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8月 07, 2017

チラシ表
チラシ裏

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◯個展「労働をつかむ」

会場:馬喰町 ART+EAT(〒101-0031 千代田区東神田1-2-11 アガタ竹澤ビル202)
開催期間:2017年9月5日~2017年10月7日
時間:火水木12:00~19:00 金土12:00~21:00 日月祝休み
URL:http://www.art-eat.com
<トークイべント>
「労働と体・広告・オリンピック」
9 月 5 日(火)19:30~20:30(開場 18:30)
出演:今福龍太(文化人類学者・批評家)×村上慧
参加費:¥1,500(1オーダーお願いいたします)
定員:50名
※要予約(TEL:03-6413-8049  Mail:info@art-eat.com)
☆オープニングアクト
村上慧による「BAR 現場」 20:30~22:00 トークイベント終了後、作家が腕によりをかけておいしいお酒を作ります。 ぜひ、会場にてご歓談下さいませ。
<展覧会について>
人件費としての僕。人件費としての妻。人件費としての父親。書いていてこわくなる。このからだのためにあったはずの労働を、このからだを通してつかみたい。この個人的なからだが食べ物を食べたがることや、排便をしたがることによって経済がまわっているはずだ。経済活動とからだを連結すればわかるはずだ。(村上慧)
村上慧は、東日本大震災を経て2014年から発砲スチロールで作った自身の家を背負って日本全国を歩きながら移住生活をおくっています。その活動は、2016年に絵本『家をせおって歩く』(たくさんのふしぎ 2016年3月号/福音館書店)にまとめられ、2017年には移住生活中の日記が書籍『家を せおって 歩いた』(夕書房)となって出版されました。そんな村上が今回、向き合うのは「労働」。「このからだと労働の関係がよくわからない」と村上は言います。村上がどのようにして「労働をつかむ」のか、ぜひご高覧ください。
表_fin0806 裏面0807

 

 

 

 

 

 

 

 

◯風を待たずに-村上慧、牛嶋均、坂口恭平の実践-

会場:熊本市現代美術館 ギャラリーⅢ
開催期間:2017年8月30日~2017年11月12日(火曜休館。ただし日祝日は開館し、翌日休館)
時間:午前10時から午後8時 (展覧会入場は午後7時30分まで)
※余震の状況によりましては変更する場合があります
URL:http://www.camk.or.jp/event/schedule/index.html#g3_vol118
本展では、自作した家を背負って歩いている村上慧の《移住を生活する》や、廃棄された遊具を再利用した牛嶋均の作品、それに当館所蔵の坂口恭平によるモバイルハウス《坂口自邸》など、私たちが生きる状況について思考し続けている3人の作家の実践を紹介します。

<ナイトトーク>村上慧と牛嶋均
日時:9月1日(金)18:00-19:30
会場:熊本市現代美術館 ホームギャラリー

 

よろしくお願いします。

 
○Solo exhibition “Labor”
Period: September 5, 2017 – October 7, 2017
Opening hour: Tue, Wed 12:00 ~ 19:00 Fri,Sat 12: 00 ~ 21: 00
Closed Mondays and holidays
Venue: Bakurocho ART + EAT (Agata Takezawa Building 1-2-11 Higashikanda Chiyoda-ku, 101-0031)
URL: http: //www.art-eat.com
 
<Event>
Talk event “Labor, Body, Advertisement, Olympics”
(only in Japanese)
September 5 (Tue) 19: 30 ~ 20: 30 (open 18: 30)
Guest:Ryuta Imafuku (Cultural Anthropologist / Critic) × Satoshi Murakami
Entrance fee: ¥ 1,500 (1 order please)
※Reservations required (TEL: 03-6413-8049 Mail: info@art-eat.com)
☆ Opening Event
“Construction site Bar” by Murakami Satoshi 20:30 ~ 22:00(After the talk event)
 
○Group show “Without waiting for wind -Satoshi Murakami, Hitoshi Ushijima, Kyohei Sakaguchi’s practice-“
 
Venue: Kumamoto City Contemporary Art Gallery Gallery Ⅲ
Period: August 30, 2017 to November 12, 2017 (Closed on Tuesdays, except holidays→closed on next day)
Time: 10 am to 8 pm (entrance until 7:30 pm)
※ It may be changed depending on the situation of Earthquakes
We will introduce the practice of three artists Who continue to think about the situation we live.
<Night Talk> Satoshi Murakami and Hitoshi Ushima
Date and time: Friday, September 1 18:00-19:30
Venue: Kumamoto City Contemporary Art Museum Home Gallery

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News

7月 06, 2017

participating with new artworks in

Open ART Biennale 2017(Örebro/Sweden)

18 June, 2017 > 10 Sep, 2017

Overview:

This summer, Orebro will once again be transformed into art’s urban playground. OpenART, Sweden’s largest biennial for contemporary art in public space, celebrates its sixth exhibition this year. Once again, the city centre will open up for a public encounter with art, long awaited by many. For three months, the urban space will become a forum for exciting creativity, magical experiences, and exhilarating ideas. The focus countries 2017 are Japan and Colombia.

The three regions of the world spotlighted in the exhibition – Asia, Europe and Latin America – form a triangle of ideas.
Already during the planning stage, Orebro’s OpenART Biennale is drawing energy from the exciting meeting between Asia’s thoughtful wisdom and Latin America’s colourful vitality. A triangle of different cultures that helps us let go of what we take for granted so that we can achieve something bigger here in Northern Europe.

On 18 June 2017, OpenART Biennale will come into full bloom with about 100 works by 60 artists in Orebro’s city centre.

OpenART runs until 10 September.

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4月 16, 2017

表紙

2014年の4月に始めた、移住を生活するプロジェクトの最初の1年間の日記を編集してまとめた本ができました。もともと福音館書店に勤めていた高松夕佳さんが立ちあげた出版社「夕書房」の一冊目として出版されます。装丁は佐々木暁さん。見たことのない装丁の本です。全国の書店もしくはインターネットで買えます。

よろしくお願いします。

 

 

 

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8月 16, 2017

ヴェニスにいながら、イ・ランの曲を聞いて良いなあと思ったり、VIdeoNews.comで日本の労働条件についての問題についての番組をみたりしている。インターネットのおかげだ。おかげというかせいというか。

さっき、撮影してきてやった。この世界的な観光地を掃除した。一瞬だけ。メストレ駅で3カット(でも使えるのは1カットだけだろう)と、サンタルチア駅で1カット。その後もヴェネチア島内をいろいろ歩いてまわったけど、どうも撮影する気にならずそのまま帰って来て、いまはホテルのロビーに戻って来ている。僕の他に二人も日本人がいる。ここのスタッフとはすっかり顔なじみになってしまった。

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8月 15, 2017

Trenitaliaの電車。チケットを買う段階で何時何分発のどこまでの電車に乗るのかを指定しないといけない。札よりも大きな、しかもしっかりした紙の大袈裟なチケットが出てくる。券売機で2分後発のチケットを買おうとすると「直前すぎますよ!もっと後のにすれば?」と親切にも警告してくれるんだが、当の電車は、定刻より3分くらい速くても平気で出発する。しかも、車内でチケットをチェックするときは、券売機で指定した電車に乗ってなくても何も言わない。面白すぎる。

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8月 14, 2017

アルセナーレをみてきた。疲れた。とにかく頭脳戦だ。全体的に、第三世界というか、非ヨーロッパの作家が多かったように思う。まだステートメントをちゃんと読み解いていないけれど。知らないアーティストばかりで、あたまが開かれっぱなしで消耗した。新しい作家の作品を見るのは神経をつかう。面白いのもいくつかあった。100点以上の作品をずーっと見ていて、なんか人間ばっかり見ているなと思って、疲れていたところに、Nevin Aladag(トルコ)の遊具を動かして音を鳴らす映像作品と、大きな蛾のようなものをカーペットでつくっていたPetrit Halilaj(コソボ)の作品に救われた。もしかしたらアーティストは人間ばっかり見すぎかもしれない。あとGuan Xiao(中国)の作品には笑った。アルセナーレには、目が嬉しいタイプの作品というか視覚体験として嬉しい作品がほとんどなかった。とにかく頭脳戦を強いられる。そしてまさかの、去年茨城の芸術祭で制作を手伝ったミヒャエル・ボイトラーの作品もあった。あのドイツ人は今回も水に浮かぶ巨大なストラクチャーをつくっていた。サムは今回も来たんだろうか。あとアルセナーレ会場にはいくつかナショナルパビリオンもあって、そこで見たイタリア館が面白かった。連日展示を見すぎて、頭が変な状態に硬直している。アウトプットが必要だ。というか連日動きまくっていて疲れているのか?結構寝ているのに。

