まず庭のレモンに蕾がふたつなっていることを発見。歓喜する。しかしそれは一番ほそくかよわい枝の先端についていた。なので明日以降の台風に備え、添木をつくった。レモンの木全体を支える支柱(30mm×40mmの角材)を5本地面に打ち込み、しゅろ縄で枝にしばって固定。さながら耐震補強工事を終えた古い小学校校舎のような見た目になった。
それからコンポストをかき混ぜた。微生物による分解が進んでいるのか、作った当初よりも水位(地位?)が下がっていたので、最初はコンポストの箱に入りきらずビニールに包んで保管しておいた落ち葉の塊を新たに加えた。蠅はそれなりにわいているが、以前よりはだいぶ減っていた。
その後、昨日の内装工事バイトの荷物を車からアトリエの3人でおろした。使い切れなかったクッションフロア・ロールのあまりを、日頃邪魔にならない壁の高い位置に置くための台もつくった。
蒲田の搬出で散らかったままの工具や木材も然るべき場所に戻した。
昼ご飯を食べたあとメールを3通返し、版築レンガの試作に取り掛かった。
夜10時ごろに終え、その版築レンガ試作の日記を2000字書いた。

こんなに働いた日はない。だらだらすごす時間がほとんどなかった。極めてまれな現象である。

幼い頃に「調子にのるな」と言われ続けた呪いがいまだに解けていないように思う。
おそらく、この呪いを受けたのは小学校から中学校のころ。いま思えば小さなクラス内社会の、しかし強力なヒエラルキーの中にどっぷりと浸かっていたとき、この言葉は最も強い呪いだった。体をこわばらせ、思考を奪う力を持っていた。
例えば休み時間に友達と話しているとき。僕自身はそんなに話すのが得意ではなかったのだけど、珍しく気持ちが乗っているようなとき、自分が話していること自体が楽しくなってきて、それに笑顔で答えてくれる友達も少しはいて、このままクラスのみんなを笑わせることができるんじゃないかとすら思えてきて、自分の話に自信が持てている最高潮の瞬間に、この言葉はどこからともなく、主にヒエラルキー上位の男の口から飛んでくる。さっきまで滑らかに動いていた僕の口はかたまって、心臓をぐっと握りつぶされるような恥ずかしさで体がいっぱいになり、僕はごめん、と謝る。調子乗ってたわ〜と、笑顔を作ってごまかす。僕には人を楽しませるような資格はないのだ。すみっこで黙っているほうがよっぽどよかった。変なこと話さなければよかったと、全身が闇に飲み込まれていく感じ。
この言葉は一度言われてしまうと、本当に呪いとして機能する。日々のあらゆる瞬間に、自分はいま調子に乗ってやいないかと、すくなくとも調子に乗っているように見えてはいないかと、自らの言動を厳しく監視する目が生まれてしまう。軽い吃音症になっていた時期があったのも、この影響かと思われる。
あれから20年以上経ち、吃音も治り、30を過ぎた大人になった今でも、この「目」の名残のようなものが僕の中で生きているのを感じる。調子にのってはいけない。調子に乗っていると思われてはいけないと、どこかで思ってしまっている。それは僕に自信を失わせる。いい加減、解けてほしいのだけど。僕はもっともっと調子に乗りたいのだけど。
しかし「調子に乗るな」って、すごい言葉だな。めちゃくちゃだ。「調子に乗ってる」って、良いことじゃないか。「調子いいね」だと褒め言葉なのに、「調子乗ってるね」だと罵倒になる。調子に乗ることの、いったい何が悪いのか。ある意味では怖さの表れなのかもしれない。ヒエラルキー上位の人間による、みんなを横一線に並ばせておきたいという欲望の現れ。自分の劣等感や自信のなさを、他人を黙らせておくことで表出するのを防いでいるのか。(07041953)

