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文は、読むときによって自分と近づいて同期したり、ものすごく離れたりする。自分で書いたものに関しては、書いた後しばらくの自分はその文章に近いところにいることが多い。いま保坂和志のカンバセイションピースを持ち歩いてときどき読んでいるけど、いまその文体と自分がとても近いところにいるらしく、するすると読める。

道の駅の人に「古里温泉郷」について聞いてみたら、「昔は賑やかだったけど今はもうさびれちゃって・・。」と言う。日帰りで入れる温泉もありますかねと聞いたら、あると言われた。多分夕方4時くらいから入れるんじゃないかと。古里温泉郷は、画家のNさんから「昔現代アートの連中か何人か雇われて来て地域活性をしようとしてたけど、よそもんがちょっときてどうにかなる話でもないからな。なんともならなかった」というような話を聞いていたものあって気になっていたので、次はその辺で敷地を探してみようと思った。ふるさと温泉郷は道の駅から10キロくらい東にすすんだところにある。

道の駅の駐車場を出発しようと、家の窓を開けたら、窓の桟に黒い火山灰が積もっていた。わずか一晩で。やっぱり灰は降ってないようでいて降っているらしい。お昼過ぎに道の駅を出発した。道中、右手に海で左手に桜島の山が見える景色が続いた。海沿いに集落がいくつかあったけど、空き家らしき建物も目立った。桜島は過去の何回かの噴火で、村や神社が飲み込まれたりしている。そして噴火のたびに新しい地面ができ、その上に新しく村や神社ができる。いまこの文を書いているふるさと公園のあたりも、安永溶岩という地盤の上にできている。そうやって火山と一緒に生活してきた。そういえば三宅島もそうだった。

ふるさと温泉郷について、まず目についたのは2軒の潰れたホテルだった。幹線道路から一本入ったところに旅館が並んでいる奥入瀬渓流温泉郷と違い、ここは国道沿いの、海側のみに観光ホテルが並んでいる。2軒のうち1軒の駐車場には「古に思いを込めて~溶岩で灯篭をつくりました」と書かれた看板と、溶岩でできた黒い大きな灯篭が立っていたが、逆にそれが寂れた雰囲気を演出してしまっていた。この場合、古よりも先に現在のことを考えるべきだったんじゃないか。

潰れたホテルを通り過ぎたら大きな空き地があった。たぶんここにもかつてホテルがあったんだろうと思う。その向こうに「源泉掛け流し」というノボリが2本立っていて、ようやくほっとした。道の駅で聞いた通り、どうやらまだ営業しているホテルがあるらしい。ノボリはその向こうのもう一軒のホテルの前にも立っていた。どうやらこの2軒が生き残っている。その向こうから先に建物はなかった。正確には一軒の小さい木造小屋の廃墟(ほとんど全壊状態)と、建設会社の仮設事務所以外は、原っぱがひろがっていた。ここらにも昔はホテルがあったんだろうか。

家をとりあえず路上において、今夜はどこを敷地にしようかうろうろしていたら民家から(ホテルが並んでいる海側と違い、山側の方は民家がいくつか並んでいる)出てきたおじさんから突然「お茶やるよ」と言って500mmペットボトルのお茶を差し出された。お茶は蓋が開いていて、中身もすこし減っていた。「これはちょっと飲めないな、、」と思ったけどおじさんはあげる気満々なのが伝わって来てしまい、受け取ってしまった。

「あんた、あの白い家しょって歩いてた人だろ。生まれは?」と聞かれたので「東京です」と答えた。

「今夜ここらへんで寝ようかと思ってるんですけど、そこのホテルって日帰りで温泉入れるんですかね」

「日帰りで入れるよ。寝るならこの上で寝な。公園。あれがあるから、屋根が。そんでそこからすぐ道路に降りられるから。」

というアドバイスを受けて、その”ふるさと公園”という公園の東屋の下を敷地にした。

家をおいて、暗くなるまで絵を描いていた。「ふるさと公園」は林芙美子という作家の銅像と文学碑が建てられている。なんだかんだ観光客らしきカップルもちらほら来ていた。彼らが話す言葉は日本語だったり韓国語だったりした。心配事がひとつあった。僕はいま現金1000円くらいしかもっておらず、しかも付近にホテル以外の施設が何もなさそうだった。ホテルも外から覗いて見える範囲には食べ物が買えそうな売店はなかった。食料が調達できないかもしれない。いま手元には、道の駅を出発する前に桜島港の売店で念のために買っておいたおにぎりがひとつあるだけだった。

