悲しみの手綱を握れ 人間が向き合える数は限られている

①すみません終了後の報告になってしまいましたが、9月27日「超絶縁体iiii」に出園しました。

②今月の福音館書店の新刊「母の友」特選童話集『こどもに聞かせる一日一話』に僕の「あくびをしてはいけない国」が収録されています。うれしい!短くておもしろい話が30こ収録されて1,650円。1話50円。ほぼタダ!

③3331 ART FAIRに出展します。新作をつくっています。

村上慧

よろしくお願いします。

今日から伊勢に滞在するのだけど、その前に一晩立ち寄った名古屋にて、デニーズで本を読んでたら、「みなさんもご存知の通り、在日外国人は日本が好きな人ばかりではありません。日本に住んでいる外国人の中にも、日本が嫌いな人がいるのです。そういう人たちが警察官になり、先生になることがありえるのです。その危険について皆さんに考えてほしいのです」というスピーチを大音量で垂れ流しつづけている車が外にいる。さっきからこのあたりをぐるぐると走り回っており、どうしても耳に入ってきてさいあくである。日本は人じゃないんだから。こういう、ヘイトスピーチとまではいえないものの、明らかに人々の心を疑心暗鬼の沼にはめていく、悪い言葉を規制する「考え方」はないだろうか。

しかしこのデニーズはさいこう。ベテラン店員のおばちゃんが、店内のあちこちにいる常連客とちらちら話している。同じ人間が、この場では客と店員に分かれているだけ、ということを思い出させてくれる。

岡崎乾二郎が入口から登場し、みんなの前で床に氷で「器」と描く夢

例の、大きな桜の木が突然根こそぎ切られた敷地で工事が始まっていたので、何が建つのかと思って気にしていたが、なんとマクドナルドだった。工事柵に掲示されていた。
街のみんなの木を切りたおしそうなやつのなかでは最大の、悪の帝王みたいなボスが、一番話の通じなさそうなやつが来た感がすごい。オチとしては面白いが。

0時50分
いま住んでいるアパートのことを未来に思い出すとしたら、二階の共用廊下から見える外灯の下に停まっている赤い車の後頭部かもしれない

10時22分
朝に「クラッツ焼きとうもろこし味」と「エムアンドエムズチョコクリスピー」を食べたらお腹を壊すということを学んだ

14時21分
電車の広告にウンコについての本があり、キャッチコピーが「ウンコいってきまーす!と言えない君へ」だった。
そういえば小学生のころか、我々のあいだではウンコをするということが何故かご法度とされる文化があり、男子トイレの個室はいつみてもドアは開きっぱなしで、閉まっているのをみつけたときには、だれかうんこしてるーー!と全員で騒ぎ出す始末だった。理不尽が過ぎる話だけどあの拘束力は非常につよくて、一度うんこを我慢しすぎて行方不明になってしまった子まで現れた。みんなで探していると、下駄箱のある東屋のすのこのうえにぽとぽとと、茶色いそれが足跡のように続いているのを誰かが発見し、たいへんな騒ぎになったのだ。のちに見つかった彼のことを攻める人はいなかった。彼が逃げ場のない生理現象と意地にはさまれて追い詰められていたことは、誰もが想像できたから。
いまもそんな文字通りクソみたいな風習が小学校に残っていないといいけど、もし残っているならば、「ウンコいってきまーす!と言えない君へ」というキャッチコピーには問題がある。ウンコ行ってきまーす!と言えないのは、その子のせいではなく、空気のせいだからである。それを個人の問題にすり替えてしまうのはよくない。

23時43分
夜道。交差点のお地蔵さんに、ご苦労さまですと頭を下げてみた

オペラシティアートギャラリーでライアン・ガンダー展を観た。
制作意欲もりもりに沸くほど面白かった。ふふっと笑ってしまう軽やかさとイギリスのアーティストっぽいひょうひょうとした感じもありつつ、作品の中に意外なほど直球なエモいテキストがあり、ぐっときてしまった。
曰く「…そこで私はあなた方に別の乾杯を贈りたい。観客の皆さん、時間を惜しむことなく、知性に意欲的な観客の皆さんに。共犯関係になり、複雑でいてくれる鑑賞者の皆さん、5秒の情報や未成熟なもの、センセーションや表層的なものを求めるのではなく、もっとそれ以上の、なにか深みのあるもの。不可解でまだ知らないものを求める鑑賞者の皆さんに乾杯を。アーティストの仕事を信じ、それに時間を費やし、エネルギーと好奇心を注いでこの壮大な方程式を完成させてくれる鑑賞者の皆さんに…」

