村上 慧「住む自由」

2025年3月28日(金)- 4月14日(月)
12時 -19時 火曜日定休
入場料 500円 (15歳以下無料)
村上慧による個展「住む自由」を開催します。
村上は、家を背負って移動したり、広告看板の中で暮らすといった、社会制度の隙間で生活する行為を作品にするアーティストです。
本展では、2022年から始めたプロジェクト「村上勉強堂」を中心に、近年の仕事を展示します。「村上勉強堂」は、既存の不動産制度に疑問を投げ掛けてきた村上が、土地を購入し、自力で住居のような構造物を建てる試みです。版築という技法を活用し、気化熱を使った冷房や、落ち葉の発酵熱を利用した自作の暖房など、独自の機能を取り入れようと研究を重ねています。
特異な生活を送る村上の活動を、展示空間で是非ご高覧ください。

○イベント
オープニングパーティー:2025年3月28日(金) 18:00 –
※入場料の500円でご参加いただけます。


○作家によるステートメント
私は日々ご飯を食べたり、人と話したり、こうして文を書いたりしている。そういった具体的な行動がなされる場所を「現場」と呼ぶ。
現場で行われる私の行動はすべて、習慣や法、言語、時間などといった、目に見えない力の影響を受けている。その力のことを「装置」と呼ぶ。
現場と装置は互いに「作る⇄作られる」の関係にある。
<装置と現場の関係の例>
・時間を発明し、自らそれを基準に行動する
・法律を公布し、自らそれに従う
・他人に家を建ててもらい、その中で生活する
現場と装置のあいだにときおり出現する、ふしぎな時空間がある。それを「亜空間」と呼ぶ。ここに、なんらかの行動の余地がある。
<亜空間の例>
・車がまったく走っていない横断歩道で、信号が変わるまで待っている時間
・運転教習の座学の際に過ごす、あの謎の時間
・風呂の追い焚きボタンを押してから「お風呂が沸きました」という音声案内を聞くまでの時間

○会場
東京都大田区蒲田3丁目10-17
アート/空家 二人
京急蒲田駅 徒歩7分 JR・東急 蒲田駅 東口 徒歩13分
※道幅が狭いため、車でお越しの際は近くに駐車お願いいたします。

原田裕規さんとAokidと知らない女性2人と僕で、誰かの家に泊まっている。広い畳の部屋でみんなで寝るということになり、おうちの人が3組の布団(一人用の布団が二組、二人用と思しき、人形の凹みがふたつついている不思議な布団が一組)を準備してくれていたのだけど、なぜかその隣に新しく4組の布団を敷くことになった。普通の敷布団が見当たらず、長座布団みたいな小さな布団を4つ並べていた。部屋はめっちゃ広いのに、布団はぴったりくっつけて並べられており、僕はそれがちょっと嫌だった。また長座布団は1枚だと厚みが足りないと判断されたのか、すべて2枚重ねになっていて、寝にくそうだった。Aokidが、「こんな感じでいいかな」と僕に聞いてきた、という夢。

例えば作りすぎて食べきれなかった料理を隣の人にわけたい時に使う「食べてもらえますか」という言葉を「食べて」と「もらう」にわけたとして、料理を差し出すのは私(こちら側)なのに、なぜ「もらう」という、受け取ることを意味する動詞がくっついてくるのか、という疑問が浮かぶ。「もらう」だけじゃなくて「食べていただく」も「食べてくれ」も同じように、受け取り手と渡し手が逆転している。一文の中に往復運動が含まれている。もしかしてこれは、「受け取る」ということがギフトであるというニュアンスが、原理的に含まれているのではないか? なんて素敵なんだろう! と熱くなったけど、これらの言葉は「食べてほしい」の変化系だということに気がついてから、そんなに熱い現象ではないことがわかってしまった。要するに「(食べることを)して"ほしい"」という要望がいろいろな言葉に置き換わっているだけだった。

ベルリンを旅行していた。涼ちゃんが調べた店?で店主と話をしたあと、私が「魚住さん、どっかにいないかなあ」と、ベルリン在住の共通の友人のことを話題にしたらすぐに涼ちゃんがなにかに気づいた様子で前方を指さした。見ると、背中に大きな字で
UO
ZU
MI
と書かれたTシャツを着ている人がいる。行って声をかけたら、まさしく魚住さんだった、という夢。

夜遅い時間の都内のスーパー銭湯、ものすごい数の大学生たち。露天風呂での会話、揃いも揃って同じ学校の女性についての話をしているが、話の底が浅い。上滑りし続ける話題。誰がかわいいとか、声かけられて好きになっちゃったとか。猛烈な恋愛をしている人がいて、その相談をしているわけでもなさそう。適度に当たり障りのない会話を延々と5〜6人で繰り広げている。何が楽しいのかと思ってしまう。
脱衣所ではドライヤー待ちの人が大勢いるなか、イヤホンつけてスマホでsnsのリール動画をスクロールしながら片手でドライヤーを髪にあてている人が同時に二人いて、怖くなった。全員、同じ行動をして同じ事を考えている(あるいは、何も考えていない)。まわりが見えてないのか、見えてないふりをしているのか、見えてるけど気にならないのか。こんなホモソーシャルなノリの会話をずっと続けていたら、何も考えずにスマホ見ながらドライヤーする大人になるのも無理はない。わたしはめぐまれていた。

