10月18日

駅までの道の途中、「生まれたての子鹿」を忠実に再現したような足取りの薄毛で白髪のおじいさんと、その前には、なんという名称なのかわからないが介護用の車輪がついたあの椅子を押しているおばあさんが歩いていた。おじいさんはおばあさんに急かされながら信号を渡り、それから何かをおばあさんに言った。すると
「ちょっと待ってください」
とおばあさんが言い、信号からすこし離れたところまでおじいさんを歩かせて、道端に立ち止まり、自分が引いていた椅子におじいさんを座らせていた。歩いている僕は遠ざかりながら振り向き、それを見ていた。おじいさんは「よっこら」といった様子で腰掛け、休んでいる。おばあさんはその椅子の後ろに立ち、二人ともいま渡ったばかりの信号の方を見ている。おばあさんは口を動かしているように見えるが、何を話しているのかはわからない。何も話していないかもしれない。僕は二人が気になり、何度も振り返った。
年老いた二人でなんとか、歩くだけでもたいへんな状態だがなんとか生きている。きっと朝起きてから夜眠るまでずっと二人三脚をしているような感じだろう。どちらかが先に死んでしまったら、残された方はどうやって生きていけばいいのかと、そんなことを思った。おばあさんは、「ちょっと待ってください」と、敬語で話していた。長く連れ立っている夫婦だろうに、敬語だった。とてもよかった。

Posted by satoshimurakami