意味ありげなことを書くのが恥ずかしくて、なんだか色々なことがどうでもよくなってきてしまった
意味が問われすぎている。たぶん最近踊ってないせいだ。コロナ禍のせいか?考えすぎているのか。
授業中教科書に描く落書きとか、階段で手摺に尻を載せて滑ることとか、道で石ころを蹴って歩くこととか、踊ることとかに意味なんかない。
道の石ころを蹴るようなものを書きたい。ただ踊っているような。

必要とされたらそこから去らなくてはいけないと、8年前の僕は日記に書いた。もう一度考えなければいけない。つくったものによって人に知られていくこと。自分の業績が世界に蓄積していくというのは、貯蓄の考え方そのものじゃないか。この考え方から離れるべきではないのか。書いてて恐ろしい。ちょっとどうかしてるかもしれない。しかし作家は自分の足跡を自分で作っていくもの。自分でつくった文脈を自分で踏襲して、先に進むもの。これはそうなんだろう。でもこれと、自分の実績が世界に蓄積して、評価が定まったりするのは、別の話だ。なにか新しいもの、良いものを作り続ければ、次の作品が注目されたり、人に見られたりする?それは弥生時代以降の貯蓄の考え方そのものではないか?まがりなりにも「移住を生活する」などと言う以上、世界に蓄積してしまったものはすべて壊すべきではないか?自分の足跡だけを見るべきではないか?キャリアとか、評価が定まるとか。すべてあの原発を爆発させた価値観ではないか?どうせ人生一度しかないし、その中で何度でも生まれ変わるべきではないか?年齢をリセットすることはできないとか、そんなことは関係ない。河原温は参考になるか。あるいは中原昌也みたいに自分の仕事を忘れていけばいいのか。

珠洲に10年以上前に越してきて、年1万円の家を借りて住んでいる人から働きすぎだと言われた。週休1日では働きすぎ。逆でもいいと。たぶんぼくはまじめすぎる

珠洲弁で眠くなることを「ありがたーなる」と言うらしい。素敵すぎる。
朝ごはんの特選いなり4種の差し紙に書いてあった。レストラン浜中が作った弁当。
ご飯食べてたら通りかかったおじさんふたりと話す。一人は広島の福山から、車で旅をしていると言ってた。もうひとりはわからない。彼らが去ってから、手に芸術祭のパスポートだけ持ったおじさんがやって来て僕の作品のスタンプだけを押して去っていく。こういう人は結構いる。スタンプを集めるとなにかが当たるらしい。結構いるが、慣れない。全く作品を見ずにスタンプだけ押す人、毎度少しだけ傷つく。

音楽で行けるところと本で行けるところは違う
本を読むのと音楽を聴くのは共に遠くに行けるのだけど、行き方と行き先が違う気がする

金沢でドライブ・マイ・カー。くらった。3時間という長さをあまり感じなかったし、終わってから映画館を出たら外が明るすぎるように感じたし、携帯の電源をつけるのが嫌だった。

西島秀俊の顔面が好きなのかもしれない。
音楽と、無音の使い方もよかった。特に北海道に入ったときの無音がすごかった。演奏にジム・オルークの名前を見つける。

最後の最後、ソーニャがワーニャ伯父さんに手話で語るシーンでなぜか突然涙が出てきた。理由がわからない
あと、物の固定カメラでの撮影がめちゃかっこいい。雪の中で倒壊した家のショットと、車のショットは鳥肌。

2147
同じ館でスーサイド・スクワッド。最高。でかいヒトデと戦うところ、隊長が各隊員に、あいつはごちそうだ、あいつは誰だ?ママだ!と言って攻撃させるシーンで泣いてしまったし、落ち葉でシーンの説明しちゃうところとか超笑った。もう一度見たい。

ここから最寄りの映画館まで車で1時間50分。公共交通機関では4時間かかる

新潮1400記念号の高山羽根子「夢だとでも思ったか?」凄みがあって良かった。本当に面白かった。ボブディランの歌詞に感じる童話のような狂気というか。魂に刻み込まれた。

今日は辻さんに教えてもらったこれも良かった。人類は雑草圏で生活を始め、今もその中で暮らしている。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/weed/52/2/52_2_85/_pdf

道の駅すずなり。同じ人が毎日来てトイレに寄って帰って行ったり、毎日同じ時間に隣の家からお経が聞こえて、なんだか毎日が「再生」されてるみたいだ

スーパーは公共を体現する。人はスーパーによってつくられ、スーパーは人によって作られる。人それぞれの「地図」が違う。利用者何人かで一つのスーパーの地図づくりをしたらそれぞれ違うものができるだろうし、みんなの地図をたくさん重ねるほど現実のスーパーに近づいていくだろう

土曜日早朝ゴルフバッグを持って車に乗り込むお父さん

バーミヤン。一時間ほど前に、店員の人をレジの所で呼んでどこかに通されていった若い女の子が僕とほとんど同じタイミングで店から出てきて、バーミヤンの看板を携帯で撮影して自分の自転車に乗り込む前に携帯をいじっている。おそらくバイトの面接に来ていて、これからバーミヤンで働くことになったという旨を知人か友人にメールしたか SNS で公開したのだろうか

東京2020ってなんだよ。2021って言えや

自分の名前や活動を初対面の相手に一言言ったときに「あ、知ってます」と言われるのは、反射的に嬉しいと思ってしまうのだけど、「この人は僕の活動のどういうところまで知っているのか」を知る前に喜ぶのはよくないと思うので、嬉しいと思う感情にブレーキをかけるようにしているかもしれない。それは顔や名前を知っているだけで何か価値があると思い込んでしまうことに似ているから。選挙活動でひたすら自分の名前を連呼して回る選挙カーとか、投票日に誰に投票するかを投票所に掲示してある候補者のポスターをみて決めることにもつながることだから。

オリンピック開会式や閉会式に出たら、魂売ったと思われて友達に会えなくなるっていうのは行き過ぎではないのか?

職業芸術家は滅びるべきだという宮沢賢治の言葉はわかるし共感する分、自分がいまフルタイムアーティストであることが恥ずかしいと思っているとところがある。しかしまた同時に、それを誇らしくも思っている。人に仕事を聞かれたときにわざわざフルタイムアーティストと言ったりする。でも時々、まあバイトとかしながらやってますとか言うこともある。分裂している。自分の中に色々な人がいる。

富の湯は水風呂と風呂の温度差が大きいので、名古屋の炭の湯よりもひきしまった。温度差が大事らしい。

コンビニでミロが売られているのを見て、今まで足りていなかったのはミロだったのだと思った。

《広告看板の家名古屋》というプロジェクトを7月13日から敢行します。広告を掲げた家を作り、スポンサーからの広告費で生活するというものです。生活しながら冷房の自作などに挑戦します。進捗はここにアップしていきます。訪問もできます。僕が現場にいないこともあるので、希望する方はひとことメールをください→satoshimurakamiinfo@gmail.com

7月31日には、報告会を兼ねてトークイベントも行います。

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「0703の日記」

NDISから歩いて10分くらいのところにあるインターネットカフェ亜熱帯という漫画喫茶でシャワーを浴びて帰ってきた。払った合計は520円で、シャワールーム代300円とオープンシート席代220円(おそらく30分の料金)の合計。小さくてうすいタオル、リンスインシャンプーとボディソープ一回分、歯ブラシと歯磨き粉一回分、ボディスポンジも付いてる。気温はそれほど高くないのかもしれないが、湿度が高くてとても蒸し蒸しする、まさしく亜熱帯のような気候の中歩いて、途中のコンビニでタバコを買って、亜熱帯でさっとシャワーを浴びて店を出たら、路上で二十数人はいそうな大学生と思しきグループが、居酒屋を出たばかりの様子で集っていた。みんなが酔っ払っているのを見て何故か嬉しくなった。最近はコロナでこういう光景も見なくなっていたからだと思う。

さて、今日とうとう「広告看板の家名古屋」の制作のために名古屋入りした。午前中に東京のアトリエで、残っていた「生活用品作り」の作業(プロジェクトに協賛しているスポンサーのロゴを、シルクスクリーン印刷とカッティングシートを使って、僕が日頃使う服や財布や靴などにプリントする。財布と歯ブラシ入れとマスクを一枚やり残していた)をやってから車で出発した。グーグルマップでNDISの住所を入れ、出発した時は到着まで4時間~5時間という表示だったのだけど、結局9時間くらいかかった。いつもは東名高速か新東名高速でくるのだけど、気がつくと僕は中央道を走らされていた。静岡の豪雨による通行止めの影響かと思われる。中央道をずーっと走っていたのだけど、途中1度、工事による渋滞があり、さらに飯田山本IC付近で事故による通行止めに遭遇し、「ここで降りよ」という標示にしたがって、のろのろと何十分もかけてICを出た(初めて、高速の乗り継ぎ券というものをもらった)のだけど、高速を降りてすぐのところで、僕の前を走っている車が次々と、黄色い係員ぽい人の指示で反対側の車線にUターンしまくって、ICに戻っていく。これはもしかして、通行止め解除されたのかと思い僕も前の車に従ってユーターンしたら、案の定通行止めが解除されており、僕は無事中央道に戻って名古屋へ向けて走り続けたのだけど、なんだかんだ着いたら21時になっており、出発したのは12時半くらいだったと思うので、9時間弱運転していた事になる。疲れた・・

NDISに着いたら矢田さんと佐々木さんと道家さんが迎えてくれ、2時間くらいハイボールなどを飲みながら話した。ある店の店内の「陳列」が意匠登録されているらしいが、こういう感じでなんでも意匠登録されていったらやばくないか、という件などについて。

NDISというのは、NO DETAIL IS SMALLという手作りノートや雑貨、コーヒーなどを出しているお店(めちゃおしゃれ)のことで、2階は矢田義典さんの事務所でもある。今回はNDISと矢田さんの協力によって、ここの軒下を「広告看板の家 名古屋」の敷地として借りることができており、僕は「広告看板の家」が完成するまで、NDISの2階に寝泊まりさせてもらう。

今回のプロジェクトは、協賛してくれているスポンサーが17者もいるのだけど、そのうちの多くは、矢田さんをはじめとした、名古屋の建築家4人(矢田さん、佐々木敏彦さん、道家洋さん、南川祐輝さん)が集めてくれた。明日から設営を始める。車の駐車場所とか、資材の置き場とか色々と課題はあるけど、疲れたので全部明日考えることにする。

このプロジェクトは以下のスポンサーによって支えられています。

 

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「0704の日記」

NDISの2階の床にキャンプ用のエアマットを敷き、薄手の寝袋で寝ている。湿度がとても高いので、エアコンを弱運転でつけっぱなし。3日の夜も4日の夜も。名古屋において夏を乗り切るための冷房を自作するとき、室温を下げるのではなく湿度を下げる方法を探した方がいいかもしれないと思った。とにかくジメジメしている。

9時半ごろに目が覚め、すぐに体を起こして1階におり、顔を洗ってからNDISの隣の駐車場に停めてある車に、アクアソイルをストッキングに詰めたものや工具などの荷物を運び出した。そうしているうちに矢田さん夫妻が車で現れた。コーヒーを淹れてくれた。

今回の敷地は、僕がこれまでにプロジェクトをやってきた場所の中でも最も狭いかもしれない。ここまで狭いと逆にわくわくしてくる。資材をいったん逃す場所もないので、東京から積んできたテラコッタの陶板や木材などの材料をすべて荷下ろししてしまうと、作業ができなくなってしまう。だから車に材料を積んだままで仕事を進める。しかし、その車の置き場もなかなか厄介で、夜には矢田さんたちが家に帰るので、NDISが1台分借りている隣の駐車場を借りることができるのだけど、矢田さんたちが出勤して来たら車をコインパーキングに逃さなければいけない。1ヶ月だけ駐車場を借りられないかという相談を、矢田なおみさんにしてみたら、隣の駐車場はもう空きがないとのことだった。「このあたりは駐車場の相場が高い。二万円くらい」とも言われた。そう考えると、日中はコインパーキングを使った方が安上がりかもしれない。さらに、NDISの隣の床屋さんが「床屋が休みの日は駐車場を使っていい」と言ってくれたらしい。矢田さんたちが近所と良い関係をつくっているおかげで、みんなの力を少しずつ借りて車の置き場を確保できる。この床屋の主人がまた強烈なキャラクターだった。挨拶に行ったら、「なんか回覧まわってきてたなあ。あそこで寝るのか!大丈夫か!死ぬなよ」と言われた。「やっぱ芸術家は変わっとるなあ」と。僕や矢田さんのことを「変わっとる」と言ってたけど、この人もなかなか変わり者っぽいけどなあと思った。声が大きくてガサツで、人懐っこい。昔からここに住んでる超名古屋人、て感じ。このご主人はこれから時々制作現場を覗きにきそうだ。どんな会話が生まれるのか。

 

(矢田さん夫妻が作ってくれた回覧板)

 

今日は家のための足場を作る作業をした。車で単管パイプを買い出しに行った。最初に行ったカーマホームセンターにはパイプが置いていなくて、2軒目のロイヤルホームセンターで見つけた。パイプを買って14時半ごろにNDISに着いたら、内田が到着していた。今日から一週間ほど、日当制で制作を手伝ってもらう。一緒にNDISの2階の床で寝る。宿を取ろうか迷ったのだけど「楽しいから大丈夫」と言ってくれた。NDISの隣の駐車場前に車をつけて単管を下ろしたかったのだけど、停車したらすぐ後ろから何度もクラクションを鳴らされる。赤い車が駐車場に入りたがっている。そんな何度も鳴らさんでも一回でわかるわぼけと、思いながら車をコインパーキングまで逃し、結局そこから荷下ろしした。名古屋は車社会で、狭い路地でも車の存在感が強い。歩行者よりも車の方が偉そう。

GoProのタイムラプス機能を初めて使い、記録を取りながら単管パイプの足場組み立て作業を行う。「家」本体の大きさは大体横幅1.2m×奥行き1.5mくらい。これが、NDISの出入り口を塞がないギリギリのサイズ。高さは1.8mくらいか。その家を載せるための高さ1mほどの足場を組む。家は、足場をくぐって床下から入るスタイルになる。

単管パイプは、水平垂直を出すのがちょっと面倒ではあるけれど、インパクトがあればするすると組み上げることができる。18時前には、基礎となる4本の足場が組み上がった。それでもう疲れたので作業を終えた。

今日はシャワーでなく風呂に入りたかったので、車で「天然温泉アーバンクア SPA&LIVING」という、ディズニーランドのスプラッシュマウンテンで列に並んでいる時に流れてきそうな音楽が結構な轟音で流れている駐車場がある温泉施設へ。3時間1000円で、風呂やサウナに入れて、「リビング」と名付けられたくつろぎスペースには漫画とかものすごくたくさんある。

ご飯を食べ、風呂に入り、風呂上がりにソファに座っていたら、向かいに漫画よりも少し高い位置に洋書がたくさん面出しで並んでいる本棚があったので、そのなかの一つを読もうと手に取ったら、なんとそれは中身が空っぽの紙箱だった。その本棚には洋書が並んでいるわけではなく、洋書が並んでいる風に見せているだけだった。ただ見栄えだけのためのインテリアだった。「本に囲まれた生活がしたい」とか「本を読んでいる人に思われたい」「頭良い人だと思われたい。実際には読んでいないとしても」という欲望が、この洋書の棚を作り出したと思う。その「見栄をはりたい」という気持ちはわかるし、悪いことではないと思う。知的であることを良いことだと思っている証だから。でもそこで、本棚に本を並べずに、本に見せかけた箱を並べるのは間違っている。「人を出し抜きたい」という邪悪な力を感じる。「イメージと正体の調査員」としては、この現象は放っておくわけにはいかないのですかさず記録した。「広告看板の家」はまさに、こういう「本に見せかけた紙箱問題」について考えるために行わなければならない。

 

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寝過ぎた。起きたら8時を過ぎていた。一昨日の夜はエアコンを終始つけたまま寝てしまったので、なんだか1日体が疲れていた。なので昨夜は内田と相談し、タイマーで2時間で切れるようにして寝た。気温がそれほど高くないのも幸いして、とてもよく寝た。今日は荒川修作の誕生日らしい。Googleのトップページのロゴが天命反転住宅になっている。

「5日の日記」

目が覚めてすぐに1階に降り、前日の日記を書いていた。煙草を吸いに外へ出たら、燃えるゴミの袋がゴミ置き場にまだ残っていたので、前日の夜に食べたお菓子のゴミを、矢田さん夫妻が出していたゴミ袋にねじ込んで出した。9時14分の時点で、外は強烈な日が差していた。気温は29度。

10時頃に矢田さん夫妻が来て、数分後にはカメラを携えた女性二人組が店に入ってきた。今日はNDISは定休日なのだけど。「雑誌の取材」とのこと。10時半頃、矢田さんたちが取材を受けている間に、僕と内田は朝ごはんを求めて外へ出た。すぐ近くに小洒落たビストロがあったのだけど、ランチ営業は11時半からということで、結局コメダ珈琲に入ってコーヒーと無料のモーニングを食べた。内田が頼んだミックスジュースの甘さに悶える。今回はコメダに入ってしまったけれど、名古屋といえば喫茶店のモーニングなのでこれから店を開拓していきたい。

制作作業を始めたころには11時半にはなっていたと思う。この頃に矢田さん夫妻は「子供の授業参観があるから」と言って出かけて行った。京都nowakiの菊池さんが、名古屋は「バブーシュカさん」というカレー屋がめちゃ美味しいという情報を教えてくれたので、それを矢田さんに伝えたら、数時間後に「babooshkaに来ました。・・明日、報告します!」というメッセージが来た。フットワークが軽い。前日に組んだ四隅の単管パイプの間に、さらに1本ずつパイプを入れ、水平垂直を取る。単管パイプはインパクトを使って組めばすぐに組むことはできるのだけど、水平垂直が少し面倒である。一旦8本全て組み終わってから、水平と垂直を十数分かけて調整し、終わったと思ったところでパイプの組み間違い(床下に入れる垂木材のことを考えていなかった)に気がつき、さらに1時間かけてやり直してようやく組み終わる。

前日と同じかそれ以上に蒸す日で、NDISの軒下に温湿度計を置いて作業していたのだけど、湿度は常に80%以上はあったと思う。気温は30度くらい。晴れたのは朝だけで、あとはずっと曇りか、小雨だった。

パイプを組み終えた後は、その上に載せる木のフレームを作る。東京で一度組み立てたものを持ってきているので、もう一度組み立てるだけなのだけど、それを行うスペースがない。数分なら道路上でやることもできる(フレームとパイプを繋ぐ基盤となる2×4材は路上で組み立てた)のだけど、フレームを組むのには1時間以上はかかる。NDIS前の通りは狭いわりに車通りが結構ある。こういうところにも名古屋の車社会を感じる。

結局組み立ては駐車場でやった。車のトランクのドアを雨よけの屋根にしながら。

組んだフレームを、パイプの足場に乗せたところで空腹の限界が来る。15時くらい。内田が前に一度食べて美味しかったというラーメン屋「藤一番 那古野店」に行って「コク旨豚骨ラーメン」を食べた。たしかにうまかった。豚骨スープなのだけど、重たくない。ラーメンを食べたら眠くなってしまい、帰ってきてそのまま倒れ込んだ。30分くらい仮眠して作業を再開しようと思ったのだけど、気力が湧かず、雨も降っていたのでもう今日はもう作業やめ。内田は、僕が倒れている間にスーパーに行って、きゅうりとレンジで簡単にできるご飯とインスタント味噌汁と納豆とカルピスなどを買ってきてくれた。僕は東京からぬか床を持ってきていたので、きゅうりを漬けたかったのである。食べたくてたまらなかった。すかさずきゅうりを入れた。

それからもうしばらく寝て、風呂へ。出かける時の湿度85%。今回は「山王温泉 喜多の湯」。700円。駐車場は6時間無料。シャンプー・ボディソープなどが、「クール」と書かれたボトルと一般的なボトルの二種類あり、僕がたまたま座った洗い場に置いてあったのは「クール」だったのでそれを使って体を洗ったら、ひんやりとした洗い心地。

露天風呂が広くてよかった。テレビがあちこちについていてそれがちょっと目障りだったけれど。そういえば前日の4日は都議選の投開票日だったので、「開票速報」を見たかった(こういう時だけはテレビが見たい)のに、「天然温泉アーバンクア」の待合室にあった何台かのテレビは全てバラエティ番組ふうのチャンネルばかり映していて(おまけに「シャンネルは固定されています」とテレビの下に書かれている)開票速報が見られなかった。国政選挙ではないので、名古屋ではそれほど重要視されていないのかもしれない。しかし「都議会」とかって選挙の時とかスキャンダルとかの悪いニュースが流れた時だけ名前を聞くイメージ。普段何をやっているのかよくわからない。今回の都議選の解説なんかを見ても、結局国政選挙の話になってる。地方議会の存在感がない。

風呂の帰り際にコインランドリーへ寄って洗濯乾燥機に入れてNDISに帰る。洗濯乾燥「一般モード」60分で1100円。高いけどNDISから徒歩5分と便利で悩ましい。

 

0706の日記

ぬか床を持ってきていたので、昨日の夜にきゅうりを漬けておいた。朝それをつまみながら前日の日記を書く。うまい。

名古屋は連日湿度がめちゃくちゃ高くて、屋内のプールサイドみたいな感じなのだけど、そのせいで東京から持ってきた資材の一部がカビてしまった。たった一晩で。屋根の小屋組に使うもの。東京から持ってきた大抵の資材は防水のためにニスを塗っていて、そのおかげでカビも生えていないのだけど、何も塗っていないものからどんどんカビていく。生木は屋外に放置してはいけないということを学ぶ。

