3月22日(1日目)

牢獄みたいなところだ。講習の時間は1日のあいだにばらつきがあり、自由時間がその合間合間にあるのが救いだけど、同じ時間にみんなでお昼ご飯を食べる。免許を取るというただそれだけの目的が一致している人たちと同じテーブルでご飯を食べる。生徒になめられないようにしているのかもしれないけれど、教官はもう無駄な威圧感が身に染み付いてしまっていて、なんだか彼のからだが不憫だ。毎年何千人も相手にこんなことやってたらロボットみたいになるのも無理ない。

まず朝10時に駅に集合し、そこからバスで学校まで連れてこられた。そこからもう我々は見下されている。最初っから言葉遣いが荒い。

はい、ここ並んで。そっちに並んで。交通費すぐ言えるようにしといて。携帯で調べるなり領収書みるなりして。はい、君名前は?

-村上です

免許証もってる?免許証

-原付の免許証もってま..

免許証と、住民票と印鑑とボールペンがすぐ必要になるんだけど、そこに入ってる?

-はいってま..

はいってるね。じゃあ荷物は預けちゃうから。あ、貴重品は持ってる?

-もっ..

持ってるね。はい

自分で聞いておいて、こっちが答える前に「はじめからこっちの答えがどうだろうと関係ないじゃないか」と言いたくなるようなことを言い出す。いちいち気にしてたらあっという間に精神病になりそうだ。気にしないスキルを身につけなければいけない。

その後、学校までバスでみんなで向かう。僕と同時に30人くらいが入校し、ほとんどは18歳~20歳くらいだと思う。数人の友人グループできている人も多い。この合宿免許の年齢上限が29歳なので、僕より年上はいないだろう。

先日、阿部から合宿免許で体験した壮絶な怖い話(ヤンキーが、同じ寮内でいじめっ子をみつけて酒にションベン入れて飲ましていたのをみて自分がトイレにいけなくなってしまったという恐ろしい話だ。)を聞いていたので、どんな鬼か妖怪か化物がいるかとおもって警戒しながらバスに乗ったけれど、明らかな化物はぱっと見た感じはいなかった。安心した。みんな、とりあえず見た目は人間っぽい。

学校に到着し、廊下みたいなところで写真撮影をされ、教室にいれられた。おそらく教室に入った全員が「こいつがBOSSだろうな」と感じたと思う、色白のメガネの男が立っている。白いワイシャツに黒いベスト、茶色い革靴で短髪という格好。駅からここまで引率してきた男二人も教室に入ってきて、生徒を座らせた。このBOSSは話すときはいつも眉間にしわを寄せていて、無駄な威圧感がもう身に染み付いてしまっている。二人の男は下っ端という感じ。ただ、車の運転ができるというだけで、人はこんなBOSSになることができるのだ。素晴らしい新世界に足を踏み入れてしまった感じがする。そこで書類を渡されて、なんかいろいろ書かされるのだけど、その指示の細かさたるや、ものすごくさえある。使命は簡易な字体じゃなくて正規の字体で書けだの、住所は免許証あるいは住民票と全く同じように書けだの年齢は、今日時点での満年齢を描いてください、明日誕生日でも、今日は違いますよ。だの、とにかくうじゃうじゃと細かい指示を出して、指示を出してる間にボールペンをいじったりホチキスで何枚かとめてある紙をペラっとめくられるのを予防するために

「1枚目の話しかしませんからね。1枚目だけ見とけばいい。紙をめくるなよ。めくるやつが時々いるんだよ。話を聞いてないんだ。」

「ほらめくってる、1枚目のことしか言ってねえよ」

だの、とにかく指示がすごい。私はロボットです。と自分に言い聞かせなければこの場は乗り切れない。私は言われたことだけをやり、言われたタイミングで、言われた通りに記入します。しかし、紙をめくろうがめくるまいが、話を聞いて理解すればいいわけで、話を聞いてない人は免許に落ちるだけだから、その挙動まで指示する必要はないんじゃないか?バカなのか?また彼は

「昼食は、食堂で食べられます。丼ものか、ご飯か、パスタが選べます。『か』って言いましたよ。オーアール。アンドじゃないですよ。丼もご飯もパスタも全部食べるわけじゃないですよ」

という、笑っていいのかダメなのかわからない謎のユーモアも織り込んでくる。あれは、笑ってよかったのか?でもクスリとでもしている人は僕の見える範囲ではいなかった。

あと、例の東名高速で後ろの車を停車させ、家族連れの両親を車から出して、後ろから来たトラックにひかれて死亡させてしまった犯人のことも罵ったりしていた。

そうやって、なんかすこしだけ脱線しながら恐ろしく細かい指示のもとで一通り書類の説明をされ、記入させられ、その後「交通費を支給します」と言われ交通費(現金)を手渡しでもらうのだけど、その交通費は上限があり、かつそこから仮免許試験にかかる費用が天引きされている。交通費くれるくらいなら、教習代金を安くしてもらいたい。30万円くらいかかっている。

この書類も、ちょっと引っかかるところがあって、男か女か◯させたり(この男女のどちらかに◯する欄、いろいろな書類で見るけど必要なのか?)、統合失調症や双極性障害がある人はいませんか?とみんなの前で聞いたり(仮に僕が双極性障害だったとしたら、あの場で名乗ることはできなかっただろう)なんか色々前時代的なところが目につく。