髭とBrother Sun Sister Moonが新代田でツーマンライブをやるという衝撃的なニュース。髭。なつかしい。青春の髭・・・大学生のときは須藤寿の髪型を真似したこともあった。そして人生で最初にできた彼女が、二十歳くらいのときに行った髭のワンマンライブで、腕と後頭部がぶつかったことがきっかけで知り合った女の子だったことが、海底から水殿がざぱーんみたいな感じで蘇る。いま思うと最初で最後のナンパだった。当時の僕は4年間の片思いの末の3度目の玉砕をくらったあとで、ほんとうに病気みたいに参っていたので、あいつを断ち切るためにはなんでもやってやるぜという危険な精神状態であり、なんなら前で踊っていた女の子の頭に腕をぶつけにいったように記憶している。ほんとうにごめんなさい。普通に話しかければいいものを、それをする勇気もなく、なにかきっかけがほしかったんだろう。それで腕をぶつけにいくとは、頭がおかしい。許してください。20代前半というのは小さな思考に囚われてとんでもない間違いを犯しやすい年頃とデカルトが言っていた気がする。かんべんしてください。ぼくは鼻の調子が悪くて、ライブが終わったあとにその人にティッシュをもっていないか訊いたのだった。彼女は、あるかもしれないですと言って、小さなポーチからポケットティッシュを出してくれた。なんて優しいんだ。それからどうやって連絡先を交換したのか、次に会ったのはどこで、どうやって仲良くなっていったのかは忘れてしまった。当時はラインもSNSもない。mixiはあったが。だけど僕たちはそれなりに距離を縮め、お付き合いを始めた。しかしおどろくべきことに、名前が思い出せない。ひどい話で、自分はなんてクソ野郎なんだと思うけど、本当に思い出せない。なんだっけ。そんなに長くはなかった気がする。三文字とか、そんくらい。元気だろうか。人とお付き合いをしたことがなかったうえに、ものすごく好きで付き合い始めた相手でもなかったので、どうやって相手のことを思えばいいかも、どうやって親睦を深めればいいかもわからず、すぐに別れてしまったように記憶している。ひどい。ひどすぎる。魂のランクが二段くらいさがるレベルではないか。僕の魂のランクはいまどのくらいなのだろうか。2段下がれば松も梅になる。梅でとどまっていることを願う。カラオケに行ったことは覚えている。写真を撮り、その写真を何度か見返したから。顔も覚えている。でも名前がどうしてもでてこない。一文字もかすらない。どうか元気で生きていてください。

6万円貸していた人がお金を返してくれることになり、いくらだっけ、20万円くらいだっけというので、いや6万円だよ何いってんだよ、と答えたのだが、念のために携帯で過去の振込明細を確認したら22万円貸していた。ブルーハーツかよ。

結婚することは、自分を定義することである。ただし結婚のときに定義しなかった場合、離婚によって自分を定義することになる。

内田さんの友人Tさんが絵画教室を開業するということで、テナントの壁のペンキ塗りと床にクッションフロアを敷く施工の仕事を、アトリエメンバーの田原さんを入れた三人で引き受けた。
二日目の夜。全ての作業が終わり、掃除をしてゴミをまとめ、さっぱりと綺麗になった部屋をみんなでチェックして回っているさい、敷いたばかりのクッションフロアが壁との境界付近で一部欠けているのを発見した。壁と床の境界の隙間に分厚いクッションフロアを差し込むように貼るのは、すこし難しいのだ。傷としては数ミリ単位の小さなものだが、茶色いクッションフロアと壁とのあいだにできた影に浮かぶ白い切れ込みのようなそれは、目立った。
僕は床に道具を広げて座り込み、クッションフロアの余った切れ端を傷の形に合わせてハサミで切り、ボンドで貼って修復する作業を始めた。ちょうどそのタイミングで、工事の完了を確認するために施主であるTさんがやってきた。Tさんはまさにこれから自分の絵画教室の舞台となるテナントに、初めて対面するのである。その喜ばしい瞬間を、我々は完璧な施行で迎えたい。このちいさな傷がTさんの心にささくれを残すような事態は避けたい。
我々は暗黙のうちに団結した。内田さんは、このテナントに上がる階段の下でTさんにゴミの処理についての説明をし、時間を稼いだ。田原さんは部屋にゴミが落ちていないかを再三チェックしつつ、窓から下の様子をうかがって、「そろそろ上がってきそう」と僕に伝えた。僕はギリギリまで修復作業を行った。そして「終わりました」と僕が口にした瞬間、田原さんは僕のまわりに散らばっていた道具や材料を素早く回収し、床をまっさらな状態に戻した。それとほぼ同時にTさんがドアを開けて入ってきた。Tさんは大変感動して、頼んでよかったと言ってくれた。
そこで不思議なことに気がついた。我々は、Tさんが気持ちよく絵画教室を始められるようにという、ただその一心で傷を隠す作業を行なっていた。しかし仮にこれと同じことを時給で働いているだけのバイト先でやったとしたら、それは自分のミスを隠すための利己的な行為になっていただろう。同じことをやっても、その相手が友人であれば「気持ちよく自分の店を始めてもらいたいから」という、優しさに基づいた利他的な行為に変わる。同じ行為が対象によって反対の意味になるのだ。

