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とにかくそわそわしていた。そわそわで気が狂いそうになった。そわそわの原因を考えていくと、自分の生活そのものに対する目を新鮮に持ち続けないといけないという必要性に迫られた。そのために生活そのものを制作しようと思った。なぜなら原発事故によって、僕たちがつくりだした放射能というものがどういうものなのかがすこし分かったから。彼らは10万年を生きる。僕たちはせいぜい100年程度しか生きられないし、とても飽きっぽくて、現状に慣れるようにできていて、昔の事をすぐに忘れてしまう。そんな僕たちよりも遥かに長い時間を生きる敵をつくりだしてしまっている。そして制御できなかった。原発事故によって、放射能という生き物との永遠に近い戦いが、すでに始まっていたということに気づかされた。彼らにどう対抗しうるか。このような事態にあっても可能なことは何かを考えたとき、自分の生活を制作するという態度しかなかった。
それによって、自分の日々のあらゆる振る舞いは「これは作られた生活である」という、上空からの視点を獲得する。だらしなくのびていくアメーバのような僕たちの生活に輪郭ができる。

04081924 | 2015 | 未分類 | Comments (0)

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