明日はここをチェックアウトする。朝早く起きて撮影をして、チェックアウトして、荷物をここに預かってもらってヴェニスをもうすこし観光して(気力があればグッゲンハイムに行きたい)、夜行バス(再び)でローマに行くことにした。サン・ピエトロ大聖堂が楽しみ。

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8月 13, 2017

毎日せっせと展覧会をみてまわっている。毎日と言ってもまだ2日だけれど。いまヴェニス(マルゲーラ)のホテルのロビーにいる。インターネットが使えるのがこのロビーだけだ。部屋では使えない。VideoNews.comを見ていた。今週は珍しく会員へのプレゼントがあるらしい。応募してみようかと思ったけど、これは「問い合わせ」フォームから応募すればいいのか?わからない。イタリアは、これまでのストックホルム・ベルリン・チューリッヒまでとは随分と気候が違う。蚊に悩ませれている。「蚊がいなくなるスプレー」を持ってくるべきだった。あれの効果は素晴らしい。本当に蚊がいなくなってしまうのだ。でもあれは飛行機に持込めなさそうだ。イタリアは、これが地中海気候というやつか、という感じがする。瀬戸内海とどことなく似ているところがある。湿度が高い。ベルリンもチューリッヒも暑かったけど、乾燥していたので日陰は楽だった。ヴェニスは日陰も時々暑い。あといつも眩しい。目が疲れる。

昨日はビエンナーレのジャルディーニ会場を見た。噂には聞いていたけど、ドイツ館が良かった。ぐっときた。とても混んでいた。40分くらい並んでようやく入った。隣に日本館があるけど、日本館も僕は好きな展示だったけど、ドイツ館に負けてた。うまい具合に対比ができてしまっていた。日本館の作品の「リフレクション」的な、表と裏の二元論が取りこぼしているものをドイツ館は必死にすくい上げようとしているように見えた。ドイツ館は床がガラス張りになっており、観客はそのガラスの上を歩き、ガラスの下をパフォーマーが動き回っているんだけど、そのガラスに観客の「リフレクション」がうつっていた。でも現実には、リフレクションの下にも空間があり、そこで人が動き回っている。強い理性を感じた。とても良かった。あとスイス館も興味深い。彫刻家のジャコメッティの複雑な女性関係を扱い、別の立ち位置からジャコメッティの作品を考える。嫌な過去からは逃げられない。ジャコメッティの作品をチューリッヒでたくさんみたあとだったのでぐっときた。ジャルディーニ会場を一通り見て、帰り際にふらっとジンバブエ館をのぞいた。3階(日本式だと4階か?)に会場があるのだけど、その途中の階段の電気が消えていて真っ暗になっていた。こっちであってるのか?と思いつつ、なんだか前にもこんな経験があるなと思い出し、イタリアではこういうスタイルが普通なのかもしれないと思ってそのままずんずんと進んで行ったら、奥に明るい「ジンバブエ館」の展示室が見えた。そんでぐったり疲れて帰って来た。

初日に続いて、昨日もホテルの一階にあるピザレストランでご飯を食べた。ここにはマジで食べ物はピザしかない。ウエイターの女の子が僕のことを覚えていた。コックも。イタリア人はなんでこんなに人懐っこいんだ。支払いの時に、現金だとすっと終わるが、カードだとレストランにカードリーダーがないのでホテルのレスプションの方まで10秒くらい歩いて行かなくてはならず、それを今日もお願いした。なにしろ手持ちの現金が少なく、引き出す方法もないので。昨日のレセプションにも、初日と同じ調子の良さそうなにいちゃんが立っていた。(ちなみに今日もそいつだ)。彼は、初日で僕の顔を覚えていた。調子よく手でバチっとタッチ的なことを求めてきたので、こっちも返そうとしたら、ふっと手を交わされた。腹が立った。彼も絶対にイタリア人だ。「これぞイタリア人」という感じのふるまいだ。預かったクレジットカードの返し方(ぽいっと投げる)とか、僕が日本人だと言ったら「日本人はリスペクトだ!リスペクト!」と言うので「行ったことある?」と聞いてみたら「ないけどここにいるだけでたくさんの日本人に会える。リスペクトしてるんだ!」という感じとか。調子が良い。同じくレセプションに立っている別のにいちゃんが「日本人はいい。中国人はだめだ。」みたいなことを話してたら突然「あまり喋りすぎるな」と英語で言ったりもする。あれは僕に向かって言ったのか、彼に向かって言ったのか?(たった今、そのもう一人のにいちゃんのほうが、いまロビーを通りかかり、僕に向かって「よう」という感じで手を上げて去って行った。)

今日は、月曜日でビエンナーレ会場は休みなので、アルセナーレ会場を見るのは明日にして、プンタデラドガーナとパラッツォグラッシのデミアン・ハースト展と、エスパスルイヴィトンヴェネチアのピエールユイグと、 Giorgio Cini Foundationのいくつかの展覧会(ヴィックムニーズの展示もやってると書いてあったのだけど、会場がわからなかった)と、Paul Mccarthyともう一人のVRの展示と、それと同じ会場でやってたラウシェンバーグとウォーホルの展示と、Sottsassというガラスなどを扱う作家の展示と、あとIntuition展を見て来た。ハースト展は期待していたけどよくなかった。金のかかった遊びに付き合わされた気がする。作品一つ一つをじっくり見る気が起こらなかった。あのでかいやつとか、どうやって搬入したんだ。Intuitionが素晴らしかった。でも時間がなくて最後流し見になってしまったけど、また会期中にヴェニスに来ることがあればまた見たい。60ユーロ以上する重いカタログを買ってしまった。荷物が増えた。。Sottsassも良かった。グッゲンハイムが時間がなくて見られなかった。しかしぐったりだ。もうシャワーをあびてごろごろして寝たい。

そういえば、昨日明け方4時くらいに一旦目が覚めてしまったのでその時間で「文学的なジャーナル」を読み終えた。一人の人間による、私的なはずの日記が、突然こっちの世界に侵食してくるような、ぞっとする瞬間がいくつかある。面白い。これはB&BのTさんに勧められて買った本だ。いまは小川さやかの「その日暮らしの人類学」を読み始めるところだ。こっちは池澤さんがくれた本だ。

明日はアルセナーレをみて、明後日までに撮影(一人だ。。)をやるのはいいとして、明後日どこにいこうかまよっている。パンニーニのサン・ピエトロ大聖堂がすごかったので、ローマにいって実物を見ようか、あるいはパリにいってルーヴル美術館で他のパンニーニ作品を見ようか。あるいはどっちも行ってしまおうか。ロンドンも行きたい。しかし時間はもうそんなにないぞ。と、いまルーヴル美術館公式ウェブサイトから調べてみたらなんとパンニーニ作品は一つしかなかった。どういうことだ。こういうときどこを調べればいいんだ。

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8月 12, 2017

日記をさぼっていた。531日から62日まではチューリッヒに滞在していた。友達がチューリッヒにいるということもあって、清掃員村上の撮影をチューリッヒでもやろうと思った。前の日記にも書いたけど、友達が手伝っているedition finkというアートブックを作っているスタジオの一室を、寝室として使わせてもらった。スイスでも5本指に入るアートブックスタジオらしい。ここで作られたとても良い本がたくさん本棚に並んでいた。オーナーがめちゃくちゃ良い人で、可能な時はいつもご飯に誘ってくれたり、僕が「ヨーロッパの清掃員はみんな蛍光色の服を着ている。どこかでこういう服が帰るところはないかな」と相談してみたら、インターネットで店を調べてくれて、結果的に安く蛍光イエローのTシャツを買うことができた。(でも、そのTシャツをさっそくチューリッヒに忘れて、ここヴェニスに来てしまった。)