自分のためか、相手のためかという境目は、あのときどこに浮かんでいたんだろう。はたから見れば、それがどちらのためだろうとやっていることは同じだし、なんなら相手にとっても(この場合はTさんにとっても)、その隠された傷を発見しない限りは利他だろうが利己だろうが見えている景色は変わらない。その境界線は我々のなかにあった。特に話し合ったわけではないけど、あのときの我々は「相手のため」という思いで間違いなく一致していた。

15時9分

NITOの展示の搬出作業中、カルピスを買いに自販機に行った帰り、小さな店舗のシャッターにペンキで書かれた「THE WORLD IS YOURS」という汚い文字に、自分でも驚くほど勇気づけられる。そして自販機から徒歩3分の現場に戻り着いたときには、さっき買ったばかりのカルピスをほとんど飲み干している自分にも驚いた。

 

21時41分

二週間後に友達四人で会う約束があるのに、そのなかの女友達一人とサシで飲んだあとにホテルまで行ってしまい、お互いにシャワーを浴びて、ベッドの上で「やる?」「やらない?」みたいな珍問答を一時間くらい繰り返し、でもお互いにやりたい気持ちがあるのは二人ともわかっているという"キモい"状況で、しかし後で気まずくなってもいやだから「この夜のことは夢ということにしよう」「明日起きたら忘れています」という合意をして結局セックスした、という話を、三人組の大学生らしき男の子たちが露天風呂で、おれのすぐ隣で、それなりに通る声で話している。話を聞いていた残りの二人は「きもい」「きもい」と言いつつ、最後には「羨ましいわあ」と漏らしていた。そのうちの一人は、明日意中の女の子が参加する飲み会があるらしく、二人きりになるにはどうしたらいいか、という会議も始まった。
露天風呂から戻って体を洗い始めたら、隣に太った男が座った。顔や耳を洗う仕草、ボディソープに手を伸ばす挙動、シャワーボタン操作など、すべてのevery single 動作を一般人の1.5倍速くらいでこなしていて、おれはびっくりしてしまった。右耳を洗う指などは目で追うこともできないくらいに速かった。
体の洗い方に関して、人はみなそれぞれガラパゴス諸島みたいなもんである。他の人から注意されたり、なにか正しい洗い方があるわけではない分野なので、人生の長い時間をかけてそれぞれの方法論が確立されていく。結果、銭湯みたいな公共スペースでそれが日の目を浴びた時に他の人が驚いてしまうような独自の進化を遂げる。それはわかってはいるが、しかしここまでのものはなかなか珍しい。男は高速で体を洗い終え、去っていった。おれはこんなことを思った。他人が体を洗う仕草は、同性の友達と温泉に行った際などには見ることができるが、異性のそれはこの先、それがたとえパートナーや夫婦でも、ほとんど見れないまま一生を終えるのではないか。