今日はなんだか盛りだくさんに色々な人と会った。11時過ぎくらいまでは、昨日単管パイプの足場の上に載せた木のフレームをパイプに固定し、それからスポンサーのロゴを印刷したテラコッタタイルをはめていく作業をしていた。これがなかなか大変な作業である。木のフレームはタイルよりも数ミリ大きく作っている程度で、ほとんど「遊び」がないので、フレームの中にタイルを入れ、木をあててハンマーでタイルをガンガン叩きながら押し込んでいく。地面に置いてあるタイルを内田に渡してもらい、僕がタイルを入れて叩く。この繰り返し。テラコッタは乾燥と焼成のときに歪みが出るので、一枚一枚の形が違う。それがこの「入れにくさ」を生み出しているのだけど同時に、入れにくいが故に、入れてしまえば固まってくれる。一枚ずつ違う「歪み」が、全体を強固にしてくれる。なんだか示唆的だ。ダイバーシティの重要性がこんなところにも現れている。そんな作業を続けているとお昼になり、お腹がすいた頃に矢田さん夫妻に誘われ、四人で「幸」というカレー屋へ車で行った。ここは以前から矢田さんたちから「いつか行きましょう。いつ無くなるかわからないような店なんで」と言われていた店。噂は聞いてはいたけど、行ってみるとスゴかった。人から誘われないと入れないどころか、知らなければ前を通り過ぎてもたぶん目には廃墟としてしか映らない。店内の大きなエアコンに、何十年もそこに貼ってあると思しき手書きのメニュー表があったのでそれを携帯で撮影したら矢田さんに「カレーを写すと怒られますよ」と言われた。SNSにあげられるのを嫌がるらしい。カレーはとても美味しかった。カレー屋というものは、それぞれの店で独自に発展していくパターンが多い。蕎麦屋とか、ラーメン屋とかに比べて、どんどん店のオリジナリティが加速していきやすいイメージ。東京のアトリエの近くにある「魔女のカレー」しかり、先日東京駅で食べた「インディアンカレー」しかり。味も、店のスタイルも。しかしこの「幸」は、外観や内装はもはや「独自の発展」というより、ずっと同じ形のまま残った結果、ものすごく独特なスタイルが確立した、という感じ。カレーの味も、ものすごく濃かったりスパイスが効いていたりするわけではなく、スキー場で食べるカレーのような、とてもオーソドックスな見た目で、味もどちらかというと薄味だった。とてもうまい「家庭料理」を食べている感じ。矢田さんが食べ終わりかけたころ「村上さん、ルーおかわりできますよ」といった。すると店のおばちゃん(この店は客席に立っているおばちゃんと、キッチンに立っているおじちゃんの二人でまわしているらしい)が近づいてきて「まったく食べるのはやいんだから」と言って矢田さんの皿を取り、「悪いこと教えてあげる。早食い、歳とった証拠」と言いながら皿をキッチンの方へ持っていった。矢田さんは「ああ、確かにその通りですね」というようなリアクションをしていた。おばちゃんがルーをなみなみに追加した皿を持って戻ってくる。「村上さんもどうですか?」と矢田さんが言うので「え、えっと、じゃあお願いします」と言ったらおばちゃんが「私が近くに来てる時に言わないとね」と言って僕の皿を持っていき、同じくなみなみにルーを追加して持ってきてくれた。女性と子供には普段からエビフライのサービスが付くらしいが、この日に限っては男性にも唐揚げがサービスで付いてきた。この件に関しておばちゃんは「珍しい」と言っていた。

「幸」で350円の美味いカレーを食べた後、南川祐輝さんの事務所がこのすぐ近くにあるということで矢田さんに連れていってもらった。南川さんは大学生のころから美術作品を買っていて、彫刻やペインティングや写真作品などのコレクションが3階建ての事務所の壁や棚に飾られまくっていた。志賀理江子さんの作品もあった。そこで一時間以上話したあと別れ際に「何か持っていく?」と、まるでお菓子をあげるみたいな感じで写真作品をひとつ譲ってくれた。

NDISに戻り少し作業をして、テラコッタの壁が2面ほど出来上がったころに、今度は道家さんが現れる。16時半ごろか。17時に道家さんと、金沢21世紀美術館の立松さん(立松さんは「陣中見舞い」にきてくれた)と、加えて初対面のアーティストのお二人が僕の現場を観に来るということになっていた。みんなが集まってきて、一通り説明をし終えた頃に突如体の疲れを感じた。軽い熱中症のような感じで、立っているのが辛くなる。今日は1日中曇りで日差しなどさしていないのだけど、じめじめしていて汗をかくし体力が奪われる。外で作業するのは4、5時間くらいが限度かもしれない。「お茶でも飲めるところにいきますか」と立松さんが言ったのだけど、道家さんは「でも、お仕事邪魔したら悪いのでは」と気を遣ってくれた。でも僕はもう限界だったので「いや、今日はもう疲れたのでやめます。どこかお店行きましょう」と言って、お店を探しに行った。

道家さんは僕たちを円頓寺商店街からすこし路地に入ったつきあたりにある、半屋外の屋台のような店に連れて行ってくれた。ベトナム料理の「サイゴン2」とイタリア料理の「ヴィッコロ」という店が同じ建物に入っている。道家さんが店員さんに話をして、ベトナム料理屋の方に入ったのだけど、イタリア料理屋のメニューも注文できるようにしてくれた。初対面のアーティスト二人は染谷亜里可さんと今村哲さんと言って、今村さんと内田はジョグジャカルタで一度会っていたことが判明し、「世界はせまいですなあ」と、アート関係者同士ではお決まりの会話をした。僕はもうすっかり疲れていて、ビールも入って気持ちよく、どんな会話をしたかちょっと思い出せないけれど、美術の話や政治の話を2時間くらいして、20時になって店員に「閉店でーす」と言われ店をでた。20時閉店じゃなければあと3時間は話していたかもしれない。

夜は「炭の湯」という駅近くの銭湯へ。ここは宿もやっているらしい。NDISから歩いて15分くらい。おそらく最も近い銭湯。「広告看板の家」での生活が始まったらここは行きつけの風呂場になるだろう。風呂代440円。ドライヤーは110円。

 

0707の記録

午前中は激しく雨が降っていたので外作業はやめにしてNDISの2階で、末っ子ライオンズから誘われたTシャツ展の絵を描いていた。昼にニューポピーという、NDISから歩いて3分くらいのところにあるめちゃオシャレな喫茶店へ行き、お昼に「鉄板小倉トースト」を。内田は「鉄板イタリアンスパゲティー」を食べる。スパゲティの方は、以前矢田さんが名古屋の定番?メシとして作ってくれたことがあった。鉄板に卵焼きを敷いて、その上にナポリタンがのっている。

お昼過ぎから雨が上がってきたので外作業を開始。まず壁を4面完成させる。昨日と同じように、テラコッタを木で叩きながら押し込んでいく。

壁が終わってから、ホームセンター「ロイヤル」へ。床下に使う2×4材を4本と、床板用の12mmの合板を2枚。そして狭いとこでもネジが回せるドライバー。

帰ってきて、屋根の小屋組をつくる。この材がかびている。

夜は昨日と同じ「ヴィッコロ」へ。食後に、今冬に展示をする予定のHAPSのプランのことを河原くんに電話(集めた広告費を食事代のみに使うというプランに変更)。

そして「ことばの学校」のガイダンスを聞く。風呂は昨日と同じ「炭の湯」。

東京では週明けから緊急事態宣言がでるらしい。オリンピック中に。頭がおかしくなってるのか?

 

0708の記録

明日は休みにして表現の不自由展とその対抗展示を見にいこうと思っていたのに爆竹が入った郵便物が届くというテロが起こり、施設が臨時休業という事態になってみられなくなってしまった。くそ。

お昼に「ことばの学校」の申し込みフォームを記入している間内田に、屋根から来た水を壁のタイルに流すアルミ板を2面ぶん取り付けてもらう。

申し込みが終わったら僕は床板を切り、はめる。とりあえずの床ができた。

その間、内田に屋根材のふちに、アクアソイルをストッキングに詰めた「ソーセージ」の落下防止のための60mmのボルトをつけてもらう。途中から僕もこちらの作業に参加。

ボルトをつけた屋根板をはめる。隣の床屋さんの波板の壁が、この「広告看板の家」から数センチのところにあるので少々手こずったけど、ボルトを2本ほど外してどうにか取り付けた。

屋根板の上に、防水のために厚手のブルーシートをかける。この日の作業はここまで。この頃には雨が結構降っていた。

夕食はなおみさんに教えてもらった「富士屋」へ。地元民に愛されているお店で、人から紹介されないと入るのはちょっとためらわれる。ここが最高だった。特に牛すじ煮込みには驚いた。牛すじのくさみというか、とっつきにくさを味噌で誤魔化していない。透明なスープの煮込み。

風呂はお馴染みの炭の湯へ。回数券が103900円であることがわかった。

とにかく湿度が高く、それが体力を削ってくる。毎日ヘトヘトである。10日で内田が帰るので、9日は休みにして名古屋観光、大須商店街とMAT名古屋のアートブックフェア、そしてYEBISU ART LABの展示を見てNDISに帰ってきた。10日も半日休みにして豊田市美へ。

この文章は10日21時に書いている。豊田市美でみた寺内曜子さんの「パンゲア」というインスタレーションが最高だった。その後内田を名古屋駅まで送り、NDISに戻ってきてすぐに南川さんが現場を見にきてくれた。室内の湿度を下げるために、屋根と壁の間に開口を設けたら良いのではというアドバイスをもらう。それと、スポンサーである「文房具朝食会」の猪口さんも見学に。初めて挨拶できた。

 

0711の日記

東京から持ってきたぬか床が酸っぱい匂いを発している。先日1日半ほど冷房もつけていない部屋に放置していたのが原因と思われる。土井善晴さんはぬか床のことを「ペットみたいなもん」と言っていたけれど本当にその通りで、少し目を離すと機嫌が悪くなる。このすっぱい匂い、どうしたものかと朝なおみさんに相談したら、なおみさんが矢田家のお母さんに電話で聞いてみてくれた。

「私のぬかじゃないんだけど、いまお店で家みたいなものを制作してる作家さんがきてて、ぬかを持っていらして・・」

このセリフをきいて笑ってしまった。ぬかを持って制作に来る作家はなかなかいないかもしれない。でもぬか床は火を使わないで調理ができる。塩分と酵素を補給できるので滞在制作にはうってつけである。特に今回のような場合は。

・ぬかを足す

・塩を少々足す

という手を教えてもらった。僕も自分の母親に聞いたら「ぬかと塩を足して、冷蔵庫に入れて少し休ませたほうがいい」と教えてくれた。「酸っぱくなっても、再生するから諦めないで」と。なのでとりあえずお塩を足して、ぬかは後日近所にあるという米屋でもらってくるとして、NDISの冷蔵庫に入れさせてもらった。

10時過ぎから制作作業開始。まずは先日取り付けたアルミの板とテラコッタの壁の間に1cm以上の隙間があるところがいくつかあったのでそれを木材で塞ぐ作業。塞がないと、せっかく屋根から落ちてきた水が壁に伝わらずに下に落ちてしまう。

それから屋根のブルーシートとボルトが重なる部分に切れ目を入れ、シートの縁を屋根のベニヤにクリップで留める。

そして、矢田さんたちに紹介してもらった株式会社イケガミの池上さんから提供してもらった「アクアソイル」をストッキングに詰めた「ソーセージ」を屋根に敷く。アクアソイルとは、真珠岩を発破させ細かく砕いたものからできている(ホームセンターに売っている「パーライト」でも代用できる)。染み込んだ水を一定程度ためこませるために屋根に敷く。池上さんから、ストッキングに詰めると施工がしやすいとアドバイスをもらった。僕はこれをみると釜山の海鮮料理屋で見た「ユムシ」を思い出す。

ここまでの見た目になると、多くの通行人が「なにこれ」と言いながら去っていく。

ちなみに隣に紅葉の木があるのだけど、それを支えている竹の添木にクマバチが巣を作っている。僕が名古屋についてからずっと同じところで作業をしている。クマバチは正確な円の穴を自力で開けることができる。

屋根にユムシを巻き終わったところで、一旦水を撒いてみた。矢田さんのホースを借りて屋根に水を撒き、それが壁に伝っていることを確認した。家の中の温度が下がるか実験したかったので、壁にも直接水をかけ、数時間放置することにした。

水を巻いていた真っ最中、お昼の14時ごろにデザイナーの阿部航太さんが現場を訪ねてきてくれた。「広告看板」という言葉が面白いと言っていた。言われてみれば、僕がこのプロジェクトの実現を模索し始めた4年くらい前にこの名前をつけたときに、ネーミングについて少し考えたことを思い出した。「広告」だけではスマホとかのディスプレイ上に現れる広告のことを想起してしまうし、「看板」だけだと道路上にあるような案内看板も含んでしまうので「広告看板」という名前にしたのだった。なんとなく、フィジカルで物体感のある名前にしたかった。しかし元々これは仮でつけた名前だったことも思い出した。本当は「移住を生活する」みたいに、動詞のプロジェクト名にしたい。制作したモノだけが作品ではなく、「広告看板の家」というモノも含めて、そこに色々と試行錯誤しながら住むことを試みる(名古屋の場合は、除湿や冷房の制作を実践しながら住むこと)プロジェクトなので、動詞にしたい。でも冷房を作ったり、広告収入でご飯を食べたり、僕が行う色々な生活に関する挙動をまとめて表す動詞が思いつかない。

また阿部さんはブラジルでグラフィティに関するフィールドワークをやっていて、映画も撮っているのだけど、グラフィティと広告の関係についても話した。NDISから数分のところにあるラーメン屋で。例えば「家賃」というシステムは、いつの間にか払う側と貰う側がわかれている。乗った覚えのないゲームにいつの間にか乗らされているという、無茶苦茶な仕組みになっている。グラフィティには、その「乗った覚えのないゲーム」を一時的に無効化する力がある。自分が住んでいる街がいつのまにか、誰かの壁、誰かの土地、誰かのビルということにされていき、自分の場所ではなくなっていくことへの抵抗に見える。

土地を持っている人が、広告を出す人からお金をもらうから広告看板は成り立つ。同様にYouTubeとかGoogleとか、そういう巨大な「土地」を持っている企業が、そこに広告を出したい人からお金をもらうからネット広告が成り立つ。「家賃」というシステムも、土地を持っている人が「ここは私の持ち物だけど、住まわせてあげるよ」という感じで、住む人からお金を貰うことで成り立つシステムである。広告と家賃も似ている。生まれた時から払う人と貰う人が分かれている点とか、「礼金」ていう全く意味不明のシステムとか、家賃は本当になぞだ。最もなぞな装置だ。阿部さんが言っていた「契約更新料」の金額設定の意味がわからないという話も面白かった。なぜ「家賃1ヶ月分」なのか。書類制作の作業なのだから、やる仕事に家の大小は関係ないのに、なぜか「家賃1ヶ月分」という料金が当たり前にまかり通っている。なぞだ。「名古屋には更新料がないんですよ」と、衝撃的なことも聞いた。先ほどなおみさんに確認したら「ないかもしれないです。あまり聞かない」と言っていた。まじか。東京では当たり前のように契約更新料を払っていた。もう少し名古屋人に聞き取り調査する必要がある。

ラーメン屋で「ざるめん」というものを食べ、阿部さんと別れてから現場に戻って温湿度計を見たら。日陰の外気温が33.8度、湿度55%に対して、「広告看板の家」の中の気温は28.7度、湿度80%だった。気温はそれなりに下がっている。水を巻いてから1時間半。しかし湿度が80%の中で過ごすのはかなり厳しい。やはり除湿が最大の課題である。

この日はこれで作業をやめ、日記を書きはじめた。途中「わざもん茶屋」の社長さんがNDISにいらして少し話した。「協賛いただいてありがとうございます」と言ったら「いえいえ、楽しませてもらっているので」と言ってくれた。その社長さんに「らくだの湯」という銭湯を教えてもらう。ここも「炭の湯」と同じく日帰り入浴もできる銭湯付きのホテルなのだけど、なんと、これまで最も近いと思っていた「炭の湯」よりも近い。歩いて10分。最高だ。コインランドリーもあった。なぜか金曜と日曜だけ入浴料が安い設定されており700円。それ以外の曜日は1400円。今後金曜と日曜はここを使おうと思った。

広告の「良い面」について考えている。「広告」は資本主義社会の権化みたいな存在としてみることができるから、悪者にされやすいし、僕も以前持田敦子さんとの対談の際にも「広告は嫌い」だと言った覚えがあるのだけど、今回美術展や芸術祭などの枠組みではない、完全な自主プロジェクトとして「広告看板の家」を僕はやっていて、そこに色々な人からお金を出してもらっている。美術展や芸術祭に参加することは、ビジネスライクとは言えないまでも、そこで作られた人間関係は「仕事仲間」である感がどこかにある(もちろんそうではないこともある。一緒に仕事をした学芸員と友人知人のようになっていくことも多々ある)。しかし今回の、ただ村上がやりたいだけのプロジェクトにお金を出してくれた人に対して感じる、なんというか「義理人情感」は、これまでに経験したことがない感慨深さがある(僕に直接「協賛したい」と言ってくれた井上さん、高松さん、棟田さん、川村さんの四人にも強く感じる)。協賛してくれた人たちには、今回のプロジェクトが終わった後も自分が活動を続ける限りは連絡をしようと思えるというか。名古屋の建築家の四人が、それぞれに協賛をどんどん集めてくる手腕には驚いたけれど、話を聞けば今回協賛してくれたスポンサーの皆さんは、四人ぞれぞれと以前から一緒に仕事をしている人だったり、普段から付き合いのある人らしい。僕が今感じている感慨をずっと感じながら、何年も仕事を続けているのがこの四人の建築家なのかと思った。人情というか友情というか義理というか、そういう人間関係に、自然とお金のやりとりが含まれている間柄というか。これが大人になるということなのか。

 

0712の日記

晴れた。お昼くらいまでは晴れていた。

朝、室内と室外の気温を見てみた。昨日の昼に撒いた水の効果がどのくらい続くのか気になって。室内の方が外気温より低かった。むしろ昨日より低かった。9:36の外気温日陰30.7度、湿度65%。室内気温27.2度、湿度90%。湿度90はやばい。高すぎる。

10時過ぎに道家さんが「湿度対策が気になって」と訪ねて来る。これから珪藻土を床に塗ろうと思っていると話をして、道家さんだったらどうしますかと聞いてみたら、やはり珪藻土を壁に塗るとか、と言っていた。あとは押し入れ用の除湿剤をたくさん置くというアイデアももらった。「あれも水タプタプになるくらい除湿しますからねえ。でも、このプロジェクト的には、あれは化学物質の塊みたいなものだから、合わないのかもしれないけど」と道家さんは言っていたけれど、除湿剤も一つの手だと思った。とにかく、色々なことを試しながらやっていく。

NDISの雨樋(なんと竹でできている)に落ちてきた水を「広告看板の家」の屋根に落としたいのだけど、矢田さんに、雨樋に穴を開けてもいいかという確認をしなければならないのと、4メートルくらいの梯子も調達しなければならない。

道家さんのハシゴ情報

・ホームセンターでレンタル「コメリパワー」という店がある

・近藤産興

・ネットのレンタル屋

それと道家さんには「名古屋は賃貸の更新料がないのか」という質問もしてみた。すると「ない。まずない。最近はそういうことで少しでもお金を稼ごうとする大家さんはいるのかもしれないけど、土地柄に合わないと思う。絶対と言っていいくらい、ないと思う」という感じで言っていた。「東海地方はみんなそうなんじゃないかなあ」とも。関係ないが「今日朝、もうクマゼミ鳴いとりました。ずっと聞いてると、だんだんシネシネシネと聞こえるから腹が立つ」と言っていた。道家さんは面白い人だ。

今日は16時から中日新聞の記者が取材に来るということが決まっていた。この記者の人は、川瀬慈さんが繋いでくれた。金沢の個展のとき、川瀬さんをゲストに迎えたトークイベントの打ち上げの最中にたまたま川瀬さんに電話をかけてきたのがこの人で、川瀬さんはその場で「いま村上慧っていうアーティストが隣にいる。ぜひ今度取材してみて」というようなことを言ってくれ、今回の取材に繋がってる。

とにかく今日は記者が来るまでに、室内の床に珪藻土を塗る作業と、ホームセンターで天然芝を買ってくるというミッションをこなしたかった。のだけど、近隣のホームセンターに片っ端から電話をしても、天然芝を扱っている店はなかった。みんな「今の時期はもうないですね」と言っていた。芝生は見た目が良いから張るか、くらいの理由だったのでまあなくても良いのだけど、アクアソイルを詰めたストッキングを直射日光に晒し続けるのはよくない。なので何かしらはる必要はある。とりあえず芝生はやめることにした。

珪藻土は楽天市場で売っていた。なおみさんにバケツを借りて、水を入れ珪藻土を練り、コテとコテ板で床に塗っていく。室内の湿度が高いせいで、床に開けた入り口から室内に上半身を出しているだけで汗をかいてくる。しかもたまたま聞いていたラジオクラウドの番組から「今日はずっと眠いんですけど、湿度が高いと眠くなるらしいですよ。酸素がうまくとりこめないから眠くなるらしいですよ」という話が聞こえてきて、酸素が取り込めないのはやばそうだなと、危機感を感じた。

14時ごろに突然雷が鳴り始め、豪雨になった。豪雨をテラコッタの壁の外側に感じながら、僕はコテを握って珪藻土を塗っていた。雨は1、2時間でやみ、16時に中日新聞の人が来て取材を受ける。17時過ぎまで記者の人はいたと思う。取材が終わり、なおみさんも家に帰っていき、僕は18時ごろに床の珪藻土が塗り終わった。

18時半ごろにお風呂の道具と着替えを持って名古屋駅の方へ。ギネスが飲みたかったので晩御飯をHUBで食べてそのまま銭湯に行くという算段。そのHUBのテラス席で、白人女性が1人と日本人男性3人という組み合わせで飲んでいるグループがあった男三人が大笑いしながら楽しそうに飲んでいるテーブルで、女性は一人地蔵のように真顔で背筋を伸ばして座っているだけだった。その四人グループは、店員とも親しげに話しているからバイト仲間かと思われる。しかし、この人をもう少し話に入れてあげる術はないものかと、何故か僕がやりきれない気持ちになっている。付き合いで飲み会に参加していて、本音は帰りたいと思っていたら嫌だ。僕ならバイト先でこの女性のような状況になりかねない。本人が良いと思っていればいいのだど。しかしそうは見えない。

気にしながらHUBを出て、風呂は「炭の湯」へ。

明日から一応「本番期間」である。明日は炭の湯の回数券を買おうと思う。

 

0713の日記

今日から《広告看板の家 名古屋》の本番期間である。今夜から家の中で眠り始める予定で制作をしてきたのだけど、なんとまだ昨日塗った珪藻土が乾き切っていない。指で触ると白い粉がつく。まさかここまで乾くのに時間がかかるとは思わなかった。マットを敷けばなんとか大丈夫かしら。