そのあと下のパブでギネスのハーフパイントをキメてから渋谷へ。Bunkamuraザ・ミュージアムの「かこさとし展」。「宇宙進化地球生命変遷放散総合図譜」が目当てだったのだけど、かこさとしの膨大な仕事量にまず圧倒される。好奇心と熱量。この宇宙、地球、命、社会、芸術もろもろ全ての世界をまるごと理屈で捉えて、絵本で紹介してやろうという熱量。気の遠くなる話だけど、やってのけている。
そして最後に「宇宙進化地球生命変遷放散総合図譜」を観た時は鳥肌が止まらず、目が潤んだ。スピノザの直観知や熊楠の曼荼羅のことを思った。ビッグバンから始まり、動物だけでなく植物までも網羅した進化の樹形図。その年表にはところどころに「太平洋戦争」や「明治維新」などの歴史上の出来事も書かれていて、しかしそれとは無関係に進化している膨大な数の生物のイラスト。人間という存在を惑星のスケールで描こうとしているよう。

彼女が上司と一緒に夢に出てきた。ふたりとも僕の車に乗り、海沿いの崖のようなところでUターンをした。場面は電車にうつり、知り合ったばかりの二人の若い人もいて、その二人とわかれたあとに、彼女のインスタグラムのフォロー数が二人増えている、という細かすぎる発見をしたところで目が覚めた。

桃うますぎ事件が勃発した

アトリエにて、外からアブラゼミの悲鳴(じーじーじじじじ…という、あの通常の鳴き方ではなく、鳥につかまったり、人間につかまったりしたときに出す、びびびびーーびびびーーという叫び声)がずーっと聞こえているので様子を見に行ったら、ぼくの部屋の窓格子でアブラゼミの二倍はありそうな体長のカマキリにまさに捕食されている最中だった。
カマキリはセミの羽の根元を両腕でぐっとつかんだまま、首元のあたりに噛み付いている。セミは時々びーびーーと叫びながら羽をばたばたさせているが、カマキリの上半身がすこしゆすられる程度で、逃げられそうにない。そんな生きたままのセミを、カマキリは首を動かして咀嚼している。
珍しいもんみたなあと嬉しくなって写真をとり、部屋に戻ってもしばらくはびーびーという蝉の断末魔がときどき聞こえていたが、やがてそれも聞こえなくなり、羽をばたつかせるぱたぱたという音だけになり、ついにさきほどその音も聞こえなくなった。

昼を食べに、アトリエを出て駅の方まで行ってみたけど、歩いてる人たちの表情や歩き方から、いまがお盆休みであることがびんびん伝わってきて、こちらにも何かが感染ってきそうだった。帰省中の人ってのは、歩き方でわかるものだ。
目当てのパン屋さんがお盆休みでしまっていたので、スーパーで何か買おうと野菜売り場をうろうろしていると、「198円!」という男の声。ベビーカーを押している女に向かって、人参がたくさん入っている袋を見せている。
女は「そんなにたくさん、いらないよ」と笑ったあとで、「安いの?」と値段を聞いた。男はもう一度「198円!」とさっきと同じ調子で答えた。女はコンマ数秒考えてから、「ラペつくっても食べないよね?」と言った。
この女の機転のきかせかた、男のちょっと馬鹿っぽいかんじ、そして、過去にラペに関して何かイベントがあったんだろうという二人の歴史が想像できて、ぐっときつつも、ぼくはなんとなくぎょっとしてしまった。自分の妻からこの台詞を言われたら、ちょっと傷ついてしまうかもしれないと思った。僕はラペは好きだから、まったくおなじ台詞は言われないと思うけど、なんらかの「好き好んで食べるわけではない料理」の名前のあとに、「つくっても食べないよね?」と言われたら、あまのじゃくなので、「いや、食べるし!」と思ってしまうのと同時に、そのセリフに潜んでいるなんらかの攻撃性を勝手に察知してしまって、ぐさっときてしまうかもしれない。
でもこれを言われた男はまったくもって平気そうにしている。夫婦の日常会話のひとつという感じ。とうぜん女の方も嫌がらせをしたくて言ったわけではないということは、その言い方でわかりすぎるほどにわかる。男は「つくってもたべないよね」という質問には答えずに、「(にんじんが)たくさんとれたんだろうね」と、ちょっと面白いことを言った。