蚊のようなものが飛んでいる。。もうそんな時期か。ヴェニスはちょっと蒸し暑い。

チューリッヒではチューリッヒ美術館(大規模な改装中だったけど入れた)に行ったほかには、街をぶらぶらして、清掃員の撮影をしただけであった。チューリッヒ美術館は膨大な数のコレクション展がとても良かった。特にOld Mastersのコーナーにあったパオロ・パニーニの「サン・ピエトロ寺院」。噂は聞いていたけど大きな実物を見たのは初めてだと思う。これはもう平面作品というより、建築物だった。建築物が出現していた。調べてみたらルーブル美術館にでかいのが4点あるらしいので、できれば今回の旅のどこかでやはりパリにも行きたい。あと彫刻家のジャコメッティのコレクションもたくさん。彫刻も良いけどドローイングも鳥肌。ジャコメッティの作品が同時代のシュールレアリズムの作品と一緒に展示されていた。

清掃員の撮影は、友人の色々な助言を借りながら良いものが撮れたと思う。自分の仕事が終わってないのに撮影を手伝ってくれた。ありがとう。やっぱりベルリンで一人で撮った時とは心の余裕が全然違う。それなりに緊張するけど、アングルや体の動きをいろいろ考えながらできる。一人でやるとそれらを深く考える余裕がない。ちなみに撮影していない時には「清掃中」の黄色い看板が見えないように服を被せて運んだりやビデオカメラに布をかけて運んだりしていたけど、友人に「その黄色い看板はそんなに気になるものじゃないよ。たぶんカメラも。自意識メーター上がってる」と言われた。そうだこの撮影は自意識との戦いだ。その自意識を克服し、完全に自分の清掃員の世界にできたとき、本当に良い動きが生まれる。

天井をよくみると蚊が4匹ほどとまっている。やつらは明るいときはこうやって高いところに待機し、人が電気を消してから降りて来る習性をもっている。これは種差海岸のキャンプ場で、一晩中蚊と戦ったあの時に学んだことだ。今日は電気をつけっぱなしにして、顔に手ぬぐいでもかけて寝ることにする。

チューリッヒでの撮影日の前日、なぜかインターネットでブラッディマンデイという漫画を全巻読破してしまった。朝5時までかかって。馬鹿だ。よりによって前日に。おかげで撮影がおわったころには本当にくたくたになっていた。去年も「ブラックジャックによろしく」をスウェーデンで朝までかかって読破した覚えがある。能代では、マクロスFだかまどマギだかを朝までかけて全話観た。時々こういうことがある。

そんで昨日の夜、チューリッヒ発のFlixbus(再びの)に乗ってヴェニスまで来た。チューリッヒのバス停でずっと「ローマ行きのバスが来ない」みたいなこと(たぶん)を一人でイタリア語で騒いでいた男がいて、めちゃくちゃ目立っていた。さすがイタリア人で元気いい人は、別次元だなあとか思っていた。しばらくして自分のバスが来たので乗ったら、そのイタリア人が乗っていて、しかも彼の隣しか席が空いてなかった。うわぁ、、と思ってしまったが、彼は騒がしいけど、それは陽気さの裏返しで、席における自分のテリトリーとかも守るナイスガイだった。起きている間はイタリア語でなにかしら独り言をしていた。僕にも時々話しかけてくる。僕はイタリア語はわからないけど、彼にとって僕がわかってないことはあまり大事ではないらしい。前の席の人に向かってなぜか僕のことを「グッドマン。グッドマン」と紹介してくれた。くたくたの状態で乗ったのですぐ寝れるかと思ったけど不思議とそんなに眠くならなかった。隣の陽気なイタリア人が先に寝た。イタリア人は陽気で良い。長距離バスなんかでその本領を発揮するんだなと思った。バスに荷物を預けるときも、列になって並んでいるイタリア人たちのおかげでその場の空気が和んで笑いが絶えなかったし、運転手も良いイタリア人だった。

今朝の9時ごろにメストレ駅に着いた。すぐに予約していたHOTEL COLOMBOに行って大きな荷物だけ預けた。実はこのホテル、4年前にヴェニスビエンナーレを見に来たときに泊まったHotel VIennaのすぐ裏にある。目立つ外見をしているので、4年前に来た時に「こんなホテルあるのか」と思ったのを覚えている。Hotel Viennaは今も健在だったし、そのとなりにある良い雰囲気の小さなレストランも営業していて嬉しくなった。4年前、このレストランで何度かご飯を食べた。初日と2日目は確か勇気がなくて入れなかったのを覚えている。

大きな荷物をあずけて、一旦ヴェネチア島に行った。そこでぷらぷら歩いて、島の中央あたりにあるレストランでビールとイカスミのスパゲッティ(edition finkのゲオルクさんに「ブラックスパゲッティを食べたことがあるか?」と聞かれてから、頭はずっとイカスミのスパゲッティだった)を食べてホテルに戻ってきて、チェックインをして、それから昼寝をした。ホテルに着いたのは14時だったけど、起きたら20時だった。不思議な夢をみた。現在の年齢になった高校の同級生とともに、高校の卒業式をもう一度やるという夢。みんな忙しいので、集まって合唱など(なぜか合唱をやっていた)を練習する時間がとれず、式はひどいものだった。僕の家族も来ていた。

夢から覚めた時はひどく絶望的な気持ちになってしまい、なんでこんな自分はところにいるんだと思ってゴロゴロしていたけど、どうにか体を起こして、ホテルの1階にあるピザ&バーの店で夕食(プロシュートのピザ)を食べて、その後ネットでビエンナーレやヴェニスでやっている他の展覧会の調べ物などをして今にいたる。ヴェニスでは、ビエンナーレ2会場と、チューリッヒで人に教えてもらったPaul Russoというキュレーターがやっているという展覧会、プンタデラドガーナ、パラッツォグラッシ、Fondazione Giorgio Cini、グッゲンハイムヴェニスをまわり、清掃員の撮影もする。また一人だ。。

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8月 11, 2017

チューリッヒはとても良い。ベルリンとは違って空気がとても綺麗で、街全体の雰囲気が上品。やたらと銀行がたくさんある。スーツを着た人が多い。ホームレスや物乞いが見当たらない。お金持ちの街という感じ。物価はめちゃくちゃ高いので、お金さえあれば住むのにはとても良い街だ。でもここも、綺麗すぎてずっと住んでいると退屈してくるかもしれない。あらゆるところに人間の手が入っている。「裏」がない。日本でいう「裏山」のような場所がない。日も長くて、夜は10時半くらいまでにようやく暗くなる。妖怪は生まれないだろう。edition finkという、スイスでは有名なアートブックのデザインをやっている事務所の一部屋を居室として使わせてもらっている。

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8月 10, 2017

今日は涼しい。今日は涼しいが、昨日までずっと暑かった。ベルリン。こんな真夏日みたいに暑いとは。昨日までは毎日最低気温が20度越えで、日差しも強い。でも空気が乾燥しているので、暑さがそれとなくさわやか。でも町の空気が悪い。ずっと鼻炎が発症しているような状態だ。特にビールを飲んだあとなんか特に。でもマスクをしてる人はほとんどいない。というか一人も見なかった。ストックホルムでもそうだったけど街中に、なんかふわふわした白いワタのようなものが飛びまくっている。なんらかの植物の胞子だと思うけど突き止められず。あれはなんなんだ。ベルリンは住みやすそうだけど、この空気の悪い感じはちょっときつい。あるいは、花粉症みたいななんらかのアレルギーで鼻炎が発症してる可能性もあるけど。さっき寄ったベルリンセントラルバスステーションの売店の男がめちゃくちゃ愛想が悪かった。そういえばここに着いた日に話したインフォメーションセンターのおっさんも愛想悪かった。ここでものすごいいろんなタイプの人を相手に仕事をしてると、なんかあんな感じになっちゃうのかなと思ったけど。それにしても。こっちではとにかく、自分から主張していかないとマジで話も聞いてもらえない。ドイツは意外とカードが使えないところが多かった。スウェーデンではほとんどの人がカードで支払いをしていて、現金を使ってる人は数えるくらいしか見なかった。そのつもりで、あんまり現金を持ってきてなかったんだけど、これが大間違いだった。現金は6万円弱しか持って来ておらず、いますでに3万円くらいになってしまった。これからチューリッヒ、ヴェネチア、もしかしたらロンドンと滞在するのに。大丈夫か。しかもまた運が悪いことに、僕のカードにはICチップがついておらず、そのせいで使えないこともある。さっきも売店で、カードを使おうとしたら使えず、現金!と言われた。あれは挿入方向が間違っていたんじゃないかとも思うけども。とにかく、なるべく現金を使わずに過ごすしかない。帰国したら、キャッシングができるICチップ付きのカードにしようと決めた。

