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2018年8月11日20時36分

色々あって現在、大阪府和泉市のかなり南の方、山の中のとても綺麗で立派な一軒家の客間にいる。客間は8畳がふた部屋あって、広々としているうえ、書院造り風で床の間と違い棚もある。エアコンはないけど山の中なので涼しい。ここまで日々を「経験」としてちゃんと処理するためにも、整理する必要がある。日記を書くことは、家に帰ることと少し似ている。日々をちゃんと経験として経験するために家があるし、日記を書く。まず過去に殴り書きしたメモをここにコピペしていく。

2018年7月30日23時54分

釜山現代美術館について、警備のおじさんに日本語で「ここに動かします、ここに寝ます」と言って、シャワー行って歯磨いて眠る準備まで一瞬でやった。体感10分くらい。実際でも20分くらい。この時期シャワーを浴びると生まれ変わったくらいの気持ちになる。

これがまだ10日前とは思えない・・。ソウルから釜山にKTXで帰ってきて、家が置いてある現代美術館に着いた時はもう夜11時過ぎていた。美術館の中なのでクーラーも聞いていて快適だったのを覚えている。

2018年8月1日10時31分

「壊れると思っとったわ、行く時から。」と大阪港を出る時にもいたおじさんに言われた。

この日は災難だった。釜山港で3万ウォン支払って家をパンスターフェリーに積んで優雅な船旅を経て大阪南港について家を受け取ってみたら、家が大きく破壊されていた。原型は留めていたけど、ドアの上と下の木のフレームが2本ともボキッと折られていて、ドアの左右にある縦方向のフレームとそれに直行する上側のフレーム(つまり家の長辺を支えるフレーム)のジョイントも破壊されて木が宙ぶらりんになっていた。ドアも縦方向に半分に割れていて、屋根も一部壊れて家から分離してしまっており、それとなく家のそばに置かれていた。これまでこんなに大胆に家が壊れたことはなかった。太さ19mmの角材が2本折れるほどの衝撃なので船に揺られる中でなにか荷崩れをおこしたのか、かなり適当に粗雑に扱われたのか(大量のダンボールの中に上下左右関係なく投げ込まれて、その上さらにダンボールが投げ入れられたり)わからないけどまあ壊れてしまったものは仕方がないので直すしかない。と思ったのだけどフレームが折れてしまっているので一人で背負えず、通関するのに台車を使う必要があった。そこで言われたのが上の一言。大阪から釜山に行くときにも釜山から帰ってきたときにも(白髪の髭の)おじさんが大阪南港のフェリーターミナルにいた。

僕は8月4日に大阪府和泉市にある「にじのとしょかん」という図書館でイベントをやる予定があり、そこに家を置かせてもらう三段になっていたので、僕は家をターミナルに一時的に置かせてもらい、市内のレンタカーで軽トラ(マニュアル)を借りてきて、どうにか家を軽トラに積んで20キロほど走ってにじのとしょかんに搬入した。それから東京にもどった。

そして今日。ふたたび大阪に戻ってきてにじのとしょかんで家の修繕を施した。折れたフレームは同じ太さの木をホームセンターで買ってきて副木のような形で木をあてて固定した。他はボンドとガムテープでどうにかこうにか修理した。家の壁のほうはもう築三年以上になるのでかなりガタがきている・・。修繕が終わったのが午後4時前で、今日眠る敷地をどうしようと思って「にじのとしょかんの敷地で夜を過ごすことはできませんか」と聞いてみたら、「いま管理してる責任者がお盆でいないからなんとも・・」とのことで、一応センターの事務の人(この施設は人権センターという公共施設の一部。ここらはもともと同和地区だったらしい。)に聞いてみてくれたらしいが「村上さんのことはテレビで見たことある。ここに泊まるのはダメ」と言われたらしい。やっぱりこの国は公共施設の敷居が高い・・。