本番期間ということなので、今後8月2日までの飲食費や洗濯代金や銭湯代や酒代や映画館代や奨学金の返済費や携帯電話料金などを全て記録、計算し、広告収入からの支出として計上していく。今日からは自分が食すものに対して、完全に自覚的になってやるぜと思っている。しかし今日の朝ごはんは、名古屋に来てから内田が買ってくれたインスタントご飯と、インスタント味噌汁に昨日買った卵を焼いて入れたものを食べた。内田が買ったものは差し入れ的に考えれば良いとして、本番期間以前に買った卵を本番期間に食べてしまった。これはどう考えれば良いのか。なんだか自分が行政機関になったような気持ちだ。生活はずーっと続いている。今日は昨日からの流れの中にあり、昨日は一昨日からの流れの中にある。どこからが新しい生活で、どこからが古い生活かなんて分けられない。でもどこまでを経費として、どこまでを経費にしないかは、どこかで区切らなければいけない。本当は「看板の家」の設計・制作期間中の食費、奨学金の返済費なども、「広告看板の家」の経費として計上するべきなのかもしれない。この問題は初めに考えておきたい。とりあえず、経費(つまりスポンサーからの広告収入でまかなうお金)の定義を以下の通り定める。

・「広告看板の家」の材料費は広告収入を使う。材料費とは、木材やタイルなどの資材費、グラインダの刃やペンキなどの消耗品費、シルクスクリーンの枠代、本番期間中に着る服や財布やバッグの購入費(村上はスポンサーのロゴを印刷した服等を名古屋では常に身につける)などを指す。

・運搬費(高速料金、ガス代)は広告収入を使う

・本番期間中の生活費(飲食費や洗濯代金や銭湯代や酒代や映画館代や奨学金の返済費や携帯電話料金など)には広告収入を使う

・制作期間中(つまり7月12日以前)の生活費には広告収入を使わない

この定義だと広告看板を作っている間の生活費には広告収入を使わないので、僕は身銭を切って人の広告を作っていることになってしまうが、それは最終的に、広告収入で得た全体の金額から経費を引いた額を「ギャラ」として受け取り、それで賄うということにする。いくらギャラになるかはまだ未知数である。これまでの制作費がいくらかもまだ計算していない・・。

また本番期間中の指標を以下に書いておく。

・差し入れは記録する(自分が何を消費して生きているのかを可視化するのが大事なので、広告収入でモノを買うのと、プロジェクトの応援者からモノをもらうことは同じである)

・広告収入で買った飲食物は、”できるだけ”食べる前と食べた後の写真を記録する。これは体の中に入ったことの記録として大事だけど、でも多分全部記録するのは無理だ。忘れたらしょうがない。

・広告収入で買った本、観た映画など、とにかくお金を使ったらそれをできるだけ記録する

・その日着ている服をできるだけ撮影して記録する

・7月13日現在、NO DETAIL IS SMALLの電力やWIFIを使わせてもらっている状態である。これを本番期間中に少しずつ、街にあるもので代用していく。NDISから少しずつ離れ、「街に住む」ようにする

・7月13日現在、まだ広告看板の家は「快適」とは言えない。これを少しずつ快適にしていく

さて今日の日記を書くぞ。インスタントご飯とインスタント味噌汁に卵焼きを入れたものを朝ごはんに。

今日の服

愛媛に行っていた矢田さんが名古屋に帰ってきて、久々に夫妻でNDISに来た。昨日、中日新聞の記者が僕に「今回はお金に関しての作品をやってますが、ここまで制作してきて、お金に関してなにか思ったことはありますか?」というような質問をして、僕は「これから僕はこのスポンサーからもらったお金を使って、ラーメンを食べたり映画を観たりしていくけど、その度に、このラーメンは〇〇さんからのお金かあ、とかそういうことを考えるだろうと思う。今回スポンサーからもらったお金は、例えばバイトとかで稼いだお金とは違う。バイトで稼いだお金は灰色だけど、このお金には色がついている気がする」と答えた。このことがなおみさんの頭に残っていたらしく「息子に、お金の色について聞いてみたんですよ。お金って何色?って。そしたら水色って言ってました。多分千円札の色」と言っていた。僕は抽象的に「色」と言ったのだけど、お金の実際の色味について考えて「お金は水色」と答えるの面白い。お金も色を持っている物体であることを思い出させてくれる。

前日の日記を書いているうちに12時近くになってしまい、矢田夫妻と三人でお昼ご飯を食べたのだけど、なんと矢田さんは、僕を含めた三人のお弁当を作ってきてくれた。

 

矢田さんから、立石の「二毛作」というおでん屋の話や、新馬場の野沢屋という中華料理屋が美味しくて、東京出張にいく時は必ずいくという話を聞く。矢田さんが推測するに家族経営で「弟さんが厨房で料理をしていて、お兄さんが注文とか予約の電話を取って、お母さんらしき人が運んでくれます。麻婆豆腐がめちゃくちゃ美味しいです。よだれ鶏も美味しいです。杏仁豆腐は、レモンがついてくるんですよ。で、レモンをかけると。味が変わります。おすすめです」と言っていた。また「NDISの隣の床屋のカトウさんに頼めば、一見さんNGのお店でも入れる。この辺の居酒屋でカトウさんを知らない人はモグリ」という話も。

お昼のあと僕はホームセンターに行き、腐葉土と園芸用遮光シートと二十日大根の種と表札に使えそうな木の板と黒い絵の具と筆を買ってきた。

アクアソイルソーセージの屋根に遮光シートをかけ、ところどころに穴を開けてそこに腐葉土を詰め、そこに二十日大根の種をまいた。実がなるまでは間に合わないかもしれないけれど、葉っぱが出てきて緑化がすこしでも進むと良い。現状、バジルとゴーヤときゅうりがちょっと枯れそうなぎりぎりで生えているだけなので仲間を増やしてあげたい。

あと、単管パイプの先端に緑のキャップをはめた。

作業をしていたら、帽子を被った女の人が通りがかり、

「いつから入居ですか?」

と聞いてきた。僕は顔をみたけれど誰かは分からなかった。

「今日から、一応」

と答えたら、

「あ、今日から。いよいよ」

と笑って去っていった。いったい誰だったのか・・。誰かスポンサーの知り合いか?

また、今日も道家さんが様子を見にきてくれた。めちゃくちゃでかいスイカの差し入れを持って。縦30センチ横28センチ。これを冷やすためには大きな植木鉢を買ってきてジーアポットを作らねばならない。ジーアポットは、この夏の名古屋でのプロジェクトの元ネタになった、水の気化熱を使った冷蔵庫である。東京から持ってきたぬか床も、現状NDISの冷蔵庫に入れさせてもらっている状態なので、ジーアポットは必須である。差し入れによって家電をつくったりするのは面白いかもしれない。

 

作業中は、先日アーティストの染谷さんがきた時にもらった「サクッとねぎみそせんべい」を食べた。NDISの水道水も飲んだ。

屋根の種付けのあとは、屋根の上に物干しを作った。洗濯物があると生活感がでる。今後晴れる日が多そうだし、せっかくスポンサーのロゴを入れたTシャツやタオルを作ったので、それを日替わりで干していこう。しかし、あんまり晴れてばっかりで雨がないと、せっかくの雨水の気化熱という冷房のコンセプトが生かされない・・。すこしは雨が降って欲しい。

 

それが終わった頃には18時を過ぎていた。お風呂セットと着替えを持って、炭の湯に向かったのだけどまずは途中にある「麺屋まんてん」で晩御飯はラーメンにした。ラーメン二郎みたいな、もやしが山盛りのラーメン。これを、広告収入を使って食べた。

 

右隣に座っていたのが、多分高校生男子二人組。声が小さくて何を話してるかわからんが、一人は黒髪のおかっぱでサラサラヘアーに猫背で、なんか親近感が湧いた。髪がさらさらでうらやましい。この二人とは友達になれそうな気がする。左隣の、おそらく二十代前半のサラリーマン男子黒髪短髪の二人組のうち右の男は、「日曜日に出会系アプリでマッチングした人と遊んだんだけど、それが誰だったか忘れた」という話をしながらスマホのトーク履歴のようなものを見ている。遊んだ人が誰だったか忘れるなんて信じられない。そんなことあるのか?子供の時には、公園で知らない子と遊んで誰かわからないみたいなことはあったけど、大人になってそんなことあるか?どれだけの大人数と高頻度で遊べばそうなるのか。あるいは、隣りに座っている人に対してイキっているのか。最終的に「まあいいや、新しい〇〇いこーっと。あ、こいつ、知ってるけどワラワラとか、ウザ、無視」などと話している。せっかく二人でいるのに二人で話をしてない。つまらん。というか普段会わない人過ぎてやべえな。ラーメン屋のせまいカウンターで食べると、隣に来る人がおもろい。あと10日でオリンピックが始まるらしいが、その話をしている人はいない。

それから炭の湯へ行き、風呂回数券10回分を3900円で買い、1枚番台のおばちゃんにもぎってもらって風呂。

 

もぎる時、男湯で誰かが怪我をしたらしく、おばちゃんはすこし慌ててカットバンと消毒液を探していた。風呂帰りにコンビニでホワイトベルグを買って飲みながら15分歩いて帰る。コンビニで売っているのは珍しい。これからこの炭の湯→発泡酒飲み歩きというのは黄金コースになっていく予感がした。

 

現場の近くで蝉の幼虫が道路で弱々しくひっくり返っている。マンションの植え込みの木の根元に移動させてあげたが、こいつはたぶんだめだろう。軽く酔っていたのもあるが、自分は虫に対して薄情になってしまったなあと思った。昔なら小一時間座り込んでむせび泣いていただろう。

これからの家に入って眠ってみることにする。

 

今日から本番期間だが、家はまだ完成とは言えない。最後まで「完成」はないかもしれない。「快適」を求めて無限に探究することができるから。またこれはアートプロジェクトなので、ビジュアルを整えていく必要もある。

具体的な現状の課題

NDISからの雨水を取り込む樋の制作

・冷蔵庫作る

・棚作る

・内部の湿度を下げるために、窓を作ったほうがいいかもしれない

今日使った生活費

・自動販売機でレッドブル 210円

・まんてんラーメン150g野菜小 790円

・炭の湯回数券10回分 3900円

・銭湯帰りのコンビニでホワイトベルグ 160円

しかし思った以上に忙しい。なんだかんだ来客が毎日ある。1日があっという間だ。

 

0714の日記

いま7月15日の朝9時28分。現場から徒歩5分のところにあるコメダ珈琲にいる。近くにコメダがあるのはとても助かる。

昨日のお昼過ぎくらいから、鼻がゆるくなっていた。くしゃみと鼻水が止まらなくて、体が風邪をひきそうになっている感じ。ずっと外で作業をしていて汗が皮膚に張り付いているようなコンディションで、エアコンの効いているNDISの室内で人と話したり、また外に出たりしたのが原因かと思われる。それで昨夜は、「山王温泉 喜多の湯」から帰ってきて、日記をかかずに、自分の家ではなくてNDISの2階ですぐに寝た。正直、自分の家で寝るべきかNDISの2階で寝るべきかかなり迷った。NDISの2階は、たぶん自分の家よりも暑い。エアコンはつけたくない。たぶん今つけて寝たら風邪をひく。しかし土砂降りに雷という悪天候だったので、自分の家で寝るにはすこし準備が必要だった。特に必要なのは耳栓だった。耳栓を買うには、お風呂帰りにコンビニに入る必要があった。しかし鼻の体調がとにかく悪くて、風呂帰りにお店に入る余裕はなかった。なので結局まっすぐNDISに帰り、2階で横になった。

今はだいぶ回復したが、まだ油断できない感じだ。コメダはエアコンが効き過ぎていなくて助かる。エアコンとの相性が悪い体になっているので、昨夜はエアコンは付けずに寝た。そのおかげで回復できたと思われる。エアコンとの相性が悪い体になったのは、13日の夜だと思われる。

13日は夜12時前くらいに「広告看板の家」で初めて横になった。曇りで、少し夜空も見える天気だったと思う。家に入った時は外気温28.3度、湿度68%。室内は気温26.9度、湿度75%。(雨は降らなかったし、いっさい水もかけていないのでテラコッタの冷房能力は発揮されていない)

温度が26.9度でも、湿度が75%だと寝苦しかった。少なくとも最初は「辛い」と思った。しかも湿度は上がっていく。最初は75%だったのが気がつくと82%になっている。蒸す。暑い。寝苦しい。しかし「納得できる」と思った。この、自作した空間で寝苦しいということには清々しさがある。気持ち良さがある。自分の活動に協賛してくれたスポンサーのお金を使って、自分で選んだ素材を買い、家を自作し、自分で寝ているのだから、この暑さは「納得」できる。暑さが苦しさではないというか。しかも体がだんだん慣れてくるのがわかる。インドネシアにいるような気持ち。快適であるとはいったいどういうことなんだろう。僕は昨日エアコンの冷気にあてられて体調を崩した。しかし一般的には僕の広告看板の家よりもエアコンの効いた家で寝た方が快適であるとされているだろう。もちろんそういう場合もある。でもそうでない場合も考えられそうだ。快適とは何かを考える3週間になりそうだ。そんなことを考えているうちに時刻は1時20分になっていて、湿度は86%まで上がっていた。

気がつくと眠っていた。でも朝5時20分に目の前の道路をトラックが通る音と、カラスがビニールをつつく音で目が覚めた。やはり耳栓は必須だと思われる。起きた時の室温は27.2度、湿度は88%まで上がっていた。サウナか。外は26.4度、湿度71%。次にここで眠る時はなにかしらで除湿しなければ快適とは言えない。これは喫緊の課題である。そして、やっぱり窓はあった方がいい。このままではいつまでも珪藻土が乾かない。

7月14日の服

 

前日と同じメニューの朝ごはんを食べた。

 

そして前日の日記をNDISの1階で書いていたら矢田さん夫妻が出勤してきた。同じタイミングで、スポンサーの「不動産事務所大創」のイトウさんという人が、このプロジェクトを実現にこじつけた名古屋の建築家四人衆の一人、佐々木敏彦さんに連れられてきた。

佐々木さんが制作現場にきたのは初めてだった。壁につけたアルミ板を見て

「あれは、雨水を壁にとりこむためのものですか?」

「そうです」

「おもしろいよね、雨水を取り込もうとするのは。普通設計をすると雨水は離そうとするけど、逆だ」

と矢田さんに言っていた。佐々木さんとイトウさんから、水羊羹の差し入れ。これも要冷蔵だ。みんな要冷蔵のものを差し入れてくる・・。

 

NDISの雨樋に落ちてきた水を僕の家に取り込みたいのだけど、軒まで届くハシゴがない。という話を佐々木さん達にしたところ、すぐに「大創」から大きな脚立を二人で持ってきてくれた。

 

これで雨樋(NDISの雨樋は竹製である)の状態を確認して、ホームセンターで買うべきものが決まった。

それから矢田夫妻と佐々木さんとイトウさんと五人で、NDISで少しだけコーヒーを飲んで雑談(この時エアコンに当たり過ぎたと思われる・・)。佐々木さん達が帰ってから、前日同様矢田さんが作ってきてくれたお弁当を食べさせてもらった。

 

お昼ご飯を食べてからホームセンターへ行き、ロイヤルと北区のDCNをハシゴした。服と小物を収納するための棚、窓用の蝶番、窓用の網戸の網、道家さんからもらったスイカとぬか床を冷やすためのジーアポット用の植木鉢、除湿対策の竹炭、重曹とガラス瓶とガーゼ、竹炭やリュックなどをぶら下げるためのフック、雨樋を新しくつくための木材、雨樋一式、防水テープを買って帰ってきたら中日新聞の人が再び現場にきていたので少し話す。

矢田さんたちが家に帰って行き、お風呂に行こうと思ったら突然の豪雨。もう体調がだいぶ悪かったので、車で山王温泉にいくことにした。ひどい雨で、久々に空を走る雷もこの目で見た。何回も見た。山王温泉で「味噌カツおひつ」を晩ごはんに食べる。

 

それから風呂に入り、脱衣所で歯も磨いてまっすぐ帰ってきた。

今日使った生活費

・自動販売機でポカリスウェット150円

・ホームセンターで黒糖かりんとう213円

・山王温泉喜多の湯 風呂代700円

・味噌カツおひつ920円

そういえば今日、「棲」という雑誌で数年前に僕を取材してくれたアサノさんという人からメールが来た。作っている家がおもいっきり「湿式」で面白いと書いてあった。

 

0715の日記

現在7月16日朝10時。昨日と同じくコメダ珈琲。今日は電源も使えることがわかったので、携帯電話をパソコンを充電しながら書いている。

自分の右隣に男女二人組が座っている。女性の方は「11時から学校行くわ」と言っているので大学生と思われる。男性の方はわからないけど仕事っぽい電話をしていたので学生ではないかも。女性が

「なんでみんな自分の恋人とか好きな人がいまなにしてるかとか気にするん?」

と男性に、携帯電話を見ながら独り言のように聞く。

「いや、気になるでしょ。」

と男性が答える。

「なんで?」

「自分の手元の人間が、なにか外に出されたりしたらむかつかん?」

「それがわからないから話してる」

男性の答え方がバカっぽい。女性の声が少しいらっとしたトーンに変わったように感じた。二人はそれでも親しげにその後も話している。とても親しげなのだけど、不思議と恋人同士には見えない。僕は人と人の関係の奥の深さを感じている・・。

15日は「快適広告生活」に向けての仕事がいろいろと進んだ日になった。15日の服

 

 

15日の朝コメダで食べたもの。今日も同じものを食べたからややこしい。

 

コメダで14日の日記を書いて現場に戻ると道家さんが来ていた。スポンサーである「株式会社グラストップ」の二人もいて、僕に紹介してくれた。グラストップの人は大変興味深そうに僕の家を見ていた。室内の湿度をどのように抑えるかという話になり、この家はテラコッタタイルに浸みた水が蒸発する時に冷えるという構造なのだけど、その水が室内にも蒸発しているから室内の湿度が高いので、内側に水分を通さない何かを塗れば良いのではないかという、道家さんのアイデアがでてくる。これは以前から出ているアイデアなのだけど「グラストップ」は、液状のものをローラーで塗り、乾くとガラスコーティングされるという商品を扱っているので、グラストップの鵜飼さんが「うちの商品でよければ提供しますよ」と言ってくれた。乾くとガラスになる液体とは、なんかわくわくするしちょっと試してみたい気もするけれど、ホームセンターとかで一般的に買えるものではないので、このプロジェクトのコンセプトとしてはちょっと相応しくないかもしれない。という話を、僕よりも先に道家さんが説明してくれた。

同じくこれも道家さんのアイデアなのだけど、気密シートというものを室内とテラコッタタイルの間に貼ればよいのではないかという案も出た。これはすこし議論になって、道家さんの最初の案はテラコッタタイルを支えるフレームの上から胴縁を打ってシートを貼ればよいのではということだったが、それだとタイルとシートの間に2センチくらいの空気層ができてしまう。それが断熱効果を発揮してしまい、タイルの冷気が室内に伝わってこないのではないかと僕が言ったら、それは大丈夫だと思うとのことだった。しかし僕は東京の実験で、タイルの内側に壁厚9mmの木の箱を作ってタイルに水を浸み込ませ、木の箱の中の温度が下がるかどうかを確かめたら、木が断熱材となって冷気が届かないという結果になった。その話をしたら、道家さんはすぐに空気と木の断熱能力をネットで調べてくれた。するとやはり空気は最強の断熱材でことがわかった。たしかに、空気層ができたら断熱しちゃうかもねということに。僕はこの話を受けて、テラコッタタイルにぴったりと機密シートを貼ってみることにした。そうすれば空気層は作られず、かつ水気は通さないという夢の壁ができるかもしれない。

 

しかしこんなややこしい話をする前に、最初からテラコッタタイルの片面だけ釉薬を塗ってあるものを買えばよかったのだ。釉薬が塗られている面は水気を通さない。でもこれは事前に予測はできなかった。実際にここまで作ってみないとわからなかった。

ある素材を一定時間以上扱うと、その素材の性格がなんとなくわかってくる。同じく、ある仕組みを頭で考え、それを一定時間以上手を動かして試しに作っていると、その仕組みのトリックがなんとなくわかってくる。頭で理解すると言うより、手と体で覚えるという感じ。今回の場合は、ここまで一度作ってみたからこそ、タイルの片面には釉薬が塗られていた方がいいかもしれないということがわかった。

最後まで完璧に頭で組み立ててから手を動かすと言うことが僕にはできない。ある程度頭で考え、ある程度手で考え、そしてまた頭で考えるというサイクルが必要。現場と机を行き来するというか。そういえば武蔵美の高橋先生が昔こんなことを言っていたような気がする。

道家さんたちと道端で話しながら、僕はせっせと手を動かしてジーアポット冷蔵庫を作った。植木鉢の間には砂ではなく、アクアソイルの余った分を入れた。これがうまくいけば、東京から持ってきたぬか床をここで保存できる。

 

道家さんたちとNDISでスイカを食べながら雑談した後、外作業にとりかかった(なんだか来客が多い+前日の日記を書くのに結局午前中が潰れてしまうので、1日のうち実際の制作にかけられているのは4時間くらい。まあこのくらいが疲れすぎない良い塩梅かも)

 

ホームセンターで買ってきた竹炭の除湿剤を天井や壁にぶら下げ、重曹を瓶に詰めてガーゼで蓋をして除湿剤を手作りし、またカラーボックスを組み立てて室内に棚を作ったりしていたら、13時半くらいに豊田市美術館の千葉さんが訪ねてきてくれた。千葉さんから差し入れとして美味しいどら焼きをもらった。

 

千葉さんとなおみさんとNDISでコーヒーを飲んでまたすこし談笑した。「村上さんは美術館という場所をどう考えているのか」と聞かれたので、路上で行った実践を、まとめて見せる場として使うのが良いと考えている、というようなことを答えた。この「広告看板の家」にしても、三週間という期間のあるプロジェクトなので、どのタイミングで訪れてもその時の様子しか見ることができない。その三週間分という実践期間を1日で見られる場所が美術館になればよいと思っている。ゴードンマッタクラークとか、ロバートスミッソンの仕事みたいに。それは美術館でもいいし、本でもいい。どんな媒体であれ「これが『広告看板の家』という作品です」と提出する場所は必要だと思っている。

千葉さんが帰った後に、大きな作業をした。NDISの建物についている竹の雨樋の途中に穴をあけ、雨水を分けてもらうパイプをつけた。

 

この雨樋は右に下がっているので、既存の雨樋の穴(一番右端)のすぐ左隣に穴を開けて(そうすることで、既存の穴に水が落ちる前に新しく開けた穴に水が落ちてくれる)斜めにパイプをかけようかと思っていたのだけど、先日訪ねてくれた佐々木さんが、既存の雨樋の穴を塞げば雨樋に水が溜まるから、「広告看板の家」の上部のあたりから水を落とせるのではないかという奇跡のようなアイデアを出してくれたのでそうした。

僕の家を訪問後、佐々木さんから矢田さんのところへ「ちょっとよいアイデア浮かんだ」と、慌てた様子で電話がかかってきたらしい。さすが建築家だ。除湿についてもそうだけど、建築家の人たちとあれこれ考えるのは面白い。