なんにせよ、ベルリン滞在は終わった。今はFlixbusでチューリッヒに向かっている。フランクフルト経由で。また15時間の長旅になる。ベルリンでは結局美術館やギャラリーに行けなかった。チューリッヒではいけるだろうか。窓から外はずっと同じだ。ここの風景はずっと草原と低い山だ。日本が懐かしい。あの険しい山々が。ヨーロッパの大地は、本当に、よくもまあこれだけ耕したもんだと思うほどにずっと平坦で草原が続いている。ロンドン周辺と、スカンジアビアの南側からドイツを経て、スイスの中央部までの風景しか知らないが、本当にずっと草原だ。何度も着て生地がすれきった「BOMBORI」のロゴが入っている白いTシャツと、まだ新しい水色の作業着の(清掃員の)ようなスラックスを履いて、ベルリンの中央バス駅からフランクフルトに向かうバスに乗っている。バスは、13時20分にベルリンを出発し、途中で豪雨に見舞われながら、いまでは雨も止んだドイツ中央部の草原を突っ切っている高速道路を南西に向かって走っている。いつか小説を書きたい。自分の話ではない、なにかフィクションを書きたい。登場人物をつくりあげ、自分の中に住まわせ、また別の人物とやりとりをさせたい。どうも、主語が自分から離れると、文章も自分から離れしまうような気がして、筆が進まない。今まで何度かトライして見たが難しかった。何か、明確な命題と物語の大枠を作り上げてからの方がいいんだろう。いや、ここに書いてあることもフィクションかもしれないぞ。僕が本当はどこにいて、何をしているかなんて確認のしようがない。いまヨーロッパでバスに乗ってるかのように見せかけているが、本当は東京の実家にいるかもしれない。札幌にいるかもしれない。あるいは、Orebroにある安いホテルに泊まって、ベッドに座ってパソコンを開いてるかもしれない。わからないぞ。これを読んでるかのようにみせかけているが、本当なのか?何か、パソコンの前に座って字面を追ってはいるが全然読めていないんじゃないのか。一体だれに向かって、書いたふりをしたり、読んだふりをしたりするのか。そういうふりをしているのか?なにかよくわからない他者のようなものにむかって読んでいるふりをしているのか?

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8月 09, 2017

必要とされたらすぐにやめなくてはいけない。と書いたことがあるけどそれはあながち間違ってないんじゃないかと思っている。基本的に「人から頼まれる仕事」はこれまでの”実績”を踏まえられて”何かしらの役にたちそう”なものを求められることではじまる。なんというか”ある一定の枠組みをもつ認識の中側からしか生まれてこない”のが”人から頼まれる仕事”だ。ミステリー小説の真髄は、ミステリー小説とされる本の中には存在しないと、居島さんが言っていたけど、これと同じだ。何がクリティカルでラディカルなものなのか。本当に制度そのものを扱おうとしたら、その制度そのものをメタに扱うための土台を永遠につくらないといけないことになる。達成されない。つまり仲間がいない。見渡しても今生きている人では一郎さんくらいしか知らない。荒川さんは死んでしまった。基本的にみんな、どこかでなんらかの制度内で一番上を目指すということを考えてしまっている。それはもちろん「人から頼まれる仕事」で生きるには一番良い方法なんだろう。”仕事”とされるものは、ある種のルーティンとしてしか成立しえない。蓄積がものを言う。すごく砕いて言うと「”自分がやるべきだと思ったこと”が仕事になった瞬間”自分がやるべきだとは思えないこと”になってしまう。この究極のジレンマ。どこに行き着くのかわからん。とりあえず当面は難しいことは考えないで、やるべきだと思うことをやり、それを変に当てはめなければいいだけか。しかし専門性とはかけ離れていく作業だ。つらい。僕は何かを蓄積してこれただろうか。つらい。これは考え始めると絶望的になるに違いないのであんまり考えないようにする。というか考えても不毛なことだ。やることが変わるわけではない。28歳にもなってまだこんなところにいる。本を読もう。当面はアーレントとソンタグと岡崎祥久と保苅実と小川さやかを。オーウェルのカタロニア讃歌もまだ読み終わってなかった。人から勧めてもらった本はなぜか大抵面白い。

(06040259追記)あとブレヒトも。

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8月 08, 2017

古川日出男さんの「ベルカ、吠えないのか?」を昨日ポツダムのホステルのベッドの上で読み終わった。こっちに来る前に、松本の丸善書店で急いで買ったのだった。凄まじいくらいの読後感。読後徐々にその想像力の巨大さが押し寄せて来る感じ。離れ技だ。これまでまったくマークしてなかった地点からこっちの世界を記述されるような。こんな物語をどうやったら思いつくのか。。読んでいて、書き手が掴もうとしているものの大きさに唖然、というか恐ろしさを感じることがしばしばあった。これはマジで敵わないなと思ってしまうこともあった。あとで考えると、文学をやる覚悟の大きさを目の前にして、ただ突っ立っているだけだった。しかもその本を、今から72年前に日本に対する降伏を要求する「ビッグスリー」による会議が行われたこのポツダムで読んでしまった。本の中で重要な地として出てくる米領サモアには、いま友達が青年海外協力隊として働きに行っている。その遠い太平洋の島国と、このポツダムと、日本とを、ぐおんぐおんと行き来させられる。犬の血統の話。やめておけばいいものを、ネットでこの本に関する直木賞審査員の書評を読んでしまった。本当にやめておけばよかった。でも誰かと話したかった。けど近くにいるのは、ホステルに泊まっているインドからきた旅人。彼は誰かと電話で話していた。そこで彼に「ちょっとこの本、すごかったんだ。」と話しかけるような気にはなれなかった。というかそんな人はいない。

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8月 07, 2017

どうにか、とりあえず撮影はやってきた。でも、必ずしも満足の内容ではない。今回は引き分けくらいか。ベルリンと。もしかしたら負けてるかも。一人で撮ると、どうしてもカメラを僕から離れたところに置いてしまいがちで、結果的に全体的にちょっと遠巻きに撮れてしまった。それと映像を見返して初めて気がついたけど、どうやら完全な屋外でやるよりは、この作品は半屋内のような場所でやったほうが効果的なこともわかった。しかし残念ながら、今日の僕には屋内で一人でこれを撮影するだけの勇気はなかった。湯浅さんの協力が得られる31日まで待って、追加で撮影すればよいのかもしれないけど、いったんベルリンを離れる。撮影時間は時間にしてわずか15分弱だけど、こんなに消耗するとは思わなかった。まじで勇気が足りない。勇気が。アンパンマンが。

撮影中に「そのカメラでいま私を撮してなかった?」と聞いて来た女性がいた。その時は撮影してなかったのでメモリーも見せて写ってないの説明したら笑顔で去って行ったけど、日本では一度もされたことがない質問だったので驚いた。それ以外は、本当にベルリン(アレクサンダープラッツ周辺だけで撮影した)は、いろいろな人がいろいろなことをやっていて、それが承認されている街だ。突然裸になる女性(なにかの撮影っぽかったけどびっくりした)がいたり、たくさん物乞いがいたり、タバコをくれと言ってくるひとがいたり、弾き語りしてる黒人の兄ちゃんがいたり、なんか中度半端なブレイクダンスを披露してる人がいたり、ドラムとバイオリンの路上ライブをやってたり、ペットボトルや缶を集めるためにゴミ箱を漁って回っているひとがいたり(これは本当にたくさんいる)。日本人もみかけた。けど、中国人や韓国人の20分の1程度という印象。ちなみにポツダム会議が行われた宮殿では日本人観光客が2組もいた。

