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『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(三宅香帆)をオーディオブックで読んだ。労働と読書の関係について歴史を遡って調べていて、とっても面白かった。自己啓発本やビジネス書はこれまであまり手にとらなかったけど、読んでみようと思った

・「自己啓発本」的な、修養や教養を立身出世の条件とする思想は明治時代からあった
・現代の自己啓発本はノイズを除去する。学生運動が流行った昭和のころといまとでは時代の空気がちがう。社会は変えることができない、という認識があたりまえになった。では、そんなアンコントローラブルなことは一旦脇においておこう、というのが自己啓発本に共通する姿勢である。
つまり、自己啓発本には社会を遠ざける傾向がある。たいして、「読書」は「ノイズ」を日常に持ってきてしまう。つまり自分の力では変えることができない社会のさまざまな問題を運んできてしまう。みんな働いているだけで精一杯なので、そういうものがノイズになってしまう。

働いていて、本が読めなくてもインターネットができるのは、自分の今求めていない情報が出てきづらいからである。求めている情報だけを、ノイズが除去された状態で読むことができる。それがインターネット的情報である。

・「国際能力主義」と「個性浪費」の二兎を追う社会
<競争しなければならないのに、個性を生かさなければならない>
このジレンマは90年代後半に作られた。『13歳のハローワーク』のベストセラー化などはその影響である。また、ゆとり教育にはこの思想が取り入れられてしまっている。
(岩木 秀夫 『ゆとり教育から個性浪費社会へ』)

(自己啓発本とインターネット的情報の共通点)
自分でコントロールできる「行動」に注力する、そのための情報を得る。それはバブル崩壊後、景気後退局面に入り、リーマンショックを経ながらも、社会の働き方として、自己実現が叫ばれていた時代に人々が適合しようとした結果だった。

Posted by satoshimurakami