パイプによって既存の建物と繋がったら、なんだか一気に「建築作品」ぽい見た目になった。これは建築雑誌に載せられるのでは?という話を矢田さんとした。建築雑誌に作品が掲載される、というのは僕の夢の一つでもある。

二十日大根の芽もでてきていた。

 

矢田さん夫妻が帰って(帰り際に、AJICOの新譜おすすめですよ、という話を二人にした。矢田さんはThe Bithdayのおすすめのアルバムを教えてくれた)すぐ、このプロジェクトのスポンサーで、設計会社に勤めている井上さんから「今家にいますか?」というラインが来た。いますよ、と返事をしたら5分くらいで井上さんが訪ねてきた。昨年11月に金沢で会って以来の再会である。井上さんからもらった差し入れをとりあえずジーアポットに入れた。冷蔵庫は、外気温がそもそも低い&湿度が高い&日がさしていないという理由からか、外気温より2度低いだけだった。

 

井上さんの家はなんと、現場から歩いて5分ちょっとのところにあるらしい。びっくりした。井上さんと、同居人のミッキーさんと三人でもんじゃ屋に行った。このミッキーさんが最高だった。うちなんちゅ。マジうちなんちゅだった。もう彼がいたらその場が沖縄になるという感じ。もんじゃ屋の店員さんとも話していたし、コンビニでレジに並んでいる人とも少し話していた。心のドアが開き切ったまま固定されているような人なので(実際彼は井上さんと同居する前に住んでいたアパートではいつもドアを開けていて、同じ階の住人とは全員と飲んだことがあるらしく、隣の部屋に住んでいる人とは親友らしい)、彼に触れた人も心を開かざるをえないというか。そんな力がある。僕の母親も沖縄人なんですよと言ったらめちゃくちゃ喜んでいた。具志川だと行ったら「良いとこだ~」と言っていた。「多分、村上さんの沖縄の親戚と、うちの親戚はどこかで繋がってるはずだ。沖縄は三人いればつながるから」とも言っていた。

もんじゃ屋に行った後、沖縄の離島っぽい風景画が描かれた居酒屋に行き(店をはしごするの久しぶりで楽しかった)、そのあとも「最後にコーヒーでも」と言ってミッキーはコメダ珈琲に入ろうとしたが時短営業でもう閉店していて、ミッキーは残念そうにしていた。これで解散かと思われたが、僕は井上さん達の家で風呂を借りたいと思った。「風呂借りてもいいですか?」と言ったら井上さんとミッキーは快諾してくれた。それどころかミッキーさんはものすごく嬉しそうに「風呂は20分くらいあればたまるんで、その間飲みましょう!良いハイボールの飲み方があるんですよ~教えてあげたい!」と言った。

 

良いハイボールの飲み方というのは、ウイスキーに紅茶の茶葉(ウイスキーは安物で良いが、茶葉は良いものでないとダメらしい)を入れ、紅茶の香りをつけたウイスキーを炭酸で割るというやつ。沖縄で教わったらしい。うまかった。「二杯目がうまいんですよ~」とのこと。

終始ミッキーさんは「ぜんぜんぜんぜん!風呂なんて毎日使っていいから!晩御飯もついてくるよ。酒もついてくるし。酒飲む相手もついてくるからね!洗濯もすればいいよ~せっかく近いんだからさ~」という感じ。井上さんはそんなミッキーさんをみて笑っている。最高の二人組である。

井上さんは「にごり炭酸湯 いい湯旅立ち」という温泉の素を浴槽に入れ、紫と茶色の中間のような風呂を作ってくれた。風呂から上がると、リビングから「エイヤ~サ~サ~」みたいな琉球音階の音楽が聞こえる。ミッキーさんも歌っている。DIAMANTESという沖縄のグループ。ペルー人らしい。風呂上がりにも紅茶ハイボールをいただく。ミッキーさんの今日のラッキーアイテムは「どらやき」らしい。千葉さんからもらったやつを持ってくればよかったと思った。

井上さんたちにも、名古屋に更新料はあるかと聞いたら「ないと思う」とのことだった。過去にそのような名目で一万円くらい払った記憶もあるが、家賃1ヶ月分とられるようなことは今まで一度もないという。

夜11時くらいまで飲んで(途中からは「涼しいから」ということで玄関のドアを開けて飲んでいた)、僕は家に帰った。何を話したかなんて忘れて、楽しかったという感情だけが残っている。ミッキーさんは僕の家まで歩いて送ってくれ、また飲みましょう、という固い握手をして別れた。

NDISの水道を借りて歯を磨いて寝た。

就寝時の外気温25.9度、湿度82%

室内の気温24.9度、湿度92%

室内が完全に無風なのが辛い。タイルを二つ取って網戸にして、風の抜け道を作ったほうが快適かも。タイルふたつくらいとっても、冷房効果はそれほど落ちなさそうだ。

 

今日使った生活費

・ミルクコーヒーと小倉トーストモーニング430

・旨みぎっしり海老カツサンド398円

・アクエリアス129円

・タバコ二箱1000円

・フェイスタオル(冷蔵庫の蓋用)308円

・カルピスラムネ129円

・夜の飲食代は全てミッキーが奢ってくれた。彼は極めてスマートに、いつの間にか支払いを済ませていた・・

 

0716の日記

朝5時50分起きた時の室内温度25.5度、湿度測定不可(95パーセント以上)。外気温25.5度、湿度85%。

8時50分の室内温度26.5度、湿度89%。外気温29.8度、湿度65%。

割とよく眠れたけれど、やはり音で目が覚める。次寝るときには耳栓が必須だ。昨夜ミッキーさんと別れてからコンビニを4軒くらい回ったのだけど、売ってなかった。

室内の湿度のおかげで、目覚めた時の喉の調子は良い。笑える。体質が変わっているみたいで、家の外に出た途端に鼻水が止まらなくなった。しばらくしたらとまった。湿度が高いところから外に出ると鼻水が出るらしい。なぜだ。

今日の服

 

起きてまず、昨日と同じくコメダ珈琲に行った。歩いているとクマゼミの鳴き声があちこちから聞こえてくる。昨日は一匹だけ聞こえていたけど、今日からあちこちで鳴き始めているらしい。木のあるところにクマゼミの声。梅雨明けしたようだ。空気が違う。

コメダで食べたもの(昨日と同じだ)

 

実は今の7月17日夜12時48分で、現場から歩いて10分くらいのビジネスホテルにいる。あと4日で締め切りが来てしまう絵の仕事があり、それがちょっと今までにやったことがないものなので集中して場所を変えてやらねばと思い、今日はホテルを取った。三千円で泊まれた。絵を描くためになおみさんからコピックセットを借りて持ってきて、洗濯物も溜まっていたのでホテルのコインランドリーで洗濯をまわし、昨日の日記を書き、そして今日の日記を書いているのだけど、もう深夜になってしまった・・。1日でできる仕事量は、自分が思っているよりも少ない。この日記を書き終えた後、僕に絵を描く体力が残っているとは思えない。ただでさえ疲れ気味なのに。結局日記を書くためだけにホテルに泊まったみたいなことになってしまいそうだ。絵は明日喫茶店をアトリエにして描く。

コメダから家に帰ってきてすぐに車で刈谷市に行った。今日は家の制作は休むことにした。映画『ファーザー』がどうしても見たくて、でも名古屋市内ではもうやっていなくて、刈谷市にある刈谷日劇という映画館で今日から上映が始まっていた。刈谷日劇は刈谷市駅前のビルの5階にある。鼻眼鏡のおじいちゃんに料金を払うのだけど、半券などは特にもらわない。トイレも客席内の、しかも前方の方にある。他に客は5人いて、みんな50代から60代と思しき人たち。

『ファーザー』は素晴らしかった。傑作だった。もう体力がないので長く感想が書けないのだけど、見てよかった。アンソニーホプキンスが演じる認知症の父役視点の作品で、ついさっき起きたと思っていた出来事が実は何年も前のことだったりとか、何が現実なのかわからなくなる感じとか。映画でしか味わえない、目眩がするような体験。ずしんと重い映画だけど、家族で見に行きたいと思った。

 

映画館からの帰り道の途中で天丼屋によって天丼を食べ、ドラッグストアにも寄って耳栓などを買い、現場に戻ると矢田さんと、矢田さんの知り合いの造園業者の人たちがいた。除湿するには大谷石もいいんじゃないかとか、窓はやはり開けたほうがいいとか、僕の家の快適化について30分くらいみんな考えてくれた。何かを直したいとか、快適にしたいという欲望は人と共有できるので、それぞれがアイデアを出しやすい。特に除湿とかはみんな人生のどこかで考えてきたことなので、みんなで話ができる。電気を使わずに冷房を自作したい僕がいて、その実現のためにどうしたらいいか、普段冷房を使っているみんなで考える。そういう楽しさがある。「広告看板の家」の肝は、みんなでああだこうだ話すことにあるのかもしれない。さっきも矢田さんから、気密シートではなく和紙を使ったらどうかというメールをもらった。和紙も試してみたい。

晩御飯は天丼が遅かったのでちゃんとたべていなくて、さっきコンビニでカップ春雨を買ってきてホテルで食べた。

今日使った生活費

・ティッシュ5箱入り268

・ミルクコーヒーと小倉トーストモーニング430

・高速料金900

・映画代「ファーザー」1700

39天丼390

・焼きバラ海苔の味噌汁100

・小倉&ネオマーガリンサンド73

・デンタルフロス437

・耳栓418

・大粒ラムネ105

・ロアンヌ20枚入り213

・洗濯機200

・ペットボトル十六茶160

・乾燥機300

・ワンタン春雨スープ138

・宿代3062

 

0717の日記

今日の服

昨晩コンビニで買ったオクラマーガリンパンみたいなやつと「ロアンヌ」を朝ごはんにして、ホテルの部屋でチェックアウト11時ギリギリまで絵の仕事をしていた。しかし終わるわけもなく、ホテルを出て、リュックと洗濯物が詰まったビニール袋という荷物と共に、イヤホンでラジオを聴きながら家に向かって歩いていたら、斜め右前に自転車の警官二人組がとまり、僕に向かってこんにちは~と話しかけてくる。一瞬でものすごく気分が悪くなった。家を担いでもいないのに職質か。無視したかったけれど、もっと面倒なことになりそうなのでとりあえず、はい、と答える。

「イヤホンしながら歩くとあぶないですよ、自転車も通りますし」

と言われた。初めて聞いた。僕は歩道を歩いており、歩道を自転車で走っていたのは警官の方なのだが、そう言われた。意味がわからない。書いてるとまた腹が立ってくるな。おそらく警官は僕に、なんでもいいから注意をしたかったのだろう。声を掛ける口実にしたかったのかもしれない。それで咄嗟に思いついたのが、イヤホンして歩いていると危ないですよ、だったんだろう。腰に銃をぶら下げた国家の暴力装置である警官が、市民が歩道を歩き、自分は歩道を軽車両に乗って走っているという事について何も考えずに、そのような注意をする。危ないぞ。「いや、ここ歩道ですけど」と言ってやればよかったのだが、言われた時は警官の言葉がよく飲み込めず、言えなかった。悔やまれる。

「危ないものを持ってないですよね?」

と警官が言うので

「持ってないです」

と答える。

「ちょっと荷物見させてもらってもいいですか?」

「はあ。いいですけど。なぜ僕に声をかけたのですか?」

「皆さんです。皆さんに声かけてます」

と警官。

「皆さんて、他にも人はたくさんいるじゃないですか。あの人ではなく、なぜ僕に?」

「荷物が多かったからです。それだけです」

「荷物が多い人も、他にたくさんいますが。まあ僕の見た目ってことですかね」

その時僕は、スポンサーのロゴマークが三つ入ったリュックを背負い、ロゴマークが入った靴とズボンとTシャツに、スポンサーの名前が入った靴下という出立ちで、しかも洗濯物が詰まった大きめのビニール袋をぶら下げて歩いていた。目立っていたことは間違いない。しかし警官は

「見た目ってことはないですね」

と言った。

「まあ、いいです。いいです。どうぞ。急いでるんで早くしてください」

と僕は荷物を渡し、彼らはリュックの中を調べ、洗濯物が詰まった袋を調べ、僕のズボンのポケットも調べた。そして去っていった。

 

家に戻ったらなおみさんが店にいて「差し入れでみかんをもらいました」と。吉本さんという近所の建築家。NDISの近くにある、農業用ビニールを一部使った住宅を設計している(数年前に通りかかったときに感動して写真を撮り、札幌での「広告看板の家」設計にあたって参考にさせてもらった)。

なおみさんがいつのまにか素敵な絵を描いていた。

 

NDISの冷蔵庫からぬか床を取り出し、つけておいたきゅうりを取って切りわけ、お昼ご飯として数日前のインスタントご飯の余りと味噌汁と一緒にNDISで食べた。矢田さんからもらった瓜も食べた。瓜はすこしだけぬかづけにした。

 

それから、絵のしごとのつづきをするためにDUBLIN roomというカフェに行ってみた。洒落たカフェなのだけど喫煙できる。一昔前の喫茶店スタイルではないのに喫煙ができるカフェなんて、ここ数年見たことがない。ラムレーズンチーズケーキとアイスコーヒーを食べながら、深いソファに座って絵の仕事をする。

 

お昼すぎになってくると店も混んできて、これ以上座ってると迷惑かと思い店をでる。やはり絵の仕事は終わらない。喫茶店をアトリエとして使うなら、もう少し大きな店の方が良さそうだ。でもここは多分またくる。チーズケーキも美味しかったし。

NDISに戻ったらわざもん茶屋と文房具朝食会の人が来ていて、少しだけ話した。文房具朝食会の猪口さんは、瓶のギネスを差し入れてくれた。2本だけ自分の冷蔵庫(ジーアポット)に入れた。

 

この冷蔵庫がまだ未完成である。ポットのそこに空いた穴が塞ぎ切れておらず、水が漏れてしまう。今日すこし直した(今まで防水テープを貼っていたのだけど、テープが剥がれていたのでビニール袋にタオルの切れ端を入れて、それを穴に詰めて塞ぐスタイルにしてみた)のだけど、まだ漏れてしまう。今日は晴れて気温も高いから、冷蔵庫内の温度がわがってくれるかと思ったが、水を入れて2、3時間くらいたっても26.7度までしか下がらない(外気温は30.1度)。名古屋は湿度が高いので、気化があまり進まないという可能性もある。いつになるかわからんが冷蔵庫もちゃんと成功させたい。

冷蔵庫の改善作業を14時くらいまでやり、それから18時くらいまで家に窓を開ける作業をした。

 

開閉式にするのは構造上難しかったので、西側の壁の下辺から1枚、東側の壁の上辺から1枚ずつタイルを抜き取り、網戸用のネットを張った。これですこしは室内の湿度が下がるはずだ。本当は、北側の壁のタイルを取った方が、NDISの建物と隣の床屋との隙間から吹く風が入ってくるので、換気には効率が良いのだけど、その風には猫の糞の匂いが混ざっているので、熟考の末やめた。

窓をつけ終え、矢田さんたち(今日は矢田さんとなおみさんと、次男氏も来ていた)を、自作の冷蔵庫で26度に冷やしたギネスを飲みながら(ギネスは常温でもうまい)見送り、矢田さんの水道を借りて家に水をかけ。二十日大根の芽が大きくなっていた。それから風呂へ。

 

今日は回数券を使って炭の湯。湯船にはほとんど浸からなくても、なんだか浴場に入っただけで湯船に入ったのと同じ効果が得られるような気がする。これは湿度が為せる技か。ネットカフェでシャワーを借りるのと、銭湯に行って風呂に浸からずシャワーだけ浴びるのとは、同じシャワーでも全然違う。僕は正味15分くらいで風呂を出たが、体はぽかぽかであった。浴場に入ったとき、檜風呂の縁に少しだけあご髭をはやした、僕と同じくらいの歳の瞳のきれいなお兄さんが座っていて、入口の方を向きながらぼーっとしていたのだけど、僕が体を洗い、頭を洗い、檜風呂に二十秒ほど浸かり、外風呂に入ろうと思って外に出たが狭い外風呂は人が一杯だったので諦めて、また檜風呂に十数秒浸かり、タオルを絞って体を拭いて頭を拭いて風呂場を出ていくときも、彼は同じところに座ってきれいな瞳で入り口のあたりを眺めていた。僕は、足あたりを彼に見送られながら脱衣場へ戻った。

炭の湯は良い風呂だが、他の人の会話が聞こえてくることはあまりない。ホテル併設の銭湯なので、客が常連ばかりというわけではないせいもあるのか、脱衣場でも人はあまり話してないし、風呂場は水の音でうるさい。

帰りにデイリーヤマザキで紙パックの牛乳を買って飲む。炭の湯とデイリーヤマザキが近いのが非常にうれしい。飲み物がすぐ手に入る。台所と風呂場が近いということだ。風呂上がりのコンビニは台所である。

広告収入で暮らしてると強烈に「街に住んでいる感じ」がする。右から来たお金を、左に流しながら暮らしていて、ただその間に僕の体が挟まっているだけ、というか。街に住んでいる感じが、「移住を生活する」よりも強い。経済という体を動かしている感じだ。一歩間違えると、体が経済に動かされてる感じになってしまいそうだけれど。この「自分が動かしているのだ」という能動性を大事にすれば、自信を失わずにすむ。きっとこれを受動的にやってしまうと自信を失う。

 

Bob Dylan at BUDOKANというアルバムにはとても多幸感があって、風呂上がりに聞くと最高で、スキップしたいくらいなのだが、このアップルミュージックのサブスク代も広告収入から払っていると思うと、自分の感情が経済活動の下位にある気がしてちょっと寂しくなる。だけどそれはもはや良い悪いでは語れないほどにこの暮らしに根付いてしまっている。僕がもらったこの広告収入だって少しはボブ・ディランにも入るだろう。そう思うとディランが僕だけに歌ってくれているような気がしてきた。これはライブ音源だからなおさらだ。途端に贅沢に感じられる。なんか笑っちゃう。

家の近くの吉野家でネギ塩豚丼の小盛りを持ち帰りで買ってNDISで食べた。美味しかった。作ってくれた人の名前覚えとけばよかった。

 

NDISの水道を借りて歯を磨き、自分の家へ。

22:39室内温度26.3度、湿度80%

22:41屋外温度27.5度、湿度72%

良い感じの環境になってくれた。快適に近づいてきた。

窓を開けたぶん、外との温度差は小さくなったと思う。でもその分湿度が下がってくれた。何より、風が少し入るだけで気持ちが良い。これはぐっすり寝れそうだと思った。今日から耳栓もあるし。

円頓寺商店街のお店の人がなおみさんにくれたという風鈴も室内についた。

僕が室内に入ると、当然だが徐々に室温が上がってきた。

22:57には室内温度26.8度、湿度84%まで上がった。自分の体温くらいまで室温が上がるということか。もう少し下げたい。水が少なかったかもしれない。

使った生活費

グリーンダカラ140

タニタ温湿度計2137円(冷蔵庫用)

明治おいしい牛乳122

タバコ二箱1000

ネギ塩豚丼小475

DUBLIN roomアイスコーヒーとチーズケーキ1150円

今後やりたいこと

・斜めに寝るための床作り(いま使っているキャンプ用マットは大きすぎる)

・表札作り

・タイルの内側に機密シートもしくは紙を貼る

・冷蔵庫の性能を上げる

・ソーラークッカーを作って調理

このプロジェクトは以下のスポンサーによって支えられています

 

0718の日記

今日の服

 

朝9時近くまで寝ていた。結果的に、窓を開けた効果は抜群だった。快適になってきた。日曜だったからか、朝静かだった。車の通りもなく、人通りも少なく感じた。これも快適さを成すピースだろう。

8:45の室内気温29.0度、湿度78%。

9:19の外気温32.0度、湿度57%。

これなら日中もいられるかもしれない、と思った。この快適さと、昨日の夜感じたような、経済の中に体がある気持ちの良さとは、何が違うのか。

二度寝したのだけど、「約一億円」と「約千五百万円」をそれぞれ、学校かどこかのレクリエーションゲームのような場であてる夢を見た。とてもリアルな夢で、僕は夢の中で「夢じゃなくて嬉し~」と思ったが、夢だった。

起きてすぐに表札を作った。パソコンで大きく表示した游明朝体の「村上」という字を見ながら木板に鉛筆で写し、アクリル絵の具で塗る。

 

それから日記を書くためにオフィスを探した。バロンという喫茶店に行こうと思ったが日曜休みで、コメダ桜橋店へ行ってみた。ここは家の最寄りのコメダとは別の店なのだけど、それでも徒歩10分未満のところにある。名古屋はコメダ珈琲店がたくさんある。後で矢田さんに聞いたが、名古屋が発祥の地らしい。

豆乳オーレ470円カラマンダリンジャムトーストのモーニングセットを食べる。

 

昼ごはんはラーメン屋「藤一番」の涼麺醤油味

 

帰りに、灰皿が売ってないかと松川屋(円頓寺商店街にある古いお店で、先日なおみさん経由で風鈴をくれた)に寄った。軽い気持ちで寄ったのだけど、僕が店に入ると店の奥の方で店主らしきおじさんが椅子から立ち上がり、「いらっしゃいませ」と棚の向こうから声をかけてくる。僕が棚の向こう側に周り、おじさんがこっちを見る。背が高くて白髪の人懐こそうな人だ。

「失礼なことお聞きしますけど、村上さんですか?」

「はい、村上です」

と言ったらマスクをした顔の目元がみるみる笑顔に変わった。

「やっぱり村上さんや!本にのっとった顔とよく似とるから!ちょっと待ってね、おーい!おーい!ちょっと、こっち!」

と、店の奥から奥さんを呼ぶ。どうやら僕の本を読んでくれているらしい。それからおじさんの話は15分くらいとまらなかった。高いハスキーボイスで、ものすごくよくしゃべるおじさんである。

「色んなひとがいっぱいおるのが楽しい!本当にねえ、肩書きとかそういうものがなくたって、感ずるものがあるんですよ。一流の人は。肩書きがあると、むしろ本物に、僕らでは感じない。やっぱし”本当のもの”を自分たちは求めとるわけだもんで。肩書きはもとめとるわけじゃない。それはおたくも、そうやって、本元を求めてやっとるんじゃないかなて思って。人生ってねえ、変わっとる人いるな、と!」

という感じ。なぜ僕の本を持っているのかと聞くと

「隣の(わざもん茶屋の)小川さんがねえ、本を見せてくれたんやけど。その人が今日ね、『村上さんが表札がついたー!』って言っとった。ちょっと待てよ、僕は矢田さんだと思っとった!」