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8月 06, 2017

惨めに帰って来た。敗者だ。ベックのLoserを聴きながら帰って来てしまった。惨めだ。ベルリンの雰囲気に負けた。街に負けた。一人でやるのが、こんなに勇気がいるようなことだとは、よく考えてなかった。人にカメラのそばについて撮影してもらってするのと、一人でカメラを三脚で立てて録画ボタンを押して、するのとでは全然違う。一人でやるのには、マジで勇気がいる。清掃員は、これまで3回くらいやっているけど必ず誰かに撮影してもらっていた。その撮影者の存在が僕を後押ししてくれていた。味方になってくれていたから。これは、結構面白いポイントかもしれない。世の中には、こうやって公共の場所で何かやってそのビデオを作品ぽくする人もたくさんいるんだろうけど、その中の何割が、マジで一人でやった経験があるだろうか。銀河が奥多摩でドラムを叩く様子を一人で撮影してyoutubeにあげまくっていた「Okutamountain」を思いだす。あれを超えるにはまじでこのベルリン(なぜかベルリン)で一線超える必要があるのだ。今回は撮影者はいない。カメラの盗難の危険とかもあるんだけど、まあ1分とかだし(この1分を捻出するのに、何時間もかけてベルリンの街を歩き回ったあげく、結局捻出できなかった。ブコウスキー流にいうと「すべての時間を無駄にしてしまった」)、大丈夫だろう。怪しいやつがカメラに近づいたら中断して追いかければいいだけだ。結果的に、ベルリンのアレクサンダープラッツの周辺を何時間も歩き回ることになった。昨日あんなに汚かった広場は、今日みたらすっかりゴミが片付けられていた。あれを片付けるのは並大抵のことではない。明日こそはやらなくてはいけない。やらないと、もうベルリンでやるチャンスはない。まさか初一人清掃員アンド撮影がベルリンだとは考えたこともないけど、もうやるしかない。どうかできますように。初めてがベルリンとはなかなか面白いかもしれない。こうやって文章を書いていると

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8月 05, 2017

会議室に入った途端にちょっと怯んだというか、ぐっと胸に迫ってくるものがあった。この会議で日本に対する降伏が要求されたと同時に、アメリカのトルーマンはこのときすでに、原爆実験の威力に関する報告を受けて降り、この成果をもってすればスターリンに対して優位に立てると思い、このポツダムの地で、その内容をスターリンに伝えたという。それを聞いたスターリンは自国の核開発にますます力を入れることにしたという。冷戦の構図は、このポツダムからすでに始まっていた。まだこの会議から七十年しかたっていない。当時会談に使われた机や、英米ソの国旗や、それぞれの首脳の控え室は当時のまま残っている。まだなにもかも残っている。そんな状態。最近日本では共謀罪の施行が決まり、「国」の存在感が日に日に強まっている。あの戦争のあと、高度経済成長を経て、中産階級がたくさんうまれ、民主主義がうまくいったように見え、グローバル化が進み、割りを食った人たちが不満を爆発させ、世界中でナショナリズムが台頭しはじめた。EUが生まれ、EUから脱退する国が生まれた。この間で七十年。まだポツダム会談で使われた机や調度品、控え室は、今だに当時のまま残っている。目まぐるしすぎる。短期間であまりにも色々起こりすぎていていったい何がどうなっているのか。

昨日はリベスキンドが設計したベルリンのユダヤ博物館も見学してきた。このポツダムの宮殿のほうは、日本語ガイドに沿って宮殿内をまわって、1時間半程度だった。さすがユダヤ博物館のほうは、こっちも日本語ガイドがあったけど、全部まわるのに4時間かかった。ぜんぶちゃんと見ようとしたら1日では見切れない。ユダヤに関する展示は、さすがにものすごく力が入っていて、僕は北海道博物館でみたアイヌの展示と比べてしまったけど、比べ物にならない量だった。ユダヤの人々一人一人の物語にフォーカスする部分がたくさんあって単純にユダヤという総称でくくられるのを、注意深く避けて展示しているように見えた。ショックだったのは、ヒトラーが、第一次大戦の時に活躍して戦死したユダヤの兵士たちの墓からネームプレートを剥ぎ取る政策もおこなっていたということ。ユダヤ人に対する、肯定的な気持ちを抹消するために。信じられないけどこれもわずか七十年前の話だ。ベルリン市内には壁がたっていたラインがわかるように道路上に残っていたり、空爆で破壊された西ドイツの教会が遺構として残されていたり、こういう力の入った博物館があったり、いろいろなところで歴史の動脈を感じることができる。僕が泊まっているポツダムのホステルのキッチンスペースにも、毛沢東とレーニンとスターリンとマルクスなんかが「Welcome to the party」の文字とともに描かれたアイロニカルなポスターがあったりする。このへんの、過去に対する自覚が、いたるところに張り巡らされていて、湯浅さんとも、このあいだ久々に話して、彼女はもともとそういう色々な話をするのが好きなことは知っているけど、原発とか移民とかの話が自然にでてきて、こういう話は日常的にしているのだろうなと思った。

さて昨日いったアレクサンダープラッツ(ベルリンの最も中心らしい)の広場はゴミが落ちまくっていて大変汚かった。清掃員の映像は、アレクサンダープラッツ周辺と、ベルリン芸術大学周辺で撮るのが良さそう。今日はまたこれからベルリン市街に行ってぷらぷらしてこようと思う。一応撮影できるようにひとしきり持っていこうか。

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8月 04, 2017

コーラが飲みたくなる。気候のせいなのか。町の雰囲気のせいなのか。

相手が誰であれ、僕以外の人とのその場だけのコミュニケーションのために、僕が長い間ずっと考えてきた制作に関する動機やモチベーションが阻害されるようなことがあってはならない。言語の問題とか、その時の気分の問題とか、そんなのは関係ない。僕は僕がやるべきなのは何か、それだけを考えるべきだ。誰に何と言われようと。

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8月 03, 2017

ポツダムのホステルのキッチンで窓から外を見てたら「良い天気か?」と聞かれたので「良い天気だ」と言ったら「天国が微笑んでいるHeaven is smiling」と言った。初老の男性。

いまはSバーンという電車にのって、ポツダム駅からアレクサンダープラッツ駅に向かっている。電車は結構な森の中を走っている。ベルリンという年のど真ん中から電車で20分でこんな森が広がっているところがあるのが、まずびっくり。東京はそこまでも建物が続いている。規模としてはやっぱり圧倒的だ。圧倒的に集中しすぎだ。昨日湯浅さんが話していたけど、ドイツは国会はベルリンにあるけど、ベルリンは産業の中心地ではないらしい。ミュンヘンとか、ケルンとか、国内の色々なところに役割が分散していて、しかもどの都市も「ドイツの他の都市がダメになっても、うちは大丈夫」と思っていて自立心が強いらしい。日本は東京が潰れたもうダメでしょ。と言っていた。彼女はいまこっちの大学で、よくわからないが建築で持続可能なものを志向する勉強をしているらしく、修士課程を取得中。日本人の留学生は全然いないと言っていた。韓国人の留学生はたくさんいる。中国からも。日本人も何人かいるが、日本人同士でつるむのをなぜか嫌がる傾向があるらしい。中国や韓国からの留学生は、お互いにめちゃくちゃ助け合っていると言っていた。日本人は、あんな小さな国でも、あの囲いの中でしか生きられない民族なんだから、あそこでしか住めないのに、なんで原発を動かそうとするのかわからない。と。なんの反論もできない。

このSバーンに乗るまでの過程を思い返して書いてみる。なんだかんだ、ゆっくりパソコンを開く時間が取れなかった。18時間のバス移動は疲れすぎた。ストックホルムから18時間かけて、途中に1時間程度のフェリーも挟んで、ベルリンのセントラルバスステーションというところに、昨日朝8時についた。湯浅さんと10時にベルリン中央駅に待ち合わせをしていた。僕はてっきり、バスステーションに両替できる店があると思い、日本円をユーロに両替せずに来た。これが大間違いだった。バスから降りてまずはトイレにいこうと思ったらトイレの利用に0.5ユーロ必要だった。ユーロは1セントも持ってない。じゃあ両替だと思い、バスステーションのインフォメーションセンターで両替店はどこかと聞いたら「ここにはない。キャッシュポイントを使え」と言われた。衝撃を受けつつキャッシュポイントって何だと考えたらおそらくキャッシングの機械のことで、試しに僕のクレジットカードを入れてみたら「このカードにその機能がありません」と表示された。これはまずいかもしれないと思いはじめた。トイレに行きたいのがそのまずさに拍車をかけた。とりあえずベルリン中央駅までいければなんとかなると思い、 Uバーンという地下鉄に乗ろうとして、券売機できっぷを買おうとクレジットカードをいれたら、僕のカードはICチップがないタイプのカードで、使えなかった。いよいよ身動きが取れなくなった。旅行をなめていた。緊急事態っぽいので、無料で使えるWi-Fiスポットを頑張って探しだし、湯浅さんに「ユーロがなくて身動きがとれない」とメールをした。そしたら30分後くらいに、湯浅さんがバスステーションまで来てくれた。実に6年ぶりの再会。お金を借りて地下鉄に乗り、ベルリン芸大がある駅まで行き、そこで日本円からユーロに両替することができた。