Sagosaidが突如パスワード付きのひみつのウェブサイトを立ち上げていて、それがとてもよい。匿名であなたの音楽が好きですとメッセージを送ってみたら、まさかのリプライをくれてとても嬉しかった。インターネットの楽しいところ、中学生のころ、匿名のチャットサービスで年齢も住んでいるところも性別も知らない人たちと毎日のようにたわいもない話をしていた、あのインターネットがもっとも輝いていたころのことを思い出した。

カレンダーに「北森さんニト来る」と書いたつもりが、「北さニトん来る」になっている。何か得体の知れないものが来そう。

大人数のチーム対抗で体を張って競っている。ふたつめの競技の内容が、右腕に採血用の針を指して血を抜かれながら、熱湯に体を浸して何かに耐えるというのもので、私は針を刺されるのが嫌で、「注射が苦手で、血液検査でも気分悪くなるくらいなんですよ」と主催者のAokidに、自分を競技から外すように訴えるがなにか理屈のようなものをこねられ却下された。たまらず自分を夢から覚ました、という夢。

ボードリヤール『消費社会の神話と構造』より

あらゆる伝統的芸術において象徴的・装飾的かつ二次的な役割を演じたモノは、二〇世紀に入ると道徳的・心理的価値の変動に応じて変化することをやめてしまった。人間の傍らで代理としての役割に甘んじるのではなく、空間分析(キュビスムなど)の自律的要素として非常に大きな意味をもちはじめたのである。そのために、モノは粉々に砕け散って、(色やかたちなどの)抽象的概念にまで解体された。ダダとシュルレアリスムにおいてパロディ的復活に成功したものの、抽象絵画の出現によって破壊され消え失せたかにみえたこれらのモノは、新形象派やポップ・アートにおいて、ふたたび自己のイメージと一致することになったようである。モノの現代的地位という問題が提起されるのはこの段階においてであり、しかも、この問いが否応なくわれわれにつきつけられるのは、モノが突如として芸術的形象の頂点にのし上がったためでもある。
(中略)
ポップ以前の全芸術は「奥底にひそむ」世界を見抜こうという態度の上に成り立っていたが、ポップは記号の内在的秩序に同化しようとしている。つまり、記号の產業的大量生產、環境全体の人為的で人工的な性格、モノの新しい秩序の膨張しきった飽和状態、 ならびにその教養化された抽象作用に同化しようとしているといってもよいだろう
ポップはモノのこの全面的世俗化の「実現」に成功しているだろうか。過去のあらゆる絵画の魅力であった「内面の輝き」が少しも残らないほど徹底した外在性を特徴とする新しい環境の「実現」に成功しているだろうか。(中略)
ポップが意味するものは、遠近法とイメージによる喚起作用の終焉、証言としての芸術の終焉、創造的行為の終焉、そして重要なことだが、芸術による世界の転覆と呪いの終焉なのだ。ポップは「文明」世界に含まれるだけでなく、この世界に全面的に組みこまれることをめざしている。文化全体から華やかさ(そして文化の基盤さえも)を追放しようという、超越的で気違いじみた野望がそこには存在している。
(中略)
それゆえ、彼らはこれらのモノが伝達する頭文字やマークや宣伝文句を好んで描くのだし、極端にいえば、それらだけを描けばいいのだ(ロバート・インディアナ)。これは遊びでも「リアリズム」 でもなく、消費社会の誰の目にも明らかな現実を承認すること、すなわちモノと製品の真の姿はそれらにつけられたマークだということにほかならない。

伊藤計劃の「ハーモニー」にでてくる「ウオッチミー」という装置。心拍数や体温、睡眠時間などを計測することで健康を管理できるという意味で、アップルウォッチに似ている。だとすると、アップルウォッチのウォッチという言葉には、君の体を監視する、という意味にとれる

おい、あんた俺の財布しらないか?
え?
俺の財布。このカゴに入ってた財布がなくなってんだけど、しらない?
いや、しりませんけど
はあ? あんたが盗ったんだろ? 他に誰がいるんだよ
いや、盗ってませんけど
とぼけんなよ。俺が入ったとき、ここにはあんたしかいなかった。俺が風呂に入ってから出るまで、あんたの他に人はいなかった。ならあんたしかんだよ。さっさと出せよ
はあ。でも私はとってないんですよ。たしかに私とあなたしかいなかったですけど。そのへんに落ちてないんですか?
いいから、ちょっとカバンの中見せてみろって
どうぞ

