今は×日町についてと、メンバーの紹介、「余っていたら譲ってください」リスト等がはってあります。フライパンと食器を募集中なのでどなたか譲ってください。。かわりに、僕達から素敵なグッズをプレゼント致します。
今は×日町についてと、メンバーの紹介、「余っていたら譲ってください」リスト等がはってあります。フライパンと食器を募集中なのでどなたか譲ってください。。かわりに、僕達から素敵なグッズをプレゼント致します。
×日町日誌より抜粋
いよいよ竣工式までの日が迫って来ました。とても楽しいプログラムになっていると思います。ぜひお誘い合わせの上、ご参加ください。簡単な飲み物、食べ物、お酒も用意しております。差し入れ歓迎です。
『竣工式のお知らせ』
プログラム:
7月28日(土)
・朝の部
10:30〜11:00 竣工式式典(挨拶・ライブペインティングパフォーマンス等)
11:00〜12:00くらい 直会(懇親会)
・昼の部
12:00〜18:00 展示(×日町の6つの家で展示を行います)
・夜の部
18:00〜19:30 ×日町祭(サマーパーティ・盆踊り等)
場所:×日町(まほろばの里川治 駐車場)
お問い合わせ:村上慧(08030221778)
今日は自分の家のドアをつけて、天助の雨漏りの穴を塞いで、屋根に絵を描いておりました。屋根の絵は完成したらのせます。
こちらに越して来て一ヶ月近く、いよいよ、いよいよです。
みんな結構疲れがたまっていまして、その"元気のない感じ"が、まほろばの里の職員さんにも伝わっていることを痛感する出来事がありました。
移住して来て、毎日思うことや起こった事を記録して、編集してインターネット上に乗っけているだけでいろんな反響があります。
「毎日日記を書く」という仕事を自分に与えると、日々を「ネタにできるものや、考えるトリガーを探す」目で過ごすことになります。そして、語られていないだけの物語達が、いつもそこら中に転がっていることに気がついてきます。
先日の打ち合わせで書記を橋本君が担当していたのですが、to doリストをつくってみんなの見える所に貼ろうという話のときに彼が
「『"to doリスト"をつくる』って書いた方がいいかな?」と言っていました。
その後
「そのまえに『"to doリストをつくる"って書く』って書かないとダメだなあ」と言っていました。
もちろん冗談ですが、仮に本当にその理屈でいくと、ずーっと「to doリスト」はつくれず終いだし、ましてto doリストに書かれた項目をする日など永遠に来ません。
to doリストを本当につくるには、必ずどこかで頭に入れて覚えないといけません。
ことをおこすには、記憶→記憶のプロセスじゃなくて記録→記憶のプロセスの方が大事です。
そして「なにかをやる」とか「なにかをやった」という"記録"だけ残ってもしょうがなくて、どこかで記憶に刻まれることによって、はじめてその"何か"に命が宿るのだと思います。"記録"は色あせるし、それだけ残っても仕方の無いものだけど、"記憶"は、人が語るかぎり、永遠に受け継がれていくものだと思います。
このプロジェクトで皆がやっている「日記を書く」「ブログを書く」という行為は、日々の編集と、それを表現することです。そうやって日々たまっていく表現は、ただ「どこかに保存しておきたい」思い出がたくさんつまった箱をつくりたいのではなくて、この記録→記憶のプロセスを促しつづけることを狙っています。
要するに何が言いたいかというと、みんなの記憶に強く刻まれるような竣工式を行いたいと思っているので、よろしくお願いします。
その他にも、いろいろとありますが、とにかく、竣工式ではぶっとばしていこうと思っていますのでよろしくお願いします。
毎日、1人で音楽を聞いて散歩する時間をとっています。ほんの数十分間ですが、この時間が、自分が今置かれている環境を、俯瞰して眺めるチャンスをくれます。
音楽の構造に憧れています。銀河くんは夜、ひっそりとギターを弾いています。かっこいいです。
村上
僕は一日銀河君の手伝いをしていました。
ちょっと×日町制作にあたる僕たちメンバーの雰囲気について書いてみたいと思います。
僕はこの×日町づくりに、浅草で体験したお祭りと似た雰囲気を感じてます。
http://satoshimurakami.net/未分類/869/
上の記事にも書いてましたが、お祭りは"全体が全体としてぬるっと進んでいく感じ"。
