2011年5月29日(火) | 

5月の浅草は、週末どこかしらでお祭をやっています。

それで僕も先々週末は三社祭、先週末は石浜神社例大祭に参加しました。

僕が住んでいる町会は三社祭の対象範囲(というものがあるらしい)ではなかったので、別の町会に混ざって参加したので、朝から晩まで神輿だけ担いで帰ったような感じでした。

 

対して先週の石浜神社の方は、住んでいる町会が直接関わってるお祭りなので、どっぷりと参加できました。

町会内で青年部とか婦人部とか役員とか、いろいろとグループ分けがされていて、青年部は神輿を担いだり人を集めたり、準備・進行・撤収全般の担当で、婦人部は期間中のお料理やお酒やおつまみの用意に奔走していました。「役員」と呼ばれている人達の役割がいまいち掴めませんでしたが。。

そして、それらのグループに参加する条件はただひとつで「みんなと顔なじみになる」という事です。

お祭りに参加するということは、地域社会の一員になりきるということです。祭の三日間は、日頃営んでいるそれぞれの日常を抜け出して、「守られてきた地域のルール」に縛られながらそれぞれが役割をこなす、というスイッチにみんなが切り替わります。そこで、自分は1人の人間であって、それ以上でもそれ以下でもないということを痛感しました。

最初はそれが辛かったのですが、終わってみると「どうしようもなく1人の人間であるということ」を強烈に実感できた三日間だったなと思います。それは、参加した一人一人みんなが輝く日々でした。

飲み会の席で、若造の僕たちに「きみたちはただ座ってるだけじゃだめだぞ(他のテーブルに挨拶まわれ)!」というおじさんもいれば、他のテーブルに挨拶してまわっている僕たちに対して「いいよ!自分のとこ戻れよ!気にすんなよ!」と、別のテーブルから叫んでくるおじさんもいました。みんながみんな、愛をもって接してくれているのを感じました。

 

「守られてきた地域のルール」に縛られながらそれぞれが役割をこなすというのは、個人主義とはかけ離れた雰囲気です。「全体の雰囲気を読みながら、全体が進行していく」という雰囲気です。

そのせいか、時間の区切り方が「ぬるっ」としてました。期間は三日間だと書きましたが、このあいだに僕たちがやった事は、極端に言うと「神輿を担ぐこと」と「神輿を担いだ後に休憩したり、挨拶したりする」の二つしかありません。神輿は一日3〜4回担ぎますが、一回40分〜1時間くらいです。なので、待ち時間がとても長くなります。僕はその時間を気持ち悪く感じてしまったのですが、この祭はもう千何百年もこの雰囲気でやっているのだと思うと、気持ち悪く感じる自分、大丈夫かな、と思ってしまいます。

何時何分から〜をやるらしいから、何分に集合ねー。

みたいな約束は有効じゃないことが多いです。時間ではなくて、「誰々が来た」とか「人が集まって来た」とかっていう雰囲気で、プログラムが進行します。「全体の雰囲気を読みながら、全体が進行していく」と書きましたが、「”個”がどうでもよくなってしまって、全体にぬるっと吸収される感じ」です。

また、お神輿は「神様と人間関係と重力の美学」です。お神輿の渡行(とぎょう:担いで歩く事)に参加するということも、「”個”がどうでもよくなってしまって、全体にぬるっと吸収される感じ」です。足並がそろわないと前後の人を妨害してしまうし、身長が高い人は屈まないといけないし、低い人は、肩に何かはさんで担いでいました。みんなに合わせて声も出さないといけません。これは強烈な体験です。

 

こんな雰囲気が嫌だったり、細かいルールに従うのを嫌って、お祭りに参加しない人もいるのだと思います。

また、参加したくても参加の仕方が分からない人もいました。

最近できたばかりのマンションの5階に住んでいるという夫婦は

「祭やってるなんて知りませんでした。私達も毎月家賃と一緒に”町会費”というのを払っているのに。。この祭にはどうやったら参加できるんですか?」

と話していました。これは町会の広報や人の集め方の問題だと思います。また、”マンション”という住まいの問題なのだと思います。

顔なじみが世代交代しながら祭を運営していく以上、どうしても、地域の人の輪は閉じてしまいがちなのだと思います。地上から離されたマンション住まいの人はなおさら、地域に入っていくのは難しいです。仲立ちする人が必要です。

 

むらかみ

2011年5月29日(火) | 2012 | 未分類 | Comments (0)

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