サイフなんか入ってないでしょ?
どっかに隠したんだな
いい加減にしてくださいよ
(店の人来る)
私だってねえ、盗ったって言っちゃいたいですの!家に帰って熱帯魚に餌をあげなきゃいけないのに、こんなことに巻き込まれるならねえ!私はさっさと解放されたいから、私がやりましたって言いたいですよ!でもね、やってないもんはやってないんだから、しょうがないじゃないですか!嘘をつく人間にだけはなるなってね、おばあちゃんに言われたんですよ!おばあちゃんのことを裏切りわけにはいかないでしょう? 人の気も知らないでね、嘘つき呼ばわりしないでもらいたいもんですよ!私はサイフをとってない。そして、私は嘘をついてない。つまり、私はサイフをとってないということです。わかりましたね

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(三宅香帆)をオーディオブックで読んだ。労働と読書の関係について歴史を遡って調べていて、とっても面白かった。自己啓発本やビジネス書はこれまであまり手にとらなかったけど、読んでみようと思った

・「自己啓発本」的な、修養や教養を立身出世の条件とする思想は明治時代からあった
・現代の自己啓発本はノイズを除去する。学生運動が流行った昭和のころといまとでは時代の空気がちがう。社会は変えることができない、という認識があたりまえになった。では、そんなアンコントローラブルなことは一旦脇においておこう、というのが自己啓発本に共通する姿勢である。
つまり、自己啓発本には社会を遠ざける傾向がある。たいして、「読書」は「ノイズ」を日常に持ってきてしまう。つまり自分の力では変えることができない社会のさまざまな問題を運んできてしまう。みんな働いているだけで精一杯なので、そういうものがノイズになってしまう。

働いていて、本が読めなくてもインターネットができるのは、自分の今求めていない情報が出てきづらいからである。求めている情報だけを、ノイズが除去された状態で読むことができる。それがインターネット的情報である。

・「国際能力主義」と「個性浪費」の二兎を追う社会
<競争しなければならないのに、個性を生かさなければならない>
このジレンマは90年代後半に作られた。『13歳のハローワーク』のベストセラー化などはその影響である。また、ゆとり教育にはこの思想が取り入れられてしまっている。
(岩木 秀夫 『ゆとり教育から個性浪費社会へ』)

(自己啓発本とインターネット的情報の共通点)
自分でコントロールできる「行動」に注力する、そのための情報を得る。それはバブル崩壊後、景気後退局面に入り、リーマンショックを経ながらも、社会の働き方として、自己実現が叫ばれていた時代に人々が適合しようとした結果だった。

サービスエリア。フードコートの券売機の前で固まってる家族連れ四人の後ろを、商品棚にぶつからないやうに小さくなって通り過ぎたとき、父親らしき男に舌打ちされたような気がする。ぶつかってはいない。上着がこすれてそれか気に触ったのか? ただの空耳、思い過ごし方か?

飛行機とバスに乗り遅れて、チケット購入済だったDA PUMPのライブに行きそびれる、という夢。会場は何故か徳島県の方だった

今年の元旦から追いかけ始めた『虎に翼』の最後の5話を先ほど涼ちゃんと一緒に見て、無事完走した。全130話。のべ26時間くらい。こんなに長い映像を最初から最後まで見たのは何年ぶりだろう。見れた。見てよかった。最終回の、エンディングのラスト10秒の演出がとっても粋でチャーミングで、いいドラマをありがとうございます、と感無量、感謝の気持ちが湧いてくる。米津玄師の主題歌「さよーならまたいつか」という曲名が、とてもこのドラマにぴったりだなと最初から感じていて、その理由が最後の最後ではっきりわかった気がする。
つまり、(たった)80年前の寅子たちの前にあった差別や不平等は、多少形は変わったかもしれないけど、今も続いているし、80年後の未来にもまだあるだろう。不条理は永遠になくならないかもしれない。それでもこのドラマのように寅子が戦った事実は消えないし、寅子という水の一滴が岩を叩き続けていた、その音を私たちは聞いてしまった。きっと、私たちの中にいる次の寅子が、再び同じ音を響かせるだろう。

あなたはこれから死に、また生まれ、また死んでいく。この先あなたは、まったく同じ人生を永遠にくり返すことになる。それでも人生をふたたび始めるのか?
もちろん、喜んで!

これはニーチェの永劫回帰だけど、虎に翼というドラマを通して感じられる、繰り返しのイメージの源泉はこれかもしれない。同じようなことを何度も何度も繰り返しているのに、世界は全然良くならないように見える。
「それでも繰り返すんだよ」と、この作品は背中を押す。
いくつもいくつも生を超えて、何度繰り返しても、「そのとき」が到来することは永遠にないかもしれない。でも繰り返すことをやめちゃだめだ。では、さよーならまたいつか
と喝を入れてくる