ベルリン芸大の学食で一緒にご飯を食べ、先述したような話をし、掃除道具を買うならどこがいいかという相談をした。ベルリン芸大の学食は、公道沿いに普通にレストランみたいに建っている。

と、こんなん書いてたら突然電車内で吹奏楽が。4,5人の演奏隊がなんかきいたことのある曲を歌いながら演奏している。自由だ。湯浅さんも言ってたけど、なんか、振る舞いが自由だ。みんなの。街をあるいてると、よく合唱が聞こえてくるし、こうやって演奏も始まるし、電車に自転車が普通に乗れるし、平日なのか休日なのか町を見ても全然わからないし。ビールは安いし。

掃除道具は、ホームセンターがいいと言われたので、ホームセンターがいくつかまとまっているという駅を教えてもらい、そこでおりていくつか買った。安い。100円ショップみたいな値段だ。

買い物をして、ホステルを予約してあるポツダム駅まで来て、近くのスーパーでご飯をすこし買いためて、昨日は早い時間に寝た。

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8月 02, 2017

500cc120円くらい。確かに安いと思って袋から瓶を出してよく見たら、ALKOHOLFREIES PILSENERと書いてあった。またやってしまった。

去年スウェーデンでも同じミスを犯した。日本のビールみたいにわかりやすく大きく0.0%と書いてあるわけではないのでよく見ないとアルコールゼロのビールを普通に間違えて買っちゃう。現地の人は間違えないのか?

ベルリンはとても住みやすそうなところだと、来た初日にして思ってしまった。ドイツ語が日常会話程度でできれば、けっこう天国みたいなところだと思う。物価もそんなに高いわけではないし。何よりビールが安い。色々な種類の人たちがいて雑多で落ち着くけど整っている。

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8月 01, 2017

ヨーロッパ中を長距離バスで結んでいるFlixbusというバスに乗って、ストックホルムからベルリンに向かって移動している。所要時間が史上最長の18時間。こんなに長い時間バスに乗ったことはない。先日の成田からストックホルムまでの飛行機よりも長い。高速道路を走っている。それにしても、バーガーキングはどこにでもあるな。59ユーロ。だいたい7000円くらいで、18時間かけてストックホルムからベルリンに行ける。

Pressbyranというコンビニでパンとサンドイッチみたいなやつと水(買ってから炭酸入りだと気がついた)を買ってバスに乗り込んだ。ストックホルム中央駅には、電車の駅に併設してバスの駅がある。バスタ新宿みたいに、バスが乗り付けるプラットフォームがたくさんあって、何時にどこ行きが出るかが大きなディスプレイに表示されている。

1日が早い。もうこっちに来てから3日目とは。このまま何が起こってるのか全然わからないうちに死ぬ。何が起こってるかわからんうちに40日間のヨーロッパ滞在が終わって。どうせ何が起こってるのかわからんのだったら、さっさと作品をぼんぼん撮影してしまった方が良いだろう。でも、なんだろう日本で撮影するときとは全然違う種類の緊張が。白人に対してコンプレックスを持っているからなのか、街にいる市民たちの、リテラシーというか寛容さが計り難いからなのか。わからないけど。でもここで立ち止まるというかひるむのは本末転倒もいいところだ。そういうものの物差しになるべく、僕はこの作品をやるんだから。物差しをおくことをびびってたら”それ”をはかることは永遠にできないだろう。はかってから、あれこれ言うべきであって、ものさしは”置かれなくてはいけない”だろう。常に。どんな場合でも。

スウェーデンは一つの商品の単価は高い(この炭酸水は普通のペットボトルサイズで300円くらいする)けど、なぜか、二つで~円とか、~と組み合わせれば~円、みたいな抱き合わせが店内の色々な張り紙を通して推奨されまくっていて、実際その値引き率がかなり高い。一本25SEKする飲み物が、2つ買うと35SEKになったりする。これはいったいどういう精神状態なのか。

ベルリンというか正確にはベルリンに近いコットブスという街には、僕の大学の同期で、三年生のときに二人で組んで設計課題に取り掛かったが、二人とも我が強いので途中で分裂した相手であり、メールでは度々連絡を取り合っていたけど会うのは大学卒業して以来初めての湯浅さんが住んでいる。よくわからないけど建築の勉強をしているらしい。もう数年ドイツにいる。僕が到着する明日の朝9時半にベルリンに来てくれるらしいのですごくすごく楽しみだ。しかし、窓の外の景色がずっと平らだ。人工的な森がひたすら永遠に遠くまで続いている。妖怪とかがいなさそうだ。日本の会津の山みたいな深くてこわい山はこの国にはあるのか?よくもここまで耕したもんだ。もともとこんな平らだとは到底考えられない。でも去年聞いた話では、スウェーデンは北に行くと自然が厳しくなって行くというから、いま南に向かっている以上ここから山がけわしくなって行くことはないんだろう。長旅だ。18時間の移動が、どんな影響を与えるのか全然想像がつかない。飛行機みたいに超高速ではないので、時差ボケするとかそういうことはないけど。そういえば、到着した日に空港で寝て、翌日は早かったけどホステルで寝て、からだはあんまり疲れていないような気がする。時差ボケもいまのところ感じない。いま日本は21時半か。こっちは真昼間。そういえば事前に予想していたほど寒くない。半袖でも全然大丈夫。夜はちょっと半袖では肌寒いかもしれないけど。空の色も、日本のそれとは質が違くて、青みが薄い。

今、菜の花らしき黄色い花が一面に咲いている畑を通過した。綺麗だったけど、人工物感を強く感じてしまった。こんなこと言ってしまうと怒られそうだが、要するにただ黄色いだけで、その”平さ”は他の景色と完全に一緒だ。この”平らな自然の所在のない感じ”、前にどこかで見たことあると思ったら、フラワーパークだ。日本のいくつかのフラワーパークに行ったことがあるけど、それはとても綺麗なんだけど、なんというか所在がない。平らすぎて。心が落ち着かない。あのフラワーパークの方向性は、このヨーロッパ的な自然開発の方向性と同じだったか。今気がついた。

前の席で、小さい女の子の子供。ムスリムのお母さんが隣にすわってるんだけど、その子供が泣いている。この子がどこまでいくのかわからないけど(このバスはベルリンが終着で、途中にコペンハーゲンとかいくつか停車地がある)、もしベルリンだったら18時間バスに乗ってるのは子供にはきついだろう。そんで、親も好きでバスに乗せているわけではないのだろう。人様の事情を勝手に読み取ってしまうのはよくないけれど、色々見て取れる。ちなみに僕の隣には、3.5%の缶ビール(たぶん、スーパーでかったやつ。スウェーデンでは3.5%までのアルコールはスーパーで買える)をもった、右腕にタトゥーがある青年が座っている。後ろにはその仲間っぽい人もいる。その騒がしいのを嫌がって、前の席に移動してしまった女性もいる。高速バスはいつも多様性にあふれている。日本でも。ヨーロッパでも。さすがEU。国境をいくつかまたぐのに、一本の高速バスでいけるのは素晴らしい。

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7月 31, 2017

映像の撮影をしようと思って移動しているのに、なかなかその気にならない。だめな人だ。ただの。どうしようもない。人の視線ばかりを気にして、自意識を膨らませている。英語が流暢に話したり聞いたりできないのが辛い。僕も、見られている存在ではなくて、見る主体にならないといけない。昨日、ストックホルムの路上の清掃員をずっと追いかけて観察していた。観察していると元気がでる。色々と発見があった。何も、ほうきやモップを動かすだけが清掃員ではない。ゴミ袋を縛ったり、路上のゴミ箱を開けたり、あちこちに視線を走らせてゴミが落ちて居ないかを探すのも「清掃員の振る舞い」だ。これはヒントになる。見る主体になっている時、なぜか元気になる。制作が心を救ってくれる。この自意識と煩悩にまみれた心を。しかし、ひどい。とにかく、英語は絶対に使えないとだめだわ。心に良くないわ。