とおじちゃんが言う。

「はっはっは」

とおばちゃんが笑う。

話を聞いていると、どうやら彼は、NDISの前の家で寝ているのは矢田さんで、また家を背負って歩いているのも矢田さんだと思っていたらしい。それが、僕が今朝家に表札をつけ、それを小川さんが目撃したおかげで誤解がとけたということだ。

「ごめんね不思議なこと言って!世の中にこんな人がおるんだ!って思ったもんで!色んな人いて楽しいね!世の中楽しいよ!体に気をつけてがんばってね!やっぱりどんなことがあっても、体がないとね」

松川屋で、厚いガラスのレトロな灰皿を五百円のところ450円で売ってもらった。

 

夕方に栄駅周辺のコメダ珈琲(全席喫煙可の店を探し求め、辿り着いた)で絵の仕事をして、帰りにらくだの湯(今日は半額の700円)で風呂に入って帰ってきた。晩御飯は帰り際にかった吉野家のキムチ豚丼小盛。名札にカルパナと書かれた人がレジで対応してくれた。調理してくれた人が誰かは厨房の様子が見えず不明。

夜12:24の外気温27.9度、湿度77%。室内温度26.8度、湿度82%。

今日使った生活費

最寄りのコメダの豆乳オーレとカラマンダリンジャムトーストのモーニングセット470円

涼麺醤油味700円

松川屋の灰皿450円

栄のコメダの「のむクロネージュ」550円

らくだの湯700円

らくだの湯の自販機で買ったクッキーサンド230

吉野家 キムチ豚丼小盛475

——

19日からの日記を書けないまま22日になってしまった。コメダ珈琲栄広小路店にいる。家からここまで20分くらい歩く。遠いのでここまで来る予定ではなかったのだけど、入ろうと思った喫茶店二つがどちらもお休みだったので、結局ここまで来てしまった。今日は祝日らしい。全く気が付かなかった。灼熱の路上で、閉まっていた喫茶店の入り口に「祝日のため休業」というチラシを見た時は思わず「ああ、祝日なのか」と声に出してしまった。ここは18日にも来たので二度目。ここは全席喫煙ができる店なのだけど、入り口の階段横には丁寧にも近隣のコメダ珈琲でどこが喫煙できて、どこが喫煙できないかをまとめた紙が貼ってある。ここの他にタバコが吸えるのは栄大津通店のみらしい。

19日から日記が書けなかったのは理由がある。絵の仕事と原稿の仕事の締切があったからである。昨日、無事二つとも提出できた。「広告看板の家」に住むプロジェクトをやっているからと言って、締切を破るわけにはいかない。どちらも手を抜きたくない仕事だった。1つは8月1日にウェブ上で、もう1つは11月に誌面上で発表される。

19日からの記録を残しておく。

0719の記録

服装

 

朝8時半くらいまで家の中でゴロゴロしていた。部屋が暑くなるまで寝過ぎた。体がべとべとでやる気がでなかった。この家は壁のタイルが乾き切ってしまうとみるみる暑くなっていく。前日のうちに、たっぷり水を含ませておくのが大事だと改めて思った。クマゼミの声が、いよいよ僕の家からも聞こえるところまで来ている。道家さんに以前「だんだんシネシネシネ・・にしか聞こえなくなってくる」と聞いてしまったので、そうとしか聞こえなかった。これは気が滅入る。

 

朝8:29の室内気温29.6度、湿度86%。外気温31.4度、湿度63%

やはり、窓を開けたおかげで湿度はマシになったけど、温度がそれほど下がらなくなってしまっている。

昼12時から夜24時まで家の近所のホテルのデイユースプランを利用して絵と原稿の仕事をしていた。飲み物とお菓子と、お昼ご飯のうどんなどをコンビニで買い込み、ホテルに籠城していた。

夜は「炭焼豚郎」という店で豚丼定食を食べた。

「日本は難民を受け入れないことで有名な国だから」という話を、40代くらいの男女四人グループがしていた。

ホテルでシャワーを浴びて歯も磨いてからチェックアウトし、家に帰って横になった0時25分の室内温度28.2度、湿度78%。外気温29.2度、湿度71%。寝る前1時10分の室内温度28.7度、79%。自分の体が部屋の温度と湿度を上げているのが如実にわかる。

使った生活費

コンビニ(えびみりん焼き、大粒ラムネ、冷やしぶっかけうどん、麦茶、煙草)1780円

豚郎1720円

コンビニ(大粒ラムネ、麦茶)237円

ホテル部屋代4980円

0720の記録

朝6:25に一度起きた時の室内温度28.2度、湿度83%。二度寝して、8:33に起き上がった時の室内温度29.7度、湿度81%。外気温30.4度。湿度69%。

毎日不思議なのだけど、目が覚めた直後は室温が29度とかあってもそれほど暑く感じない。すこし時間が経つと、同じ温度なのだけどだんだん暑くなってくる。

服装

 

朝は喫茶店「バロン」(徒歩5分)に行ってパンケーキのモーニングセットを食べて、原稿の仕事をした。

 

12時半ごろに建築家の辻琢磨さんと村上アサミさん夫妻が僕の家の訪ねてくれた。

辻さんに「良いプロポーションだね」と褒められた。アサミさんいわく「『良いプロポーションだね』は辻琢磨の最上級の褒め言葉」らしい。

辻さんは僕の家を見て「建築のいろんな文脈があるね」と言った。プロポーションには藤森さんの感じもあるし、床から入る躙口は茶室のような感じもあるし、坂口さんとか、能作さんの感じもある、と。湿度対策に関しては、道家さんと同様「透湿防水シートがいい」と言われた。

後で調べたら、基本的に気密シートは、壁内の結露を防止するためのものなので、夏の高湿度環境時には、屋外の湿度を室内に入れ込むような構造になってしまっている。でもこの家に関しては、それでは意味がない。シートの片面からは水蒸気を通し、もう片面からは水蒸気を通さないというシートがあれば最高なのだけど、そんなものあるのか?

また、この家は夏仕様で、冷房を自作しているけれど、今後札幌では冬仕様で暖房を自作する「広告看板の家」をやろうとしている。辻さんとは、環境や気候に合わせて4つくらいの家を作ればいいのではないかという話で盛り上がった。湿度が高い時に寝る家、温度が高い時に寝る家、寒い時に寝る家、という具合に。

後で辻さんはツイッターでこの家のことを書いてくれたのだけど、その文言の芯を食った簡潔さに驚いた。

村上慧さんの新作 広告看板の家 名古屋を見学。既存雨樋をハッキングして流れる雨水がブルーシートとメッシュにサンドイッチされた砂利屋根をゆっくり流れテラコッタタイルの外壁に浸透、気化熱で自然冷房。外壁に協賛広告。高床で躙口が床にあるさながら藤森建築。同時に環境実験。紛れもなく建築。

アサミさんは、僕がこの家の中で見る夢のことを気にしていた。こんな環境に置かれた時、人はどんな夢を見るのか。言われてみると僕の気になるので、今後見た夢はできるだけ記録しておこうと思った。

この日は少し昼寝をしたのだけど、その時に見た夢をさっそく書き残しておく。

(僕は現実世界で、NDISの階段脇に工具などを置かせてもらっているのだけど、それに似た感じで、)学校か何かの施設の階段に僕の荷物が置いてある夢を見た。模型とか、工具とかがある。僕はそれを整理していた。そうしたらいつのまにか大人数が座っている大きな四角いちゃぶ台がある空間に居て、僕の大学時代に研究室の助手だった長嶋さんが現れ、「村上くんの絵を買いたい」と言う。「5万円くらいです」と僕は言う。「二十万円くらいのもあります。それを買ってくれたら、僕は人生をがんばります」と言ったところで目が覚めた。

お昼に、家の近所のビストロダコールという店で三人でランチを食べる。

 

夜は炭の湯。帰りにガツンとみかんを買って食べる

 

風呂の後にNDISの1階を借りて日清のカップ焼きそばを食べる

 

夜23:48の外気温28.2度、湿度68%。室内温度26.9度、湿度74%。

使った生活費

バロン620円

コンビニ(アクエリアス、ガツンとみかん、カルビ焼きそば)503円

0721の記録

服装

 

朝8:19の室内気温28.4度、湿度81%。外気温28.9度、湿度71%。

8:47に、昨日と同じくバロンへ。混んでいる。九割以上の席が埋まっている。ホールのスタッフとオーナーのおじさんの会話が聞こえてくる。水曜は混むらしい。

 

バロンで原稿の仕事をして、家に帰ってからも中で仕事をしてみた。11:38で外気温32.6度、湿度58%に対し、室内温度29.8度、湿度77%。30分くらい仕事ができたけど、やはり汗をかいた。荷物を置いて昼ご飯は藤一番でざるラーメンを食べる。

 

屋根の二十日大根の芽が大きくなっている。

 

お昼過ぎに加藤巧さん、少しあとにルチャ・リブロの青木真兵が訪ねてくれる。ルチャ・リブロのラジオ「オムライスラヂオ」を、矢田さん夫妻が結構聞いていて、矢田さんと青木さんとの話が結構盛り上がった。名古屋は昔お寺がたくさんあったが、空襲のあと、お墓を一箇所に集めた。平和公園という名前になっているが、それは結構画期的なことだった、という話を矢田さんから聞く。日本の墓地は山の上にあるが(これを山中他界観というらしい)、それは古代のギリシャ・ローマと逆だと青木さんが言っていた。向こうでは死者のまちネクロポリスは地下にある。一番上に城があり、中腹に街があり、下に墓地があるというイメージ。

夜はヴィッコロで青木さんとご飯を食べる。今度京都でトークイベントをやろうという話と、夕書房の高松さんを囲んで話す会をしようという話が出る。

風呂は炭の湯

 

23:47の外気温28.5度、湿度69%。室内温度26.9度、湿度78%。電池式でいいから小さな扇風機を作った方がいいと思い、ネットで材料を注文した。

今日の訪問者加藤さんからベーグル、青木さんからは東吉野村の羊羹をもらった。

 

使った生活費

バロン420円

自販機グリーンダカラ140

藤一番650円

郵便局、ZINEを「日記屋月日」に納品する郵送代370円

ヴィッコロ1050

自販機麦茶130

コンビニタバコ代1000

コンビニトランクス代583円(Tシャツと靴下の数に対してパンツが1枚足りなかったので買い足した)

コンビニ大粒ラムネ108円(ラムネ買いすぎ)

扇風機を自作するためにネットで注文した代金

マブチDCモーター¥329

電池ケース¥208

ファン¥351

ビニールテープ¥87

アルカリ乾電池単398

モノタロウ配送費¥550

 

0722の記録

朝起きた時、僕の家のそばのモミジ(クマバチが巣を作っていたところ)でクマゼミが鳴いていた。すこしずつ近づいている気はしていたが、いよいよここまできたか、と思った。

8:48の室内温度29.9度、湿度78%。屋外気温32.3度、湿度58%。

今日の服装

 

朝は昨日書いた通り遠くのコメダ珈琲でモーニングを食べ、昨日までの記録を書いていたら4時間経っていた。470円で4時間。しかし僕より長居している人はいる。PSPのようなものでずっと遊んでいる少年とか。長居してもダメな雰囲気にならないのでコメダは本当にありがたい。

 

昼にココイチでカレーを食べた。食べきれなかった。

 

そのあと昼寝をしようと思ってココイチ近くの漫画喫茶に入ったのだけど、結局一睡もせずに「チェンソーマン」を3時間読んでしまった。

夜は、スポンサーである「電気羊」の岡本さんと、矢田さん、南川さん、道家さん、佐々木さんと六人(一時来客により七人)でホルモン焼き屋で暑気払いの会をやった。

 

お開きになった時にはもう「炭の湯」は閉店時間を過ぎていたので、ネットカフェ亜熱帯に行ってシャワーを浴びた。ついでに「チェンソーマン」の続きを読んだ。「飲み会が長引いたときは亜熱帯」という川柳を思いついた。

なんかバタバタしてしまって「広告看板の家」の改良は止まっているし、周辺の地図の絵を制作する作業とかが全くできていない。24日くらいから8月2日までを「ストイック期間」と呼んで、広告看板の家での生活に完全にシフトできるようにしたい。

夜02:15の外気温28.7度、湿度70%。室内温度27.7度、湿度76%。

今日使った生活費

コメダ珈琲栄広小路店、アイスオーレモーニング470円

ココイチチキンカツカレー788円

快活CLUB栄長者町店1640円

洗濯800円乾燥+乾燥10分100円

自販機麦茶130円

亜熱帯920円

 

07252337

日記が途切れたので死んだかと思われているかもしれないが、まだ生きている。かき氷が食べたい。美味しいし、体温も下がるだろう。誰か今すぐにかき氷を持ってきてください。

現在7月25日23時37分、自宅でパソコンを開いてこれを書いている。だいぶ快適になった。ボブディランのHard Rainというライブアルバムを聴きながら書いている。数年前にYouTubeでディランがキリストみたいなオーラを纏って歌う「One too many mornings」のライブ映像に衝撃を受けて、たびたび見ては元気をもらっていたのだけど、なんとその音源がApple Musicにアルバムとしてアップされているのを昨日発見し、それを聴いている。思えば名古屋ではずっとボブディランを聴いている。今後10年はボブ・ディランのライブアルバムを聞くたびに2021年の名古屋を思い出すだろう。特に「At Budokan」は、多分もう30回は聴いている。Blowin’ the Windの「Before they’re allowed to be free?」の「free」を「ファウ・リイイイ・・」って歌うとことか、たまらなく好きだ。ここだけでビールが1杯飲める。

この「広告看板の家 名古屋」での生活も残り一週間になった。今日からはNDISの電源や洗面を使うのを控えて、街に暮らすようにする。お昼ごろにわざもん茶屋の小川さんがNDISを訪ねてきたのだけど、その時「名古屋生活はどうですか?」と聞かれ、僕は「慣れてきましたねえ」と答えた。そしたら小川さんは「慣れたと思ったらいなくなっちゃう」と言った。そのことがずっと頭に残っている。名古屋には矢田さん、佐々木さん、道家さん、南川さん達が育んできた土地のネットワークがあり、その人間関係によってこのプロジェクトが実現している。しかし僕はあと10日も経てば名古屋を去る。少なくとも一旦は去る。そしてしばらくは来ないだろう。また名古屋でプロジェクトをやることはあるかもしれないし、矢田さん達との交流は続いていくだろうけど、僕は矢田さん達のような人間関係を名古屋で作ることはできない。思えば「慣れたと思ったらいなくなる」ようなことをずっと繰り返している。僕は東京の葛飾で生まれ、大学卒業と同時に葛飾を出た。小学校の友人同士が今でも葛飾で遊んでいるのを見ると感心する。結婚して実家の近くに家を建てたり、その兄弟も近くに住んでいたりする。僕は地元には残れなかった。僕は実家を出たあと浅草に住み、友達と小さな芸術祭を企画したり作品を作ったりして過ごし、橋場や吉原の地域の人たちにも仲良くしてもらった。でも2年で浅草を出た。あれほど仲良くしてもらったのに。浅草を出たあとは高松に引っ越した。高松では海鮮料理屋で猛烈に働いた。週に6、7日出勤していたので、出勤表の僕のところだけがずっと黒くなっていて、それが店長から「村上ライン」と呼ばれていた。シマアジとカワハギの刺身を食べて「本当に美味しい」と思った。さぬきのめざめというアスパラガスも美味しかったし、「アスパラ大騒ぎ」という謎のイベントもあった。しかし高松も半年で出た。そして移住を生活し始めた。最初の1年間は182回違うところで寝た。移住生活2年目に住所を松本に移した。でもそこも2年で出た。松本には行きつけの店がいくつもあったし、同世代の素晴らしい人間関係もあって、彼らとの飲み会は本当に楽しかった。でも今では松本の友人知人達とはちょっともう連絡が取れる感じではなくなっている。今まで通り過ぎてきた街とか、出会って別れてきた人たちのことを思い出すと、魂の置きどころが定まらないこの様に我ながら病的なものを感じる。そして今は名古屋で、テラコッタタイルで作った家の中にいる。なんだこれ。空港に住んでるみたいだ。トランジットの空港に取り残されている感じ。まさにディランの「Stuck Inside of Mobile with the Memphis Blues Again」の感じ。「村上慧はそれでいい」と言ってくれる人もいるけど。アトリエの先輩も「ここに来たいって村上から聞いた時、たぶん2年くらいで出ていくんだろうなと思ってたよ」と言ってたけど。見透かされてるけど。

なんかナイーブな文を書いてしまった。でもこんなことを考えている僕の頭も、お昼にスポンサーからの広告収入で買ったラムネを動力源にしている。頭だけでなく肉体も同じ方法で手に入れたカロリーによって動かされている。広告収入によって思考し、広告収入によって肉体を動かしている。このプロジェクトがカバーする範囲はでかい、という話にしておく。

0725の日記

今日の服

昨日一昨日と、色々な人が色々なものを差し入れてくれた。昨日は文房具朝食会の猪口さんが「ビール補充しにきました」と言って、追加でギネスの瓶ビールを持ってきてくれた。猪口さんは「なにか足りないものがあったら、こっそり囁いてくれれば」と、囁いていた。

朝はコメダ珈琲でアイスオーレとモーニングの小倉トーストセットとコールスローも頼んでみた。

家の快適化作業を今日と明日の二日間くらいで「完了」させ、それからは地図などの制作作業を始めたいので、やる気満々で1日をスタートさせた。なおみさんが「村上さんが不在の時に来るお客さんが多いから、ポストか何かあれば」と言っていたので、まず午前中にポストを作った。ネットで買った自作扇風機の材料の段ボールに穴を開けて、郵便マークを書いたらポストになった。あまり重いものは無理だけど。

ポストを作ったり、屋根に水を撒いたり(相変わらず雨が全然降ってくれない)していたら、二人組が訪ねてきた。僕が6年前に奈良の「はならぁと」という展覧会に参加した際、たしか1日だけ持ち寄り鍋の企画をやったのだけど、その時に僕に会ったらしい。6年ぶり2度目の再会なのに、僕は覚えていなかった。そのお二人からえびせんべいをもらった。

すこし立ち話をしたのだけど、「1年で37度以上の日が一番多いのが名古屋」だという話を聞いた。三位が福岡で、二位が大阪で、大阪は30日くらいで、一位の名古屋は45日くらいだという。本当ならぶっちぎりで一位だ。「夏の広告看板の家」を名古屋でやったのは大正解ということになる。でもその後、ネットでこの情報のソースを探したのだけど、うまく見つけられなかった。

(これは昨日、僕の家に残されていた書き置き)

二人と別れてから、矢田さんが「マグロがあります」というのでNDISでマグロ丼を食べさせてもらった。冒頭に書いた、わざもん茶屋の小川さんが来たのはこのタイミングであった。

マグロは野田兼(のだかね)という、マグロの卸専門店のものらしい。

矢田さん「本当はたまり醤油で食べると美味しいんですよ。東京にはないと思いますけど」

小川さん「三河っ子は、醤油じゃなくてタマリ持って来いって言うよ」

矢田さん「醤油じゃなくてタマリって呼んでますね」

普通にスーパーで売ってる醤油で食べたけど、えらく美味かった。

小川さんが

「最近松川屋さん(僕が灰皿を買った円頓寺商店街の店)の話題の中心は村上さんだからね。『今日ええことがあったんや!村上さんが店の前通ったんや!』って言ってらからね」

と言っていた。確かに数日前に通ったけど、松川屋さんに捕まらないように道の反対側を歩いた。でも見られていたらしい。

朝、僕が寝てると家の外で「表札があるなあ」と言う老夫婦の声が時々するのだけど、アレはもしかしたら松川屋さんかもしれない。

食後に矢田さんと外でタバコを吸ってるときに、台湾ラーメンの味仙の話をした。

「味仙食べました」と言ったら、

「むせました?」

と矢田さんが聞いてくる。確かにむせそうにはなった。美味しいのだけど油断するとむせるから、食べるのが難しいと思った。

「初めての人はたいていゴホゴホッてむせるんですよ。・・味仙はね、シメに台湾ラーメンでね、あとは青菜炒めかな。あれが一番美味しいです。あと、しじみの醤油漬けみたいなのも酒のつまみに良いです。・・あと村上さん、名古屋に来たらあれ食べなきゃいけないす。あんかけスパゲティ。ソウルフードです」

なおみさんが「ソウルフードですか?あんまり美味しくない」と横槍を入れる。

「美味しいよ。俺は好きだよ。・・あとは、手羽先ですかね。東京にもあると思いますけど、世界の山ちゃん。名古屋発祥です。美味しいです」

こういう話をするときの矢田さんの話し方が好きだ。「ですかね」「ですよ」の言い方に独特の断定のニュアンスがあって、特段面白いことを言っているわけではないのに笑ってしまう。また「スガキヤ」というラーメン屋は出汁が白いので「蛇から取っている」という陰謀論が子供たちのあいだで昔流行っていたという話も聞いた。

「あれ蛇からとってんだぜ~、とか言ってましたね。有名でした」

そのあと、湿気対策のためテラコッタタイルの内側に貼る気密シートなどを買いにホームセンターへ行った。空のペットボトルがあったのでついでに持っていって、ホームセンターのゴミ捨て場に3本捨てた。「広告看板の家」でストイックに生活するためには、このゴミ問題を考えないといけない。小さいペットボトルや缶を捨てる場所はちらほらあるけれど、猪口さんからもらったギネスの空瓶や燃えるゴミをどう捨てるかは考えないといけない。

ホームセンターでは「ナノバリア」という気密シートと、家でベッド代わりにするための銀マット(これまでは、家の床よりも大きなキャンプ用のエアマットを無理やり広げてその上で寝ていたのだけど、銀マットなら床の形に合わせて切ることができる)と、ラムネと、ジーアポット改良のためのコーキング剤などを買ったのだけど、例えば気密シートは「家の建設費」に計上することに異論はない。しかしコーキング剤とか銀マットは、建設費か生活費かわからない。生活品費と建設用資材費の間に特に区分けがないのも、このプロジェクトの面白いところだと思う。