1月17日、長野から電車で名古屋へ。愛知県芸術劇場で「演出集中キャンプ」の仕事。演劇に携わっている人たちを相手に、いわゆる演劇作品などほとんどつくったことがない私にいったいなんの話ができるのか、と不安に思っていたこともありとてもよくプランを練って2時間のレクチャー&ワークに挑んだ。緊張して汗かいたがやりきった。終わってみればおもしろかったし、さらにおもしろくなる可能性を感じた。参加者の目つきや、姿勢に過敏になってしまう自分を見つけた。終わってから喫煙所で萩原さんと、自身で演劇カンパニーを主催している西田さんというさんという人と話せたことで、フィードバックをもらえて心やすらかになった。
とはいえ昂った気持ちはなかなかおさまらず、ひとり栄地下街のタバコが吸えるミニ居酒屋で「瓶ビールください」と頼んだら大瓶がでてきて、きゅうり漬けとマグロ刺しと一緒にたのしくやっていたのだが飲み終わることにはかなり酔っ払っていた。栄のドンキの裏にあるビジネスホテルにチェックイン。そのまま21時前まで寝る。
晩御飯を食べようと夜の繁華街にひとり繰り出す。キャッチのお兄さんが多すぎて、歩いているだけで疲れる。
「お探しですか?」
「お探しですか?」
「お探しですか?」
「おにいさん、なにかお探しですか? 道案内がんばります!」
「ガールズバーいかがっすか? チュンチュンッ!(両手の指をすぼめて空を突くような動作とともに)」
どうにか餃子の王将に飛びこみ、「さみい」「はあ、さみいな」「さむっ」と一人賑やかに呟いている男性の隣でちゃんぽんを食べ、温まり、ホテルに帰って寝る。

1月18日
朝10時半からあいち芸術祭ラーニングチームとのミーティング。相変わらず長丁場だが(終わったのは14時過ぎ。お昼は弁当持参でその場で)チームのメンバーがみんな好きなので苦しくない。安心して発言できるし、話を聞くのもおもしろい。
そこからみんなで車で瀬戸の梅村商店さんに移動し、17時からのラーニングチーム主催イベントの準備。私はイベント中に使う小物として一輪のバラを買ってきた。久しぶりに花を買った。
イベントはとても、とっても面白かった。芸術祭の長いステートメントを、70名の参加者全員で一行ずつ声に出して読んでいくという、黑田菜月発案のアイデアが素晴らしかった。ひとりひとり発語の仕方も声の大きさも高さもスピードも違うので、まったく飽きない。あっという間の30分間。人の声というものの「モノっぽさ」、声というものはこの世界に現実に存在している物体なのだ、ということを改めて実感した。印刷されたテキストを黙読するだけではやはりテキストは概念の領域を出ない。
石倉さんによるレクチャーも素晴らしかった。久しぶりに刺激的な講義を受け「勉強したいことがいっぱいでてきちゃった〜」という気分に。特にアドニスの詩から「花咲爺さん」への接続は、思わず膝を打ってしまった。
私は、ずっと気になっていた、2回目のトランプ大統領誕生のことをイベントの中で話せてよかった。つまり、たとえば気候変動はトランプ支持者からするとでっちあげで、アメリカでは半分以上を占めている意見だ。このイベントに集まっている人は、そこでいうと半分以下の人たちにすぎないかもしれない。こういったコンセプトを掲げること自体が、なにか自分達を壁の中に閉じ込めてしまっているのではないか。わたしたちはどうすればより広い意味での「われわれ」になれるのか。あとから何人かに、言ってくれてありがとうと言われた。勇気を出してよかった。しかし問題はなにも解決していない。昨日に引き続き気が昂ってしまって、講義が終わってからもしばらく呆然としてしまい、その後野田さんが企画して店を予約して人を集めてくれた打ち上げの席で、平静を取り戻すまで時間がかかった。石倉さんとお話できてよかった。「石倉さんの外臓という概念が大好きです」と伝えられてよかった。

1月19日
9時から辻さんと陶磁美術館へ。芸術祭で担当している作家の作品制作のため、新たな版築のテストピースを作りに。その後打ち合わせ。終わったのは13時過ぎ。「ビリヤニ」でグーグルマップを検索し、車で20分のところにあるインド料理まで行ってビリヤニを昼ごはんに。美味しかった。これまで食べたどのビリヤニとも違う玉ねぎとにんにくの出汁のきいた、濃い味。
そのあとON READINGへ。ずっと、もう何年も行きたかった本屋。ギャラリーもある。ようやく行けた。そこで、生まれて初めて編み物の作品を作る。展示してた宮田明日鹿さんの企画で、500円で「スイカ」が編めるキットが買えて、売り上げはパレスチナ支援に寄付される、という素晴らしいシステム。その場にいた、編み物上手の先生(お店のお客さんらしい)が「初めてでこんなに綺麗なのはすごい!」「どうして通す穴がわかるんですか? すごい!」など、どんどん褒めてくれて、その「先生力」に辻さんと二人で感動した。おかげで私のスイカが完成。別の先生が安全ピンをひとつ譲ってくれて、その場でリュックにぶら下げた。宮田さんとも約五年ぶりに再会。会えてよかった。最近はコンポストにはまってるらしい。ON READINGでは大崎清夏さんの日記本と、丈夫でとても使いやすそうなオリジナルのトートバッグが売っていたので思わず買ってしまった。長野に帰る。