今回の僕達には、実質リーダーがいません。作業工程を誰かが仕切っていくわけでもなく、全体の意思決定をするための"会議"というものがそっちゅうあるわけでもないです。どこに誰の家を作るというのも、最初に全部決まっていたわけでもありません。小山と村上が最初に場所を決めて、そのあとに島田と阿部が決めて、最後に橋本と銀河が決めました。
そしてそれぞれが、自分の家は今の場所がベストだと考えていると思います。
僕や、多分他のみんなも、×日町づくりにあたって意識していることは
・自分1人でできることを、あえて人に振ってみる
・掃除とか生活とかをあえて(なのか?)完璧にこなさないようにして他者の入る余地をつくっていく
・あまり先のことまで考えすぎないようにして予想外の出来事を積極的に引き起こしていこうとする
・基本的にぜんぶ受け入れる
みたいなことです。ここに書いていいのかわかりませんが書いてみました。
これは、浅草で参加したお祭で見た"みんなから慕われている人"の態度を見ていて思ったものと似ています。
大げさで、ちょっと恥ずかしい言い方ですが、いま×日町をつくっていて、6人と、それに積極的に関わってくれている人達ひとりひとりは、なんというか"輝いている"と思います。
それぞれが、何かにしばられつつ、自由になりつつ、1人の人であろうとしている。
さて、銀河くんの家はお昼の時点でここまでできました。
屋根の上に登れます。気持ちよい!
ほらー気持ちよさそうでしょ
銀河君は、トラックの運転が板についてきました!かっこいいです。
僕は軽トラックに乗っていると、奈良県で出会った庭師のおっちゃんを思い出して、たばこのECHOを吸いたくなります。
夜。まどをつけるところまで行きました!
作業終了後。共用スペースをみんなで掃除しました。
一人残らず掃除に参加していました。
むらかみ
昨日、テレビの収録に行ってきました。とっても面白かったです。
8月4日深夜2時50分〜3時50分のフジテレビで放送される「アーホ」という番組に出ます。若手の作家を千原ジュニアさん、しょこたん、未術手帳編集長の岩渕さんのMC+ゲスト数名で紹介する番組です。僕は「部屋の眼鏡」の新作と「引っ越しと定住を繰り返す生活(仮)」についての話をしました。
僕は普段「バラエティ番組ってしょうもない内容ばっかりだよなあ」と思っているクチなのですが、この日、13時間近くの収録を当事者として体験して、ジュニアさんやその他タレントのみなさんの頭の回転の早さ、MCとしてのスキル、制作スタッフのみなさんの気配り、「良いもの」をつくりたいという思い。など、いろいろと見させてもらい、大変刺激的でした。
最後、全ての収録が終わってからの「お疲れさまでした!」という挨拶がとっても気持ちよかったです。参加してよかったなあと思いました。
よかったら見てください。
村上です。今日は日曜日です。
午前中は、制作お休みの時間にしようということで、×日町のメンバー6人で大林宣彦監督が新潟県の長岡を舞台にして撮った映画「この空の花」を、長岡の映画館まで行って観てきました。
長岡の花火大会が観光誘致のためではなくて、長岡空襲の慰霊のためのイベントだということ("全ての爆弾を花火に換える"というコンセプトがある)と、(毎年曜日の関係なく8月2、3日に行われる。)東日本大震災が起こったことを受けて、事実にもとづきながら、長岡を訪れた女性記者の目線で脚本が作られていました。
3時間近くある映画で、全体の感想としては、すさまじい台詞の洪水と大量のテロップ。映像が過去を飛びまくって、違う時代の人物や物語が、何の前置きも無しにどんどん挿入されてくる映像。監督の、映像に対する情熱。ものすごかったです。
「まだ戦争には間に合いますか」という台詞が印象的でした。
まだ戦争には間に合いますか という言葉には、”まだ戦争は続いていることに気がつきました。今からでも参加できますか?”という読み方と"いまからでも戦争を起こすことはできますか?"という読み方ができると思います。
日本は敗戦国であって、敗戦後、戦勝国の真似事を理由も無く続けてきた。と、映像の中で言われていました。
原子力発電所や、資本主義や、もっというと個人主義という考え方や、美術と呼ばれているものも、戦勝国からの借り物でしかない、という"気持ち悪い感じ"は僕の中にもずっとありました。
