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お昼前、僕の家をトラックに積んで庭師の志賀さんちを長男と次男と僕の三人で出発。滝桜や張り子人形で有名な三春町を目指す。出発する前にお母さんが、郡山は線量が少し高いこと。セシウムなんかは土に付着しやすいからなるべく土の上では寝ないこと。2メートル離れれば大丈夫だということを教えてくれた。生活の中での放射能との付き合い方が自然に身に付いてる感じがした。

お父さんの勧めで、バイパスではなくて山あいを走っている旧道から向かった。持っていた韓国海苔(勿来町のおばちゃんからもらった)のパッケージがどんどん膨らむので標高が高くなっていくのがわかる。とても深い山道なんだけど、ずっと走っているとあちこちに家を見つけるし、ときどき町にも出る。当たり前だけど、こんなところでも住んでいる人がいるんだって思う。ここで生まれて、一時期は都会に出て、ここに戻ってきて故郷で人生を終えるような幸せもあるのだ。

山道に一軒だけぽつんと建っていた家を通り過ぎるとき、男の人が白い車を洗車しているのが見えたのが良かった。洗車といえば休日にやるものだし多分仕事が休みなんだろう。今にも崩れそうな家もたくさん見た。こういう山奥でいまにも崩れそうな家を見るのは、なんていうかとても自然な感じがした。人がいるところでは空き家がほったらかされるのは許されないけど、山のなかではわざわざ解体される方が不自然というか。人が減っていって、社会のコントロールを逃れて自然の成り行きのなかに家が解体されていく感じというか。

三春町で張り子づくりをすこし見学してお話を聞いたあと、再びトラックで郡山まで行く。駅近くで志賀家の息子二人と別れる。「個展観に行きます」って言ってくれた。なんだか初対面の気がしない家族のみなさんだった。北上を始めてからずっとさみしい別れが続いているけど生きてれば毎日朝はくるし北に向かわなきゃ行けないし家の絵を描かなきゃいけない。時間が経つのが本当に早くてどうかしちゃいそうだけどどうかしてる暇もないくらい時間が経つのが早いという状態で、今日もあっという間に夜になってしまった。

今夜の家の置き場を探さなくちゃいけなかったから、お寺を探していたら自転車屋のおじちゃんから声をかけられた。自転車屋の中でコーヒーをいただいていたら、店の前を男の人が通り過ぎた。おじちゃんはその人に向けて「オウ!」と言った。その男の人はこっちも見ないで通り過ぎていった。

おじちゃんは

「だめだな。娘の同級生なんだけど、挨拶もできねえ。ここに同級生のお父さんがいることはわかってるんだよ。だからこっちから声をかけたのにな」

と言っていた。その店は借りてやっている場所だから家を置かせてやることはできないと言われたけど、近くの神社とお寺を紹介してくれた。

そしていまその神社の境内からこの日記を書いている。神社の人が「一晩なら」とオッケーしてくれたのだ。

さっき郡山駅近くの「まねきの湯」という銭湯でお風呂に入ってきたところ。ここはいわき市よりも暑い気がする。

05302202 | 2014 | 未分類 | Comments (2)

2 Responses to “05302202”

  1. 志賀 美行 より:

    村上さん
    志賀です。
    いわき市から郡山に到着との事。
    三春町では建物やお寺等見学して参考になるところが多く有ったのですが、業務多忙で説明、案内する事も出来ず残念でした。
    息子たちが案内出来れば良かったのですが、彼らの行動範囲では無かったので知識が有りませんでした。
    旧町中心の近くに歴史民俗資料館が有り、近代史 自由民権運動の重要な地域であった事がわかります。
    中心人物として河野広中がおります。
    今にしてはこの小さな町の人物が、日本近代化に大きな影響を与えたのです。

    • satoshimurakami より:

      いえ。お忙しいのにいろいろとありがとうございました。
      三春町ゆっくりできなかったので、また訪ねてみたいです。ですのでまたお会いしましょう〜

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