友人の色々な助言を借りながら良いものが撮れたと思う。自分の仕事が終わってないのに撮影を手伝ってくれた。ありがとう。やっぱりベルリンで一人で撮った時とは心の余裕が全然違う。それなりに緊張するけど、アングルや体の動きをいろいろ考えながらできる。一人でやるとそれらを深く考える余裕がない。ちなみに撮影していない時には「清掃中」の黄色い看板が見えないように服を被せて運んだりやビデオカメラに布をかけて運んだりしていたけど、友人に「その黄色い看板はそんなに気になるものじゃないよ。たぶんカメラも。自意識メーター上がってる」と言われた。そうだこの撮影は自意識との戦いだ。その自意識を克服し、完全に自分の清掃員の世界にできたとき、本当に良い動きが生まれる。

天井をよくみると蚊が4匹ほどとまっている。やつらは明るいときはこうやって高いところに待機し、人が電気を消してから降りて来る習性をもっている。これは種差海岸のキャンプ場で、一晩中蚊と戦ったあの時に学んだことだ。今日は電気をつけっぱなしにして、顔に手ぬぐいでもかけて寝ることにする。

チューリッヒでの撮影日の前日、なぜかインターネットでブラッディマンデイという漫画を全巻読破してしまった。朝5時までかかって。馬鹿だ。よりによって前日に。おかげで撮影がおわったころには本当にくたくたになっていた。去年も「ブラックジャックによろしく」をスウェーデンで朝までかかって読破した覚えがある。能代では、マクロスFだかまどマギだかを朝までかけて全話観た。時々こういうことがある。

そんで昨日の夜、チューリッヒ発のFlixbus(再びの)に乗ってヴェニスまで来た。チューリッヒのバス停でずっと「ローマ行きのバスが来ない」みたいなこと(たぶん)を一人でイタリア語で騒いでいた男がいて、めちゃくちゃ目立っていた。さすがイタリア人で元気いい人は、別次元だなあとか思っていた。しばらくして自分のバスが来たので乗ったら、そのイタリア人が乗っていて、しかも彼の隣しか席が空いてなかった。うわぁ、、と思ってしまったが、彼は騒がしいけど、それは陽気さの裏返しで、席における自分のテリトリーとかも守るナイスガイだった。起きている間はイタリア語でなにかしら独り言をしていた。僕にも時々話しかけてくる。僕はイタリア語はわからないけど、彼にとって僕がわかってないことはあまり大事ではないらしい。前の席の人に向かってなぜか僕のことを「グッドマン。グッドマン」と紹介してくれた。くたくたの状態で乗ったのですぐ寝れるかと思ったけど不思議とそんなに眠くならなかった。隣の陽気なイタリア人が先に寝た。イタリア人は陽気で良い。長距離バスなんかでその本領を発揮するんだなと思った。バスに荷物を預けるときも、列になって並んでいるイタリア人たちのおかげでその場の空気が和んで笑いが絶えなかったし、運転手も良いイタリア人だった。

今朝の9時ごろにメストレ駅に着いた。すぐに予約していたHOTEL COLOMBOに行って大きな荷物だけ預けた。実はこのホテル、4年前にヴェニスビエンナーレを見に来たときに泊まったHotel VIennaのすぐ裏にある。目立つ外見をしているので、4年前に来た時に「こんなホテルあるのか」と思ったのを覚えている。Hotel Viennaは今も健在だったし、そのとなりにある良い雰囲気の小さなレストランも営業していて嬉しくなった。4年前、このレストランで何度かご飯を食べた。初日と2日目は確か勇気がなくて入れなかったのを覚えている。

大きな荷物をあずけて、一旦ヴェネチア島に行った。そこでぷらぷら歩いて、島の中央あたりにあるレストランでビールとイカスミのスパゲッティ(edition finkのゲオルクさんに「ブラックスパゲッティを食べたことがあるか?」と聞かれてから、頭はずっとイカスミのスパゲッティだった)を食べてホテルに戻ってきて、チェックインをして、それから昼寝をした。ホテルに着いたのは14時だったけど、起きたら20時だった。不思議な夢をみた。現在の年齢になった高校の同級生とともに、高校の卒業式をもう一度やるという夢。みんな忙しいので、集まって合唱など(なぜか合唱をやっていた)を練習する時間がとれず、式はひどいものだった。僕の家族も来ていた。

夢から覚めた時はひどく絶望的な気持ちになってしまい、なんでこんな自分はところにいるんだと思ってゴロゴロしていたけど、どうにか体を起こして、ホテルの1階にあるピザ&バーの店で夕食(プロシュートのピザ)を食べて、その後ネットでビエンナーレやヴェニスでやっている他の展覧会の調べ物などをして今にいたる。ヴェニスでは、ビエンナーレ2会場と、チューリッヒで人に教えてもらったPaul Russoというキュレーターがやっているという展覧会、プンタデラドガーナ、パラッツォグラッシ、Fondazione Giorgio Cini、グッゲンハイムヴェニスをまわり、清掃員の撮影もする。また一人だ。。

06040125 | 2017 | 未分類 | Comments (0)

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