暗くなって気温が下がり、絵を描くのをやめてしばらく国道沿いを、さらに東のほうまで歩いてみた。売店かコンビニか何かないかと思ったけどその気配は全く感じられなかった。ただ、観音橋という大きな橋があり、その下に昔溶岩が海まで流れてそのまま固まったような綺麗な河口が見えた。

そのあと桜島シーサイドホテルというホテルで日帰り風呂。500円だった。売店はなかった。風呂場には他に2人の男性客と、奥の露天風呂から子供の声がして、一瞬男の子の姿が見えた。なんだかんだ宿泊客もいるらしい。しかしこの子供が不思議だった。僕は風呂場にはいってすぐにシャワーで体を流して、一回室内の風呂に浸かって、そのあと露天風呂のほうに移動したらその男の子がいなかった。出て行くところは見てないので、露天風呂にいると思ったらいなかった。もしかしたら、塀を越えて女湯の方からきていた子なのかもしれないけど。でも塀もそんな簡単に越えられそうな高さでもない。不思議だ。

泉質は道の駅で寝た時に使った桜島港の国民宿舎の温泉と同じく、茶色でちょっとどろっとしていてしょっぱい。風呂を出て、何人かの宿泊客とすれ違ってホテルを出た。出がけに、ホテルの従業員のおばちゃんと話した。

おばちゃんの話だと、隣のホテル(たぶん、あの空き地のことを指している)は10年くらい前に潰れた。その向こうのホテルがとっても大きいホテルだったんだけど(たぶん空き地の手前にあった「ふるさと観光ホテル」を指している。溶岩の灯篭があったホテルだ)、それが5,6年前に潰れた。

「今は二軒だけです。二軒だけで頑張ってるんですけど。」とおばちゃんは笑っていた。

「ふるさと観光ホテル」は多分この地域では重要なホテルなんだろう。ふるさと公園に「火の神神社」という小さな神社があるのだけど、その案内板のテキストはふるさと観光ホテルの会長が書いていた。案内板には、御岳の沈静化と、家内安全・無病息災・旅人の安全を願い、神事を観光ホテルの敷地内で毎月行なっていると書かれている。

シーサイドホテルをでて、その隣の「さくらじまホテル」に入って見た。売店があった。ロビーで「ちょっと売店をみせてもらっていいですか」と言うと、従業員のおじちゃんが「たいしたもんないですけど!食料なら道の駅がいいですよ」と、ここから8キロくらい東にある道の駅のことを言う。

「ちょっと向かいの公園で一泊するもんなんですけどね。ちょっとみてもいいですか」

「ああ。お車じゃないんですか。車だったらねえ、コンビニまでいけるんですけどねえ。歩きだとねえ。もう最近はさびれちゃって。小学校も無くなっちゃったんだから。ここには黒砂糖とかそんなもんしかないですよ。」

売店には溶岩で作られた焼き物(とっくりとかおちょことか)が売っていて、すこしだけおつまみのようなもの(ピーナッツとかスニッカーズとかチョコとか黒砂糖とか)もあった。そこで残りの500円を使い、スニッカーズ1つと貝ひものおつまみ1つを買った。おじちゃんは「さくらじまホテル」と印刷されたビニール袋に入れてくれた。この袋は大切にしようと思った。ぼくはホテル内にあるだろう自販機でビールが買えるはずだとふんで貝ひものおつまみを買ったのだが、ビールは300円だったので買うことができなかった。なので昨日の夕食はスニッカーズと貝ひものおつまみで、おにぎりは次の朝ご飯にした。

Posted by satoshimurakami