AHLENSという、日本でいうマルイみたいな商業ビルがストックホルム駅の近くにあって、そこに入って清掃員を探したけど見つけられなかった。けど、なんとなく、行けそうな感じはした。こういう場で、一人でも撮影ができるような気持ちに、自分でコントロールして持っていければいいんだけど。でも撮影しようにも、まだ掃除用具を買ってない。「清掃中」の文字をカッティングシートで「CAUTION WET FLOOR」に変えた黄色い看板と清掃員ぽい服を持ち歩いてストックホルムのホステルにいる状態だ。このホステルは、ガムラスタンという観光地としても有名な古い町並みのど真ん中にある「CAESTENA」というホステルで、一泊3000円くらいだった。ホステルにしては高いかもしれない。でも他に空いてるところはなかった。人と同じ空間で寝るのは得意じゃない。自分の出す物音にすごく自覚的になるのが疲れてしまう。できればホステルじゃなくて個室に泊まりたいけど、直前に宿を探しても一泊1万円くらいのところしか空いていない。もう少し早くから探しておけばよかったと思いつつ、あまり早くに予定を決めてその通りに動くのも得意じゃない。どうしたもんか。でも、あまり得意じゃない人とのシェアでも、空港で寝るよりはだいぶまともに寝られる。僕の部屋は6畳くらいの部屋で二段ベッドが3つある。入ってすぐの所にあるベッドの下段を使っている。昨日の夜は荷物を全部おいて散歩して、ストックホルム駅近くのステーキ屋みたいなレストランで75clの生ビール(1000円くらい)とベーコンチーズバーガー(1400円くらい)を食べた。すげー高いなと思ったけど、量が多くて満足した。ただし、とても美味しいとかでは全然ない。基本的にスウェーデンは料理が美味しくない。今日の朝もこのホステルと提携してるっぽい(ラウンジに「ここで、このホステルのユーザーだと言えばブレックファストが食べられます」という張り紙がある)「Kladdkakan」というカフェに行って朝食をとったんだけど、ぱさぱさのパンにベーコンとレタスを挟んでラップで包んだ、まずいわけではないけど全然美味しくはないものと、コーヒーだった。コーヒーはさすがコーヒーカントリーなだけあって、美味しいと思う。この朝食で39SEK。だいたい500円くらい。松本の「まるも」ならこの5倍は美味しいパンとサラダが付いてきて同じ値段だ。

スーツケースが案外荷物に感じてしまって、移動が面倒になってしまっている。よくない。清掃員の看板を持ち歩く以上しかたないんだけど、でかい荷物と一緒ってだけで疲れる。

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7月 30, 2017

アーランダ空港の清掃員はみんなおしゃれな制服を着ていて、日本でよくみるいわゆる清掃員のような格好の人はいなかった。まあ日本でも空港の清掃員なんかはちょっと洒落た格好をしているのかもしれないけど。アーランダにはなぜかやたらたくさん清掃員がいて、みんなちゃんと清掃用具が満載されたリアカーを押していた。綺麗好きなんだろう。国際空港は玄関みたいなもんだから、多分どの国もここはとばかりに掃除に力を入れまくっているはずだ。

アーランダからSwebusでストックホルム市街へ。しかしSwebusが大失敗で、全然バスが来なくて1時間以上待った。時刻表には1時間に2本は来ると書いてあるのに。そのSwebusを待っているあいだ、隣のレーンにあるFlygbussarnaというバスのストックホルム行きがボンボンきてボンボン発車していくのを見送りまくっていた。こっちのバスは10分に一本出ていて、料金も同じだ。絶対にこっちの方がいいぞ。次からは。

バスから外を見ていて思ったのだけど、森や木を見ているときになんとなく違和感がある。なんというか所在のない感じがする。自然のものって、どこで見ても自分の故郷のようなものだと思っていたけど、どうもこの国の木々は、自分に属していないきがする。一つ思い当たったのは、葉の緑の色のバリエーションがとても少ない。日本は緑色に色々なバリエーションがあって、それが見ていて落ち着くのだろう。こっちの木々はだいたいみんな明るい緑色で、樹種も少ない。町の風景を見ていても、所在がない。やっぱりどう考えても、清潔過ぎるというか、明る過ぎるというか、うまくできすぎているというか、そんな感じがする。ヴェネチアやロンドンに行った時は、多分感じなかった。これから2週間、ドイツとスイスとイタリアをまわるから、そういう雰囲気があるかどうか、感覚を研ぎ澄ませていたい。さっきまでModerna Museetに居て、Josef Frankという建築家の展示と、コレクション展を見ていた。数日前までマリーナアブラモビッチの個展をやっていたらしい。残念。この美術館、企画展以外は全部無料で入れて、それが素晴らしい。ただし企画展の入場料は120SEKもする。そこでアブラモビッチのCounting riceという、作品があって、それがどうも、多分すごく良い作品なんだろうけど、ちょっと死んで見えた。この国の美術館でパブリックな問題を扱う作品を展示するのは、うまく言えないけど、他の場所よりも難しいかもしれない。絵画や写真をみているときには起こらない違和感。なんだろう。どうしても見せかけのものにみえてしまう。特にこの国では。高山明さんの実践を知ってしまってからは、どうしても共同体とかの問題を美術館でやっているというのは見せかけの何かにしか見えない。アブラモビッチのも、すごく良い作品で、たぶん米を数えるパフォーマンスをやるんだろうけど、それをみたらとても感動するだろうとは思うんだけど、でも、しかし。手放しで感心できない。なにかの視座がごそっと抜け落ちてるような感覚。解明しないといけない。これは、僕は自分がどんどんやっていくしかない。

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7月 29, 2017

アーランダ空港のSKYCITYという、土産屋とか服屋とかカフェとかレストランがたくさん集まっている広々したロビーのような場所で、電源がある丸いテーブルに座ってこれを書いている。向かいにはコーヒーとパンを傍らにパソコン作業をしているメガネの白人のおじさんが座っている。

朝の7時前。快適な空港だ。とても優秀な無料Wi-Fiがあるし、電源もある。もうここに住める。昨日は結局、この電源テーブルの近くの木のベンチを寝床に定めた。結局人がよく通りそうな場所の方が安全なのだ。こういうところでは。22時くらいに横になった時は、僕の他に一人だけ横になってる人がいるのみで他の人たちは普通に座ってそれぞれ、たぶん飛行機を待っているような雰囲気だった。その横になっている人も、荷物が少なくて、まじで寝てるという感じじゃなくて、なんか昼寝をしているような感じだった。

僕は木のベンチに靴を脱いで横になり、リュックを枕にして、スーツケースはベンチの下に入れて、そのスーツケースにちょっとだけ手をかけるような感じ(一応盗難防止のため)で、横になって気がついたら、0時をまわっていて、そしたら周りのベンチほぼ全部で人が寝ていた。仮眠者。とりあえず仮眠者と呼ぶ。やっぱり読みどおり、ここは仮眠スポットだった。数えたら仮眠者は20人くらいいた。仲間が。床から天井(上と、その上の階まで吹き抜けになっていて、多分10mくらいの高さがある)まで、というか全面ガラスみたいな壁をコの字で囲うように木のベンチがいくつも配置されていて、そこにみんなでねている。コートをかけたり、フリースを着たりしてそれぞれ防寒対策をしている。まくらをもってる人もいた。僕もちょっと寒かったので、いつもの黒いダウンを着て、もう一度寝ようと思ったがトイレにいきたくなったので、一応リュックだけはもってトイレに行った。トイレからの帰りに気がついたのだけど、用務員っぽいスタッフの男性が、なぜか仮眠者達の近くの椅子にずっと座っていて、僕らを見張ってくれているような雰囲気さえあった。

その後もう一度ねて、シャカシャカした音楽の音で目が覚めた。さっきの用務員さんが、何やら作業を始めるらしく、シャカシャカした音楽を鳴らす何かを携えながら、僕たちのスペースに入ってきた。4時過ぎくらいだった。そばにあるカフェはもう営業を始めていた。用務員の彼は掃除ロボみたいな黄色い乗り物にのって掃除を始めるらしい。彼は乗り物を動かす前に、わざわざ丁寧に通行の妨げになりそうな、床に脱ぎ捨ててある仮眠者の靴をベンチのしたに入れたりしていた。やさしい。

文化庁に提出する書類を作ってメールしていたらこんな時間になってしまった。しかし僕はあれこれ気にしていたが、結構みんな電源テーブルにパソコンとか繋ぎっぱなしでどっか行ったりしている。無防備すぎる。まだ寝てる人が二人いる。うち一人は、僕が寝ていたところを使っている。