そのやりとりを聞いていたにじのとしょかんの職員の方(4日にここで行ったワークショップイベントでほぼ僕のアシスタントとして大活躍してくれて、別れ際に僕の本を「買うわ。絶対買う。」と言ってくれた(あの言い方は嬉しかった)タケルくんのお母さんでもある。)が、「うちの庭広いですよ!ちょっと遠いですけど主人がトラックを運転してくれれば!また明日は大阪市内にいくようなのでロスも取り戻せるかと!」と言ってくれて、さらに僕が進む予定の北方面で敷地を貸してくれる友人がいないか色々聞いてくれ、最終的に家はにじのとしょかんに預けたまま、僕だけその家族の家に泊まらせてもらうという「外泊」に落ち着いた。

和歌山県の県境にある山の中の小さな町にある一軒家で、近くには阿弥陀堂という安産祈願で有名な綺麗でかわいらしいお寺があり、泳げそうな綺麗な川が流れている。山の緑もとても綺麗。蝉が鳴いている。アブラゼミが多いけど、ミンミンゼミと、クマゼミもいる。WiFiも。

この家には二人の子供、中2年生と小学6年生がいて、僕が着いた時二人とも宿題をやっていた。宿題を見せてもらって驚いた。量が。すごい量だ。

国語は漢字学習ノートと読書感想文とドリル、数学英語もドリル(丸つけ、やり直しまでやって提出らしい)、英語はドリルが2種類ある。理科は問題集と自由研究、社会も問題集。美術もある。料理をつくる、という宿題もある。さらに職場体験も、レシピコンテストやらも、作文も2種類。出し過ぎだ。大阪は特に多いらしいのだけど、これはちょっとひどいので「先生に、出し過ぎですよって言ったほうがいいよ」と言った。ちなみに作文のテーマの一つは「人権作文」だった。こんな宿題出されたら遊ぶ暇ないだろうに・・。かわいそうだ。川も寺もブランコもあるのに。ブランコというのは、着いてすぐ、タケルくんに近所を案内してもらったときに教わった。地元の小学生の案内で、近くの川へ降りる曲がった小道を通ったりお寺にいって「ここにはよく子供遊びにくる。ブランコあるからな」と教えてもらったりするのはとても贅沢で楽しい時間だった。

夕方車で和歌山県に入ったところにあるかつらぎ温泉に連れて言ってもらったのだけど、小ぶりな山がぼこぼことたくさんあって、かなり独特な景観だった。和歌山県は初めて足を踏み入れたけど、ここは地形を調べたら面白そう。

タケルくんが露天風呂に入ってしばらくたったあと隣にいた僕に

「けっこうのぼせやすいほうやからな」

と言ってきた。こいつは面白い男だ。

「のぼせやすいの?」

と聞き返したら

「うん」

というので

「出ていいんだよ」

と言ったら

「のぼせやすいな」

と関西なまりで話しながら露天風呂から立ち去っていった。その背中をみて僕は一人で笑ってしまった。この交流そのものに価値があるのだ。未来はここでは出る幕はなくて、この瞬間そのものが愛おしい。彼に会えてよかった。この先また会えるかどうかとかはすごくどうでもいい。とりあえずいま、とても良かった。そんな気分だった。

もしかしたら、僕は辛くない方法を無意識に探しているかもしれない。この移住を生活する、はそれ以前の生活のパターンが辛くてたまらなくなり、もう一つ作ろうと思って始めたのはいいが、これは生活の過程で人の「世話になってしまう」ということが時々あって、僕は旅行文学みたいに本に出して完了というわけではなく、過程そのものも作品化したいので、人の世話になるということ(何をやっても世話にはなるのだけど、ある種の世話のされ方)はできれば避けたい・・。つまりやっぱりお金のことをプロジェクトとして考えないといけない。一緒に考えてくれる人や企業を見つけたい。しかし今はとりあえず全部その出来事のままで受け入れながらも、能動的に前に進め。これしかない。

この家は「まちライブラリー」という個人の図書館のようなプロジェクトのメンバーらしく、全国にたくさんあるらしいので「まちライブラリー」で検索すると敷地が見つかりやすいかも、と言われた。さっそく今回の金沢への移動で試してみたい。

さっきタケルくんに僕の描きかけの絵を見せたら

「すごいなあ。建築家はそれぐらいやらんとなあ」

と言っていた。

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