昨日、起喜来のまちづくり委員会という有志の人たちがやってる会議を見学させてもらった。東京から建築家たちが通って起喜来の人たちが話し合えるよう指揮していて、もう20回以上開かれてるみたい。今回は主に復興工事後の町の植栽計画について話し合ってた。

「わたしたちのまちをどうしていくか」についてこうやって話し合うようになったのは震災後らしいけど、僕が生まれた東京の町ではこういう話し合いをやっているのは見た事ないので新鮮な経験だった。

 結構みんな積極的に発言していて、笑いも絶えない雰囲気。最後に「なにか意見がある人はいますか」というところで

「2ヶ月に一回でもいいから、みんなで草刈りをやる習慣をつけたほうがいいんじゃないか。今でもそれぞれでやってる人はいるけど、その日付を決めたらどうか。くさが茂っていたら、観光客向けのツアーを企画しても、来てもらう人にかっこがつかない。」

という発言があったりする。他にも

「駅前の看板が古いままで、いまでは無くなったものも書いてある。まずマップを描きなおさないといけないと思う」

という発言があり、それに対して

「できればスマホをかざしたら、『ここまで津波が来ました』っていう映像が流れたりするといい」

というアイデアを出す人もいたり。

  

 

土地
 
床下

 

間取り
  

しばらく東京に行ってた。今朝大船渡市三陸町起喜来に戻ってきた。大船渡町から20キロ弱北に進んだところ。大津波資料館「潮目」のある町。家は片山建設の事務所の軒下で預かってもらっていた。
潮目が増築されていることはフェイスブックで知っていたけれど、実物はやっぱりすごかった。去年よりもますます堂々としている。遠くからも異様さがよくわかる。

今日は僕を訪ねて東京から知人がきたので片山家のみんなに紹介したら、みんなでピクニックに行く事になった。最近わいちさんたちがよく行ってるらしい岬の先端。ベンチがひとつ置いてあって、ほとんど断崖絶壁で、下に台風で荒れてる海が見える。すぐちかくには、要塞もしくは「〜指令センター」みたいな形した、世界を救いそうな別荘が建ってる。

そんな非日常的な景色のなかで、わいちさんの妹の京子さんが陸前高田でみつけてきたという、鹿児島から自転車で来た獣医志望の若い旅人も一緒という不思議なメンバーでおいしいおにぎりを食べた。東京から来た知人は

「あとにも先にも、こんな景色の中でおにぎりをたべることはないと思います」

と笑っている。僕も東京から戻ってきたばっかりだったので強烈だった。さすが起喜来の人たち。パラレルワールドに連れて行ってくれる。どこにいても、それを思い出すだけで世界の中心がずれるような体験。潮目もそういう場所。

今日は潮目の増築された3階部分で寝る。

   
土地
 
床下
  
間取り
気温が17度前後しかない。寒いくらい。

今日の敷地は、大船渡市大船渡町野々田にある災害公営住宅の通路。以前から知り合いだった平山さんの部屋の目の前。すぐ近くに川が流れている。川に降りるための鉄製の手すりがひん曲がったまま残っていて、2011年の津波がここまで到達していることがわかる。
平山さんは最近まで仮設住宅に住んでいたけど、先月この公営住宅に引っ越してきた。

仮設住宅は、震災以前のご近所関係とは無関係に割り当てられていた。この公営住宅では震災以前から近所だった人たちが同じマンションに入っているので

「もとの近所関係に戻った感じがする」

と言ってた。
去年大船渡で仮設住宅のゲストルームみたいなところに泊まらせてもらったことがあるけど、外を歩く人と目線の高さが同じだったり、壁が薄かったりしたのであまり長期間は住みたくないなと感じたのを覚えてる。ここは壁も厚いし、ベランダもある。

平山さんは
「震災の前は独立した家に住んでたので想像もしてなかったけど、年とってからは、こういう集合住宅も便利だと思うようになった。昔は葬式なんかも家の中でやってたから、そういうときのための食器やなんかも全部家にあったけどいまはそういう時代じゃないから、使うこともない。家は広かったけど、普段暮らすのに使う範囲は、狭い仮設住宅で住んでた頃とあまり変わらなかった。」

と言ってた。