よる音楽を聴きながら一人で歩くとき、その音楽が、自分ひとりに向けて発せられていると感じるように心を仕向けること。そこで開かれる扉がある。

会ったことのない人にメールを書いた。たぶん、3時間くらいかかった。緊張しすぎではないか。こんなんで大丈夫なのか、社会人として。世の社会人(もとい会社人)たちは、会ったことのない人にメールを書きまくっているはずだ。1日に何通も。たくさんの案件を同時に抱えて、案件ごとに時間を割りふり、頭を切り替えて仕事をしている、そんなイメージ。案件Aの仕事をしているときに案件Bの人から連絡があっても、それが緊急でない場合はひとまず置いておいて、案件Aの用事を済ませることを優先し、場合によっては案件CとかDとかまで終わらせてから、Bに頭を切り替え、返事をすることができる。それが社会人(もとい会社人)である。

今年の夏は6月25日から始まった。気温がいきなり35度まで上がり、今日までずっと暑い。

10兆円以上のコロナ対策予備費が使途不明らしいが、ぼくは駅前の駐輪場代金の100円を節約するために、気温32度の日差しのなか歩いて15分の無料駐輪場まで行くのだ。一般市民なめんな。

カナリアーズ第一回公演『ガガたち』を三鷹SCOOLで観た。
先日知り合った俳優のりおんくんが出ているということで行ってみた。とっちらかった玉手箱みたいな印象。楽しく観れたけど、雑然としている。俳優たちの動きになんとも削がれていない感じがあり、それが気になるのだが、発する言葉と体の動きが奇跡的にぴったりと合いグッとくる瞬間もしばしばあった。りおんくんがいつも舞台に棒立ち状態で、逆三角形の文鎮みたいに落ち着いてくれているのをみるたびに家に帰ってきたような気持ちになりほっとする。最近の芸能とか政治にまつわる話題が観客と共有されている前提で笑いを取るみたいなせりふが何度かでてきて、僕はあんまり好きじゃないのだけど、ビートルズのハローグッバイの歌詞の訳は、郵政民営化で職を失った父がハローワークに行ったという意味だ、というくだりには笑ってしまった。
しかし最近あんまり演劇を観れていないので、先日の円盤に乗る派とどうしても比べてしまう。なんにせよ、世の中にある理不尽や違和感に気がつくということは、なにかを背負わされるということであり、その「背負ってしまったものを語るべきタイミング」はあるよな、ということを思う。

銭湯の脱衣所に僕はティッシュがほしいのだ。濡れたメガネを拭きたいからだ。しかし近所の銭湯の脱衣所にはティッシュがない。というか、多くの銭湯にはティッシュがない。なので、僕はいままで何度それを試み、風呂から上がった瞬間に、ああ、また忘れてしまった!と思ったことだろう。それが今日、生まれてはじめて今日、家から箱ティッシュを持って銭湯にいくことに成功した!

自分の生活が政治によってまもられていることを実感できるのは、粗大ごみをだすときくらいである

誰もいないよるの公園で白いポロシャツのおじさんがぽつんとひとりテーブルでコンビニ弁当を食べていた。電灯を頼りに、パスタらしき麺状のものを箸でつまんで上にもちあげていた。寂しい人だといってしまえばそれまでだけど、そうじゃないんだな、いまこそが今日いちばんの瞬間なんだ、これが俺の至福のときなんだと訴えているかのような後ろ姿。目に焼き付いてしまった。(06202206)

最初に犬王と友魚が出会う橋のセッションで泣きそうになり、しかしここで泣いてはまだ早すぎると思って堪えたのだけど、結果的にあそこがピークだった。序盤からそのセッションのあたりまで、怒涛のアニメーション展開に目が喜びっぱなしで、ほんとうに観にきてよかった、これはかなりの傑作なのではと、今後の展開にわくわくがとまらなかったのだけど、友魚がバンドを結成したあたりから音楽映画のような雰囲気になってきて、アニメーションの力が減じた感がある。音楽に合わせてアニメーションを当て込んでいるような時間が、すこし冗長で退屈に感じられた。けれど、それを差し置いても最高だった。虐げられたものたちが、死者の媒介となって言葉を放ち、人々を熱狂させること。表現とは声を聞くことであるという、大事な原則に立ち返らせてもらったような気持ち。犬王という実在の人物の話というのもあり、過去にこんなことが本当にあったかもしれないと思うと、ぐっときた。原作を読みたいと思った。古川さんはこれをどう書いたのか。