そのあと視力検査をして、なんか宿泊施設との行き来の説明や合宿中の規則(宿の中で酒を飲むのは禁止らしい。なんで?)をされて、お昼ご飯になった。

人数に対して面積が足りてるとは思えない狭い食堂で一人でご飯(今日のメニューは、ご飯と味噌汁のビュッフェか、天丼か、ミートパスタだった。僕は天丼を選んだけどなかなか美味しかったはずだけど、食べる環境が、美味しいと感じさせない。食欲を削がれる環境・・)をたべていたら、向かいにハーフっぽい18歳の男の子(会話をきいたらイタリア人と日本人のハーフらしい)が座った。彼はしばらく一人で食べていたが、少したったら隣に座った男二人組(こっちも18歳で、高校の友達同士らしい)に

「これ残したら怒られるかな?」

と話しかけた。彼は天丼もとり、ビュッフェのご飯も取ってしまったらしい。それを受けて隣の二人組が「いいんじゃない?」と返す。「一人で来たの?」「うん」「何歳?」というふうに会話が始まる。それを僕は天丼を食べながらそれとなく聞いている。僕はここで誰かと友達になろうなんて思っていないけれど、こんな会話を目の前で聞くと、なんかおれも話しかけないとダメかなとか思ってしまう。こんな気持ちを29歳になっても体験するとは思っていなかった。中学、高校生くらいに、こんな場面によく出会ってもどかしい思いはたくさんしてきた。

お昼ご飯を食べ終わって、僕はいま一人でロビー見たいなところで座ってこれを書いている。

13:24

一つ目の学科が終わった。50分。ぎりぎり眠くならない長さ。先生は、毛は薄くなっているけどすべての毛をオールバックにして、メガネをかけてハキハキと話す「良い先生」オーラが出ていた。授業自体は、なんか教科書をかなり飛ばしながら、「ここに線ひいといて。テストに出るところだけどんどん教えますよ」みたいなさっぱりした授業で、軽い時間だった。半分くらいは、先生の個人的な体験にひきつけながら、教習所生活での注意事項や免許取得の心得なんかを話してた。

最初に「座学は眠くなるのは気持ちがわかる、私だってそっちにすわってたら眠くなります」という話をし始めて

「でもね、姿勢を見せてください。机に突っ伏してるような人はもうダメです。出ていってもらいます。でも、すっごく眠くて、手が止まってて、目も閉じちゃってて、でも開けようとして眉毛をぴくぴくさせて首をふらふらして、なんとか起きてようと頑張って、居眠りに抵抗してる人、サイコーですよそういう人は」

という不思議な話をしていた。

「サイコーですよその人は」というセリフが出て来たときは笑ってしまった。でも他に笑っている人はいなかった。

「わたしこの仕事25年やってますけどね、講習をサングラスかけてうけようとした人は3人見ました。一人は、すこし年がいった女性で、見てすぐわかったんですけど、免停くらって2回目の教習の人で、でっかいサングラスかけてすっごい派手な格好していて「そこサングラス外して」とは言えなかったんで、講習中の注意事項のパワーポイントをつかって、それとなく促したんですけど、微動だにしなくて、しばらく促してたんですけど、全然外さないので、そこだよ外せよ!って言ったら、やっと外したんですけど、もうすっごい顔されて、私女の人にガンつけられたのは初めてでしたね…」

「帽子かぶってる男二人組がいてね、帽子も禁止だから、ちょっとそこ帽子脱いでっていったら、一人が嫌々脱ぎながら舌打ちして、もう一人はまったく動かなくて、脱げって、といったら、『あん?俺?』みたいなこと言われたんで、そこでもう私ダメになっちゃいましたね『オメーだよ!出てけ。』となっちゃいました。教習所ってほんといろんな人くるんですよ!もうびっくりするんですよここは。」

これから実技の模擬教習。

15:06

実技の模擬講習が終わり、そのあと立て続けに実車に乗って講習を受けた。教官は関西弁で口はちょっと悪いけど、割と一生懸命やってくれるおじさんで助かった。しかし何十人も教官はいるので、これからどんな化物に出会うか。。

しかしMTを舐めていた。クラッチとブレーキ、クラッチとアクセルのタイミングが非常に難しくて、走行中に5回くらいエンストした。あとハンドルの回し方が何回やっても教官の気にいる回し方にならないらしく、なんども注意された。まわすときに手をどの位置に置くかということまで決まっているとは・・。

帰り、ホテルまで30分くらいの道を歩いて帰ったのだけど、当然たくさんの自動車とすれ違った。この車のドライバーたちは、全員があんな牢獄みたいな状態をくぐりぬけているのかと感心した。僕は自分が免許を取るとは思っていなかった。でも今こうして取りに来ている。

ホテルはあまり期待してなかったけど幅があるテーブルがあって割と快適だ。いまその机に座って書いている。部屋にはシャープのちょっと旧型の白いテレビ、セミダブルくらいのベッド、ユニットバス、A2くらいのサイズの鏡、ティファールもある。テレビの下の棚には冷蔵庫も。WiFiも飛んでいる。

小説が進むかもしれない。あるいはまったく進まないかもしれない。文を書くのは自分という車をうまく運転するみたいな話で、それに失敗すると走り出さないし、スピードも出ない。おまけに車を作るところから始めないといけないと来ている。

そういえば、模擬講習の際に教室内でせいぜい18か19歳くらいの男の荷物が僕の荷物に当たったとき、その男に「あ、わりい」と言われたのが今更ながら腹が立って来た。あんな年下にあんな言葉遣いをされるとは。

19:18

Posted by satoshimurakami