愛知県芸術劇場主催の「AAF演出集中キャンプ」にて、ナビゲーターの萩原雄太(かもめマシーン)さんに招いていただきゲスト講師として2時間のレクチャー&ワークをやってきた。けっこう手応えがあり、参加者からも満足度かなり高いです、という感想をもらった。行ったことを書いておく。
①まず僕が自分の作品や制作について説明する際にたびたび使っている装置と現場の図を用いて自分たちを取り巻いている環境についての話をする。


私たちは体を持った存在で、その体が話したり食べたりするといった実際の行為は「現場」という領域に属している。そこでの行為は、言語(日本語を話すということや、敬語で話すということなど)や慣習(服を着ているということや、参加者が黙って私の話を聞くことなど)など、目には見えないがとても強い力によって"作られて"いる。この力が属している領域を「装置」と呼ぶ。
現場と装置は「つくる」「つくられる」の関係があり、装置の側が私たちの行為をつくっているだけでなく、私たちもそれに従うことによって装置の力を強化しているし、または時折その力に逆らったり、合意のもとでルールを変えたりすることによって、装置をつくることができる。
その装置と現場の間に、私が「亜空間」と呼んでいる不思議な時空間が出現することがある。
例えば
車がなどまったく通る気配のない横断歩道で、信号が変わるまで待ってしまう時間」
「運転教習の座学の際に過ごす謎の時間(自動車免許取得のために教習所で受けなければならない座学の時間がルールとして決まっているので、教官は時間を潰さなければならず、生徒もそれを眠るのを我慢して聞かなければならない)」
「風呂の追い焚きボタンを押してから、 「お風呂が沸きました」という音声案内が流れるまでの時間
制作においては、この亜空間を見つけることや作り出すことが大事、という話。
②この図をもとに、私のこれまでの作品を説明する。特に大切なのは「広告看板の家」プロジェクトと「イメージと正体の調査員」としての活動である。
(看板というものの役割は情報の提示なので、ほんとうは物体である必要はない。ファミリーマートの看板は、そこがファミリーマートであることがわかればよいので、ロゴだけが空中に浮かんでいればいいはずなのだが、この世界に存在する以上は体を持たなければならず、結果として箱という形が与えられる。装置が力をもつためには現場の体が必要、という話。邪魔な体。イメージと正体の調査活動は、装置と現場の関係を、それぞれ「イメージ」と「正体」というかたちで端的に表している)
これらを踏まえた上で言葉の話をする。私たちは普段、文を読むときに声に出して読むことはしない。それは『ヴァレリー 芸術と身体の哲学』(伊藤亜沙)の中でのヴァレリーの主張によると、"もはや私たちは言葉を読んではおらず、眺めている"。声は空気の振動なので明らかに「現場」の側に属しているが、言葉はそうではない。印刷技術が普及し、皆が言葉を黙読するようになってから、言葉は眺められるだけのイメージと化してしまった。
③私が普段から収集している店舗チラシやお菓子のパッケージなどを見せる。この中に使われている言葉(例えば「軽快! サマーボトムス」「ハイセンスなデザイン」など)は人の目を引いて購買意欲を掻き立てたり、感情を煽ったりする役割を担っている。いわば資本主義という装置の力をまとっている。
④その力を無効化させる(あるいは言葉をイメージから「剥がす」)ためのワークを行う。まずは書き初めをする。机に広げたチラシやパッケージ、新聞のなかから好きなフレーズを選び、筆で半紙に書いていく。書いたら、順番に読み上げる。

⑤次に机を片付け、輪になって軽く運動をしながら、自分が選んだ言葉を順番に発語していく。まわりの人たちはそれを輪唱する。1周目は屈伸をしたり腕を左右に振ったりといった、準備体操のような動きをしながら。2周目は、両手を前に出してぶらぶらさせてみたり、すこし普段はやらないような動きをしながら。
3周目にはその場で上下に飛びながら発語したり。疲れてくるので、だんだん声が大きくなったりする。4周目は各自ばらばらに動いたりしつつ、もっと大きな声で、棒読みを心がけて発語する。
⑥5周目。その場に座って部屋の電気を消し、暗闇のなかで全員が目をつぶり、自分が選んだ言葉を発語する準備をしっかり整えてから、ひとりずつ発語する。いくら時間をかけても構わない。輪唱はせず、他人が発した言葉をちゃんと聞くことに専念する。6周目は言葉を変えてみる。自分の前の人が発した言葉を使う。7周目は発語もしない。ひとりずつ順番に、自分が選んだ言葉だけを考えるようにして、頭の中で強くイメージしたり、何度も(心のなかで)叫んだりして、満足したら次の人の肩を叩く。周りのひとたちは、その人をしっかりと観察する。
⑦最後に「発表」の時間。電気をつけて、一人ずつ立ち上がり、自分の言葉を発語する(終わったら一礼してもよかったかも)。まわりのひとたちは拍手をする。
という流れ。こういった行為を通じて装置と現場の間に隠れている「亜空間」を呼び込んでいく、というワーク。

