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自分が生まれ育った町なのに久しぶりに来ると目がまわる。やっぱり東京は超圧倒的な大きさの、他の地方都市なんか足下 にも及ばないくらいのメガシティだった。新潟で目を引く大きなビルがあって
「あれが新潟県庁だよ」
と教えてもらったサイズのビルがあちこちに建ちまくってる。そして空気に匂いがある。あんまり良いにおいじゃないと感 じだけど、十分くらいで慣れてしまった。

おじいちゃんの米寿祝いは、昔からお祝い事があると行く上野のお店で、村上家の他にいとこの家族と、父方のおばちゃん 夫婦が来ていた。久々に血縁の輪の中でご飯を食べたり話したり。幼い頃のことをたくさん思い出した。父方のおばちゃん 家族ととても仲が良くて、正月とかお盆になると必ずその家族が実家に遊びにきてた。いとこが二人いた。一泊か二泊かし て、車で彼らが帰るのを見送る時、明日からの元通りの日常に思いを馳せて、ものすごく絶望的な気持ちになったのをよく 覚えてる。いとこの一人にはもう子供がいて、その子が幼い頃のぼくに良く似てる。僕はここで生きてたんだなと、普通の ことを改めて思った。 その祝いの終わりがけに、おじいちゃんが挨拶をした。おばあちゃんが亡くなったとき、いつもは感情を全く表に出さない ようつとめてる感じのおじいちゃんが、とても悲しんでいたのをよく覚えてる。あれからだいぶたっていて、いまそのおじ いちゃんが88歳になろうとしている。挨拶の言葉の裏に、なんとなく背負っている孤独を感じた。またそのおじいちゃん は僕がやっている具体的なことはわかっていないと思うけど、体に気をつけて、自分の考えがあんまり偏りすぎないように 気をつけなさい、という鋭い言葉をもらう。父の挨拶もあった。自分にとって絶対的な存在ではなくて、一人の人間として の父親をみているような気がしてなんとなくさみしくなった。久しぶりに会ったってこともあるんだと思う。

お店から帰ってきて実家で話し込んでいるとき、いとこが「清掃員村上2」の映像を見て衝撃を受けたと言っていて、自分 の会社で働いていた人が別のライバル会社のスパイだったことがあるという話をしてくれた。僕の映像を自分の身の回りの 話に結びつけて話してくれたことが嬉しかった。僕はいつのまにか自分の制作活動や作品はこの家庭環境とか親戚関係と切 り離して考えていて、作品の話は通じないだろうと思い込んでたけどそんなことは全然なかった。その壁は自分で勝手に作 り出してた。これは大きな発見だ。

いとこの家族が帰る直前、実家の音楽室でぷち発表会が行われる。最初におばさんがピアノで2曲弾いて、いとこが1曲弾 こうとしたけどうまくいかず、そのあと僕の父親の伴奏で母親が歌を歌った。おじいちゃんがすっごい嬉しそうな顔をして それらを聴いてた。

Posted by satoshimurakami