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韓国経済の70だか80%はサムスンとLGと現代で占められているらしい多すぎる。

一昨日の日記を書いた後EDIYA COFFEEから戻ったら家のドアが破壊されていた。僕の家のドアは二つの小さな蝶番で留めてあるのだけど、上の蝶番が壊されていて、ドアが家の中に向かって倒れかかるように壊れていた。公園には乱暴な人がいるもんだ・・。いつもどこかから喧嘩する声が聞こえる。ドアはその後、近くにある万屋(ここが面白かった。小さいけど韓国で必要な生活用品がそろう。落としぶたのようなモノの種類が豊富だった)で緑色のガムテープのようなものを買って直した。ちなみに今では窓もガムテープでとめられている。

お昼ご飯に冷麺(冷麺はもともと現在の北朝鮮発祥の食べ物が朝鮮戦争のときに持ち込まれ、正規の材料が釜山では取れなかったので代わりの材料をアメリカ軍から仕入れ、それで作ったオリジナルの冷麺とは少し違うものが、今では釜山の名物になっているらしい)を食べたあと、キムさんの紹介で写真家のLee Dong Keunさんに家を撮影してもらった。彼はキムさん曰く有名な写真家らしく、どんな写真を撮っているのかきいたら「マイノリティを撮っている」と説明してくれた。現在韓国には、北朝鮮から亡命した人たちが32000人くらい住んでいるらしく、Leeさんは彼らを撮影したり、中国側から北朝鮮の景色を撮影したりしている。北朝鮮の人々が民族衣装をまとって彼らの踊りを踊っている様子を8mmで撮影した映像も見せてもらった。そんな彼が僕の家を撮ってくれた。

昨日は僕が釜山に来て一番暑い日でLeeさんも「こんな暑くて大丈夫か」と心配してくれたけど市庁舎前の公園から南区庁(ナングチョン)に家を移動させた。6キロすこし、歩いて1時間半くらい。日本のラジオをインターネットで聞きながら歩いたのだけど、例の水害に関して脱水症状に注意してという話を専門家がしていたけど、僕も歩きながら大量に汗をかいていたので脱水症状で倒れる自分を想像せずにはいられなかった。韓国の119番通報は何番か調べておけばよかった。と思った。とにかくそのくらい暑く、その上市庁から南区庁までは山を迂回しながらの道だったのでとても起伏がはげしく急な坂ばかりで、距離としては6キロだけど歴史博物館から市庁までの11キロよりもしんどい道のり。途中高校(らしきもの)と小学校(らしきもの)を通って、ちょうと下校時間の子供達とぶつかったので何かいろいろ話しかけられたけど僕は暑くてそれどころではなかったのでアニョハセヨとだけ言ってどんどん歩いた。途中、LOTTE CASTLEという巨大なマンション群があってなんてストレートなネーミングだと思ったのだけど、このくらいど直球の方が韓国では自然なのかもしれない。釜山はすごく高いマンションがたくさんある。景色から浮いて不自然に見える。そのマンションに囲まれた小さな公園で、おばちゃんたちが元気よくお喋りに興じていたりする。

5時半ごろに南区庁に到着。ここもキムさんが交渉してくれた土地。公共施設を渡り歩いている。何度も言うが日本では考えられなかったことだ・・。晩御飯はちょっと日本風のカウンター席の丼屋さんでステーキ丼を食べた。月桂冠があった。汗だくだったのでご飯を食べたあとすぐGoogleで沐浴湯と検索し銭湯を探す旅へ。これが思いもよらない長旅になってしまった。1軒目に見つけた煙突がある古い銭湯は潰れてレストランになっていた。2軒目のチムジルバンはフロントの女性に手で×つくりながら「チムジルバン、ノー」と言われた。今はやってないらしい。3軒目に見つけたのがビルで、3階と表記があったのでエレベーターに乗って三階につき、扉が開いたらそこは廃墟だった。ぞっとした。真っ暗な広い空間が広がっていて、椅子とか机とかが散乱していてついていないテレビがフロントデスク(だった場所)の上にのっていた。写真を撮ろうかと思ったけど何か写ってしまったら嫌なのでやめた。4軒目、マンションに建て替えられていた。5軒目の沐浴湯(「コプッタン」。亀湯という意味らしい。韓国でも日本の銭湯と同じようなネーミングをするようだ)の1階にフロントがあり、2階が女湯で3階が男湯になっていた。中には入れたけどフロントに人がいない。3階まで上がってみたら脱衣所は電気がついていてテレビもついている。人は誰もいない。客も、一人も見当たらない。浴室ものぞいてみたけど誰もいないけど入れそうだったが、お金をどこに払えばいいかわからず、勝手に入ってなにかややこしいことになったら嫌だなと思ってもう一度1階に戻ってフロントに張り出されているハングルで書かれた紙をGoogle翻訳で読み解いてみたら8時までらしい。すでに7時55分で、今から入ってややこしいことになったら嫌だと思い仕方なく諦めた。この諦めは辛かった・・。が、ようやく次にみつけた6軒目の銭湯があたりだった。そのあたりは「キョンソンデ・プギョンデ大学駅」という駅の近くで、学生街になっている。フロントにいたのも大学生らしき男性だった。彼は僕が日本から来た旅行者だとわかると、英語も交えて一生懸命銭湯について説明してくれた。「スリーピング、ノー。オンリーシャワー」など。タオルも1枚おまけで貸してくれた。ハングルで「ミョッシッカジ?」と聞いたらジェスチャーも交えて12時までだと教えてくれた。とにかくようやくお風呂にありつけた。

お風呂のあと、再び暑いなかしばらく歩き回って南区庁の近くにEDIYA COFFEEを見つけた。女性が一人で働いていた。23時までやってるらしい。そこで充電をしながら休憩。僕はいまバッテリー二つと、ポケットWiFiとiPhoneとMacBookと、充電する必要のあるものを5つも持っている。南区庁の中のトイレの個室にも電源があった。使っていいかどうかはわからないが・・。でも日本では公衆トイレの電源なんか使っちゃダメそうだけど韓国では大丈夫そうな気がする。夜は暑かった。足を出す窓を開けて、郵便受け口(小さいけど)を開けておくと家の中に風が通り、だいぶ眠りやすくなる。

例によって朝5時ごろにおばちゃんたちによって起こされた。支庁の公園と同じく、ここも朝の体操の会場になっているらしい。こっちの体操は日本のラジオ体操とは全然違う。とてもテンポの速いポップスに合わせて老人たちが体操をしている。かなり異様な光景だ・・。これを自然とやっているとは・・。当たり前のものほど変にみえる。おばちゃんたちがさった後は静かになり、9時ごろまで眠れた。お昼前に近所の定食屋でヤチェビビンパ(野菜ビビンバ)を5000ウォンで食べて、今は昨日と同じEDIYA COFFEEにきている。いつも店員が一人しかいない・・。今日は男性だ。市庁舎前の店も一人だった。さっきからずっとおなじ男の人が一人で一生懸命注文を受けてはドリンクをつくっている。6人くらいの団体で来た女性たちは、注文してからドリンクをもらうまでに10分はかかっている。一人で回して大変そうだ・・。隣に座っている小さな子供を連れたお母さんはスマートフォンで「イヤイヤヨー」のハングルバージョンの歌の映像を子供に見せている。

今日もとても暑い。外で絵を描く気にはなれないので写真を撮ってカフェを渡り歩きながら絵を書いていく旅をこれからやろうと思う。ご飯もちゃんと食べたし。

07121345 | 2018 | 未分類 | Comments (0)

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