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100年前の今日、北海道で三毛別羆事件という事件が発生した。 体調2.7メートル(立ち上がると3.5メートル)のヒグマが、開拓民の集落に数日にわたって何度も襲い掛かった。最初の襲撃は12月9日で、普通に家で過ごしていた子供が、突然壁を突き破って入ってきたヒグマに撲殺され、同じく家にいた女性が連れ去られて食い殺されている。 このヒグマは人の味(特に成人女性の肉が好みらしい)を覚え、積極的に襲ってくるようになった。それから数日間で合計7人が殺され、3人が重傷を負った。最終的に陸軍まで投入された合計600人の討伐隊が組まれ、一人のマタギが撃ち殺した。
この事件のウィキペディアの記述が素晴らしかった。妊娠した女性が腹を裂かれたりするむごい描写もある。このヒグマにとってはヒトも捕食対象だった。捕食対象としての自分なんて考えたことない。
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一昨日の暴風がうそみたいに、昨日は全く風がない日だった。日本海側はこの時期は気候が非常に不 安定で、日常的に強風が吹く。面倒なのでもう海沿いを歩くのはやめる。新潟までワープすることにする。
昨日は新田さんがトラックをだしてくれて酒田市までワープさせてもらった。そして去年も敷地を借りた浄福寺に行って、また同じように敷地の交渉をした。去年ここに来た時は台風がせまっていたので、住職さんが風向きを考えて安全な場所を教えてくれた。おかげで台風をやり過ごせた。
今年も訪ねたら「いいですよ。ご苦労様です」とすんなりOKしてくれた。
浄福寺での間取りはトイレがとても遠い。コンビニまで行かなくちゃならないんだけど、10分くらいかかる。こういう時は緊急用トイレ(ペットボトルとか空き缶とか)をたくさん用意しないと大変 なことになる。
夜にスーパーでお弁当と缶ビールを買ってきて、家でご飯を食べる。ビールを飲んで しばらくするとトイレにいきたくなるので、さっきまでビールが入っていた缶に用を足す。そうする と、飲んだビールの量よりも多い小便がでてくることがわかる。不思議だ。缶に入りきらない分は、 空のペットボトルとかにする。缶ビールの中身が僕の体を通ってアルコールが分解され、小便になって缶にもどる。とても感慨深い。
今日・明日は北日本は大荒れの天気らしい。僕は逃げる。
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確かに朝は晴れてた。ちょっと風が強いなと思ったけど、まあこれくらい大丈夫だろと思って出発してしまった。まだ道の駅にしめでおとなしくしてればよかった。
1時間くらい歩いたところで、まったく唐突に海から暴風が吹いてきて、さらに滝のような豪雨も襲ってきた。足下が一瞬でびしゃびしゃ。窓からも吹き込んできて両腕も濡れた。あまりにも突然のことだったので 現実感がなかった。なにかを考える余裕もない。ただ気がついたらiPhoneを出して録画していた。
豪雨はすぐおさまったけど、風が突然強くなったり無風になったりする。風向きも不安定なのでたまったもんじゃない。よく耳をすますと、空の高いところからゴーっという音がする。風が通り抜ける音だ。発泡スチロールのでかい箱を抱えてる人には恐ろしい音だ。その風が時々、地上に降りてきて突風になる。
しかし僕が必死に風と戦いながらふらふらと歩いて(というよりほとんど飛ばされながら移動してい た)いるすぐ横を、自動車が風などないかのようにスーっと通りすぎていく。あれは恐るべき機械だ。
どうにか西目から仁賀保駅までたどり着いたけど、その次の町にいける気がしなかった。今日はこの町に泊まろうと思ってお寺や神社に敷地交渉したけど断られたり人がいなかったり。打つ手がなくなった。
去年象潟(仁賀保駅から10キロくらい先の街)で知り合った新田さんに「動けなくなっちゃいました。この辺に知り合いいませんか」と応援を要請したら、なんと彼の友達の斎藤さんがハイエースで駆けつけてくれた。彼らは消防署の救急隊員。僕は「救急隊がきた」と思った。さすが応援を要請してから対応してくれるまでがとても早くてありがたかった。本当に助かった。
家の屋根だけ外したらハイエース(恐るべき機械)に積めたので、象潟の新田さんの実家まで送ってくれた。
家の損傷
・屋根と屋根のてっぺんに被せてる板をつなぐハリガネがひとつはずれた
・ドアが風にあおられすぎて、片方のかんぬきがドアからはずれた
・担ぎ棒についてる滑り防止の縦棒が片方はずれた