ホームセンターから家への帰り道、20分くらいなのだけど、なぜかものすごく気分が高揚してエレクトリック・ライト・オーケストラの「トワイライト」を一人で熱唱しながら帰った。3周した。広告看板の家で眠り始めた初期は快適には程遠かったので、湿度と暑さで何度か起きてしまっていたから、夢をいくつも見た。それを繰り返すうちに自分がどこにいるのかわからなくなっていく。現実にも、名古屋の灼熱のなかで家を作っていること、家から片道20分の風呂に通っていること、素焼きタイルの家に住んでいること、そして色々な人が訪れ、去っていくこと。一人でいると感情の揺れが凄まじいこと。夢を見ているのか、それとも起きて活動しているのか、考え出すとわからなくなる感じ。記憶が感覚と混ざって、いま感じていることが現在のことなのか、その現在進行度が怪しくなって、緊急事態宣言とかオリンピックとか大きなニュースも含めて、すべてが夢のような気にさせられる中で、自分が感ずる暑さとか冷たさとかは、これが現実である重しとなってほしい。ヴィジョンズが僕の中でダンシンして、過去も現状も目まぐるしいが、これはこれで楽しいし、これからも楽しい方に向かっていこうなんて考えていたのだけど、しかし「トワイライト」の歌詞を見ても、「ミスターブルースカイ」の歌詞を見ても、ジェフ・リンは天候や環境を擬人化してライティングする天才だ。と冷静になったりする。トワイライトがやってきて心を奪って跡も残さず去っていくイメージ。青空とか、トワイライトとか、そういう自然が自分のところに降りて来て、何かを残したり、奪ったりして去っていく、というイメージがジェフ・リンの中にあるらしい。ちょっと受け身っぽいような、このスタンスに痺れる。「ミスターブルースカイ」の制作裏話として、山小屋に籠ったという話があったと思うけど、こんな電子音バキバキの音を作るのに、籠るのは山小屋というのが面白い。モンドリアンのことを思い出す。彼も現実の風景を見ながらあの抽象画を描いていた。

家に帰って気密シートの貼り付け工事を始めようとしたところで、岐阜県美の学芸員とミュージアムショップの人が訪ねてきた。中日新聞の宮崎さんの紹介で来たらしい。最初話しかけられた時は近所の人が新聞を読んできたのかと思ってしまった。屋根のストッキングの話をしたら「ストッキング買う時、過剰包装だなって思いませんでした?」と、唐突に言われた。まさにそう思ったので「そう思いました!」「ですよね〜あれずっとなおらないんですよ」と盛り上がった。二人はNDISも楽しんで帰っていった。

工事を始めたところで、家の棚から、10日以上前に買ったかりんとうの開封済みの袋が出てきた。僕は買ったお菓子はすぐに全て食べてしまう。残しておく、ということができない人間なので、自分が残したことを忘れたかりんとうが出てくるという体験は新鮮だった。生活がバタついてる証拠だと思う。

幅110cmの気密シートを30cmで18枚切り、タイルを抑えている木材にタッカーで打ち込んで貼っていく。夕方6時くらいには全て貼り終わった。天井も貼った方がいいのかもしれないけど、屋根のブルーシートである程度湿気も防いでいると思うし、一旦壁だけで様子を見る。銀マットも切って床に敷けるようにした。

工事のあと、屋根と壁に水を撒き、お風呂セットを持って炭の湯へ。風呂に入る前に、炭の湯のすぐ近くにある「世界のやまちゃん」で手羽先と「ネギライス」とハイボールの晩ごはんを食べた。

炭の湯で体を洗っている時に、黒くて小さな「O」の文字と「K」の文字が排水溝に流れていくのを見た。僕はシャンプーとかボディソープとかを入れる小さな容器にも今回のプロジェクトのスポンサーのロゴを貼っている。

このカッティングシートの文字が水で剥がれてしまい、それが流れていった。文字が水に流れていく様子はとても不思議だった。そして、その文字が「O」と「K」だった。途端に頭の中でスーパーカーの「OOKeah!!」という曲が流れ始め、止められなくなった。そして少し経つとOOKeah!!はフェードアウトしていって、今度はスーパーカーの「ALRIGHT」が流れてくる。「O」「K」の文字が排水溝に流れていく様子を細かく思い出そうとした。あっという間のことだったので、「K」が最初だったか「O」が最初だったか。どっちだっけと考えているうちに、唐突に、自分はこれからもエモーショナルなものを大事にしようと思った。オリンピック開会式テーマとは違うユナイテッドしないエモーション。自分のエモーションを人と共有しないという贅沢さを刻んでおきたいと思った。色々な水が混じった沼のような心の様を一人で眺めていようと思った。

家に着いた21:48の外気温28.9度、湿度67%。家に入った直後の室内温度26.9度、湿度71%。気密シートの結果がしっかりと出ていたのが嬉しくて思わず「ヤッター」と一人で呟いた。

シートを貼っていなければ、これまでの経験上室内の湿度は75%以上にはなっていたと思う。温度も外より2度低い。

室内で日記を書こうとパソコンを開いたのだけど、風呂上がりなこともあり、すぐに汗が出て来たので、明日にやろうと思っていた扇風機をたまらず作った。

ネットで買った材料を繋げただけ。所要時間5分くらい。小さいけれど効果は抜群であった。この家にいると、空気の流れがほんの少しあるだけで快適指数が爆上がりすることがよくわかる。

銀マットもしっかりと床にハマってくれて、だいぶ快適になってきた。家に入ってから40分で、僕の体温と僕から排出される水蒸気の効果により、室内温度は28.2度に、湿度は78%まで上がってしまったが、これなら過ごせる。ちなみに湿度は75~78%前後で微妙な推移を繰り返している。

炭の湯で歯を磨くのを忘れたが、また外に出るのも面倒なのでこのまま寝てしまうことにする。

今日使った生活費

コメダ珈琲(アイスオーレモーニングセット、自家製コールスローサラダ)630円

コンビニ(タバコ)1000円

ホームセンター(麦茶、ラムネ、銀マット)2378円

世界の山ちゃん(ハイボール、ネギライス、幻の手羽先1人前)1386円

 

0726の日記

昨日炭の湯で歯を磨き忘れたせいか、歯を磨く夢をみた。大量の歯磨き粉が口の中で弾力を感じるほどのシュワシュワの塊になっていて、僕の口は大変なことになっていた。

毎度のことなのだけど、風呂から帰ってきて家に入ってからすぐはとても暑く感じて、それで昨日はたまらず扇風機を作ったのだけど、しばらくすると体温が下がってくるのか、体が慣れてくるのか、だんだん暑く感じなくなってくる。それで夜寝る頃はもう最高にちょうど良い感じに落ち着いて眠ることができる。気密シートを貼って銀マットをちゃんと切って床にしたら、一気に快適指数が上がった。もはや家に帰って眠るのが楽しみである。眠る時もそんなテンションで、今朝起きた時もとても快適であった。8:53の室内温度28.7度、湿度71%。外気温31.9度、湿度55%。

しかし、少し怖いことが起きた。朝起きて「ウワ、すずしいじゃん~」と嬉しくなって、それとなく枕元に置いてあったペットボトルの麦茶を飲んだら、数秒後に体中から汗がじわっと出て来た。こわっ。これ油断したら死ぬわ。僕はさっきまで「涼しい」と思っていた。汗もかいてなかった。でも麦茶を飲んだら汗が出て来たということは、体の水分がなくなっていたということか。自分で暑いと感じているうちは、熱中症を警戒して水分を取ろうとするけど、そうでない時が危ないかもしれない。おそらく寝る前にちゃんと水分を取ることが大事だ。今日の夜からはスポーツドリンクと麦茶の二段構えで家に入室することにする。(この家は床に入り口があり、中に入って銀マットの床を広げると入り口がマットの下敷きとなり、外に出るのが非常に億劫になるので、単に「家に入る」というより、一度入ったら翌朝まで外に出ない「入室」みたいなニュアンスの言葉を使いたい)

それと朝、昨夜作った扇風機をつけようとしたら、もう電池が切れていた。思ったよりも電池の寿命が短い。寝ぼけて夜中にスイッチを入れてそのまま放置した可能性もあるけど。扇風機は大事に使おう。

今日の服

 

家の中でリュックにパソコンとその充電器と、携帯電話とその充電器と詰めて家を出て最寄りのコメダ珈琲に行った。店に入って「のむクロネージュ」(これが今一番うまい)とモーニングセットを頼み、洗面所に入って、トイレ、洗面、歯磨きをささっとする。コメダは個室内に洗面台があって助かる。電源もあるし。水と電気のベースキャンプとも言うべき場所かもしれない。

コメダで日記を書いていたら気がつけばで3時間20分経っていた。お金を払って店を出て、円頓寺商店街の丸一ストアーというスーパーへお昼ごはんを買いに。寿司とお茶を買った。レジで「袋ください」と言ったら、事前に内田から聞いていた通り、名古屋市指定の可燃ゴミを3円で1枚くれた。僕としては最高のサービスだ。この生活ではゴミの捨て場に非常に困る。家の目の前にゴミ捨て場があり、火曜日と金曜日が燃えるゴミの日だと言うことは観察してわかったのだけど、ゴミ袋は10枚単位とかでしか買えない。そんなにいらないので、1枚単位で手に入る丸一ストアー素晴らしい。仮に次のあいちトリエンナーレに参加作家として呼ばれたら、空き地をならしてパラソル付きのテーブルと椅子をたくさん並べて、燃えるゴミと燃えないゴミとペットボトルと缶と瓶それぞれのゴミ箱をたくさん置くだけの作品がやりたい。

家に水をやって(これからは家の外壁や屋根に水をかけて自然冷房を発動させることを「水をやる」と呼ぶ)家に入った。外はものすごく暑くて、13:23の気温37.3度、湿度41%。室内は33.5度、湿度52%。我が家の冷房は外より4度も気温を下げてくれているけれど、それでも暑い。扇風機をつけてうちわで仰ぎながら寿司を食べた。日差しがものすごく強いので、水をかけてから室温が下がるまでが速い。この後も14:17には室温32.5度、湿度58%まで下がった。僕という熱源が家の中にいるのに、少しずつ冷やしてくれている。これはすごいことだ。

お昼のあとはジーアポットを作り直した。

素焼きのテラコッタの底の穴にスタイロフォームで蓋をして、隙間をコーキング剤で埋める。以前作ったものは防水テープで塞いだのだけど剥がれてしまって、すぐに水が漏れてしまった。これならちゃんと塞げるし、これからもずっと使える。

床の入り口に蝶番もつけた。

ジーアポットを作り終えて、家の中で携帯をいじってたら17時ごろに訪問希望者3人がやって来た。柴田さんと、服部さんと、西田さん。みんな名古屋のアート関係の人たち。辻さんのTwitterを柴田さんが見たのがきっかけでこのプロジェクトを知り、みんなで来てくれたようだ。家の前で家の作りの説明をしていたら、スケートボードの少年が通り過ぎていった。それを見た一人が「これからスケートやる子増えるんかなー、金メダル取ったし」と、オリンピックっぽい話をしていた。「オリンピック、ちゃんとやってるんですねえ」と言ったら服部さんが「ちゃんとかわからないけど、やってますね」と言った。

柴田さんからトマトをもらった。冷蔵庫に入れるために開けたのだけど、全然冷えていなかった。31.7度。なぜだ・・。植木鉢が悪いのか?それとも外の湿度が高いから、水が気化しないせいか。

3人を見送ってすぐにお風呂セットを持って出かけた。晩御飯は肉を食べたいと思った。駅の近くを散々歩き回る。僕は一人でどんな飲食店でも入れる強靭な精神力を持っていないので散々歩き回る。途中、「七」みたいな雲が夕焼け空に浮かんでいた。

結局駅前のデニーズに入る。ちょっと気味が悪いほど機械的に話す大学生くらいの女性従業員に、ビーフシチューとライスと生ビールをくださいと注文したら、生ビールは売り切れましたと言われ、瓶ビールを頼む。1席空けて右隣に、おそらく大学生の女性二人がご飯を食べている。

「大学が爆破予告で2回休みに・・」

とか

「課題が追いつかなかったら休んじゃう」

とか話してる。爆破予告?

正面の席には男女の、こっちもたぶん大学生くらいの二人組。会話は聞こえないけれど、時々男性の頭越しに見える女性の表情と仕草から、少し緊張している様子がうかがえる。でも不仲な緊張感じゃない、親しくなりつつある関係性の緊張感。まわりに知らない人がたくさんいて嬉しい。こうやって他人の表情や会話の気配が感じられるところでご飯を食べるのは「快適生活」に近づくための大事な要素に思われる。右の大学生が、税金増えるらしいとか、奨学金がどうのこうのという話をしている。

 

晩御飯の後、店を出て夜の名古屋駅前をふらふら歩きながら、ボブ・ディランのロイヤルアルバートホールの「Like a rolling stone」のライブ音源がキレていて超絶かっこいいことを発見する。ディランに触発され、コメダ珈琲名古屋駅前店の前で「KOMEDA Wi-Fi」のネットを使わせてもらいながら、ツイッターに画像を投稿しまくってたら、白いTシャツのお兄さんが近づいて来て、僕の前に立り、僕の目を見て口を動かしている。イヤホンを外したら

「待ち合わせですか?」

と聞いてくる。

「違います」

「抜きですか?ヘルスだったら・・」

と言う。

「いや、大丈夫っす」

と言ったら、ニコニコと去っていった。風俗のキャッチだった。ここでお兄さんについていったら、僕は広告収入で風俗に行くことになる。それはそれで面白い、忌避するべきことでもない。しかしあいにく行きたいとも思わないし、一人で飲食店にも入れないので無理だ。

そのあと「炭の湯」で風呂。昨日は「O」「K」が流れていったので今日も何かが流れるかもと注意して見ていた。今日は「事」という文字が流れていった。他にも2つほど流れていたけど、どの文字のどの部分かまではわからなかった。風呂から上がってフロント脇の休憩スペースで涼んでいたら、テレビに「体操 男子団体日本銀メダル」というテロップが出ていて、選手たちの表情が映っている。やっぱりオリンピックやってる。

家に帰ってから、28日から初回講義が始まる「ことばの学校」の自己紹介文を提出せよという課題に取り掛かろうと思ってパソコンを開いたのだけど、なんと提出期限が今日の昼12時までだった。今日までだと思って時間まで見ていなかった。初っ端から課題を提出しそびれた・・。

22:47の外気温30.1度、湿度63%。室内温度28.3度、湿度67%。

夜、タイルを頭につけたほうが冷たくて気持ち良いことに気がつき、枕の位置を南西から北東へ変える。家の中に横になったとき、外の湿度がそれほど高くないおかげということもあるが、とても快適だった。自分で考えた仕組みの冷房の家を、協賛者のお金で、自分の手で建て、その中に寝ていることを思うと、手に取って眺めることができそうなほど濃い輪郭のある「幸福」を感じた。快適で、すごく幸せだと思った。みんな信じていないが、この家は快適です。住んでいる僕当人が快適なだけじゃなく、誰かがここを訪ね、家の作りを理解することによって、普段はそれほど考えない、家の作りそのものについてのことを一緒に考えられるのが良い。壁に窓の穴開けたほうがですよね、とか、そういうことをみんなが口にする。このプロジェクトが媒介となって。

寝る直前0:00の室内温度28.6度、湿度71%。

 

今日使った生活費

コメダ珈琲(のむクロネージュと小倉トーストモーニング)550円

丸一ストアー(赤飯と助六逗子、十六茶麦茶、レジ袋)427円

デニーズ(和風ビーフシチュー、ライス、プレミアムモルツ中瓶)2120円

デイリーヤマザキ(アクエリアス、ほうじ茶、煙草)1280円

自販機グリーンダカラ140

 

このプロジェクトは以下のスポンサーによって敢行されています。

※このプロジェクトの協賛者を引き続き募集しています。次は冬の札幌で、自然暖房を備えた広告看板の家をやろうと思っております。金額は一口五万円です。協賛してもいいよ、という神様は、contactページからメールをいただけますと幸いです。よろしくお願いします。

 

0727の日記

朝9:37の室内温度29.3度、湿度61%。外気温33.4度、湿度44%。

屋根の二十日大根

今日の服

この「広告服」、人とすれ違うときなどにふと自分が名前を背負っていることを思い出して背筋を伸ばすみたいなことはあるが、今の所、僕の行動に大きな影響は与えてないように思える。もう一ヶ月くらいこれで過ごしてるので慣れているだけかもしれない。このプロジェクトが終わって名前も何も入ってない服を着たときに何か変化を感じるかもしれない。

朝10時からzoomで、別件の展覧会の打ち合わせがあったので、起きてすぐにコメダ珈琲桜橋店へ行った。コメダ桜橋店は電源がないがFreeWifiが飛んでいる。最寄りの円頓寺店は、電源はあるがWifiは飛んでいない。コメダも人生も良いとこどりはできないということだ。昨日しっかり円頓寺店でパソコンは充電しておいたので、1時間のzoom会議くらいはもつだろうと踏んで桜橋店へ向かった。

朝ごはん。例によって「のむクロネージュ」とモーニング。のむクロネージュのみすぎかもしれない。ちょっと飽きてきた。

zoom会議のあともコメダに残ってしばらく昨日の日記を書いていたら、知らない携帯番号から電話がかかってきた。MATの吉田さんだった。青田さんと一緒に、僕の家の前に来ているらしい。慌てて会計をして家に戻った。青田さんとは前回のあいちトリエンナーレの田中功起会場で偶然会って以来で、吉田さんとはいつ以来か覚えていない。青田さんとは、一緒に参加した奈良の展覧会がかなりストレンジな経験だったので数回しか会ってないのに何故か親近感がある。吉田さんが「お昼ご飯、スポンサーさせてください」と言ってくれて、一緒に円頓寺商店街の「はね海老」という定食屋に行った。初めて入った店だ。間口は小さくて、注意深く歩かないと気づかずに通り過ぎそうな外観をしている。窓がガラスブロックで、店内が中の様子が全くわからないので入りにくかったのだけど、入って見たら意外と奥行きがあって広く、昔ながらの定食屋という感じだった。カニクリームコロッケ定食を頼んだ。

 

青田さんから「鬼まんじゅう」をもらった。二人と別れてからは、洗濯物がたまっていたのでコインランドリー「シビック那古野店」で洗濯乾燥機にぶち込みんだ。それから家周辺の地図制作に取り掛かった。NDISで紙の下敷きになるボードを借りて、ペンを持って自分の家から描き始めた。日差しがそれほど強くなかったから助かった。

 

パソコンと携帯電話の充電がもう切れそうだったので、充電と、昨日の日記を続きを書くために15時過ぎにコメダ珈琲に入った。今度は円頓寺店。コメダ珈琲に行き過ぎ。行動範囲狭すぎ。狭すぎだけど、日々ばたばたと過ごしているので狭いエリアで生きている感じがしない。洗濯と風呂と食事と充電という、最低限の「家事」だけでかなり時間が取られる。街の中で専業主夫をやっている気持ちだ。よく考えたら僕は専業主夫かもしれない。スポンサーからのお金で、ただ生活だけをがんばってこなしている。本当は映画館とか美術館にもっと行きたいし、せっかく喫茶店がたくさんある街なのに僕が喫茶店でやっていることといえば日記を書くことだけである。もっと本とか読みたいのだけど、上記の家事に加えて家の快適化と地図の制作と来客対応と、なんだか慌ただしいので時間が取れない。正直、文化的な生活とはいえない。世の主夫や主婦のみなさんは毎日このような感じで過ごしているのだろうか。映画や本を享受する時間を与えてあげたい・・

16時半ごろに、事前に連絡をくれていた岡川さんという人が訪ねて来た。道家さんの飲み仲間らしい。もうなくなってしまったけど、十年くらい前までクリエーターが集まるバーが名古屋にあり、そこで知り合ったらしい。岡川さんはメディアアーティストで、名古屋芸術大学の先生でもある。冷房の仕組みとかを一通り説明し、一日一回水をあげないと室内の冷房が保たれないことや、プロジェクトのコンセプトについて、例えばスポンサーからもらったお金を使って例えばご飯を買うときに、他の方法で稼いだお金を使うのとは違うものを感じること、広告収入で暮らすことによって経済活動に輪郭を与えるイメージがあることとかを説明したあと、「ぜひ家の中も見てください」と言った。

岡川さんは僕の家の床の入り口から家の中に頭を入れた。そして

「なんか、バカンスっぽいですねえ」

と言った。笑ってしまった。

「バカンスですか。いいですねえ」

「バカンスに来てるような感じですねえ。東南アジアが好きでよく行くんですけど、これは、ラオスあたりの感じですね。ラオスの、昔ながらの高床式の家にいる感じです」

バカンスとは言い得て妙だ・・。この家は暑さから逃れるだけでなく、通常の経済活動からの避難所という感じもある。こんな灼熱の都市の中でも、バカンスは作れるということだ。

岡川さんとコメダ珈琲の話をする。名古屋のコメダは店舗によって電源が使えなかったりネットが使えなかったりする、僕が知っているフランチャイズのコメダ珈琲は、全ての店に電源とWifiがあった。岡川さん曰く、名古屋にはフランチャイズされる前のコメダ珈琲がたくさんあるから、バリエーションがあるかもしれない、と。コメダの社長の娘が名古屋芸大の出身で、昔その人に名字はコメダですか?と聞いたら違うと言われた。コメダというのは、米屋をやっていたときの名前。初代が米屋で、二代目が珈琲屋を始めたらしいという豆知識も聞いた。

なんだかコメダ珈琲のことばかり書いている。

岡川さんと別れた後、今度は金沢21美の野中さんが訪ねてくる。

「差し入れ、何がいいか色々考えたんだけど、このプロジェクトに参加することにしました」

と言って、お金の入った封筒をくれた。スポンサーになってくれた。帰りのバスがあるので30分くらいの短い滞在だったけど「野中組」の近況などを聞く。

野中さんと別れた後の冷蔵庫の温度29.6度。やはり全然冷えてくれない。

夜ご飯に、青田さんに教えてもらった海鮮館という近所の中華料理屋へ。ニラレバ炒めとご飯とビール。野中さんからのお金で食べているような気分になる。

ご飯の後、炭の湯へ。風呂に入る前に駅周辺を散歩した。散歩中に撮った写真。

名古屋の若い人、髪色が白だったり青だったり、派手な人が多いことに気が付く。

今日は排水溝に流れる文字は目撃できず。休憩スペースのテレビではソフトボール日本対アメリカ戦が流れている。日本が1:0でリードしている。今日もオリンピックやってるらしい。帰りに歩きながら、最後の数日間、生活の記録をどうしようか考える。そして今回は写真に絞ることにした。Goproを家の中に設置して、日中は体につけて、一日中30秒ごとの写真を撮影してみる。自販機で飲み物を買い、家に入室。Goproの撮影を開始。風呂場で脱いだ服をリュックから取り出したり、銀マットを敷いたりして寝る準備。していたら、先日の京都精華大学でのアセンブリーアワー講演会の、受講者アンケートがまとめて送られてきた。「もっと自分の考えを深めた方がいいと思います」みたいな意見があり、はあ、そうですか、みたいな気持ちになったり、大学生の感想文がなかなかひどい代物が多くて参ったりしたが、先日のストレンジシード静岡「清掃員たち」にも参加してくれた人が送ってくれた長文の感想があった。これには元気をもらった。ありがとうございます。「東日本大震災からオリンピックまでの期間は亜空間だというのがツボに入りました。大好きな視点です。」というところで泣いてしまった。蛇の死体を見たという報告も添えてあった。嫌なことやめんどくさいことばっかりですが、工夫して楽しみながら、我々の生活を続けていきましょう。