戦争に勝った国が"正義"であって、戦争に勝った国が"平和"になれるのだと思うと、戦争に負けてしまったから原発事故が起こったのかもしれない、と考えてしまいました。
しかし、僕は日本人として生まれて来てしまいました。
怒りとも、悲しみともつかない、強くやるせないような、複雑な気持ちになりました。
僕はビルヴィオラや、デミアンハーストが作る作品をかっこいいと思ってしまいます。でも、自分は敗戦国の日本人であり、"美術"は戦勝国からのコピーでしかないのかもしれない、とも思います。これを考えはじめると、とても苦しいです。なぜ日本人なんかに生まれてきてしまったんだ、とも思います。
今の僕の薄皮一枚の下に、僕が本当はそうあるべきだった、別の姿が隠れているのかもしれません。
この映画をみて、
『戦争には負けてしまったけど、まだ戦争は続いていて、まだ、僕の薄皮一枚の下へと向かう戦争には、まだ間に合うのだ』と、そう考えることにしました。
映画を観た後、マクドナルドでお昼ご飯を食べました。フライドポテトも食べました。長岡のマクドナルドのフライドポテトです。
かつてジャガイモは、長岡の供出品だったそうです。供出とは、戦争のために、国民が貴金属などの大切なものを差し出すことです。水害で畑の野菜がほとんどダメになってしまったときでも、ジャガイモは取れて、それを「お国のために」と喜んで供出したそうです。そんな長岡のマックのフライドポテトを食べました。
長岡のマックは、日曜日のお昼ということもあって、とてもたくさんの人が居ました。注文するのに5分くらい並びました。たぶん、多くの人はフライドポテトを食べたと思います。長岡のマックのフライドポテトは、東京のそれと味は変わりませんでした。だからなんだという感じですが。。
懐かしくて恥ずかしい
嬉しいけど不安
昼に絶望する
悲しいけど満たされている
生まれた感情と、それを言葉にしたときに生まれてしまう感情。感情の持続時間
それはそうかもしれないし、それはそうじゃないかもしれない
断定はできるけど確信は持てない
居ても困るし居なくても困る
違和感
・
5月の浅草は、週末どこかしらでお祭をやっています。
それで僕も先々週末は三社祭、先週末は石浜神社例大祭に参加しました。
僕が住んでいる町会は三社祭の対象範囲(というものがあるらしい)ではなかったので、別の町会に混ざって参加したので、朝から晩まで神輿だけ担いで帰ったような感じでした。
対して先週の石浜神社の方は、住んでいる町会が直接関わってるお祭りなので、どっぷりと参加できました。
町会内で青年部とか婦人部とか役員とか、いろいろとグループ分けがされていて、青年部は神輿を担いだり人を集めたり、準備・進行・撤収全般の担当で、婦人部は期間中のお料理やお酒やおつまみの用意に奔走していました。「役員」と呼ばれている人達の役割がいまいち掴めませんでしたが。。
そして、それらのグループに参加する条件はただひとつで「みんなと顔なじみになる」という事です。
お祭りに参加するということは、地域社会の一員になりきるということです。祭の三日間は、日頃営んでいるそれぞれの日常を抜け出して、「守られてきた地域のルール」に縛られながらそれぞれが役割をこなす、というスイッチにみんなが切り替わります。そこで、自分は1人の人間であって、それ以上でもそれ以下でもないということを痛感しました。
最初はそれが辛かったのですが、終わってみると「どうしようもなく1人の人間であるということ」を強烈に実感できた三日間だったなと思います。それは、参加した一人一人みんなが輝く日々でした。
飲み会の席で、若造の僕たちに「きみたちはただ座ってるだけじゃだめだぞ(他のテーブルに挨拶まわれ)!」というおじさんもいれば、他のテーブルに挨拶してまわっている僕たちに対して「いいよ!自分のとこ戻れよ!気にすんなよ!」と、別のテーブルから叫んでくるおじさんもいました。みんながみんな、愛をもって接してくれているのを感じました。
「守られてきた地域のルール」に縛られながらそれぞれが役割をこなすというのは、個人主義とはかけ離れた雰囲気です。「全体の雰囲気を読みながら、全体が進行していく」という雰囲気です。