スマホをいじることは強い快楽を伴う。電車にのればわかるように、人は特に一人になったら、スマホをいじりたいという強い誘惑に逆らえない。時には友人や家族や恋人と一緒のときも。スマホをいじるよりも強い快楽の時間、会話を、共に作り出せる相手を見つけられるか、それを保ち続けることができるか、あるいはおたがいをそういう存在につくりあげることかできるか。それが問題だ。ジャルジャルの「綺麗事言わない画家のやつ」というコントは、スマホをいじることはどこか後ろめたくて汚いことだという暗黙の認識が僕たちの間にあるから成り立っている。

筑波大学の一の矢共用棟の下見の 帰りに 池袋のジュンク堂に来てジル クレマン の動いている庭を買う。閉店するらしいが、そんな空気は全く感じない大量の新入荷本とバイト募集の張り紙。つくばと 北千住でそれぞれ書店によって見たけど 在庫なしでようやく 池袋のジュンク堂本店で手に入れたジルクレマン。せっかく一人で東京にいるので 酒を飲みながらこの買ったばかりの本を読んでみようと思いパブに来てみた。隣の大学生ぐらいの年齢とおぼしき 男女が話す声が耳に入ってくる。
ADHD って今 みんな 言ってるじゃん ADHD 白黒つける感じじゃん 病名っぽいし。俺は逆張り しちゃうから みんなが ADHD って言ってるのを天然って呼ぶようにしている。天然だとあいまいじゃん。だから 昔 みんなが使ってた天然っていう言葉が今いいと思ってる。今は白黒つける時代だから。的なことを男が女に話している。他にも女の話で人と1回目に会う時は話すことがあるからいいんだけど といったところで男が2回目はむずいよね わかるわ と口を挟んだ。女は2回目もまだいいんだけど3回目がやばい と言っていた。男はそれに対してもわかるわーと言っていた。
普段自分の周りでは聞かない 言葉使いをしているのも面白い。ガチという言葉を 男も女も多用している。 男は「お察しー!」という決め台詞も使っていた。
帰りの池袋駅改札、キセルの補助員として使われた。後ろの人が不自然に近いなと思ってすぐにキセルだと気がついた。昔の自分を思い出したが、その男は少なくとも30代以上に見えた。

3日の夜、母親と電話をしたときに、実家の猫イブが息を引き取ったという報せを受けた。2日の朝8時52分?に旅立ったという。お正月で、めでたい話でもないので、この報せは次に僕が実家に帰った時にでも話そうと思っていたという。
前日の夜から調子が悪くなり、家族3人で夜通しじっと見守った上でのことだったと聞いて、ほっとした。僕と涼ちゃんは、年末に会えていたので、最後に会えてよかったとも思った(僕たちが実家を出た翌日30日から体調が崩れていったという。猫はわかっていたのかもしれない)。ここ数ヶ月、あまり食べ物も食べず、骨と皮だけのような風貌でずっと頑張って生きていたので、最初に出てきた感想は
「よく頑張ったな」だった。(ほぼ同じころ、僕の車ファントムもエンジンがかからなくなり、さきほど車屋さんに見てもらったら、詳しく点検しないとわからないけど、エンジンがもうダメかもしれないと言われた。先月は電動丸鋸も故障した。僕のまわりで僕を支えてくれたいろいろなものたちにガタがきている。そういう時期なのかもしれない)

さて、僕と涼ちゃんはこの報せを受ける前の2日に、イブの話をしていた。「イブはがんばってるよねえ」と。そのとき、現実世界においてはイブはもうこの世にいなかった、ということになる。でも、僕と涼ちゃんがイブの話をしていたとき、僕の中にはたしかに、実家のこたつのなかで寝ているイブの光景が浮かんでいた。いまこの瞬間の、すこし離れた場所の光景として。つまり、報せを受けるまではイブは生きていた。僕においては、報せを受けた瞬間がイブが死んだ瞬間であり、涼ちゃんにおいては、僕からこの話を聞いた瞬間がイブが死んだ瞬間である。
情報は知らされた時に、もしくは気がついた時にはじめて現実のものになる。親しい人が亡くなったとき、思い出と現実というふたつの平行世界が現在という点で交わり、小説におけるマジックリアリズムのような、いるのにいない、いないけどいる気がしてしまう、という状態がやってくる。
しばらく会っていないけど大事な人と、しばらく会っていないうえ、すでにこの世にいない人。このふたつのありかたはまったく違うはずだが、離れて暮らす身としては、これらはかなり近い。遠くにいるひとのことを思い浮かべることと、すでに死んでいる人のことを思い浮かべることは、とても似たしかたで行われる。つまり、なにかここにいない存在を想うことにおいて(愛と言ってしまってもいいかもしれない)、現実にその存在がこの世にいるかどうかはあまり問題ではない可能性がある。逆に言えば、この世のすべての人間を「あいつはまだ生きている」と思わせることができれば、人は永遠に死なないのではないか。たとえば河原温は、このことに気がついたのではないか。
上記のことを踏まえれば、SNSなどで、実際にそれが起きた日とは別の日に、その出来事を投稿することで「タイムマシン」が作れる。つまり投稿者本人以外の全ての人に、そのSNS上での出来事の日付を信じ込ませることができれば。