22:05の外気温29.7度、湿度60%。室内温度27.9度、湿度65%。

今日使った生活費

コメダ珈琲桜橋店(のむクロネージュ、モーニングセット)550円

コインランドリー900

コメダ珈琲円頓寺店(生レモンスカッシュ)540円

海鮮館那古野店(ニラレバ炒め、ライス、生ビール)1324円

自販機麦茶130

自販機グリーンダカラ140

携帯電話の高速データ容量追加1GB524

パソコンを置いて日記を書いていたせいで床が熱い。そして2日までにソーラークッカーを作ることを決心する。絶対に作る。

23:25の室内温度28.8度、湿度70%。

 

0728の日記

朝9:27の室内温度30.1度、湿度66%。外気温33.4度、湿度50%。

目が覚めてゴロゴロしていたら、知らない携帯電話番号から着信が来る。出てみたら年配の女性の声が「村上さんですか?」と聞いてくる。南三陸の高野組ですけど、と。びっくりしてすぐに事態を飲み込めなかったのだけど、高野組というのは、僕が「移住を生活する」をやっている最中である2014年と2015年に敷地を借りた建設会社だ。それぞれ一泊ずつさせてもらった、と思う。2015年の去り際に「また来年」と言って別れた気がするけど、そのまま会っていないから6年ぶりの突然の電話。「机の上に村上さんが描いた絵が飾ってあって、ふと今どうしてるかな、でも電話番号変わってるかもしれないと思ったんですけど、かけてみました。お元気ですか」と。「お久しぶりです。元気でやっております。今名古屋に来てます。作品を作りに来てます」と言ったら、「全国的にコロナでね、気をつけてくださいね」と、心底心配そうな声色でおばさんは言った。この人の顔もぼんやりと思い浮かんだ。「うちの会社でもコロナが一人でてしまって」と言う。「回復したんですか」と聞いたら「やめちゃいました」と。「会社には迷惑もかけてないし、濃厚接触者もいなかったんですけど。本人が気に病んでね」と。本当に残念そうな声だ。おばさんは「後遺症が辛いみたいですね」とも言った。電話口の声のトーンが低かったので、すこし心配になった。コロナで参ってるのかもしれない、と思った。もうすこし元気に話すおばちゃんだったような気がするのだけど。「あれはもう卒業したんですか?」と聞かれた。あれ、というのは「移住を生活する」のことだ。「いや、卒業はしてないです。去年も能登半島を歩きましたよ」と言った。「また南三陸町通ったら寄りますね」とも言った。そう言ったけど、はたして今後家を担いで南三陸を通ることがあるだろうか。家を一緒じゃなくても、訪ねて良いものかどうか考えてしまった。僕もおばちゃんもお互いに「体に気をつけてください」と言って電話を切った。最初にこのおばちゃんとあったのは南三陸の路上だった。歩いていたら話しかけれくれて「この先にうちの会社があるから、そこで寝てもいいですよ」と言ってくれた、と思う。2014年の時は、確か高野組は仮の事務所から新築した事務所に移ったばかりだった。仮の事務所として使っていた空っぽのスーパーハウス(建設現場で使う、置くだけで部屋になるコンテナみたいなやつ)の中に家を置かせてもらって、コンテナの簡易な仮眠室で寝かせてもらった。山の中にあって、その仮眠室の裏は崖になっていて、下には道路があり、さらに下には川が流れていた。下から聞こえる音が、川の流れる音なのか道路を通る車の音なのかわからなかったのを覚えている。2015年の時はもう「スーパーハウス」は撤去されていて、僕は大型のトラックとかが丸ごと入る大きな倉庫の軒下に家を置いて寝かせてもらった。あの事務所から2021年の僕に電話をかけているということだ。あれから6年経ったけど、そのあいだずっとこのおばちゃんは、あの山の中の事務所に通って仕事をしていたのだ。人が辞めたり新しく入ったり、色々あるのだろうけどずっとこのおばちゃんはあそこに通っていた。そして電話をかけてくれた。ワイチさんの新居の知らせといい、東北に呼ばれている気がする。

電話を切って、支度をした。今日は丸一日、Goproを胸につけて連続写真を撮りながら過ごすことにする。のちにこのプロジェクトを発表するときに備えて。

今日の服

 

最寄りのコメダでアイスオーレのモーニングセットを食べた。お腹が痛い。昨夜寝るとき、布団をかけてなかったから冷えてしまったらしい。ちょっと嬉しくなった。自作した冷房がお腹を冷やした。お腹は痛いけど、それがちょっと嬉しいなんて初めての感覚である。携帯電話とパソコンを充電しながら前日の日記の続きを書いた。このコメダ珈琲円頓寺店の店員に覚えられてしまった気がする。店に入った時の店員のリアクションでなんとなく感じた。ロゴ入りの変なマスクつけてるし、ロゴ入りの変なリュック背負ってるし、長居するし、おまけに今日は胸にGoproをつけているので、僕は多分ものすごく目立っている。端的にやばい見た目になっていると思う。2時間くらいで日記を終わらせて店を出た。

 

家に戻ると、ちょうどなおみさんがNDISから出てきてどこかに出かけるところだった。今日はマルシェに出店中で、矢田さんと交代で店番らしい。そしてまた今日はThe Birthdayのアルバム発売日で、矢田さんはこれからタワレコに行ってバースデイ限定ラベルビールを買うということだ。

家に戻ってきた12:33の外気温34.3度、湿度51%。室内温度32.2度、湿度58%。

 

ポストに初めての手紙が入っていた。

昨日作った冷蔵庫の温度が気になったので開けてみたら、外気温とほぼ同じだった。全く冷えていない。これは、植木鉢に問題があるとしか思えない。水を吸わない陶器なのかもしれない。冷蔵庫より僕の家の中の方が涼しい。

家にパソコンなどを置いて、紙とペンと財布だけ持って、昼12時半ごろから地図の制作にでかけた。今日は主に家の西側を「炭の湯」の方まで歩き回って、路上で描いた。

途中「味仙」にて台湾ラーメンのアメリカンを食べてみた。通常の台湾ラーメンとは全然違うものだった。むせなかったし、辛くなかった。味は美味しいのだけど、あの台湾ラーメンを知ってしまったらちょっと物足りなさもある。

 

地図をかきながらLaura day romanceの 「fever」という歌の「君だけは涙の流し方を間違えないで」という詩は、そうかオリンピックの事を指しているのかと気が付く。

スポーツドリンクを飲み、日差しを避けながら歩き回って絵を描いていた。僕の家は水の気化熱で室温を冷やす仕組みになっているけど、考えてみればこれは人間が自分の体を汗で冷やす仕組みと同じじゃないか、ということにも今更気が付く。

16時くらいまで描いて家に戻る。冷蔵庫は外気温35.1度に対して34.1度。もう残り日数も少ないので、心配ではあるけれど、家の床下なら大丈夫だろうということで、ついに糠床を入れた。糠床を、NDISの冷蔵庫から自作冷蔵庫に移した。

 

16時に家に水をやって(今日水をやったのはここだけ)、体温の上昇に限界を感じて喫茶店「バロン」へ。原稿の仕事を少しやって、1時間くらいは携帯で漫画みたりして休憩していた。18時ごろにバロンを出て「丸一ストアー」へ晩御飯を買いに行った。半額になっていた寿司と、ついでに「ソーラークッカー」の材料(両面テープとアルミホイル)も買った。ダンボールももらってきた。明日か明後日作れたら良いと思って。

 

家に戻り、寿司と差し入れのギネスビールの晩ごはんをすませ、19時半から家の中で映画美学校の「ことばの学校」の初回講義をオンラインで受ける。このために、午前中にコメダでパソコンを充電したようなもんだ。WiFiNDISのものを使わせてもらう。講義は面白かった。これから半年間毎週講義を受けることになるわけだけど、楽しみだと思えた。今日の話はプルーストの「美しい書物はどれも一種の外国語で書かれている」という言葉が通底したテーマになっていたと思う。久々に「生徒」という立場の気分を味わえたのも良かった。

19時半開始で、講義部分だけで30分オーバーして21時半終了し、そこからさらに質疑応答タイムが始まり、それはzoomミーティングルームで100人の受講生たちと佐々木敦さんが話すみたいな場なのだけど、それもなかなか長丁場になり、22時10分くらいまで聞いていたのだけど、「炭の湯」が23時閉店なので、これ以上聞いていたら風呂に入れなくなると思い、途中退出した。みんな家に風呂があるから時間を気にせず授業を受けられて羨ましい。僕の生活は銭湯の営業時間に左右される。あとで送られてきたアーカイブをみたら、質疑応答タイムは23時くらいまでやっていたみたいだ。抜けて良かった。

 

炭の湯にて、今日はシャワーにHという字が貼り付いていた。ぴったりと、まるでシャワーの模様のように貼り付いていた。今までに浴室で目撃した文字をまとめると

「O」「K」「事」「H」

になる。「O」「K」でやめておけば良かった。「O」「K」ならメッセージとして受け取れたのに、続けてしまったから意味のない羅列になってしまった。それと、今日初めて炭の湯の水風呂に入った。体があまりにも暑かったので、たまらず入った。生まれて初めて水風呂は気持ち良いと思った。体が整うというのはこういうことかと。家の中で、汗をかいた状態のまま3時間近く講義を受けていたのは、軽くサウナにいたようなものだと思う(21:01時点の室内温度は30.2度、湿度68%だった)。汗をかいた状態のまま体を放置しておくと、汗の体温調節機能が下がってくる気がしている。皮膚になんらかの目詰まりが起きて、水分が気化しにくくなるのが原因ではないかと踏んでいる。汗を流すと体温は下がりやすくなる。

この生活ですこしずつわかってきたけど、「暑さ」は、気温と湿度と体調の3つの要素で決まる。加えて、空気の流れの有無も影響する。

風呂から帰ってきた23:48の外気温29.8度、湿度62%。室内温度28.4度、湿度66%。電気を消す前0:08の室内温度28.9度、湿度70%。

今日使った生活費

コメダ珈琲円頓寺店(アイスオーレ小倉トーストモーニング)430円

味仙660

デイリーヤマザキ名古屋駅西店(大粒ラムネぶどう、アクエリアス、煙草、レジ袋)762円

喫茶バロン(アメリカンミルクセーキ)500円

丸一ストアー2F(両面テープ、アルミホイル2こ)559円

丸一ストアー1F(きゅうり、さとうのご飯 発芽玄米、にぎり・巻寿司半額、レジ袋)551円

自販機アクエリアス160

麦茶130

 

0729の日記

8:57の室内温度29.4度、湿度68%。外気温30.7度、湿度62%。今日も快適に目が覚めた。

今日の服

 

今日もGoproを胸につけて1日中撮影しながら過ごす。10時からオンラインで対談するという仕事があったので、インターネット環境と電源があるオフィスを探す必要があった。そこで、以前喫煙できる栄のコメダ珈琲まで行った時に途中で見かけたPRONTOに行ってみた。ここが大正解だった。各席に電源があり、インターネットも使える。ネットは2時間ごとに再ログインが必要らしいが、2時間なら問題ない。昔のファミマWifiは20分ごとに切られた。店も広くて、しかも事前精算なので長居することに罪悪感がない。

 

そこでアイスコーヒーとハムチーズトーストのモーニングセットを食べて、仕事に臨んだ。東京都内の風呂無しだけど銭湯は近い物件だけを扱っている「東京銭湯ふ動産」の鹿島さんという人と話した。11時半くらいまで。それから新たに甘い飲み物を頼んで14時過ぎまで日記を書いていた。

お昼時には店は混雑してきた。このPRONTOもオフィスビルの1階に入っているのだけど、周辺もオフィス街のようで、ワイシャツ姿の人々が目立つ。

PRONTOを出て、お昼ご飯をどこかお店に入ってゆっくり食べたいところだったけれど、はやく地図の続きを描きたかったので家に帰る途中のローソンストア100でおにぎりをひとつだけ買って路上で食べた。

家に着いたら知らない人からポストに葉書が届いていた。裏面の「大粒ラムネのイメージ」には笑った。ありがとうございます。

わざわざ住所にNDISの「前庭」と書かれていたし、僕の家のポストに入っていたので、これはもしや配達員が気を利かせてNDISではなく僕の家に届けてくれたのかと思ったが、なおみさんに確認したら「いや、うちに届いた」という。でもなおみさんは配達員に事情を説明し、わざわざ僕の家のポストに入れなおしてもらったらしい。「ここの前って書いてあるやつはここでいいですよ」と説明したという。

家で糠床を混ぜて、丸一ストアーで買ったきゅうりを入れた。冷蔵庫内糠床内の温度30.2度、湿度はメーターが振り切っている。外気温は34.5度、湿度49%。糠床は、冷蔵庫の湿度が高いせいで水分を多く含んでしまっていた。でも、以前の酸っぱい匂いはもう無くなっている。塩を入れたのが効いたのだと思う。でも油断できない。そして僕はぬかを混ぜ忘る日がありそうでこわい。いまのところがんばれている。

荷物を置いて地図を描きに出かける。この地図は、僕は今までに描いてきた「間取り図」と似ているけれど、少し違う。今の僕がここに住んでいたことをどのように残せるかを考えている。4週間ほどここに住んでいて、自分がなにかしら感情を抱いたりとか、出来事と遭遇した時、誰かから電話がかかってきたときなどの記憶がその時僕がいた場所に紐づいていることに気がついた。ある場所に行くと、あす記憶や感情を思い出すし、逆にある感情を抱いた時、それを以前に抱いた場所のことを思い出す。音楽も同じ。ある曲を聞いたという印象的な記憶は、その時僕がいた場所の景色と一緒に思い出される。そんなことを「地図」に落とし込みたい。ある時期の僕がここに住んでいたということを残しておきたい。

しかし現実は厳しい。15時半ごろから突然ものすごい土砂降りになった。これでは外で絵など描けない。ちょっと家にも帰れない。傘もないし。

およそ17日ぶりに降った雨だと思われる。僕は今まで毎日雨を望んでいた。NDISの雨樋に穴を開けさせてもらって、わざわざ自分の家の屋根に雨水を引き込めるようにしたのに、これまで一度も降ってくれなかった。そして最悪のタイミングで降ってきた。と、思っていたら、また知らない電話番号から電話。出るとギャラリーHamの伊藤さんだった。なんと、プロジェクトをサポートしたいと言ってくれた。以前家を訪ねてくれたときも、協賛したいと言ってくれてはいたのだけど、本当にしたいので情報をください、と。一口五万円であることや、スポンサーへのお礼として考えていることなどを話したのだけど、伊藤さんは

「情報だけもらえればいいです。お礼とかは、大丈夫ですから。有意義に使って欲しいです。じゃあ、二口入れておきますね」

と言った。泣ける。作家を続けていてよかった、と思った。ギャラリーHAMはこうやって昔から作家を応援してきたのだろうなと思った。

雨が弱まったタイミングで早足で家に戻る。雨が降り注いでいる家を写真に撮っておきたかった。携帯では撮ったけど、カメラで撮り忘れた。

温度を見たら、外気温29.7度、湿度76%(16:07)。室内温度30.7度、湿度67%。雨が降ったら外気温の方が高くなり、湿度も外の方が高い。すこし驚いたけど、まあ考えてみれば納得する。僕の家の中には雨は降っていないので。雨は17時頃にはやんだ。

雨が止んだ頃、建築家の西田さんという人が息子氏とともに訪ねてきた。西田さんは矢田さんとも知り合いらしい。

西田さんにもらった差し入れ。

 

別れて、海鮮館に言って晩ごはん。五目バリそばと生ビール。五目バリそばは、少なめでとお願いしたのだけど、この量だった。全部食べたけど。

 

18:45頃から1時間半くらいミシマ社サマーキャンプの打ち合わせ。当日の流れを掴むところまでやった。僕が今描いている地図とこのワークショップが繋がりそうでよかった。

風呂は炭の湯

番台でおばちゃんから回数券を返される時「あと1枚使えます」と言われた。この10枚の回数券、ここまで使うのは長い月日だった。1日があっという間に感じられたり、長く感じられたり、人と会ったり会わなかったり、人と会うことで何か思い出したり、オリンピックやってんだ~と思ったり、東京の新規感染判明者数3000人かあと思ったり、色々と魂が揺さぶられ続けているこの日々の中で、この10枚の回数券だけが着実に1日1枚ずつ減っていき、神経を整えさせてくれる。時間の補正をする。ラジオの時報みたいに。時報といっても、現時刻を教えてくれるわけではない。僕は一昨日も、昨日も、たしかに風呂に入りに来たし、今日も風呂に入りに来たのだという証明だ。「君は毎日生きていて、毎日体を洗いに風呂に来ているのだ」と、回数券が僕に言う。そして、残りあと1枚。

今日も昨日に引き続き、水風呂に入った。アトリエの田原さんが「熱い風呂と水風呂を交互に浴びると自律神経が整う。そうすると、暑い日にちゃんと暑いと感じられるようになるし、寒いときはそう感じられるようになる」と教えてくれたと、内田が言っていたので、僕はさっそくそれを実践した。熱いお湯と水風呂を二往復した。浴室からでて、なんか調子が良い気がする。と思った。寒いのも暑いのも気持ちが良いと思った。体にもやっぱり山と谷を感じさせないと、バランスは取れないのだ。今日も寝るのが楽しみだと思った。

ここのところ毎日自分の家で寝るのが楽しみだ。夜風呂から帰り、家に入る時に涼しいと嬉しい。

快適とはなんだろう。快適とはなにか。私はこの家で寝ることに幸せを感じる。私のプロジェクトを応援している人のお金によって、私が自分で考えた家を作り、そこで寝ることに幸せを感じる。例え暑くて眠れなくても納得できる。なぜなら自分でつくったものだから。

暑さにも寒さにも納得できる。そして僕はそこに「快適さ」を感じる。快適とは何か。温度の調整によって実現するのか、湿度の調整か。体調の管理か、なんらかの幸福な出来事か。あるいは、電力とかエアコンとか化学繊維とかの技術の発達によって実現するものなのか。

僕はここまでやってきて、技術の発達と「快適さ」にはなんの関係もないんじゃないかという気がしている。快適(幸福と言ってもいい)とは何かという問いの地平が現れるまで、この問題は考える必要がある。

23:46の外気温28.4度、湿度75%。室内温度27.9度、77%。0時の室内温度28.1度、湿度77%。外と大差ないぞ。なぜだ。水が足りなかったか・・

 

今日使った生活費

PRONTO(アイスティー、ハムチーズトーストモーニング)495円

PRONTO(ピーチジェリーラテ)594円

ローソンストア100(直巻おにぎり丸ごと煮卵)214円

海鮮館(生ビール、五目バリそば)1406円

ファミマ(たばこ)1000円

デイリーヤマザキ(麦茶、携帯リチウムバッテリー、ガツンとみかん)3250円

 

0730の日記

昨日の日記の最後に技術の発達と快適さは何の関係もないとか書いてしまったが、いくらなんでも極端すぎた。エアコンの効いたカフェの中でそんなこと書いても説得力ない。エアコンや扇風機は大事である。間違いない。しかしそれだけではないと言いたい。技術を使うことと、その技術を使うことに自分が納得できるかど

うかのバランスが大事なのだと書きたかったのだと思う。

今朝07:20の室内温度28.2度、湿度76%。外気温29.3度、湿度72%。アヒルにも鶏にも思えるような何らかの種類の鳥を新しく飼おうとしており、公園の水飲み場みたいなところで、羽毛を丁寧にめくりながら鳥の体の汚れを流す夢を見た。

今日の服

 

PRONTOが朝のオフィスとしてとても良かったので今日もPRONTOへ。今日は「あさごパンセット」というものを頼んでみた。

昨日コンビニで買ったモバイルバッテリーと、Goproの充電器と、パソコンの充電器など、手持ちのほぼ全ての電化製品の充電器を持ってきていたのだけど、使えるコンセントは一口しかないので、まずはパソコン、それからモバイルバッテリーと順番に充電しながら昨日の日記を書いていた。3時間以上居たのだけど、1席空けた右隣のワイシャツ姿のサラリーマンぽい男性客も僕と同じくらい長居していた。パソコンを開いて何か仕事をしようとしているけど、スマートフォンが気になるようで、頻繁に開けて見てしまっている姿が、目の端から伝わってくる。気になるよね。どうやらみんな同じらしい。僕も気になる。だから集中したい時は視界に入れないようにしている。でも昨日、普段はリサーチの記録としてしか使っていないツイッターで、この進捗日記を見てもらいたいがために気合い入れてツイットしてからというもの(文を考えるのに1時間かかった)、「いいね」とか「リツイット」とかが付きまくっていて気になってしまう。でも今回のツイットには収穫があった。ツイッターは、自分を複数化することを怖がらないための練習になるかもしれない。昔数年間やっていたときはツイッター上に自分の人格が奪われていくような気がして、こんなことまで考えられなかったけれど。

日記を書き終えオフィスを出たらお腹が空いていたことに気がつき、家に変える途中で見つけた「BIG BEN」というカフェ・バーに入ってみた。

 

カレーを食べた。お腹がいっぱいになった。それから、糠床を混ぜ忘れていた(上に、きゅうりを取り出し忘れていた)ことを思い出し一旦家へ。

家に着いたら、nowakiさんに教えてもらって矢田さん夫妻に紹介したバブーシュカというカレー屋の店主が来ていた。僕(とNDIS)をわざわざ訪ねに来てくれたらしい。僕はバブーシュカにはまだ行ったことがないのだけど、矢田さん達に教えたらすぐに(本当にすぐに)行ってくれて、そこで店主と懇意になったらしい。矢田さん夫妻の人間力というか、人懐こさはすごい。糠床も混ぜた。外気温35.7度に対して床下に置いた冷蔵庫内の温度は27.9度。冷蔵庫がんばっている。嬉しい。気化熱で冷やすためには日差しにおいた方がいいと思っていたが、日陰の方がいいみたいだ。

家に水をやって、地図の続きを描きに出かけた。日差しを避けながら歩き、日陰で絵を書いて街をまわっていたのだけど、ものすごく暑い日で、来ていたTシャツは汗でべとべとなだけでなく塩をふいて白くなっていた。服がこんなになったの久しぶりだ。16時過ぎくらいに栄のコメダ珈琲あたりまで到達し、そこで体力の限界を感じたので休憩した。

 

