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part4

<千取寿し>

-このお店って、いつから始められたんですか?

ええとね、昭和28年。わたしは二代目です

こないだおったのは三代目です

先代の初代の方が始められた時はどういったきっかけで始められたんですか?

先代の28年の時はね

やっぱあの時はねもう戦後ですからね

いろいろとそんなに職業もかちっと決まって、これがいいというようなところではなくて

みなさんね大変な時ですから

まあ最初は鮨屋じゃなかったんですよ

料理兼、洋食兼というようなね

そういうような感じでやっとったんですけど

やっぱりね、だんだん

わたしは最近思うのは

本物をみなさん知らなくなった

鮪(マグロ)の旬の時に鮪をお出しすると

この鮪ちょっと酸味ありますねと、こう言われちゃう

鮪っちゅうもんは、本鮪は酸味があってちょっと脂が薄いんですよ

と、こう聞かしても

ちょっと理解に苦しむ人がものすごく多くなった

なぜかっちゅうとみなさんスーパーとかいろんなところで地域の養殖鮪を食べてるでしょ

だいたい80%はみんなそうですよ

だからそれに関連してこの地域の旬のものが

説明しても納得されない

やっぱりいつも食べてるものの方が鮪は美味しいとされてる

脂があったり

本当に好きな方には電話かけて今日入ってますから来て下さい、言うと

ああそっか入ったかやっと、待っとったよ、というようなお客さんが少ない

そうすると本物のほうが我々が何かみなさんにごまかして売っとるような感じになるんですよ

<片岡薬局>

これが石引びっきぃに載せた資料です

その時には1860年て書いてありますけど

明治頃にはもうやってたらしいです

じゃあもう片岡家はずっとここでご商売されてる?

そうですそうです

まあ最初は本当のこのOTCっていって普通の薬しかやってなかったの

平成6年から薬局調剤っていう処方箋をやるようになった

だから平成6年って言った方がいいのかもしれない

それまではこういう薬ばっかり

あともっともっと前になると

薬局で風邪薬とかって調合してつくることができてたんですね

決まってるんです。決まった処方があって

それはつくってもいいですよという許可をもらって

そんなのを作って。そんなこともしてたんですけど

<吉野薬局>

実質ほんとうの薬局やったのは二代目ですけどね。医療関係は三代目です

初代の方は何をされてたんですか?

今じゃ大手に合併されたんですけども

大手の卸し。卸の、昔でいうと番頭さんなんですか

そういうのをやってたんですよね

わたしの父を薬剤師にして

金大(金沢大学付属病院)の前の前進の金沢医専ていうのが一番最初にできたんですけど

それがここにできるから、まあ薬剤師としてやったら

場所がいいだろうといってここでやらされた

やらされたって言ったら怒られますどね、父には

そういう話になってますね

昔はいい時があったみたいですけどね。まあ保険制度になって

それで今のように処方箋が出た時はいいですけど

今分業になって処方箋がどんどん出てるからいいんですけど

当時はそんなことはなかったですから

法律がかわって医薬分業になると言われたんですけど

なんていうんですかね、特別条項がついて

医師の管理のもとでは例えば看護師さんとか一般の方でも

一般て、(医師の)奥さんでも調剤してもいいという条件がついたために

日本は先進国の中でも最も遅れて分業になったところなんですよね

初代の金沢市の石川県の薬剤師会の会長に聞いたら

厚生省のまえで筵の旗を振ったという。本当かどうか知らないですけど

医薬分業を推進するべきだっていう運動を一所懸命やったっていうのは聞いたことありますね

このへん見たらわかると思うんですけど

当時13軒くらい薬局があって、今じゃまともに残ってるのは2軒です

わたしともう1軒片岡薬局さんていうその2軒だけで

もうあとは全部新しい薬局です。いっぱいできてますけど

全部調剤専門です

うちの父はそれから医薬分業にならなかったんで

実質法的にはしましょうって話になったんですけどね。形上だけだったんで

いわゆる一般のお化粧品とか家庭雑貨なんかも置くようにしてやったっていうのが本音みたいですよ

ネットの社会とか色々なことによって

自由化の解禁なんかによって

法律的には買えないものもありますけど

簡単に薬でもネットで買えるような時代が来てますから

結局かかりつけというか、地元に密着した薬局を目指していかないとだめだというふうに思っていますけどね

<SEED Graphic Space 시지스

最初はお金を稼ぐためにこの会社を始めました。

デザインが世界を変えて、人々の認識を新たにしたく、誇りを持って始めました。

しかし、今は色んな事があり、うまくいかないこともあります。

昔は今より良かったのです。

最近は過当競争でクオリティーより価格で競争することになっている。

仕事としてはパンフレットやリーフレット、広告物をつくっています。

屋外広告や編集、グラフィックデザインも合わせて全部やっています。

看板図書館part4日本語 | 2018 | 未分類 | Comments (0)

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