集団で教科書のようなものを開いて勉強してる。そこは教育機関というよりは寺子屋的な、人々が自主的に集まって社会に対する批判的な眼差しを鍛えているような、そんな雰囲気の場所。そこで、分厚い本の後半のページを開いてみんなで読んでるのだけど、そこに書かれている箇条書きで4つほどの文を書き換えたり?入れ替えたり?する、という作業をしている。涼ちゃんも隣にいた。近くの生徒から、あるページの文章でそれをやるようにいわれたのだけど、僕は「この文章じたいが成り立っていないと思う。僕はこの文章が嫌いだ。こういう感じで書けばアートを知ってる人っぽくなるでしょ、という考えが透けて見える。こういう文は大嫌いだ」と、急に、でも静かに怒り出す、という初夢。涼ちゃんも僕の意見に同意するような相槌を打っていた。

SAGOSAIDと知らない男の人と3人で道を歩いていて、靴屋の前でSAGOSAIDが「靴と靴下買ったほうがいいよ」と言って店の棚からスニーカーやら革靴やらをどんどん持ってきて私の前に並べ、私はそのなかからひとつを選んで買った(白いコンバースみたいだった)、という夢

・最初は学園生活のような日々を送っていた気がする。階段の下に誰かが火を使って、人型が自分を鼓舞するように拳を上げている落書きをしたことで問題になる、という事件が起きた。私もその現場に行った。煙の匂いがした。
・後にも登場するが、名前がMで始まる中年の男(正確な名前は忘れた。以後Mさんと呼ぶ)と道を歩いていたら、見るからにヤクザが乗っていそうな黒塗りの大きなセダンが空き地みたいなところに突入してきた。すぐにパトカーが何台も入ってきて、あっという間に空き地の中は警官でいっぱいになり、セダンに向かって一斉に発砲した。私たち通行人は頭を下げてその場から離れようとした。もう一台黒塗りのセダンが入ってきて、それから見るからに特殊部隊が入っていそうな白い車も続々と突入していた。やがてあたり一体に白いガスが充満し、私たち通行人は全身防護服を着た特殊部隊が路上にばら撒いたガスマスクを慌てて装着する。私はMさんにマスクを渡し、私も被ろうとしたが小さくて入らなかった。よく見るとマスクにはS・L・LLなどサイズが書かれていて、私がつかんだのはSだった。Lサイズを探して無事装着する。
やがて正義の味方かと思っていた特殊部隊が怪しい動きを始める。(うろ覚えだけど)でかい掃除機のようなものをふりまわして私たちを吸い込もうとしてくる。私はそれに吸い込まれてしまう。
気がつくと私もMさんも、白くて狭くて暗い無機質な部屋にいる。だがすぐに外に放出される。
そのとき、私は「トロン」(あるいは「トロス」)と呼ばれる階級の奴隷(あるいはロボット?)になっている。(ちなみに階級はふたつあり、呼び名は忘れてしまったが、トロンよりもさらに知能的に劣っているとされている、単純作業しかできないようなレベルのそれがもうひとつ)
・その社会は実はかなり独裁主義的な管理社会で、街の至るところに身分をチェックするための白い検問所があるし、私を吸い込んだでかい掃除機を持っている特殊部隊も時々街中でそれを振り回している。しかし市民はしたたかにというべきか、それなりに笑ったりもしながら暮らしている。

(この後に起きたことがすごいのだが、あまりにも長くてディティールを忘れてしまった)

