9月6日

「デバイス」と「クラウド」について、友人の話。

生身だと耐えられないが、自分をある種の「デバイス」だと考える、つまりここにいる自分は本体ではなく、どこかに「クラウド」があるのだと思うことで、人からの言葉を真に受けすぎることや、不誠実に耐えられるようになる。そしてそれは「青春の終わり」である。

Posted by satoshimurakami