そのせいか、時間の区切り方が「ぬるっ」としてました。期間は三日間だと書きましたが、このあいだに僕たちがやった事は、極端に言うと「神輿を担ぐこと」と「神輿を担いだ後に休憩したり、挨拶したりする」の二つしかありません。神輿は一日3〜4回担ぎますが、一回40分〜1時間くらいです。なので、待ち時間がとても長くなります。僕はその時間を気持ち悪く感じてしまったのですが、この祭はもう千何百年もこの雰囲気でやっているのだと思うと、気持ち悪く感じる自分、大丈夫かな、と思ってしまいます。
何時何分から〜をやるらしいから、何分に集合ねー。
みたいな約束は有効じゃないことが多いです。時間ではなくて、「誰々が来た」とか「人が集まって来た」とかっていう雰囲気で、プログラムが進行します。「全体の雰囲気を読みながら、全体が進行していく」と書きましたが、「"個"がどうでもよくなってしまって、全体にぬるっと吸収される感じ」です。
また、お神輿は「神様と人間関係と重力の美学」です。お神輿の渡行(とぎょう:担いで歩く事)に参加するということも、「"個"がどうでもよくなってしまって、全体にぬるっと吸収される感じ」です。足並がそろわないと前後の人を妨害してしまうし、身長が高い人は屈まないといけないし、低い人は、肩に何かはさんで担いでいました。みんなに合わせて声も出さないといけません。これは強烈な体験です。
こんな雰囲気が嫌だったり、細かいルールに従うのを嫌って、お祭りに参加しない人もいるのだと思います。
また、参加したくても参加の仕方が分からない人もいました。
最近できたばかりのマンションの5階に住んでいるという夫婦は
「祭やってるなんて知りませんでした。私達も毎月家賃と一緒に"町会費"というのを払っているのに。。この祭にはどうやったら参加できるんですか?」
と話していました。これは町会の広報や人の集め方の問題だと思います。また、"マンション"という住まいの問題なのだと思います。
顔なじみが世代交代しながら祭を運営していく以上、どうしても、地域の人の輪は閉じてしまいがちなのだと思います。地上から離されたマンション住まいの人はなおさら、地域に入っていくのは難しいです。仲立ちする人が必要です。
むらかみ
ポツダム宣言を受け入れてしまう以上、これから私達が受ける苦難は計り知れないし、悔しい思いもたくさんするだろうけど、いずれ来るはずの平和な未来のためにいまは「堪え難きを耐え、忍びがたきを忍び」生きる決意をしようっていう意味だね。すごい!
そんな堪え難きを耐え、忍びがたきを忍んだ決意をした人達が描いた未来の世界に生きてる僕は、彼らに対しての責任を取れた生き方ができてるか。
◯ 気仙で「くっつきハウス」をやるということと、東京で「引っ越しと定住を繰り返す生活(仮)」とか今構想中の「家主リレー(仮)」「シフト性のお茶会(仮)」をやるということは、言ってしまえば同じことのはずなんだけど、なんでこんなに出来上がってくる形が違ってくるんだろう。いずれも、「自らの社会的な立ち位置を知るための場の演出」っていう言葉にまとめられるはずなんだけど、大船渡で家主リレーとかやっても、あんまり効果的ではないような。「家主リレー」は、人がランダムに触れ合う色が強い。
いまある多くの仮設住宅は役所による抽選で近所に住む人が決まってしまうので、すでに人がランダムに振り分けられている状況にある。そこでもう一度ランダムを持ち込んでは効果がない。
あと、「社会的立ち位置」のなかの「社会」ていう言葉の指す範囲が違う。気仙での仮設住宅村でいう「社会」は、おなじ仮設住宅村に住んでるみんなを、改めて「地域社会」と呼ぶことにしよう、という意図がある。
比べて東京では、町を歩いている人に試しに適当に話しかけてみてると、たぶん一人一人ごとに、様々な社会(クラスタ)で生きてる人と当たる。東京では「住んでる場所」で、その人が生きる社会が全て決まるわけじゃないから、むしろ「場所と時間で縛る」ていうルールを加えるだけで、「自らの社会的な立ち位置を知るための場の演出」が成り立つ。
東京では、人生観が変わるような奇跡的な出会いの可能性が、自分から半径50メートル以内とかにいつも転がってるのに「いつもどおりの自分」が立てる予定の中だけで生きていては、気がつかない。奇跡と出会うためには自らの予定を、予定を超えた所で立てなきゃいけない。
東北の仮設住宅では、抽選によってランダムにご近所が決まってしまって、それが原因で問題になってもいるけど、東京では、人はもっとランダムに振り分けられた方が、奇跡と出会えると思う。
