4月1日(11日目)

昨日の日記に書き忘れてしまったけど、昨日はあのサイコ野郎の授業の後には百地先生の授業もあった。

「車に働く自然の力と運転」という内容で、最初に彼は「この中には、大雪になる街に住んでる人もいるかと思いますが、掛川では全然雪が降りません」という話から始めた。あのサイコ野郎と比べると、この普通の話がとても優しい内容に聞こえてしまう。

「あれは18年前でした。私結婚したばっかりでいろいろイベントがあった年なので覚えているんですが。新婚でした。夜二人でテレビを見ていたら、天気予報で『明日は大雪になります』と言っていました。嘘だろ~と言ってましたが、翌朝起きて窓をあけたら、一面銀世界になっていました。『おいユキ(妻の名前がユキなのか?)!すごいぞ!』といって女房を起こしました。ベランダに出て、すごいねーと言いました。二人で雪だるま作りました。当時は仲良かったんですね。(ここで教室から笑いが起きる)その日わたしは仕事で、マイクロバスを運転して駅まで教習生を迎えにいかないといけなかったんで、出勤してマイクロバス乗ったんですが、雪なんて降らない街なのでノーマルタイヤです。大丈夫かな~と思ったんですが生徒も待ってるので行くしかない。と、決心して出発しました。それで慎重に走っていたんですが、信号のある交差点で、渡る直前に黄色に変わりました。そういうときあるでしょう?『まいったな、行っちゃおうかな。でも「掛川自動車学校」っていう看板背負ってるしな・・。無理に横断するのはよくない』と思って、ブレーキかけました。そしたらツルーッって滑っちゃって、後輪がグワーってスピンしちゃって、ヤベーヤベー!と思って慌てて体制立て直したんですがバスは全然止まらず、交差点のど真ん中で斜めに止まりました。青になった道路の車から当然クラクション鳴らされました。『おい何やってんだ自動車学校!』と言われました。もう私は「スイマセン。スイマセン」って頭下げるしかありませんでした。もうね、あの日はその後もトラックがスピンしちゃってこっちの車線に回転しながらつっこんできたり、いろいろありまして、生徒を拾って1時間くらい遅れて教習所に戻ってきました。でも他のバスは半分も戻ってきてませんでした。全然生徒が来られないので、あの日は1時限は中止にしたと思います。すごかったですよ。道路をはしってたらあちこちで事故が起こってて、追突はあたりまえで、正面衝突も見ましたし、一番ひどかったのは、完全にひっくり返ってる車もありました。あんなの見たことない』

と楽しい話をしてくれた。自分の経験から、誠実に話そうとしている感じが伝わってくる。百地サンはマトモな先生だ・・。面白くて、優しい。生徒の顔は全然覚えられないらしいけど。

他の教官は基本的に差別主義者ばっかりだ。今日は午後の講義は後日に動かしてもらったので午前中にふたつ座学をうけるのみ。運転教習は金曜日に仮免受かった人たちは今日だけおやすみらしい。二つ目の講座が「特徴的な事故と事故の悲惨さ」という座学。嫌な予感がした。あの眠くするのが上手な教官だった。まず、僕の前に座っているMILANOと刺繍された服を着ている青年の白髪がすごい。苦労してるんだろうか・・。まだ若いのにごくろうさまです。

「事故は年間で何件くらい起こるか知ってますか?・・・50万件くらい起こります。死亡者は昨年が3600人くらいです。一年で割りやすいね。1日10人くらい死にます。この教室(と言って、彼は講習を聞いている生徒の数を数え始める。すごく嫌な感じ・・気持ち悪くなってくる)、・・ちょうどいいね(ちょうどいいってなんだ?後ろの人も『ちょうどいいってw』と言っていた)。まずこの窓際の列の人(僕は窓際に座っていた)、1日目に死にます。次にこの列の人、2日目に死にます。この列は3日目に死にます。この列は4日目、この列は5日目。というように、1週間も経たないうちにこの教室の人みんな死にます。」

このとき手元にあった紙に、僕は以下の言葉を殴り書きしていた。

-笑えねえよ。言葉に気をつけろ。死とか・・。気持ちが落ちてる人のこと考えろクズが。おめーが死ねよ。1週間で70回死ね。

これだけ書いていたので、まだ元気だ僕は。しかしなんでこんなこと言うんだろう。脅かしてるのか?事故に気をつけましょう。ってことなのか?でもそのためにこの教室の人みんな死にます、なんて言う必要ないだろ馬鹿なのか?死なねーし。生きるし。

また、講義中にこのクズは「おーい。うしろのおねーさん。大丈夫?しゃべらないようにね。退出する?」と言って注意する。まあそれはいいんだけど、こうやって人を注意するときに、前に座っている屍たちがみんなして後ろを振り返る。こいつらは何を確認したいんだ?僕は腹がたったので、目の前の青年(白髪の男)を思いっきり見返していた。目は合わなかった。

「速いと運転うまいと思ってる人たまにいますけどね、運転がうまいってのは速いことじゃないですよ。・・走るのは誰でも走れるんですよ。馬鹿でもチョンでも走れます。」

チョンて、今は朝鮮人への差別用語じゃないのか。放送禁止になってる言葉じゃないのか?これはアウトだ・・。何も知らないのか?運転に関することしか知らないのか。他のことは何一つも知らないのか?ずっと教習所にいるから無理もないのか。もしかしたら教習所という場所は隔離性が高い場所で、働いてる人たちはある意味守られてしまっていてガラパゴス化して、独自の文化を築いてしまっているのかもしれない。それともどの会社にもこんなやつがいるのか?就職したことがないのでわからない。

この座学(座学とか呼ぶのも嫌だ)のあと、食堂でご飯(今日はお弁当だった。多分日曜日だから)を食べて出かけた。路上で自動車を運転するという経験を経てあらためて街を歩いてみると、いたるところに、ほんとありとあらゆるところに標識と標示がある。よくもまあこんな大量に、ここは歩行者軽車両道路で、ここは停車禁止で、ここは制限速度50キロで、とつくったもんだと感心する。警察の努力の痕跡。これもこの国の歴史か・・。

教習所がクソすぎて魂が削られていくけどやられっぱなしは癪なので反撃を考えなくてはいけない。なんらかの表現によって。ただでは転ばんぞ、、。反撃をしなければ。考えれば我々はずっとやられっぱなしじゃないかあんなどうしようもない奴らに。あんな・・あんなクズと差別主義者と屍に。物心ついてからずっとやられっぱなしだ。反撃だ。しかしやっかいなのは、奴らは俺の中にいるんだ。忘れてはいけない反撃する相手は自分のなかにいる、、

明日は一限目から運転教習が入っていた(翌日の運転教習のスケジュールが、ホテルの階段の踊り場に毎日貼り出されるというシステムだ)。僕が月を眺めつつ、音楽を聴きながら歩いているときに、聞いている音楽の中で歌い手が「電気を消してくれ 月をみてたんだ」と歌ったときに起こる、二つ走っているものの窓が重なる感じ。面白い。

4月だ。明日もがんばろう。

Posted by satoshimurakami