4月6日(16日目)

ホテルも教習所もだいぶ雰囲気が変わって来た。30,40代らしき人がふえてきた。皆訳ありのような、味わい深い表情をしている。ホテルから教習所へ向かうバスも、もう満杯になるようなことはないだろう。今日は、朝1時限目から最後の運転教習。なんの取っ掛かりもない、毒にも薬にもならない無口な教官だった。何も言われなかったし、何も褒められなかった。途中、僕の車の後ろに一般車がたくさん連なって走っていたので「後ろ繋がっちゃってますね」と言ったら「はい」と言われて、それで終わりだった。もう話しかけるのはやめようと思った。

そのあと、5時限目からの「応急救護教習」まで時間ができた。まずタバコを切らしていたのでタバコを買いに行こうと思った。完全に曇り空だけど、雲が風で流れていくのがわかる。それを眺めている。教習所の近くのコンビニ前のベンチでタバコを吸っている。僕は29年間生きてきた。いろいろな人に会った。泣いたり笑ったり踊ったり喜んだり苦しんだり悲しんだり、たいへん忙しくやってきた。人を悲しませたり迷惑かけたりもした。自分の人生を自覚的に生きたいとずっと思ってきたし、そのためがんばってきたつもりではあるけど、いま考えると、流されていた部分もたくさんある。流されているということにも気がつかないで。自分は、まず自分と付き合って生きていかなくちゃいけなくて、その上で周りの家族や恋人や仲間たちがいる。僕たちが無意識にすりこまれてしまっている、常識とか、時代によってつくられている感覚を、無自覚なままに他の人との交流で使ってしまうというセオリーから、僕たちは抜けられない。そうすることによって、僕たちはその人に対しても、そのすりこみを行ってしまっている。そうやって僕はすりこみを与えられて生きてきたし、おそらく人にも与えながら生きてきてしまったんだろう。勉強がたりない。とにかく大切なのはまず、目を覚ますことだ。体を動かして、頭を使って、いろいろなところに飛び込んで、自分の無自覚と戦うことだ・・。そして、おそらく全てが完全に達成されることはないまま死ぬだろう。それを受け入れて歩いていくしかない。

4時限目に本免許学科試験の模擬テストをうけてみた。テストをやっていて気がついたのだけど、テスト中自信がない問題にあたったら印をつけてあとで見直すようにしていて、つまりテストは○×問題なので、何もわからなくても1/2の確率で正解する。なので、自信がない問題でも正解してしまったら、あとで見直そうとは思わなくなってしまうけど、間違っていたら見直すことになるので「この問題が正解なのか確信はないけど多分あってるだろう」というような問題に当たった時「これが正解ならわざわざ見直す必要はないだろう。なので、あとで見直すための印はつけないでおこう」というふうに考えてテストをやっている。こういう問題がけっこう多い。この感覚が不思議なんだ。未来の行動を今の自分が行なってしまっているようで。

テストを受けている最中、今日入校したばかりらしい教習生を教官が案内しているのを見た。「ここが自習室です。自分で勉強もできるし、模擬テストも受けられます」僕らも、16日前に同じ説明を同じようにうけた。僕たちは30人以上いた。今日のは2,3人しか生徒がいなかった。寂しい。道の駅に2日間滞在したりすると、こういう気持ちになる。テストは99点だった。なんかすごいぞ俺。こんな状態で99点とは。えらいぞ。

模擬テストの担当教官が百地先生だった。

「99点。いやあ、すごい。100点とりたかったっすねえ。」といいながら99という数字を回答に書いた。嬉しい。その後さらに先生がなにか呟いてたので、え?と聞いたら

「滅多に見ないっすよこれ。いやあすごい。100点取りたかったっすね」

と言われた。飛び上がるほど嬉しい。彼は褒めるのがうまい。本当に「いやあ、すごいなあ」としみじみした感じで言ってくれる。素敵な先生だ。この先もこの学校で、体に気をつけて頑張って欲しい。僕が卒業したあと、いつか掛川に来ることがあるだろう。そのとき「あの教習所では今日も、あの時より少しだけ歳をとった百地先生が『いやあ、いいっすねえ』と言って生徒を励ましてるんだろうな」と思えるだろう。それはとても素敵なことだ。

