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『拡大するシュルレアリスム』とても面白く楽しい展覧会だった。思っていた以上にしっかりとシュルレアリスムの王道を紹介する内容。シュルレアリスム実践や思想的背景を本で読むようになってからは初めて実際の作品を見た。デュシャン、マグリット、デ・キリコ、エルンスト、ダリ、ピカビア。コーネルがエルンストらの影響で作品を作り始めたのは知らなかった。どの作品もすばらしかったけれどなにより自分ももっと色々試そうと思えたことがよい。アクリル絵の具や色鉛筆、えんぴつ、コラージュ、フロッタージュ、デペイズマンの手法を借りたりなどとメモが残っている。これから制作する絵本の霊感を得た。
そのあとたくみちゃん『完全で検証可能かつ不可逆的な』を三鷹SCOOLで観てきたのだがお昼にオペラシティに行ってからという流れが結果的にとてもよかった。言葉の韻(「太陽が細胞を労う。オッツー、オッツー、O2が生まれるストロマトライト」とか「倍になる倍になるヴァイナルヴァイナル」とか)の気持ちよさという「トランスフォーめいそう」時代からの持ち味に加えて、例えば「卵、鶏、卵、鶏、卵、鶏、たままなななのあの時オレ、なんであんなことしちゃったんだろう、っていうもうどうしようもない、あの卵、あの鶏それはどの卵、どの鶏?……」みたいな詩的な飛躍(「鶏卵鶏卵……」と「あのときなんであんなことしちゃったんだろう」というせりふから受ける感情にはどちらにも時間を遡る感じがあり少なからず共通するところがある)といった「情緒」とも呼べる新たな(と僕には思えた)側面がところどころに出てきており、たくみちゃんという、それ自体がある種作品の形式である表現の歴史である連なりを、めちゃくちゃ長い文を一息でぜんぶ聞かされたかのような熱量で浴び、彼のこれまでの作品のなかでもっともぐっときた。あまりにも最先端で、風貌もあいまってすでに伝説のアーティストみたいな貫禄を醸し出している。シュルレアリスムに重なる部分が大いにある。ある単語の一部の音が別の単語を呼び込み、奇妙なイメージを連続させるところとか、自動記述的なインプロの部分とか。ツァラたちが壊してブルトンたちが新たな(奇妙な)形を与えた言語実践の系譜の一つの帰結。まさに「拡大」したシュルレアリスムのひとつの結実として今日のパフォーマンスがあるように感じられた。最近読んでいた『エクソフォニー』のことを思い出す瞬間も多数あり。とても文学的な作品だった。

Posted by satoshimurakami