「珈琲タイムズ」でパソコン仕事をしてたら、見知らぬ青年から「すいません、今泉監督ですか?」と声をかけられた。なにか気の利いた返しをしたいところだったけれど、唐突すぎて反応できず、ふつうに「違います」と答えてしまった。青年は「あ、違いました…」と苦笑いで去っていった。「猫は逃げた、僕も観ましたよ」と話を広げてもよかったなあ。

荒川修作+マドリン・ギンズの『建築する身体』を久しぶりに開いてみて、昔はまったく読めなかったけど、いまはすこし読めるようになったなと、嬉しくなった。「『有機体-人間』を場所として考える」というフレーズとか、とても興味深い。この齢になったからそう思えるんだろう。いまでもまったく意味はわからないけど、すこしずつ近づいているような気がする。

荒川修作の「言葉」についての言及。言葉は「現実から1%も真実なんかない」という発言。ここから汲み取るべきもの。もし言葉に現実的な真実など1%もないのであれば、だからこそ言葉を使うことに意味があるという一歩が踏み出せるのではないか。

先日ボルタンスキーの「最後の教室」を見た経験が出汁のように、ずうっと体にしみわたっている。芸術を諦めない。一見頼りなくみえるこの力を信じる。

なりゆきで近所のイトーヨーカドーに10時開店と同時に飛び込み、サービスカウンターでタバコを買ったとき「ちなみに店内に喫煙所ってありますか?」と店員のおばちゃんに聞いたら「それがないんですよお、すいませんねえ、タバコ売ってるのにねえ、全部禁煙になっちゃって…」と申し訳なさそうに笑っていた。正しい…正しい感覚だ…そうだよね、そう考えるべきだよね、おれ間違ってないよねと、ぐっと握手したい気持ちに。

歩道にいる踏まれそう虫をつかんではこつこつと草むらに投げ入れる日々

最も重要で、制作論としても考えても面白い概念

●純粋経験
「風がざわざわいえばざわざわが直覚の事実である。風がということもない。事実には主語も客語もない」
風で木がざわざわしているのを見た時、そこにはただ「ざわざわ」だけがある。私が、とか、木が、とか、風が、とか、主体と客体の区別はなく「ざわざわ」だけがある。さらに言えば
「花を見た時は即ち自己が花となって居るのである。」
このような経験の"後"に、主客がわかれるのである。経験の段階では、主客はわかれない。
これはデカルトへの批判でもある。「コギト」には「私」が他から切り離された存在であるという前提がある。ものが先行してある感じ。砕いて言えば「名詞族」である。対して西田はいわば「動詞族」で、これは「万物は流転する」「同じ川には入れない」などの言葉で知られる、イオニア自然哲学のからの影響がある。矛盾を孕んだ自然という全体を考えるという冒険。
・鴨長明も方丈記で似たようなことを言っていた。
・アリストテレスのカテゴリー論を参考にしつつ、「ものが存在するとはどういうことか」を考えていく。
「りんご(という特殊)」は「果物(という一般のなかにあるもの)」である。「果物」は「植物」である。「植物」は「生物」である、というふうに、何かは何かを包んでいるし、同時に何かにつつまれている。存在するとは、そのような、包み包まれる「場所がある」ということである。そのような場所がないものは、存在しない。
しかし、この「一般」という概念をどんどん遡っていった最後のものには、それを包む「一般」がない。例えば「生物は存在である」→「存在は〇〇である」の〇〇を考えるのは難しい。
しかし、先ほどは「場所がなければ存在しない」と言った。では、それは存在しないのか?そうではない。
「最高の一般概念は何処までも一般的なるものでなければならぬ。如何なる意味に於ても特殊なる内容を超えたものでなければならぬ。・・・。すべての特殊なる内容を超えた物は無に等しき有でなければならぬ。真に一般的なるものは有無を超越し而も之を内に包むもの、即ち自己自身の中に矛盾を含むものでなければならぬ。」
(この「無に等しき有」という概念を、荒川修作が「死なない」と言ったことに絡めて考えたら面白いのではないか?)