蒲田のNITOにて友人から、20代前半のころ、虚偽のプロフィール(偽名、丸の内で経理の仕事をしていること、趣味など)をことこまかに構築して、都内の色々な相席屋に行って30分間演技をするということを繰り返していたというやばい話を聞く。相席屋は女性が無料で飲食できるので、お金がなかったからというのもあったらしいが、なにより本人が偽の自分を演じるのを楽しんでいるようだった。なんにんものひとと話すから、偽のプロフィールがどんどん研ぎ澄まされて、情報がこまかくなっていくのが面白かったと言っていた。

また大学3年のときに精魂込めて書いた論文の引用元などを教授陣が全然読んでくれなかったことに怒りを覚え、生来のパンク精神を発揮し、4年の卒論の時に学会を破壊してやろうと思い、「アクティビズムとアートをつなぐ先駆者」として、実際には存在しないアーティストをでっちあげ、論文を書き、そのパネル展示では「遺族から借りてきた絵画作品」と銘打って、自分で適当に描いた抽象画を飾ったり、生まれてから没するまでの年表もつくって発表したらしい。参考文献も捏造したらしいが、案の定教授陣はそれにあたることはせず、彼女の発表は学内で賞をもらったという。全部終わった後で、担当教官に「うそなんです」と告白したらこっぴどく怒られ、他の先生方に頭を下げてまわり、どうにか卒業取り消しを免れた。明るい語り口でやばい話が次々と繰り出されるので驚いた。もうアーティストを名乗っていい。自分のためにやっている、というのがいい。

・デカビタCダブルスーパーチャージ

・タピオカミルクティーアッサム茶葉100%使用

・カルピスsince1919

・浜松銘菓果実、木の実のサクサククッキーあげ潮

・オオゼキ酪農牛乳成分無調整

・Pocky CHOCOLATE

・お・い・し・さ・に・安・心・を・添・え・て 生活志向 合成着色料・合成保存料不使用 彩りかりんとう ごま、しそ、アオサを生地に練り込み、甘さをおさえた上品な密で仕上げました。

・家|計|応|援 お求めやすい価格 とろけるスライス 使い切りタイプ5枚入り

食べた。

ヨーグルト、フルーツパフェ、パンケーキ、ホイップクリーム、ブルーベリージャムアイスクリーム、ストロベリーショートケーキ、キウイ&バナナスムージー、ミルクシャーベット、クッキー&バニラシェイク、アイスミルクティー、メロンソーダ、カスタードクリーム・クレープ、あんみつ、ラムネ、かき氷、しろくま、あんずボー、食べたい

ミシマ社が今月26〜28日に主催するオンライン企画「こどもとおとなの夏の放課後」に参加することになりました。
「学んで、遊べる、居場所がほしい!」をテーマに、四人の講師が日替わりで行うオンライン講座です。
他に、自家製天然酵母パン屋「タルマーリー」のお二人や、料理研究家の土井善晴さん、文化人類学者の松村圭一郎さんが参加されます。ぼくはこの顔ぶれにかなりびびってますが、もしご興味があればリンクを覗いていただけると嬉しいです。四つセットでも、単発でも受講できます。
よろしくお願いします。

⇩⇩⇩詳細⇩⇩⇩

https://mishimasha.com/news/1066/

7/26(火)~29(金)19:00~20:30(途中10分休憩あり)
7/26(火)「菌を育ててピタパンをつくろう」タルマーリー(渡邉格さん・麻里子さん)
7/27(水)「土井善晴のお料理学校」土井善晴さん
7/28(木)「家をつくる、その前の『アイデア』の練習」村上慧さん
7/29(金)「はじめてのフィールドワーク」松村圭一郎さん

