05101000
友人の展覧会を見に、お花茶屋公園のバス停から京成バスに乗り込んだ。整理券をとり、亀有に向かった。バスの中で知らないおばあちゃんに「ここに行き先を書いてね」と紙を渡されたが、僕は大丈夫です、と断った。
バスは亀有に着いた。降りようとドアに向かっていったら、どうも精算機が壊れているらしく、乗客がもっている整理券を運転手が自分の手で集めていた。僕は整理券を渡し、運賃はいくらか聞いた。運転手は他のお客さんの対応で忙しく、僕の質問には気が付かない様子だった。僕が渡した整理券は、運転手の手の中で他の人の整理券に混ざり、わからなくなっていった、ところが見えた。
やがて乗客は全員降りた。僕の運賃はわからないままだった。運転手に聞いてもはぐらかされてしまい、バスは車庫に入れられてしまった。僕は運賃を支払いたい一心で運転手について事務所まで行き、「いくら払えばいいのですか? お花茶屋から亀有です」という質問を浴びせかけた。運転手はようやく観念した様子で計算をはじめたので、僕は外で待っていた。待っていたら、バス会社の別の人が二人近づいてきて、僕の話を聞き、なぜか同情してくれた。いくら待っても運転手が出てこないので、僕は事務所に入っていった。運転手は奥の部屋で机に向かっていた。奥の部屋から別の人が出てきて、
「料金が出ました! 19500円です」
と言われた。僕は困惑してしまった。
「え? そんなにかかるんですか? お花茶屋から亀有ですよ」
その人は「はあ……」という感じで引っ込んでいった。どうも、僕がどこでバスに乗ったのかわからなくなっているらしい。
奥の部屋で話を聞いてみると、あなたは1万5000年前にバスに乗車したので、そこからきちんと計算して、19500円という数字を出したのだ、と言われた。
いや、自分はついさっきお花茶屋公園から乗ったので、せいぜい200円とか300円だと思いますけど、と説明したのだが、どうも信じてもらえない。整理券をなくされたせいで、ものすごく面倒なことになっている。
不毛な問答を繰り返しているうちに、時間はどんどん過ぎていった。たぶん、バスを降りてからもう2時間は経っている。僕は必死で訴え続けたが、しかし社員たちからは、どうも僕の意見をちゃんと汲み取り、対応しようという意志が感じられない。内心は、なんかめんどくさい人だなあ、くらいの心境なんだろうなということが透けて見える。「お金なんていらないから、さっさと出ていってくれ」と思っているであろうことが、手に取るようにわかる。試しに
「なんですか? 僕、お金払わなくてもいいですか?」
と言ってみたら、近くにいた人が待ってましたと言わんばかりにうなずき、「場合によっては、それでもかまわないのです」と苦笑した。
壁の時計が16時を回ったころ、後ろから管理職っぽいおじさんが
「いま路線図を見てるんですけど、小田原というバス停はありません。いったいどうやって乗ってきたんですか?」
と聞いてきた。「いや、小田原じゃなくてお花茶屋です。すぐそこです。そこに実家があるんです」と答えたら「ああ、なるほど」と納得していた。
「なんかめんどくさい客みたいになってますけど、僕はね、ただちゃんとお金を払いたいだけなんですよ。500円なのか1000円なのか知らないけど・・・」
と僕が訴えると、おじさんは路線図を見ながら
「お花茶屋から、なぜ逆方向にきたんですか? つまり、都心方面ではなくて、こちらのほうに。……逃げたんですか?」
と、失礼なことを言ってきた。僕のことを犯罪者かなにかではないかと疑っている。僕は呆れてしまって、友人の展覧会に行こうとしていたことや、他にも用事があったことを、イライラしながら説明した。いつのまにか友人のさっちゃんが隣にいて、にこにこしながら「そうなんです! そうなんです」と僕の話に相槌を打ってくれていた。
おじさんはうなずき、「これは私が払っておきます」と言って、おもむろに財布から紙幣を何枚か取り出した。さっちゃんが「村上さんのお金も多少入ってたほうがいいから」と、僕の手元の500円玉をおじさんに渡した。
おじさんはその500円も一緒に、運転手にお金を渡した。運転手は嬉しそうに1000円札の枚数を数えていき、5000円札が現れたときは「ウホッ」と声を漏らしていた。全部で9000円くらいはあった。
運転手は「ありがとうございます、これは、納得せざるを得ませんねえ」と、さっきまではお金なんてどうでもいいからはやく出ていってくれという態度をとっていた人間とは思えないようなセリフを吐いた。僕は納得できなかったが、これ以上騒いだらおじさんやさっちゃんのメンツを潰すことになるし、なによりもううんざりしていたので、出て行った、という夢。