韓国で、やたらでかい段ボール箱に入っているものや、棚に並んでいるものたちが持っていかれないように監視するバイトをする夢。バイト仲間はほかにもたくさんいた。ぼくは、なぜこんな大事なものを野ざらしに置いておくのか、と人に聞いたが、理由はわからなかった。
そのうち中学の同級生の「山ちゃん」が出てきて、この春に結婚したんだという報告をしてくれた。僕は、今でも山ちゃんとサッカーをしている夢を年に一度くらい見るよ、と伝えた。ああ、見るよね。と山ちゃんは言ってくれた。山ちゃんの結婚相手もそこにいて、誰かがその二人にアップルパイかなにかの写真を見せたら、二人はなぜか泣き出した。

「iモード」の時代のころは、受信者側が受信ボタンを押さないとメールは届けられなかったのに、いつの間にか、送信者が送信したら、受信者側にすぐ通知がくるようになった。
つまり「送信者側の都合」に合わせるようになった。これはかなり大きな転換なのではないか?このことは人々の心に、後戻りできないほどの「傷」を与えてしまったのではないか?

「締切」は、あったほうがいい。締切がないというのは、愛ではないのではないか?

YouTubeでフジロックを見ながら事務仕事をしている。もう何時間もやっている。たびたびTwitterとかいろんなページを見てしまうのだが「学ぶ」という言葉がよく目に付く。「学ぶ」という言葉には違和感がある。なんだろう。好きじゃない。平和でいいなあと思ってしまうな。

岐阜現代美術館「荒川修作展A LINE IS A CRACK」塚原史講演「荒川修作再入門-「意味のメカニズム」から「天命反転」へのパサージュとしてのCRACK」メモ

・「Make reversible destiny happen」/荒川最期のメッセージ2010.5
・荒川からのファックス
「今世紀初頭の革命的な力は本当にどこに行ってしまったのか!」
ここでいう力とは、あの20世紀初頭の芸術の力である。ジャクソン・ポロックが最盛期だったころの。
・デュシャンの「泉」は
「作家の作品の関係の解体、レディメイド」
・トリスタン・ツァラの「ダダ宣言」は
「言葉と意味の切断、無意味の提案」
・アンドレ・ブルトンの「シュルレアリスム宣言」は
自動記述と夢の記述、無意識の開放
である
・馬場駿吉、荒川の最大の理解者
「荒川は死に対してペシミスティックな意味を負わせなかったと確信している」
・「LIVING ROOM 1969」という平面作品の下に書かれている文章
「このダイアグラムの左下の角は右上の角より1インチと5秒進んでいる」
デュシャンの名言「n次元の影=n-1次元」。つまり二次元平面の「居間」=三次元の現実としての「居間」の射影
・ある問いに対する答えを、通常の次元とは異なるところにワープさせること→escape root
・「場所はいまや緯度と経度で表されていて、場所というと、一つしかないと思われているが、本当にそうだろうか?」
→偏在する場
・リバーシブルディスティニー、荒川とギンズをそれぞれの心に受け継ぎ、繋いでいくこと。