テストの見直しで「追い越しにメリットがあるか」を実験した結果が教科書にのっているのを発見した。国道一号線の静岡駅前から愛知県境までの102.6キロメートルの区間を、A車は時速60キロで走行、出来るだけ多くの車を追い越す。B車は時速50キロ以下で走行、絶対に追い越しをしない。というルールで二つの車が目的地に到着するのにどれくらい差が出るかという実験があるらしい。結果はA車は83台の車を追い越し、2時間19分で到着。B車は77台の車に追い越されながら、2時間29分で到着した。わずか10分の差だったらしい。

5時限目からの応急処置教習は3時限連続の教習で、僕を含めて10人の教習生と1人の教官が仲良く同じ部屋にずっと居た。あの茶髪のにーちゃんも建築のにーちゃんも居た。建築のにーちゃんと、講習が始まる前に少しだけ話した。

「明日卒検すか?」

『はい』

「どうすか?余裕すか?」

『いやあ、緊張しちゃうと思うからわかんないなあ』

「緊張しますよねえ」

と言う会話。その後はとくに何も話さなかった。ひどく酔っ払ったと思った時や、酔っ払った人を寝かせるときは必ず横向きに寝かせてください、という話や、AEDの電気パッドはめちゃめちゃ粘着力が強く、一度間違えた場所に貼ってしまったら薄皮が剥がれるくらいらしいので、救急隊が来るまで貼りっぱなしでいい、なのでものすごく胸毛が濃い人相手にAEDを使うときはその粘着力をつかって一度ビッと胸毛をひっぺがしてしまい、予備の粘着パッドを使うという方法がある、という話が面白かった、

心肺蘇生法は

1「意識の確認」

2「119番通報をする人・AEDをもってくる人を指名する」

3「呼吸の確認」

4「呼吸ない場合心臓マッサージ30回(成人の場合5cm胸が沈むくらいの強さ)」

5「人工呼吸2回」

6「再び心臓マッサージ30回・人工呼吸2回の繰り返し」

(救急車が来るまでの時間(全国平均で約8分)これをやり続ける。)

という流れ。講習は人形相手だったけれど、本物の人を相手にして、その胸を5cmも沈むくらいの力で押し込む勇気が持てるか不安だ。さらに、被害者になんの反応もない場合、それでも8分やり続ける気力がもてるだろうか。これまでにも何度か教わった気がするけど覚えてない。このくらいは覚えておきたい。役に立ちそうな講習が受けられた。これを受けていないと、運転免許を持つ資格なしということになっているらしい。

そのあと送迎バスでホテルに戻って来た。雨が降っているので歩かなかった。歩けば靴がびしょびしょになってしまうからだ。ホテルのロビーにある自販機で買った「麒麟 淡麗 生」を飲みながらテレビで水戸黄門を見ている。フロントにチップスターののり塩味が売っていたので買って食べて見たが全然だめだ・・。湖池屋にもカルビーにも程遠い。水戸黄門をわかる範囲で説明すると、なんか意地悪な女の人がいて、それに苦しめられてる女の人がいて、その女の人を水戸黄門が助けそうな展開だ。水戸黄門は、今回は敵が偉い人で「この紋所が目に入らぬか」というあのシーンがなかったのでカタルシスはあまりなかった。

テレビを水戸黄門の途中で消し、昨日の日記に書いた、最後に威風堂々が演奏される映画をネットで見つけられないかと思って「威風堂々 映画」で検索したら割とすぐに、その映画が「ブラス!」(原題Brassedoff)という映画だということがわかり、さらにニコニコ動画にその全編がアップされていたので見始めた。8時前にご飯を食べに下に降りた。ご飯を受け取るときに自分の部屋番号を言う必要があるのだけど、例の厨房のチャーミングなおばちゃんが、今日初めて僕が部屋番号を言う前に「312だっけ?」と言ってくれた。覚えてくれた。

「僕明日で卒業なんで今日がご飯最後なんですけど、とっても美味しかったです。ありがとうございました。」

と言ったら「最後の晩餐だ。がんばって」と言われた。ホテルの食堂というかロビーにはあの茶髪のにーちゃんが他の合宿生2人と話していた。彼は、全く表情を変えないまま誰にでも話しかけることができるという特殊能力をもっているらしい。

Posted by satoshimurakami