野崎さんとのワークショップ打ち合わせの中で家は何かを守るものであると同時に攻めるものでもあるというながれで「攻める家」について考えていて、ではなめくじをサーチ・アンド・デストロイしていくのは暴力だが、なめくじが嫌で家の壁に塩を塗りたくっている人がいるとして、それはなめくじへの暴力なのか、とツイッターで書いてみたら、「かべ痛みそう〜」という鋭角なリプライが届いた。

重たい音を軽々しく鳴らすように、根を持ちつつも身は軽くありたい。毎日新しい人に会い、酒を飲み交わしたい。毎晩違うライブハウスに行き、二度と会わないであろう一晩限りの仲間達と朝まで踊って、ラーメンでも食べて家に帰り、夕方まで寝たい。考えてもしかたないと分かっていながら、どうしても考えてしまう不安に心を削られたくない。おだやかに他人を気にせず、自分の時間を持ち、調子よくありたい。自虐の誘惑に惑わされず、人と人は違うことを芯から理解したい。現状を肯定し、しかし満足しきるわけでもない、苛烈な平穏を。まるで大音量の無音で街を包み、地表にある一切の境界線を消して白い大地を出現させる、あの雪みたいな苛烈な平穏を手に入れるために日々を過ごしていく。(06130045)

先日行った渋谷のライブ、演奏中の動画撮影がオーケーだったのは、それがバンドの広告になるからか。その動画を人に見せたり、SNSであげたりすることはたしかに広告になる。無限広告地獄…。
いままで広告というものは、何かモノや公演などの「商品」を、人々に認知させるためにあるものだと思っていたけれど、どうやら違うらしい。当の商品である「公演」それ自体も広告として機能してしまうのだとしたら、もはや「純粋な商品」や、「公演本番」などは存在しない。全てが全ての広告になっている世界。リヴァイアサンみたいだ。万人による、万人に対する広告。
そして広告は全てを「日常」に回収する。なぜなら「本番」のない世界は非日常のない世界であり、ハレとケの区分けのない世界であるから。ライブの本番中に写真を撮り、その写真をその場で友人に送る行為は、音楽を聞きに来ている、というよりも、音楽を聞きながら日常を過ごしている。(06120202)

ごく弱火の炭火で、30分〜1時間ほどかけてじっくりと焼いた豚肉細切れ(塩胡椒味)は、びっくりするほどうまい。

ムン・キョンウォン&チョン・ジュンホ「どこにもない場所のこと」/金沢21世紀美術館。小さな船で遭難する男の映像作品、すばらしかった。小さな植物を大事に育てているところ、漂流してきたパラソルをさしてまどろむところ、夢をみるところ。いろいろなシーンがつながり、しかも映像全体で始まりと終わりがない。切れ目なくループしている(ループする映像が展示室内に置かれることが一般化している美術館でしかできない体験だと思った。映画館ではなく)。果てのない海をぽつんと一人であてもなく漂い、ときどき嵐に遭ったり日差しが気落ち良かったり、海に浮いている変なものを拾ったりする感じは、誰もが自分のことにひきつけて考えられると思うし、社会全体のことにも、インターネットのメタファーにも見える。海にグリッド線が引かれているのも良かった。ムン&チョンの展示全体に、なにかを「表現する」とかそんな次元の話ではなく、作家としてなにかを背負うこと、背負わされること、の覚悟を見ているような。そんな態度と、モチーフを絞り、普遍的な問題に昇華させるセンスが。元気でた…。
中谷宇吉郎雪の科学館も最高だった。ダイヤモンドダストを、冷凍庫とプチプチをつかって発生させる実験。過剰冷却水を凍らせる実験。チンダル像をみる実験。特にチンダル現象、バケツの底にできた氷なんて身近なもののはずなのに、そんなことになっているとは全然知らなくてほんとうにびっくりした。(06102247)