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すこし前に聞いた話だけど。友達の母親が死にそうらしい。頭がくらくらする。
その人の母親は父親の再婚相手。家には母と父と祖父が住んでいるけど、父親は仕事?で家にあまり家には帰ってこないらしい。母親は長年、家でひたすら留守番をする日々を送っていた。母親には友達付き合いがあまりなく、趣味もないし料理もあまりつくらない。ずっとテレビを見るか犬の散歩にいくかという生活をしていた。そんな生活のせいで、その母親は気がつくと重度の鬱病になっていた。病院に行って「かなり重度の鬱病です」と診断されてから、症状がますます悪化した。しかしその父親は奥さんを心配するどころか
「なんで俺はがんばってるのにお前はそんなふうになるんだ」
という態度をとっており、以前と変わらず家には帰ってこない。このままでは危ないということで、母親は入院させられたらしい。犬は母親が入院する前に死んだ。

友達は母親にあまり会ってないようだけど死にそうになってることは知っているらしい。その人は
「お正月も実家には帰らない」
と言っていた。その人は家族に対してある程度見切りを付けている。でもその見切りの付け方は、決して未練のないさっぱりしたものではない。その人は犬のことが大好きだったし、母親の事も祖父のことも嫌いだったわけじゃないはず。僕は、その人がその母親や父親や祖父と話してるところに何度も立ち会った事がある。会いたい気持ちがないわけがないと思う。たまたまそういう状況になってしまったっていうだけの話。
病院で死にそうになっているその人の母親のことを考えると、たくさんの感情が吹き出てくる。「かわいそう」とか、そんな簡単な話ではない。本当にいろいろある。本当に本当にいろいろあるんだな。
その母親がそういう状態になってしまったのが、その母親ひとりせいなのか。あるいは父親のせいなのか。症状に気がつかなかった友達のせいなのか。あるいは祖父、近所の人、母親の友達のせいなのか。それは絶対に「こいつのせいだ」って言えるような話じゃない。「そういう状況になってしまった」としか言えないと思う。仮にその母親が自殺してしまったとして、それは母親一人が「弱かった」せいなのか。そうじゃないと思う。絶対にそんなわけがない。じゃあ父親一人のせいなのか。それも違う。
友達のいたたまれない思いや、その母親の苦しみを考えたときに沸き上がる怒りを忘れちゃいけない。この状況を絶対に許してはいけない。誰が悪いとかじゃない。その「なってしまった状況」に対して怒りを燃やさないといけない。それは「死に抗うこと」にも似てる。
僕たちはいつも説明のつかないたくさんの出来事と、すごく複雑な人間関係にもみくちゃにされながら生きている。その結果人が自殺してしまったりすることを「その人が弱いから」と言って切り捨てていいわけがない。
「なんかよくわかんないけど猛烈に許せない」っていう気持ちを忘れちゃいけない。
自分が知らずに踏んで殺してしまったカタツムリを見て涙を流した幼い頃の気持ちに似てる。踏んでしまった自分への怒りだけじゃない。カタツムリが「死んでしまったこと」が許せないっていう気持ち。

01012247 | 2015 | 未分類 | Comments (1)

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