小豆小町菫というドリンクを頼んでみた。

それから家に戻ったのだけど、道中スポンサーの井上さんから「ミッキーと焼肉食べるんですが一緒にどうですか」とラインが来た。迷った。焼肉は食べたいが、あの二人と一緒にご飯となると、長丁場になってしまう予感しかない。迷った末「さくっとお邪魔します」と返した。家に着いたのは18時を過ぎていたのだけど、NDISにはまだ矢田さんがいた。

 

井上さんとの約束まで数十分あったので、家の横でソーラークッカーを作り始める。ネットで見つけた「ソーラークッカーの作り方」を参考に、丸一ストアーでもらった段ボールを切り、印をつけていたら矢田さんが「道家さんたちが近くで飲んでるんですけど、こっちに来るそうです」と言う。矢田さんも既に飲んでいた。

帰宅時間なので人通りが多かった。矢田さんに見守られながら作業していたら、何人かの矢田さんの知人が道を歩いていった。矢田さんはその度に「こんにちは」と言っていた。うち一人とは、僕も話した。そのうち、自転車に乗ったおばちゃんが目の前で止まった。そして「雨ふってないんだけど、虹が出てるんですよ」と矢田さんに言った。おばちゃんが指さす東の空を見ると、ビルの上に虹が出ていた。完全体の20%くらいのやつ。僕は写真を撮り、矢田さんも携帯をもってきて写真を撮っていた。矢田さんはおばちゃんに「ありがとうございます」と行った。おばちゃんは去っていった。僕はソーラークッカー作りを再開したのだけど、数分後に矢田さんが

「ところで、さっきの虹の人、あれは誰だったんですかねえ」

と言った。

「え?知り合いじゃないんですか?」

「いや全然知らないです。知ってる人かなと思って頭を探ったんですけど、知らないですね」

「絶対知り合いだと思ってました」

「いやあ、知らないですねえ」

「じゃあアレですね、虹の精霊かもしれませんね」

せっかく虹が出てるのに誰も気が付かないから、精霊が教えに来てくれたのかもしれませんね。

程なくして道家さんと、連れの二人(写真家の人と建築家の人)が現れ、矢田さんがハイボールをつくって僕と道家さんの連れの人に持ってきてくれて、NDISの前で寄り合いというか飲み会が始まった。そしたら井上さんとミッキーも来てそこに合流した。僕は矢田さんに、ミッキーから聞いた「紅茶ハイボール」のことを教えていたのだけど、矢田さんはそれを聞いた日の夜には紅茶の茶葉(しかも和紅茶)をネットで買っていたらしい。その和紅茶をミッキーにプレゼントしていた。2日の夜に井上さんの家でミッキーがつくる沖縄料理の会が予定されているのだけど、「その時に飲みましょう」と言って。

矢田さんと、僕と、井上さんとミッキーさんと、あと道家さんも加わって「日喜屋」へ行った。ミッキーは相変わらず最高であった。瓶ビールを飲んでいたのだけど、僕はミッキーに「今日はあんまり飲みませんよ」と事前に言っておいた。言っておかないと、ミッキーは僕のグラスに無限にビールを注いでしまう。グラスの半分まで減る前に注いでくる。道家さんも結構酔っていたが、矢田さんはそれ以上であった。ミッキーとも意気投合していた。井上さんはにこにこと場を眺めたり、道家さんから平川典俊の話を聞いたりしていた。平川典俊の名前は名古屋にきてもう何十回聞いたかわからない。たしかにインパクト最強の人ではあるけども。平川さんは、会った時のインパクトで言えば荒川修作と張るのではないかと思っている。荒川さんには会ったことないけど。

 

日喜屋がお開きになり、僕は家に戻った。矢田さんは井上さんとミッキーの家に紅茶ハイボールを飲みに行った。

 

炭の湯の回数券がとうとう終わってしまった。明日からは何を基準に、昨日と今日が違うことを確かめればいいのか・・。

番台のおばちゃんが「最後の一枚だね」と言って、チケット部分だけでなく頭の部分も回収しようとしたので「その部分もらってもいいですか」と言ってもらったのがこれ。今日も昨日と同じく、暑い風呂と水風呂を2往復してみたがやはり気持ちが良い。まだサウナには手を出していなけど、時間の問題かもしれない。

今日の日記を書いている途中に矢田さんとミッキーがやってきた。壁がテラコッタなので姿は見えないが声が聞こえる。「(NDISの)中で飲んでるんで、良かったら」と言っている。「すいません~」と言いながら二人はNDISに入っていく。すげえな。あの二人は今日会ったばかりだ。でも矢田さんとミッキーは、同じ席で飲んだらすげー盛り上がるだろうなとは思っていた。俺も参加したいところだけど、やることがあるのだ・・明日の社務所トークの準備をするのだ・・。そのためにもさくっと日記を終わらせる予定が長々と書いてしまった。

22:25の外気温29.7度、湿度63%。室内温度28.4度、湿度68%。温度差が小さい。また水が少なかった可能性が高い・・。いま00:57の室内温度は29.4度、湿度74%。外とほとんど変わらない。やっぱ水をそれなりにあげないと冷えてくれない。

今日使った生活費

PRONTO(アイスティーとあさごぱんモーニング)462円

BIG BEN(カレーセット)700円

ファミリーマート(ソルティライチ)129円

コメダ珈琲(小豆小町菫)510円

日喜屋二千円

炭の湯(ボディソープ)60

デイリーヤマザキ(塩分チャージタブレッツ、麦茶、煙草)845円

もう1時になってしまった。トークの準備は明日の朝やることにする。

 

0731の日記

8:18の外気温30.9度。室内温度は記録を忘れてしまった。

今日の服(トークイベント用の制服)

家から歩いて1分のところにある浅間神社にて、15時から「快適広告生活について」という、このプロジェクトのまとめのようなトークイベントを矢田さん達が企画してくれていたので、その準備のために朝9時からPRONTOに行って映像やドローイングのデータを準備したり話すことを考えたりして11:45の集合時間にはNDISに戻った。

とにかくトークの準備にばたばたで、なんかいっぱいいっぱいでお昼ご飯も食べてなかったのだけど、矢田さんがトークイベントの準備をする関係者お好み焼きを用意してくれていた。矢田さん達4人の他に、岡本さんや東京の池上さん(たまたま出張があったらしい)やみっきーや猪口さんなど色々と手伝いにきてくれていた。しかし矢田さん曰く「いろいろ社務所で片付けるものがあるかと思ってたんですけど、社務所の人がほとんどやってくれてました」ということで、準備はすぐに終わった。

トークの前に何か甘いものを食べないとやばいと思っていたのだけど、ちょうど昨日訪ねてきたバブーシュカの人がロールケーキを持ってきてくれていたので、それ食べる。

 

トークイベントには結構な人数が来ていて驚いた。遠くからきてくれた知人もいたし、知らない人もたくさんいた。

札幌から建築家の丸田さんがきてくれて、「差し入れ何がいいかなと思ったんですけど、これにしました。すぐ食べられるし」と、ゼリーをくれた。丸田さんは僕に会うなり「この家の除湿についてずっと考えてたんですけど、アルミホイルを貼ったらどうですかね。熱伝導もいいし、湿度も通さないし」と少年のように話してくれて、アルミホイルというアイデアにも驚いたけど、その話し方がもう嬉しかった。

会場が神社の社務所で、窓を開け放って半屋外のようなところでとても雰囲気が良かったことに助けられて、僕のぐだぐだしたトークはどうにか形になった。動画を撮っていたのだけど、なぜか冒頭50分しか撮れてなかった。今日これない人には後日映像をネットにアップしますといっていたので、申し訳ない。でもこれはもうしょうがない。

トークの後何人かで中華料理屋でご飯を食べて解散し、僕は炭の湯へ行った。

23:40の外気温28.4度、湿度77%。室内温度27.5度、湿度75%。室内の方が湿度が低い。珪藻土や竹炭の除湿がちゃんと効いている。

使った生活費

PRONTO(アイスティーハムチーズトーストセット)495円

ビックカメラ(トークイベント用のUSB-CとHDMIを繋ぐハブ、HDMIケーブル)9480円

炭の湯440

自販機麦茶130

自販機麦茶130

 

0801の日記

朝8:13の室内温度28.8度、湿度76%。8:27の外気温29.9度、湿度69%。

今日の服を撮り忘れてしまった。今日は朝洗濯物を洗濯機に入れて、その間に地図の絵の続きを描いていたら車に乗っているミッキーに偶然会った。車は沖縄ナンバーだった。みっきーは「とりあえず、なんか飲み物どうですか!」と、僕を自動販売機がたくさん並んでいるところに案内してくれて、なぜか飲み物を奢ってくれた。僕は「ネクター」を選んだ。みっきはー「このあいだ、この自販機で、初めて当たったんですよ!」と、自販機によくついているルーレットを指した。そしたら井上さんも家から出てきて、立ち話をしていたら井上さんの友人が車でやってきて、僕は挨拶だけして場を去って洗濯物を取りに行き、荷物を置いて名古屋駅に向かった。

京都の「ミシマ社」で「サマーキャンプ」というオンラインワークショップに講師として呼ばれていたので、京都駅まで。なんと新幹線で30分で着いてしまった。

京都に着いて最初に思ったのは「名古屋より涼しい」だった。確かに気温は高いのだけど、湿度はたぶん名古屋の方が高い。その分名古屋の方が暑く感じる。京都の夏はものすごく暑いイメージがあったので、これは衝撃的だった。日差しで真っ白な京都御所をできるだけ木陰を選んで通り抜け、ミシマ社に着く。三島さんにも初めて挨拶できた。ミシマ社は楽しそうな職場だった。働いている人同士で仲が良い感じ。働きやすそう。担当の野崎さんが遅れて登場し、お昼ご飯にうどんを奢ってもらってワークショップに臨む。

ワークショップは、僕が名古屋で描いている地図の描き方をみんなに共有するような内容。「自分の地図をかこう」というタイトルでやった。コツはただ一つで「現実に負けないこと」。現実に惑わされない。たとえそこが四叉路でも、自分が三叉路として使っているのであれば、三叉路として描いてしまうこと。そうやって自分の砦をつくって現実に負けないようにする。自分の地図を作るのは自分の砦をつくることに似てる。現実はそこにあり、自分を脅かしてくる。特に今は万人の現実であるかのような顔をした現実ばかりが偉そうな顔をしているので、自分の現実をたちあげる必要がある。そのために地図は手っ取り早い。誰がなんと言おうがこれが自分の現実だと、自分で確認するために地図にする。でないと自信を失ってしまう。思えばいつも「自信を持ちたい」とか言っている気がする。「広告看板の家」も、住んでるだけでお金が入るようになれば、自信がもてるんじゃないかとか思ってやっているところがある。自信がないのかもしれない。自信がないから地図を描くのかもしれない。自信をなくさせているのはいつも現実なので、現実に対抗する現実をつくる、というか。だからこうやって文も書くし、地図もかくのか?

ワークショップは1時間予定で始め、ほぼ1時間で終わった。あっという間すぎた。ワークショップが終わり、ミシマ社を出て一人でとりあえず歩き出したのだけど、このワークショップはそれなりに準備をして臨んだものだったので、燃え尽き症候群のようになったし、おまけにこういうスイッチが入ると「広告看板の家 名古屋」も、明日で終わりかあと思い始めてしまい、対して空は真っ青で、強い日差しが刺して地面は真っ白で暑くて、そのギャップが心境的に耐えがたいものがあり、そのまま名古屋に帰る気になれなかった。とりあえず誰かに会わないと死ぬと思って誠光社に行った。堀部さんと会うのは数年ぶりだったけれどほとんど変わりなくてほっとした。あそこに行けばいつもカウンターで堀部さんが店番をしていると思うだけでほっとする。少しだけ話して、次に携帯でnowakiの来店予約をして、コンビニで缶ビールを買って鴨川沿いを歩いてnowakiに行った。nowakiでも菊池さんと筒井さんに会えて、そこで筒井さんが最近出した絵本の話とか、ミシマ社の話とか小一時間して、仕入れてくれていた僕の本にサインをして、なんか腰が重かったのだけど、「帰るか」「帰るか」と2回くらい自分に言い聞かせて二人に見送られながらnowakiを出た。菊池さんは「こんな状況じゃなかったら飲み行こーぜって言いたいんですけど」と言ってくれたし、筒井さんも「この状況でのみにいけないってどういうこと」と言ってくれたし、堀部さんも「次に会ったときには飲みいきたいですねえ」と言ってくれた。しかし今は飲めない。現実に負けない、というワークショップをやった直後に現実の壁が立ちはだかり、そしてこれには勝てない。nowakiを出たあともまた同じコンビニで缶ビールとおつまみを買って、鴨川の芝生に座り込んで犬の散歩をする人とか、水遊びをする家族を眺めながら酒を飲んでいた。ボブディランの「I contain multitudes」をリピートで聴いていた。これに救われた。

鴨川は相変わらず素敵だった。とても好きな場所だ。京都に鴨川があるのではなく、鴨川に京都があると言いたい。鴨川に住みたい。しかし鴨川で飲むとトイレに困る。トイレ作れ。空がオレンジ色を通り過ぎて紫色になるまで鴨川で飲んで、京都駅の方まで歩き、井上さんに教えてもらった卓球台もある立ち飲み屋に行ってみたのだけど、入り口のガラス戸に「京都府からの要請で休業します」という張り紙が貼られていた。この頃にはもう真っ暗だった。参った。家に帰る道がない。と思った。いっそ京都で泊まっていこうかとも思ったけれど、明日の朝惨めな気持ちになりそうだし、今日は名古屋の家に水をやっていなかったので、1日水をやらない状態で家の温度と湿度がどのように変わるかも気になったので大人しく帰ることにした。そして、帰りも京都駅から名古屋駅までは30分で着いてしまった。短いけど遠くにあると思った。

 

名古屋駅で降りて炭の湯でチケットを買って風呂に入った。サウナはバスタオルを持って入るというルールを破った人がいたらしく、番台のおばちゃんが「バスタオル持ってない人はサウナ入らないでください!」と何度も更衣室で大きな声をだしていて、それに対して「大変ですねえ」と、バスタオルを持っている男性が話しかけていた。

家に帰ってから、晩御飯を食べていないことに気がついてコンビニで「赤だし豚汁」を買って食べた。

 

23:39の外気温29.1度、湿度74%。とても蒸すだった。室内温度28.6度、湿度72%。やっぱり室内の除湿が効いていて嬉しくなる。気密シートが濡れていたので、1日水をやらなくても水分がまだテラコッタに残っているということだ。冷房も若干効いている。

使った生活費

洗濯機900

JR名古屋駅(たこめし、烏龍茶、レジ袋)327円

交通費(往路)6110円

ローソン(ヨナヨナエール、たばこ)1273円

ローソン(札幌黒ラベル、うずらのたまご)526円

交通費(復路)5170円

ファミマ(麦茶、豚汁、レジ袋)490円

炭の湯440

ドライヤー10円(いままで記録忘れていた)

 

0802の日記

展覧会の設営中に散々な目にあった。作品が朝起きたら外に放置されていたり、車の中で寝泊まりしているのだけど起きたら車が移動していたり、ネットで買った買ったじゃがいもを制作現場に届けてもらったのだけどそれが他の人達にカレーにされて食われていたり。そんな夢を見たのだけど、こうして書き出してみると朝起きて何かが起こる、というパターンが多い。そして現実世界で目が覚め、家から外に出ようと床の扉を開けたら、家の下単管パイプのそばに財布が落ちていた。昨日家に入るときにポケットから落ちたことに気がつかなかったらしい。

中身を確認したけど、何も盗られていなかった。四間道は治安が良いなと思った。

8:31の室内温度30.1度、湿度71%。外気温31.9度、湿度61%。

今日の服

 

昨日の余韻を引きずっている上に、これまで半ば魂を削って1ヶ月間打ち込んできた『広告看板の家 名古屋』も今日で終わりであるという事実が、なんだか体を重くさせていた。なかなか起きられず、目が覚めてからも家の中でごろごろしていた。でも陽が昇るにつれて室内も暑くなってきて、お腹も空いていたのでどうにか起き上がり、パソコンも何も持たずにコメダ珈琲へ行った。

 

昨日誰かが訪ねたようで、ポストに手紙が入っていた。

 

どうにもやる気が出なかったのだけど、この期間中にソーラークッカーは試作してみたいと思っていたので、これだけはやってやろうと手を動かす。数日前に始めた作業の続き、丸一ストアーでもらった段ボールを切ってアルミホイルを貼る。

 

その中心にNDISで借りたアルミの鍋に水を入れて蓋をする。温度計も借りた。初めの水温は35度。すでに結構高い。ここにレンジで温めて食べるインスタントご飯(正確にはインスタント発芽玄米)を入れた。

 

しかしそこまでやったあたりから急に空が曇り始める。時々陽は差すのだけど、だんだん空に雲の面積が増えてくる。そのせいかなかなか水温は上がらなかった。今日はこのソーラークッカーで温めた水を使ってインスタント味噌汁を作り、インスタント発芽玄米ご飯を温め、さらに鍋に油を引いて卵焼きをつくって味噌汁の中に入れ(土井流)たものを昼ごはんにしようと思っていた。この家での生活を始めた頃に買った卵がひとつNDISの冷蔵庫に残っているはずだった。しかしなかった。なおみさんが捨てていた。いや捨ててくれていた、というべき。この生活をしていると時間の感覚がわからなくて、僕は卵を買ったのは数日前のつもりだったのだけど、ちゃんと思い起こせば、さっき書いたように、卵を買ったのはこの家での生活を始めたころだった。つまり三週間くらい前か。賞味期限はとっくに切れている。なので、昼ごはんは卵はナシで、太陽光で温めた味噌汁とご飯。

しかし肝心のお湯が1時間半放置してもなかなか温度が上がらず。マックスで45度程度までだった。曇っているというのもあるけど、1日で適当に作ったソーラークッカーではダメだということだ。これは、またの機会にちゃんとした物を作りたい。

 

でも空腹が限界なので、もう45度のぬるま湯で作ってみることにした。ご飯を取り出して開けてみると、それなりに温まっていた。ちょっと感動した。味噌汁も作って、家のなかで昼食。先日自家製冷蔵庫に入れてある糠床で漬けたきゅうりも。

 

こうして写真に写っているのをみると物悲しいけれども、これがなかなかおいしかった。

お昼ご飯の後、僕の家が水をやってからどのくらいの時間でどの程度冷えるのか、考えてみれば図ったことがないなと思ったので、14時に水をやってから温度経過をみることにした。

14:01の室内温度32.9度、湿度59%。外気温34.9度、湿度53%。すでに外気温より2度低い。まだ一昨日やった水の冷房効果が残っているということなのか?

水をやってから時間を潰すために「バロン」へ。ミルクセーキを飲んだ。

バロンから帰ってきた15:54の外気温35.0度、湿度52%。2時間前とほぼ同じである。対して室内温度は31.7度、湿度61%。2時間前より1.2度下がっている。湿度はそれほど変わっていない。外気温との差は3.3度。僕の家は間違いなく頑張っている。しかし31.7度は、長時間いるにはまだ辛い温度だ。たぶん、壁の面積を増やしたり、床の断熱をもうすこし厚くすれば冷房能力は上がる。これには確信がある。僕はこの1ヶ月間、この家を作りながら生活してきて、テラコッタタイルの性格や気化熱のことや湿度のことを、いわば「勉強」してきた。だから1ヶ月前では全くわからなかったことも、いまでは「こうすればこうなるだろう」という予測を立てることができる。こうやって素材や現象を手に馴染ませることが大事なんだろうと思う。すくなくとも何か新しいことを始めるにあたって、手に馴染んだ感じが得られるまで続けなければ多分意味がない。そうしなければつまらないままで終わってしまう。

このころに道化さんが訪ねてきた。道家さんは「お神酒を持ってきました」と言って日本酒と、美味しそうな芋けんぴ(そして実際うまかった)を持ってきてくれた。道家さんにとって僕がここに住み着いているこの一ヶ月は祭りのようだったらしい。また僕は「まれびと」なので、お神酒をお供えしようと思った、と言っていた。

 

それから矢田夫妻と息子氏プラス道家さんペアで、最終日の食事会ということでご飯を食べに行った。店内で食べるにはコロナ対策的に人数が多かったので、店員さんがテーブルと椅子を外に出してくれた。

まったく、この新型ウイルスは僕たちの生活をまるっと変えてしまっている。昨日も書いたことだけど、なにかプロジェクトをやった後に、人とご飯を食べたり打ち上げたりできないというのはかなりきつい。こう書くとかわいらしい悩みけど、実は深刻な問題だと思う。でも、我慢しているのかわからないけど、そういうことをやらなくてもみんな平気そうにしている。みんな大人である。自分は大人じゃないなあと思った。この食事の席でも、京都で一人で鴨川で缶ビール飲んでましたと言ったらみんな面白がっていたけど、マジ問題だ。だからこの食事会の席は切実に有り難かった。しかも、みなさんにご馳走してもらった。

解散後、僕は炭の湯へ。最後の風呂。そしてこの家での最後の就寝。

23:34の外気温30.3度、湿度71%。室内温度28.7度、湿度73%

最後に寝たときに見た家の中。

色々ぶら下げている。床面積が小さい家で快適に眠ろうとすると、物をたくさんぶら下げるはめになる。ゴミ袋とか、リュックとか、お菓子とか、風鈴とか。

使った生活費

コメダ珈琲(アイスオーレ、小倉トーストモーニングセット、ミニサラダ)670円

バロン(ミルクセーキ)500円

自販機麦茶130

炭の湯440

シャンプー60

ドライヤー10円

自販機麦茶(2回目)130

 

0803の日記

ミッシェルガンエレファントのライブに両親と3人ぐらいで行っている。会場が広い屋内会場なのだけど照明器具からなのか音響器具からなのか分からないが黒い煤のようなものが大量に出ていて空気が一様に黒く煤けているような雰囲気の中でそして何故か黒い鳥の羽のようなものも地面にたくさん落ち、また空気中にも舞っているそんな会場の中でライブの開始を待っている。父親と一緒に歩いていたけど母は電話で少し離れたところにいた。「ダニー・ゴー」がずっと流れていた気がする。という夢。

朝起きたときには雨が降っていた。9:43の室温28.4度、湿度85%。外気温27.5度、湿度90%。やっぱり雨が降ると室内の方が気温は高く、湿度は低くなる。

今日は「まつば」という円頓寺商店街の洒落たカフェにいってカフェラテと、フレンチトーストをたらふく食べてから家の解体を始めた。

屋根植えた二十日大根は、実がなるまでには至らずだったけれど、葉っぱをサラダにして食べた。ドレッシングはNDISから借りて。贅沢なサラダだ。大豊作!ありがと!