以前働いていたアイリッシュパブ。「売り上げマイナス80パー。10月の契約更新で殆どのバイトいなくなるんじゃないか」

大林宣彦監督の「海辺の映画館 キネマの玉手箱」を見てきた。「この空の花」以来だったのだけど、相変わらずの感覚全開映画で、マイブラッディバレンタインの曲の中のギターみたいに、映像と物語と不思議な字幕による情報の洪水を3時間浴びせられて、なんだか謎のタイミングで涙が出てきてしまったり、見終わった後も1、2時間は油断すると泣けてきてしまうような状態になった。たくさん受け取りすぎて頭の中がタプタプになってしまい、ちょっとした刺激を受けると涙として溢れてしまうような感じ。

映画内映画のなかに入ってしまった主人公たちが「君たちは何者なんだ?」と聞かれたときに「観客です!」と答えたのは笑った。他にも「観客でも死ぬのかなあ」とか「観客でも血が流れた」とか「いつまでも観客のままではだめなんだ」みたいなセリフが印象的で、大林さんの映画への愛とか、大林さんの人生が映画によって作られたことが伝わってくるし、まさにその映画を見ている僕たち観客に対して発しているメッセージにも思える。

大林さんが観客である僕たちのことを信じているから、これくらいでもついてこれるよね?という編集をしているようにも思えたし、客を置き去りにしないように作られているようにも思う。そう、意外と客を置き去りにしないように作られている。ブンブンとあちこちに振り回されながら笑っちゃうような感じ。昔お父さんがやってくれた「ひこうき」のような、足と腕に支えられて宙を飛んでいて、向こうもこちらも笑っている感じ。こういうのも楽しいだろ、ほらこんなこともできるぞ、と言われているような。それに、まだまだできることはたくさんあるぞ、と言われた。

映画館に入るところから始まり、映画館を出るところで終わるこの作品を、映画館で見られてよかった。本当に玉手箱のようだった。大林さんが生きていたら、「受け取りました」とファンレターを送りたい。素晴らしい作品をありがとう、とも言いたいけれど「受け取りました」と言うべきな気がする。確かに受け取りました。

今日も「地図描くロボ」として昨日と同じ作業を、同じくらいのペースで、同じくらいの量やった。少しはロボットに近づけるかと思ったのだけど、左肩が痛くなってしまった。肩こりの重たい感じとは異質な、少し刺すような、骨に何か挟まったような物理的な痛み。

単純作業をずーっとやっていた。たぶん、少し複雑なプログラムが書ける人なら自動的にパソコンにやらせることも出来なくはなさそうな作業。ロボットにも出来そうな労働。これをあと1週間は続けることになるだろう。その頃には僕は今よりもロボットに近い存在になっているだろう。この際ロボットになってもいいかもしれない。

「邪魔だよ バッ」

と、iPhone打ちながら歩いてたら市ヶ谷駅の乗り換えのとこで言われた

僕は言わないようにしようと思った

人それぞれ事情があるタイミングはあるから

彼氏がいる女友達と一泊でどこかに泊まりに行った話を、男が男友達にしている。旅行いこうと誘われ、いいけど彼氏はいいの?ときいたら、別にいいよ。バレないところでは何してもいいって言われてるし、いや、そういう問題じゃなくて、と言った話や、部屋を取るとき、同じ部屋でいいよと言われたことなど。日焼けした男。たぶん大学生。特に腕が真っ黒。夏だ。

 

オープニングトークは中止になりました。初日は20時まで開廊します

ドアノブとドアの向こうの画像2点と

・「このドアをあけたら」で始まる文

・ペンネーム

を添えて

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