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大町。夕方から猛烈な雷雨が降りはじめ、18時前に停電。そのまま40分以上復旧しなかった。ちょうどデスクトップで仕事をしていたので、突然画面が切れてびっくりした。まさに雷に打たれたような、というやつ。ノートPCでやっていたら停電してもバッテリーに切り替わってどうにかなっていただろう。そういったバッファーがあるというのは大事なのだなと思った。
停電。大町では信号機も止まっていた。おそらくスーパーや飲食店のレジも止まったことだろう。たとえばスーパーやコンビニなど小売店舗はもちろんのこと、すき家など回転の速い飲食店でも、40分間のレジ停止はかなりのインパクトだったことだろう。この停電のせいで、どこかに到着する時間が変わったり、小さなことでもそれが影響して巡り巡って人生が大きく変わる人もいるかもしれない。停電。行動が変わっていた人パラレルな世界のことを考えるにはいい装置かもしれない。
たとえば、何かしら未来の事業計画を立てる会議の中で、「でもこのときに停電が起きるかもしれないので……」と言い出す人はいない。ありとあらゆる計画は、停電などが起こらない前提で立てられている。停電は、ありとあらゆるタイミングで起きる可能性がある。常にゼロではない。だからこそ、「停電がおきるかもしれないじゃないですか」という人がいたら、それは奇人である。計画を立てるのに向いていない。誰もが「君、それは考えすぎだよ」と感じられる。しかし、そこまでいかないものもある。ある人にとっては「こういうこともあるかもしれないから考えておかないと」と思えることでも、別の人にとっては停電くらい現実味のない、あるいは考えても意味のないことだったりする。そういうときに、「君それは考えすぎだよ」というのは難しい。なぜなら、リスクヘッジは常に正義だからである。「考えたほうがいい」という意見は「考えなくてもいい」という意見よりも、常に強い。現実には「考えないほうがいい」ことは存在する。しかしそのことを説明する言葉を私は持っていない。

Posted by satoshimurakami