・私はその後、ふたつのコミュニティ(あるいは家族?)での暮らしを経験するが、どちらからも最終的に離れることになる。ふたつとも地下組織というか、この管理社会に抗いながら生きている人たちで、若い人も老人も子供もいた。ひとつめに入ったコミュニティでは涼ちゃんがパートナーとしてでてきたが微妙に関係がギクシャクしていて、周囲の人に「新しい朝ドラがすごく面白いんだけど、知ってる?」と、私が知らないドラマの話をしていて、私はそんなものを見ていることをまったく聞いてなかったのでやきもちを焼き、後で涼ちゃんに「つまりNHKオンデマンドに入り直したってこと? そういうの、ちゃんと教えてくれないと」と不満を言ったりしていた。
・私はそこで暮らしている時に路上で例の掃除機に捕まり、また別のところに放り出された。次に入ったコミュニティでは、学生時代に付き合っていたNさんがでてきた。そこには例の中年男性のMさんもいた。ほかにもたくさん人がいた気がするけど忘れてしまった。
(Mさんには色々な賞をもらった過去があった。スポーツや文化ではなく、なにか、善良な市民活動に与えられるような賞だった)
・そのコミュニティも何かのきっかけで離れざるを得なくなり、気がつくとまた知らない路上にいる。そこはヨーロッパのどこかの地方都市みたいな街並みで、清潔に整備された川が流れていて、街路樹が等間隔に植えられている。私はその街からNさんに電話をかける。といっても携帯電話ではなく、地下の、暗くて狭い映画館みたいな部屋で、スクリーンがあり、なぜか大学時代の友人が何人かいるところから通話をする。スクリーンには相手の顔は表示できなくて、文字情報などは表示できるようだった。電話をかけたときには、すでにコミュニティを離れてから月日が経っていた。もしかしたら、あの掃除機に吸い込まれると時空が歪むのかもしれない、と思った。NさんはMさんとパートナーになっていた。「わたし、誰と一緒になったと思う?」と聞かれたので「Mさん?」と答えたら正解だった。Nさんいわく、Mさんの過去の表彰は現代では全て「反政府的」とみなされる行為だったので、捕まりかけたりして大変だった、とのことだった。「あいつ、いろいろやっちゃってるんだよ」と楽しそうに話していた。私は幸せになってくださいと言って電話を切った。電話を切ったあと胸が熱くなった。
・通話の直前、大学の友人たちが私を茶化すようなことを言ってきて、そういうのは失礼だからやめてくれ。いますぐにここから出ていってくれ、とお願いしたらみんな出ていってくれた。
・終盤、どこかで出会った、なにかの研究者らしき年配の女性(Aさんとする)と、一緒に検問所を通る。
検問所を通る直前、私は自分がしていた星型の指輪を、こんなものをトロンがしていたら不自然だから、という理由で彼女にさりげなく預けようとする。彼女は受け取り損ね、地面に落としてしまう。「オウ!」と彼女は声を出し、私は検問所の女に不審に思われるかと冷や汗をかいたが、Aさんは位が高くて、どうも政府から信用されている研究者らしく、検問所のひとたちも「この方が後ろめたいことをやっているはずがない」と思い込んでいるので、なにも不審がることはなく、にこやかに対応していた。
・「何か聞かれたら『トロン』と答えればいいから」と私は事前にAさんから言われていたのだが、検問所の女が私に質問したことに気が付かず、一瞬だけ無言になってしまった。不穏な空気が流れたが、私があわてて「トロン」とだけ口にすると、検問所の女は、「オウ、トロン!」と、英語みたいな発音で答え、Aさんに向かって「この子、のんびりやさんね」みたいなニュアンスの笑みを向けていた。

という夢。
おもしろいディティールの大半は失われてしまった気がするが、覚めた瞬間、これは記録しておかなければならないやつだと確信するような、はっきりと物語があり、感情の起伏があり、伏線回収まで用意された夢だった。

新瀬戸駅近くの新瀬戸ステーションホテルという、昭和のレガシー的ビジネスホテルにいる。今日から二泊。あいちトリエンナーレの仕事。
普段は悪い気分にしかならない電車移動だけど、今日は珍しくいいことがふたつもあった。ひとつめは東京駅の弁当屋の若い店員の客捌き。欲しい弁当の番号を伝えた瞬間から、この店員は一味違うぞ、と思った。たとえば私はパスモで支払ったのだけど、カードを端末にタッチしてピッという音が鳴った瞬間(正確になんと言ったかは忘れてしまったけど)「承りました」的なことを言ってくれた。それも素早く、しかしまったく失礼とは感じない誠実かつ正確な発音で。これまで何百回もパスモで買い物をしてきたけど、「承りました」と言われたのは初めてだ。そのほかにもお弁当をビニール袋に入れるときの、一見大袈裟な、しかしとても魅力的な手の動きは、クラシックなバーのバーテンダーのそれを思い起こさせた。まるで自分を機械だと信じているかのような、これまでに何度も何度も反復してきたであろうことを彷彿とさせるような弁当箱捌きや、「ご一緒に飲み物のご注文はよろしいですか」と尋ねるときの、レジカウンターに貼られたドリンク一覧を指さす動き。ロボットみたいなのに、すごく人間であることを感じさせる。彼はきっと、この仕事を続けるなかで独自の「ダンス」を編み出したのだと思う。他の店員の誰にも似ていなくて、その場を1分間だけ劇場に変えてしまうような、見ていてとても気分のよい客捌き。
もうひとつは、そのお弁当を持って新幹線に乗った時のこと。後ろに座っていたスーツ姿のおじさんを振り返って「席をすこしだけ倒していいですか」とお願いしたらすぐに、それまで若干難しい顔をしていたおじさんがパッと恵比寿様みたいな笑顔になって「どうぞ、どうぞ」と言ってくれたこと。驚いたのはこういうときにぶつけられがちな(そして自分もやってしまいがちな)「席を倒すことを俺が許してやる」的な、いやな言い方ではなくむしろ「ぜひそうしてください」的な、席を倒す側の人間の背中を押すような言い方だったこと。親しい人以外から、こんなに気持ちの良い「どうぞ、どうぞ」を聞いたのは初めてである。

今日もまいこさんの歌う「糸」が聞こえるペンション・クルーズ。谷内さん一家、谷野さん、それと今日初めて会ったやぐちさん。私が発泡スチロールの家とともに訪ねた、そのたった1日の出来事を、4年経ったいまでも笑って話している。すべてを飛び越えて繋がった人たち、という感じ。美術は時々こういう奇跡を起こす。場所とか職業とか年齢とか、あらかじめ私たちの間にそびえてしまっている壁のすべてを飛び越えてわたしたちをつなげてしまう。