僕は1泊1200円のドミトリーで寝ていた。いつの間にか夢に突入しており、いま自分が寝ているドミトリーの入口から、8年前に別れた昔の彼女が入ってきた。夢の中では一緒に泊まっているようだった。
二人で話していると、全く知らない高校生くらいの若い男の集団が、いやに親密な態度で近づいてきた。若干の悪意を帯びた目つきで、ドミトリーの入口にわらわらと集まってきた。
リーダー格らしき、丸坊主の男が僕に話しかけてきて、それに答えているうちに、別の男が彼女のバッグから財布を引き抜いた。彼女は「それはだめ!」と叫んで取り返そうとした。僕も、それはだめだ!と財布を取り戻そうとしたが、別の男たちに体を抑え込まれ、財布は持っていかれてしまった。僕の財布も同じように盗られた。
抑えられている手を振りほどいて、僕はリーダー格の男の肩を掴んだ。顔を突き合わせて、財布を返すように説得しようとした。相手の目を見据えて、自分がいまなにをやってるか、わかってるのか?と。顔と顔は30センチも離れていない。僕は男に逃げられても後で思い出せるように、顔をよく見て特徴を覚えようとした。彼はジャージを着ていて、その胸元には彼が通っている高校の名前が刺繍されていた。特殊な名前だったので、ネットで調べればすぐにわかると思った。
僕は男に名前を聞いたが、教えてくれなかった。
「そんなの教えられないですよ。つかまっちゃうじゃないですか」
僕は説得を続けた。なぜこんなことをするんだ。なにが不満なんだ?
男は僕から目を逸らし、こう言った。
「政治もふざけた状況だし、不満ばっかりですよ」
僕は必死で、声はかすれていた。
「俺も政治家は嫌いだよ。でも、こういうことをやったらだめだ」
男の目は、少し潤んできていた。
「こんなことをやっても、お前が困るだけで世の中は何も変わらない。俺はこのあと、警察に行く。お前の特徴を話す。そしてお前はつかまる。それで終わり。それでいいのか」
彼はその言葉を聞くと、隣りにいる別の男に目配せをして、軽くうなずいた。
「すいませんでした」
すぐに財布がふたつとも返ってきた。そして他の男たちはぞろぞろと出て行った。
リーダー格の彼は僕の目を見て、力強くこう言った。
「おれ、やりますよ!選挙に立候補しますよ!」
僕はなぜか、ものすごく嬉しくなって、「やっちまえよ!俺はお前に投票するよ!名前はなんていうんだ?」と聞いた。彼はこう言った
「外山恒一です」
気がつけば、若かりしころの外山恒一がそこにいた。僕は「え!まじでー?」と叫んだ。同時に後ろのほうからなぜか、夢のエンディングを告げるかのような音楽が流れはじめたところで目が覚めた。

ブライアン・イーノの展覧会を京都で見たが、このクソ暑い真昼にクーラーをガンガンにたいた真っ暗闇の旧銀行施設で、うとうとしながらソファにもたれてアンビエントミュージックと光る箱を眺める行為、なんて贅沢なんだ、ブルジョワ〜と思った。

ミシマ社と一緒にやったワークショップ企画をひとまず終えた。ぼくが希望した打ち上げもやってくれて、生まれて初めて鴨川の「床」で酒を飲んだ。いつかあそこで宴会をやってみたいと、もう15年くらい前から願っていた場所だったのだけど、唐突に叶った。
打ち上げのあとみんなと別れ、ホテルにチェックインするも、どうにもおさまらずに財布と携帯だけ持って再び鴨川へ行き、座ったり佇んだりして、それからビーサンにもかかわらず京都市内をうろうろとさみしいさみしいと呟きながら歩き回り、不意に、いつからおれはこんなさみしがり屋になったんだと立ち止まり、音楽を止めてホテルに帰ってくる。
札幌アートステージのときも、大分のフンドーキンマンションでの展覧会のときも、金沢の個展のときもそうだった。なにか魂をこめて準備していたイベントが終わりチームが解散するとき、手に余るほどのつらい時間がやってきてしまう。一番ひどかったのは札幌で、ぼくが駄々をこねてみんなを朝までカラオケに突き合わせ(カラオケなんか普段ぜんぜん行かないのに)、解散してから一人、空港へ向かうバスが出るバス停への道。あの短いながらも、永遠に続きそうに思われるほど辛い道は、たぶん今後も30年は忘れないだろうと思う。明日はもう来ない、今日ですべて終わりであり、僕にはなんの力もないと思われたあの時間。なぜこんなに厄介な感じになってしまうんだろう。