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万引き家族を見た。くらった。映画館を出た後の「くらった感じ」は、早稲田松竹でアメリカンスナイパーを見た時に似ている。スーパーでの万引きのシーンで始まる。スーパーでは万引きするが、そのあとに「親子」で立ち寄る肉屋でコロッケはお金を払って買う。なぜなら「親子で肉屋のおばちゃんからコロッケを買う」という経験は大切にしたいから。モノは盗めるが、経験は盗めない。そのあとリンちゃんを拾い、わざとらしいくらいに典型的な「家族の夕食」のシーンになる。にくい!

「家族はこうあるべき」という、僕たちの無責任な、ぼんやりとした共通の幻想とそれによって作られた制度によって「多少問題はありつつも実際楽しく暮らしている人たち」の「絆」が壊されてしまう。「本当の父親」「本当の母親」という言葉がとても意地悪く聞こえた。外野からの無責任なアドバイス。しかもそれはこの時代では「正しい」ことであるという歯がゆさ。

それと人の弱さの話でもあった。倫理感や制度によって人の心の方がつくられてしまうという弱さ。僕はあの最後の取り調べであの人たちに「楽しく暮らしてんだからいいじゃないですか。そのためにつくった制度でしょ」と言って欲しかった。自分に自信をもたないといけないと学んだ。反面教師的に。

最後の最後に突然「こっちを向くかのように」正面からカメラを向いて、演技をする役者たちのほとんど神がかった演技・・。安藤サクラ凄まじかった・・。カメラワークも憎い・・それまでずっとスクリーンの中で起こっていた物語の登場人物に、突然こっちを向かれて「で、君はどう?」と突然聞かれるような気分。

夜逃げのシーンは「マイティ・ソー」で故郷が破壊されるなかアスガルドの民衆が船で亡命する時に誰かが言ったセリフ「国とは民だ。土地ではない。」を思い出した。土地ではなく民の問題なんだ、というのはこの映画全体を通して言える。人を幸せにするための決まりごとが本末転倒して人の幸せを破壊していく構図は、土地へのこだわりが民が自滅させるような話に似ている。

本当にやられたと思ったし、よく作ってくれたとも思ったし、これに最高賞を与えることができ、かつ世俗的にも名前が通ったカンヌはすごい、賞としての役割を果たしていると思った。

見る前は何も情報を入れずに観て、ただ「あなたはこういう世界でいきているんですよ」と突きつけられた気持ちになり、ズシンとくらって自分の日々の振る舞いについて色々と考え込んでしまったけど、あとでちょっと調べたら、政治的に体制を批判する映画として観ている人が結構いると知り、是枝監督も記者会見で「どの政治家の顔を浮かべて作ったんですか?」と執拗に聞かれたらしいと知った。それだけじゃなくて、左翼の映画だとかいう人もいるらしい。これになんらかの政治的な主張を見てとる人々の気持ちが全く・・全くわからない・・。この映画が描いてるのは、まさにそういう主張をする人たちの中で働いてしまっている力だ。そうやって顔のある人々の物語を顔のない大きな話にまとめようとする力が(無意識のうちに)自分の中で大きく働いてしまうことの暴力だ。

06141337 | 2018 | 未分類 | Comments (0)

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