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あいちトリエンナーレの「表現の不自由展 その後」の「平和の少女像」の展示が神経症の人たちによる病的な反発と脅迫のせいで中止になった。(神経症という言い方は宮台真司にならっている)

そしてこれが一番大事なのだけど、その結果その展示を俺が見られなくなった。どうしてくれる。俺は10月に見に行こうと思っていたのに。

過去に検閲を受けたり展示中止になった作品を、経緯とともに展示し、なぜそうなったのかを考えるのがこの展示で、ある場所で展示できなかったものを(外で展示しようとするのではなくて)、美術館という美術を見に来る人のためにつくられた箱のなかで見せるっていうことを通して、検閲について考える。そういうプラットフォームのためにあるのが美術という方法なのだろうけど、それができない、そういうことを普段考えていないがために物事と距離が取れなくなってしまった人たちによって、距離をとって考えようとしている俺が邪魔されている。彼らは物事に対して近距離で直接向き合うことしかできなくなっている。彼らの中には「自分か相手」しかない。自分の中にバッファーがない。プラットフォームがない。その結果神経症に陥っている。その上名古屋市長も、なんか知らんけど、人気を取るチャンスだと思ったのか、ここぞとばかりに前に出て展示の中止を求めていた。

政治家も神経症の人たちに合わせて振舞って俺のことを邪魔している。とても辛い。唯一、愛知県知事の記者会見がすこしだけ救いだった。

名古屋市長には是非、元パリ市長ベルトラン・ドラノエの「リベルテに生きる」を読んでもらいたい。

しんどい。ニュースを見過ぎた。

08050221 | 2019 | 未分類 | Comments (0)

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