お腹が空いた。なにか食べたいのだけど、またパスタかピザかパンか。寿司もあるけど馬鹿みたいに高くて、たぶん美味しくない。こうやって文章を書いてると、自分がスウェーデンにいるということを忘れる。「忘れる」というか「思い出さなくなる」ということはつまり、文章を書いてないときは、いつも何かと思い出しているということだ。思い出し続けることによって、自分がどこにいるかを認識するのかもしれない。文章に限らず、何か制作をするということは、自分の中にひとつ場所があって、そこに行く感じなので、だから、いまこの体が座標としてどこにあるかは問題じゃなくなる。のかもしれない。これって、「つまらない」と紙一重だ。インターネットの影響もあるんだろうけど、僕たちはあまりにも、世界をフラットに感じることに慣れすぎてしまった。どこに行っても、インターネットで日本語の文章を見ることができる。僕は今回の旅のために日本語の本を3冊持ってきた。「ベルカ、吠えないのか?」「その日暮らしの人類学」「文学的なジャーナル」。インターネット以前は、こうやって国外に持ち出した本が、母国語が読めるものとして、とっても頼もしく思えたに違いない。今以上に。しかし、もう現状こうなってしまっているので、なぜこうなったのかじゃなくて、なぜこれじゃダメなのか、っていうところから、考えないといけない。いつも通り。

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7月 28, 2017

さっきこの文章を書いてから1時間半近くたってるなんて信じられない。その後僕はピザマルゲリータを食べ、ビールを飲み終わった。それぞれ90SEKくらいして、二つで180SEK。2000円くらい。高い。ピザが1200円くらいするのはまあ良いとしてビールが高い。500ccで800円とは、買うのに迷ってしまった。でも空港だから高いってのもあるんだろう。迷ったけど、とにかくお腹が空いていてフライトで疲れていたので勢いで買ってしまった。持ってきた現金は日本円で5万9千円くらい。そのうち1万円をさっきSEKに変えた。1万円は680SEKくらいになった。

今日は宿を取ってないが、明日はストックホルムのガムラスタンにあるホステルを取ってて、そこは270SEKくらいだった。あと一本ビールを飲めば一晩の宿代に届いてしまう。

空港内をうろうろして一晩越せそうな場所を動物的に探す。今日は空港で仮眠をとって、明日の朝バスでストックホルム市街地の方に向かうことにした。僕もいつのまにか頼もしくなったというか、度胸がついたもんだと思う。スウェーデンはなんとなく雰囲気を知ってるからかもしれないけど、空港で寝てもなんとかなりそうだなと思える。sleepinginairportというウェブサイトがあって、そこには寝るのに良い場所やワイファイの環境やシャワーの有無など色々な情報が載っている。そのサイトの「夜を快適に過ごせる空港ランキング」によると、アーランダ空港はTOP10に入ってる。わからんがなんとかなるだろう。売店はもう閉まり始めている。

しかしもう20時半なのに、外は完全に明るい。空の色の質が日本と違うから比べにくいけど、感覚的には17時くらいの明るさ。こんなに明るいと、全然夜になったという気がしない。でもこの体はもう20時間近く起きているので疲れている。眠い。いま、寝るのにちょっと良いかもしれない硬くて細長いベンチにあぐらをかいてこれを書いている。もうすこし良い場所がないか探した方が良さそうだ。

成田空港からコペンハーゲンまでの飛行機で隣になったアラブ系の男女ペアが二人とも貧乏ゆすりの使い手で、ちょっとまいった。特に女性のほうがすごい。僕と女性の間にはその相方の男性が座っているんだけど、女性が貧乏ゆすりをしてると座席の振動が伝わってくる。飛行機の揺れと一緒になってあんまり気にならない時もあるけど、しかし。あれはすごかった。

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7月 27, 2017

今は18時57分。日本時間だと夜中の2時前だ。ストックホルムのアーランダ空港の店でマルゲリータピザを注文してテーブルで待っているところ。アーランダ空港をこのパソコンで変換するとあー乱打空港と出てくる。しかもあーが顔文字で😩に変換されるので😩乱打空港になってしまう。それをスペースキーを何回か押してアーランダというカタカナ表記に変えている。要するにこのパソコンにとってそのくらいの距離感の場所ということだ。この空港にくるのは2度目だ。

僕は500ccのEriksbergというビールも注文していて、それを飲みながら書いてる。このへんのローカルなビールかと思ったら、ラベルを見るとcarlsbergの会社が出してるものらしい。

しかしもう20分くらい待ってる。と思ったらベルがなった。

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5月 19, 2017

ラディカル・オーラル・ヒストリーという本の中で著者の保苅さんが、アボリジニーのある長老に関して

「ジミーじいさんの関心は、目の前にいるこの僕が、自分の話をちゃんと聞いているかどうかであり、その話を、オーストラリアや日本でちゃんと語り伝えるつもりがあるかどうかだったのだと思います」

と書いている。またこのジミーじいさんとの出会いが、歴史学者である自分とアボリジニーの人たちの関係を「私と彼等」から「私とあなた(たち)」に変えてくれたとも言っている。アボリジニーの歴史観は、石が歴史を語ったり、大地が歴史を語ったり、大地が人を殺したりするので、それを歴史学者である自分が、”歴史”として引き受けることができるか、ということがここで問題になっている。

先週、awaiの二階で遠藤一郎さんが来てくれて雑草酵素の話をしてくれているとき、奈保子が記録写真を撮ろうかと思ったらしいんだけど、カメラを向けるのが失礼に当たる気がして撮れなかったという。それは一郎さんが目の前の自分に向けて話してくれているのがわかるから感じることだ。

時々、カメラを向けることは目の前の対象を「あなた」から「彼等」に変えてしまうんだと思う。ちゃんと「私とあなた」として話をしているところでカメラを向けるということは、ようするに目の前の相手の話を私でもあなたでもない「彼等」という、なんかよくわからない立場に追い込んでしまうことがあるんだと思う。SNSでもそういうことは度々あると思う。自分が誰かとした体験を、SNSにあげるということは、その経験を共にした誰かを「あなた」から「彼等」に変えてしまう。ということでなんだか怒りが湧いて来たので、再びFacebookアカウントを消した。フェイスブックアカウントを停止する時、友達になってた人たちのプロフィール写真が「~さんが悲しむと思います」「~さんが悲しむと思います」「~さんが悲しむと思います」という文字と共にずらっと並ぶという画面にあって、これは悪夢だと思った。

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4月 21, 2017

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500m美術館の展示のために札幌に1週間ほど滞在した。そこで阿児つばさというアーティストと知り合った。彼女は花路里という作品のドキュメントを展示していた。花路里というのは、「柳川」という料理屋をやっている彼女の祖母に、その店の名前の由来を聞いたところ、その店の説明をしてくれたあとに「花路里っていうのもお洒落で良いよ」と言われたことをきっかけにつくったものらしい。なぜおばあちゃんが花路里と言ったのか、孫が何か店の名前を考えていると思ったのかわからないけど、とにかく「花路里」というものをつくってみようと思ったらしい。花と路と里にわけて考えたり、友達と花路里ってなんだろうと考えて色々作っていたが、ある日インターネットで花路里を検索したところ、あっという間に祖母がやっている店の近くに花路里という名前のスナックを見つけてしまった。祖母はこのことを言っていたのかと合点がいった。でも花路里という名前の響きから既に色々つくっていた阿児さんは、その「花路里」を現実にあるスナックの「花路里」に持って行き、そのオーナーの人から話を聞いたりした。その様子をドローイングや写真で展示をしている。阿児さんは「花路里」と印刷されたマッチを作っていて、それを僕にくれた。そのマッチがとても素敵な作品だった。内省的だけど、政治的でもある。言葉からイメージを膨らませて妄想的に色々つくったが、現実の花路里を見つけてしまった。こういうことは日常のなかでもよくある。断片的な情報だけで色々想像を膨らませてしまい、それを現実と混同してしまったり、現実を見なくなってしまったりする。ずっと昔にきいた音楽があって、それが頭の中でずっと残っていて、ある日偶然その曲をYouTubeで見つけてしまったりして、頭の中の曲と違っていてがっかりしたりする。こういう時に感じる切ない感情を花路里と呼びたい。妄想だけでアウトプットせずに、最後には現実をちゃんと見つめる。でも現実を見るだけで終わらないように。

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