東北の仮設住宅では、抽選によってランダムにご近所が決まってしまって、それが原因で孤独死が起きているけど、東京では、人がもっとランダムに振り分けられないばっかりに、自殺や過労死が起きているのかもしれない。
僕がいわゆる設計の道をそれていったのは、人が住む家、場合によって人生の多くの時間を過ごす家を、他人の自分が設計して、責任が取れるだろうかって考えしまったから。そして、責任を取れる自信がなかった。
たくさんの時間をかけて、考えて、手を動かして完成させた設計だとしても、それがどんなに、施主の生活に寄り添うようなものであると自負できたとしても、自分じゃない他人に対して、ここに住んでくれ、と、押し付けるようなことはできない。
地震が起きて、家具が倒れたりして、中の人が死んじゃったりしたら、それは自分の責任じゃないと、きりすてることはできない。それが工芸品にしてもそう。僕は人に使ってもらうものを作ろうと考えはじめると、どこかで、自分とは切り離して「他人のため」という変なフィルターをかけて考えてしまいロクなものにならなかった。作る相手を自然に自分に設定できれば、良いものになったかな。
「3月11日」と言っても何もピンと来ないような世界を想像してみる。
http://islandjapan.com/2012/02/09/shaberib/
参加作家:赤羽史亮, 安東和之, 太田祐司, 尾竹隆一郎, 勝正光, 木村泰平, 高田冬彦, 林千歩, 村上 慧, 吉原航平
音楽担当:磯邉一郎 |
パーソナリティ:冠那菜奈(メディエーター)、清水梓(
2/23(木)展示のみ
2/24(金)展示のみ
2/
2/
–time table–
25日
12:00 – 12:10 オープニングトーク
12:10 – 12:50 colliuとしゃべりばトーク
13:00 – 13:50 村上 慧としゃべりばトーク
14:00 – 14:50 太田祐司としゃべりばトーク
15:00 – 15:50 赤羽史亮&尾竹隆一郎としゃべりばトーク
16:00 – 18:00 プレゼンタイム(安東, 太田, 勝, colliu, 村上)
18:10 – 美学校コーナー、パーティー
26日
12:00 – 12:10 オープニングトーク
12:10 – 12:35 松下徹としゃべりばトーク
12:35 – 13:00 吉原航平としゃべりばトーク
13:00 – 13:50 安東和之としゃべりばトーク
14:00 – 14:50 プレゼンタイム(木村, 高田, 林)
15:00 – 15:50 赤羽史亮&尾竹隆一郎としゃべりばトーク
16:00 – 16:50 高田冬彦&林千歩としゃべりばトーク
17:00 – 17:50 勝正光としゃべりばトーク
18:00 – 美学校コーナー、パーティー
開場時間:13:00-19:00(月~金)11:00~19:00(土・日、最終日18:00まで)@Creative Hub131(会場で異なるので要注意)
■AANインフォメーションセンター
●日程:2012年3月2日(金)~3月11日(日)会期中無休(CH131のみ)
●開場時間:13:00-19:00(月~金)11:00~19:00(土・日、最終日18:00まで)@Creative Hub131
●入場無料
●会場:Creative Hub131 1階
〒103-0011東京都中央区日本橋大伝馬町13-1-2階 Creative Hub131
《AANインフォメーションセンター》では、「アートシンクロ展」の最新情報やMAPを配布します。またコンセルジュデスクが、多重多発プログラムの詳細をガイドをします。同時に、Ustreamスタジオとして「アートでいいさ~in Nihonbashi」という情報発信プログラムを放映しています。
ぼくは、原発に対して「賛成か反対か」のどっちかではないという話も分かるし、ぼくもそう思うけど、「賛成か反対か」迫られたときに、各々が、自分はなんと答えるべきか考え、「何かその人なりの決断」をみんながするために、国民投票は必要だと思った。
ぼくは、「上のそしき」に向かって「変えろー」とか「やめろー」とか言っても、たぶん「上のそしき」は変わらないから「その人が個人として、事態に対してアクションをおこす」ことが大事だと思った。「原因療法」じゃなくて「対症療法」で。
で、ぼくはその人たちが「動きを取るべきときに取れるように、その人たちに「風」をおくろう」と思った。