アートや建築やデザイン界が全体的に「2020」をかかげている。でも2020をかかげる企画からは、何故か熱が感じられない。冷めた微妙なムードがただよっている。youtubeで磯崎さんが話してるシンポジウムとかをみても「以上が、ここ50年間の我々の失敗でした」みたいな締めをしている。会場も笑っている。このあやしいムードは。

たしか誘致した当初は「震災からの復興」っていうテーマがあって「既存施設を活用してコンパクトにおこなう」と言っていた。あれはどうしたのか。今では話がこじれて、訳のわからない状態になってしまった。いつのまにか震災から2020までの9年間という亜空間に突入している。

間違っていることは表明していかなくちゃいけないけど、それは自分へのアクションの反転として現れなくちゃいけない。

「富士山はどこにあるのか問題」っていうのがある。これは「富士山を見にいこうとして御殿場にいく。御殿場の駅で降りると、すでに標高450メートル地点にいる。つまりもう富士山の上に立っちゃっている。」っていう問題で、つまり"あそこ"にあると思っていたものは、意外と自分のすぐ足元のことだったりする。"あそこ"にいこうとしても全然たどり着けない。はるか遠くに見える山は、そのまま自分の足元まで地続きでつながっている。

いつのまにか何かを断定することを怖がったり、何かと「どっちにも正義がある」とかいってどっちもどっち論でまとめようとしたりしがちになってしまった。最近うちの首相が「GDP600兆円を目指す」とか言ってる。そもそもいまGDPは豊かさの指標なのかとか、これからどんな国にしようか話し合う空気もないなかで言っている。根本的なところには批判がおこらない、本当に涙が出るくらいに幻想の中で生きてる。そもそも人口が自然に減るっていう、前代未聞の時代に生きてるのに、以前のシステムをそのまま使って、以前と同じ夢を持とうとしている。そんな完全なる幻想の社会に生きてるのに、うわっつらだけを見て「君は常識がない」とかいう人がいる。何のために働くのかもよく考えずに働いて、誰に向かってお金を払ってるのかもよくわからずにお金を払って、お金を払って得たものは自分の所有物であるかのような錯覚をして生きながら、錯覚に惑わされて自殺をしたりする。

どう考えても間違ってるとしか思えない。特に夢の持ちかたが間違ってる。夢の持ちかたが間違っているから、自殺したり、人に悪口を言ったり、人を殺しちゃったり、人に「常識がない」といっちゃったりする。もうわかった。やっぱり間違ってると思うことは表明していかなくちゃいけない。ポール・ウェラーが言ったように「The public gets what the public wants」なのだから、社会が「本当にもつべき目標はなにか」を考えずにどんどん先走って間違ったほうに進んでいっちゃうのは、もうシステム上しかたのないことなのだ。ポール・ウェラーは本当にうまいこと言ってくれた。

「”最初から完全に間違っていること”をみんなが一生懸命やっているわけがない」と、誰が言えるのか?

一つの物事に手を入れようとしている人が自分の他にも居て、その物事への手の入れかたをめぐって相手のやり方を信用できずに対立してしまい、それが心身にきつい負担を与えてしまっているとき、「相手はこうやりたい」vs「自分はこうやりたい」の対立だということにする。自分も相対化して考えてみる。そうすると問題をややこしくしているのはこちら側の責任でもあるってことがわかる。するとすこし楽になる。

それと自分の注意を他にそらすこと。その中心の物事には関係あるけど、相手のやり方とは無関係な物事を探して、とりあえずそこに集中する。そうすると関係が良くなることがある。

あと同時に、現実の問題を全身で本気で受け止めすぎないこと。どこかでバカ&ラフになること。これは芸人の誰かが現実のことを「~っていう設定」と思い込んで受け止めるっていうことを言ってたけど、それと同じことかもしれない。心のどこかに余裕を持つこと。自分は「~という設定の生き物」だと自分で思い込んで、問題を受け流すこと。ニーチェ的に言えば自分を笑うこと。

実家に年金の1年間の全額免除の通知が届いていた。財布の中身の余裕とは無関係に、年金は払いたくないと感じる。人口が自然に減っているこの時代に、人口が自然に増えていった時代につくられたシステムがそのまま受け継がれてる。単純にシステムが信用できない。でもこういうことを言うと「そうやって税金を払わない人が日本全体に迷惑をかけている」ということを言いだす人がいる。常識がないとか、なんとか。

ここ数日「常識があって色々なことをわかっている人」から「君は常識がない」とか「若いから社会をわかってない」と言われることが多い。

「経済の成長」とか「常識」とか、そういう幻のなかに安住の地を求めるのが人の習性らしい。本当の意味で数値化できることなんて何一つないし、常識とかも本当は存在しない、「この年ならこういうことをやる」みたいなことも存在しない、「これをやればこれがうまくいく」なんてこともひとつもない。でも「~するためにやるべき7つのこと」みたいな文句で人が釣られて本が売れちゃったりする。きつい。

日本には中2病感を美化しちゃう悪い癖があるんだろう。僕はエヴァンゲリオンの主人公に対して「うだうだ言ってないで黙って闘えよ」と思うけれど、多くの人がそれを良しとしてきてしまったことはよくないことだった。おかげでスターウォーズ新作を見て、完全に中二病をこじらせている敵役のカイロ・レンの方に感情移入しちゃう心が育っちゃっている。主人公のレイに対して「しっかりしすぎている」とか思ってしまうようになっちゃってる。

そういう中二病的なものを「暗黒面」と呼び、「警戒するべきものだ」と言ってくれているだけでスターウォーズは完全に素晴らしい。