0612

今日は授業の二つ目。留学生が多い。普段英語での授業らしく、先生が僕の話を通訳してくれた。始めて通訳を介して話をしたのだけど、すこし話すと通訳を待たないといけないので話が途切れる。そうすると通訳をまっている間に、何を話していたのか忘れる。英語話せるようにならねばと痛感する。

 

ちょっと温泉に行きたいと思い、夕方秋保の日帰り温泉に行ったのだけど、そこに

「この露天風呂には自然界から虫さんがお邪魔することがあります。そんなときは網でそっと逃がしてあげてください」

と書いてある張り紙があって、そばに虫網が置いてあった。良い。虫が好きなんだろうな。殺されるのは嫌なんだろうな。お風呂は川沿いにある露天風呂で、連日の雨で川は水位が増して見てて怖いくらいの濁流になっている。その川を見ながらお風呂で考える。この移動生活をしているということが、自分をとりまく人たちにちゃんと定着しないと意味がないんじゃないかと思いはじめている。自分がその生活をなんの疑いもなく、普通に営めるようになるまでやらないと意味がないのでは?それが定着してしまえば、例えば同じところに1年くらい滞在していたとしても、移住を生活している途中っていう認識でいられる。そういう認識になったときに、本当に成功したと言えるのでは?そのためにはもしかしたら、一年やって展覧会をするだけでは足りないのでは?住民票はどうしようか。例えば住民票を毎日とか1週間ごとに移す事は可能なのか。そういうとき、健康保険料とか住民税の計算はどうなるのか。役所の人が物凄くややこしい計算をしないといけなくなるな。引っ越してから14日以内に住民票を移さないと、住民基本台帳法違反で罰則があるという決まりがある。その逆はどうやらないらしい。毎日住民票移すとそれはそれで小さなテロになりそうで、あんまりひどいと捕まりそうな気もする。住民票なんて普通そんな頻繁に移すものではない。土地の力はやっぱり強い。その土地でまた何か大きな震災があるかもしれないという程度の不安は、ずっと住んでいる土地にこれからも住むという考えを揺るがすほどにはなりにくい。三宅島でも福島でも岩手でも思ったこと。

 

そういえば秋保に行くバスの中、突然大声で知らない女性に話しかけていた男性がいた。とても大きな声で。恥ずかったと思うし内心どう思っていたのかはわからないけれど、女性はやさしく答えていた。男性がバスから降りるとき

「話をしてくれてありがとう」

と言ってた。こういう感じでしか女性とコミュニケーションできない自分にどこかで気がついているような、そんな「ありがとう」だった。

Posted by satoshimurakami