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2018年7月19日〜20日부산광역시해운대구중동の고은사진미술관본관



昨日は日記を書いてない。すこし滞りがちだ。今は、釜山で3度目の外泊となってしまったヘウンデビーチ近くのCANVAS HOSTELというホステルのロビーにいる。釜山に来て17日目で3回目。週に一度のペースで外泊している。でも昨日はすこし身の危険を感じるほどに疲れていた。外で絵を描いていたらクラクラしてきて、幼い頃熱中症で倒れた時の症状を思い出したので泊まってしまうことにした。それにしても釜山は無理なく外泊できるやすい宿がたくさんある。

朝ここでご飯(トーストやジャムやバターや乾燥麺やシリアルが置いてあり、自分で焼いたりして食べて食器も自分で洗うセルフスタイル)を食べて、ここまでの地図をまとめて、さっきチェックアウトをしたところ。すこし冷房が効きすぎていて、半袖短パンの身には寒い。でも外のテラス席は31度だ。ここで作業しつつ、時々外に出て体を温めるスタイル。ここはカーテン付きの2段ベッド(布団で分厚い上に柔らかすぎて眠りにくかったけどそれが贅沢な悩みだ。とても清潔で良いホステルだった。)のドミトリーで13500ウォン。西成みたいな値段だ・・。

一昨日の日記から遡って思い出してみると、APECハウス付近を15時半ごろに出発。これもジョンさんが撮影に同行した。そういえばジョンさんは、釜山の地下鉄の切符売り場のところですこし迷っていたらすぐに韓国人のおばさんに話しかけられて、行きたい駅を一緒に探してくれたらしい。さらにその券売機が1000ウォン札しか使えないものでジョンさんは10000ウォン札しか持っていないことがわかったらおばさんは自分の財布で両替しようとしてくれて、それが足りずに両替できないとわかったらこんどは1000ウォンぐらい私が払ってくれると言って払おうとしてくれたらしい。ジョンさんはそれは大丈夫と言って遠慮して、もう一度よく探したら1000ウォン札がみつかり、無事に切符を買った後もおばさんは「アイスコーヒー飲む?」と言ってアイスコーヒーを買ってくれて駅で一緒に飲んだらしい。「私は見た目がアメリカ人だから。韓国の人親切にしてくれる。25年前に釜山に来たときもそうだった。村上さんは見た目が日本人だから、わからないかもしれないけど」と言っていた。

とにかくジョンさんと、それと写真家のリーさんも同行しながら次の敷地である「ゴウン写真美術館」に向かった。2キロ弱。途中まで道を間違えていてヘウンデビーチのど真ん中を通過してしまった。ヘウンデビーチは完全なる海水浴場という雰囲気の海水浴場だったのだけど、それ以上にビーチから見える建設中の超高層ビル(あとでミリさんに聞いたらこれはアパートメントだと言っていてさらに仰天した)が、全くもって合成写真のように景色の中に浮いていて、怖いほどだった。本当にびっくりして韓国人のクルー達にその驚きを伝えようとしたのだけどあまり伝わらなかった。この高層アパートメントのセンスは、日本人にはない。聞けばこちらに来て僕が知り合った韓国人は全員アパートメントに住んでいる。みんなヘウンデ周辺だ。16階に住んでいたり、22階に住んでいたり、27階に住んでいたりする。「釜山には古い建物がなくて、高いビルばっかり建っていてそういう景色はあまり好きじゃない」と彼らはいうけど、このセンスこそ彼らのカルチャーなのではないか。ジョンさんもこの高層アパートメントについては”very” interestingと言ってた。

ゴウン写真美術館のスタッフも例に漏れずみんな女性だった。綺麗な美術館で、日本の写真家達の企画展が開催されてた。東松照明の太陽の鉛筆シリーズとか、石内都さんのアパートメントシリーズとか。

そこに家をおいてすぐ裏にあるバーガーキングでキムさん、リーさん、ミリさん、ジョンさんと五人ではやめの晩御飯を食べて韓国チームとは解散。ジョンさんが「ホームプラス」という商業施設のようなところに行ってダイソーを見つけ、そこで夜間撮影用のLEDライト(「日本で買ったものと全く同じものを買った」と笑っていた。1000ウォンだったらしい。)を手に入れているあいだ、僕は家から歩いて10分くらいのところにある沐浴湯に行って、夜に再会して二人でTHE BAY101でビールで打ち上げ。その晩、家では静かに眠れた。写真美術館の門は閉館時間中はしまっているので明け方に家を揺すられたりすることもなかった。

そして昨日、写真美術館の前でしばらく絵を描いて、ジョンさんは帰国。僕はホームプラスの中にあるAngel in us Coffeeでパソコン作業をしつつこのホステルを予約。夕方にチェックインしてお昼寝したあと、写真美術館のスタッフの女性陣+写真家のリーさんと、焼肉屋さんにいった。りーさんは「ゴウン写真美術館は韓国では最も素晴らしい写真美術館の一つだ」と言っていた。ハングルと英語と日本語がごちゃまぜの(一人のセリフの中に英語も日本語も混ざるような、文字通りの)楽しい席だった。写真美術館のスタッフのなかに日本語がすこし話せる人が二人ほどいた。釜山にいると自分がハングルを少しでも話せないことが恥ずかしくなる。そのくらい、話せる人がよくいる。そのあとこのホステルに戻り、洗濯物をフロントに預けて眠り。今に至る。

今日は9キロほど歩いて「釜山市民公園」に引っ越しする。いよいよ釜山編ラストスパート。23日には家共々、釜山現代美術館に到着予定。

07211214 | 2018 | 未分類 | Comments (0)

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