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社会システムのなかにある「亜空間」を探すことだ。ネズミが町に住むように、社会のなかに住むことだ。
「横断歩道は、赤信号ではわたってはいけません」というルールがある。もともとは「自動車と歩行者の交通を整理するため」につくられたものだろうけど、「赤信号は渡っちゃいけない」と「車がきているかどうか」は実は全く関係がない。
見渡す限り1台も自動車が走ってきそうもない横断歩道で赤信号にぶつかったとき、僕たちは"亜空間"に放り出されている。ヴァニラアイスのスタンド能力みたいに。
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日本でも大きなテロが起こる日はくるかもしれないし、もしおこったときにそこに居合わせるかどうかはただの運だと考えると、いよいよ目を覚まさないといけない時代が来たのだなと思う。僕たちは普通に過ごしているつもりでも、どこかで加害者になっているのかもしれない。原発事故や脱線事故や自殺に加えて本気で考えなくちゃいけないことが増えたけど、これらの問題はどこかで全て繋がっていると感じる。
アイエスは先進国の若い人の登用に成功しているらしい。彼らに感染してしまう人が先進 国の中にもたくさんいるということ。考えてみるとユダヤ人虐殺もほんの70年前だ。ヒトラーが生 まれたことと、今回アイエスのようなものが生まれたことが無関係とは思えない。 でも絵本作家のユリーシュルヴィッツは第二次大戦中の迫害を逃れてあちこち転々とする壮絶な青年 期をすごして、その後「よあけ」という素晴らしい絵本を作り出した。「よあけ」には明らかに、青年期の壮絶な経験が反映されている。だからこそすごい本になっている。
僕たちはすこやかに暮らしたいと他人には言いつつ、危機感・刺激もほしがるやっかいな生き物だ。 いつも「いまより幸せになりたい」と思っている。もっとお金があればとか、あいつが自分より幸せで憎い、とか日常的に思ったりする。パリで銃撃事件をおこしたのは自分かもしれない。「足るを知る」のはこんなにも難しい。
パリで銃撃をおこしたのは自分だったかもしれない。僕たちはアクシデントで、引き起こされるのを待ってるのかもしれない。どこに導火線があるかもわからない爆弾を抱えている。自分についてる導火線が誰ともわからない他人につながっている。終わりも逃げ場もない。勝ちも負けもない。敵も味方もない。
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「道の駅岩城」から21キロ歩いて「道の駅にしめ」へ。去年とまったく同じ道のり。景色も覚えて る。道の駅にしめに着いたら、家を目立たないところに隠すように置き、事務所に挨拶に行った。
所長さんに「今年も来ました。また敷地にお邪魔します」と伝えると「はい。どうも。寒いから気い つけて」と言ってくれた。まだ2回目なのに慣れたもんだ。
挨拶をすませたら自分の家に戻る。家はトイレの建物の裏側に置いてある。家のまわりには室外機な どが置いてある。一般の客が入るところではない。そんな家に戻るとき、なんだかネズミみたいだなと思った。トイレの建物には大きなガラス窓があって、一部が曇りガラスになってるというものの、一般の客はトイレに入る時にこの家も目に入っているはず。でもほとんどの人は窓越しのこの家に気 づかない。僕はそういう隙間に住んでいる。
家にいくとき、清掃員の控え室の窓の前を通る。窓越しに掃員のおばちゃんがちょっとびっくりす る。清掃員の控え室のすぐ近くに僕の家があるっていうのも、偶然とは思えない。 清掃員は労働者の鏡のような存在だと思う。人々の足下へのアプローチとして最高にエキサイティングな仕事だ。朝、誰もいないオフィスに入り込み、誰もみていないところで床やトイレを掃除して、誰も出社していないうちにゴミとともにオフィスを出て行く。もっと足下を見なければいけない。荒川修作も足下をつくりこんでいた。
先週パリで起こったテロのことが、ようやく頭に入ってきた。「20世紀は戦争の時代だった。そのときの大きな犠牲の上で成り立っている21世紀は、テロの時代であるということを認めざるをえな いんじゃないか」と、インターネット放送でジャーナリストが話していた。そして2020年には東京でオリンピックがある。僕たちはもうただの被害者ではいられない。僕たちのこの"豊かな"生活の裏 には大きな犠牲・搾取・不安・憎悪がこれまでもあった。それを見ないようにして生きることはもうできない。この問題には終わりがない。
























