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19日、ストックホルム駅まで着いたところで、あてにしていたユーレイルパスというヨーロッパの電車乗り放題のチケットが売っていない(スウェーデン国内で扱っているところは無い。オスロかコペンハーゲンに行かないとだめだ。と言われた。しかしユーレイルパスの会社に問い合わせたときはストックホルム駅で手に入るかもしれないと言われた。彼らはどこで店頭販売されているかを把握していないらしい。)ことがわかったので、普通にチケットを買ってコペンハーゲンまで行こうとしたらアテにしていた時間の電車は売り切れていた。その3時間後くらいの電車はあったが、調べているうちに安い料金の夜発の夜行列車があったのでそれに乗ることにし、夜までストックホルムを観光することに。19日からドルトムントの宿をとっていたが、それはやむなくキャンセル。ストックホルム観光では、写真美術館がとても良かった。駅から遠かったが・・。

夜になり、夜行電車に乗り込んだ。が、僕らが乗った車両以外は寝台付きのちゃんとした夜行列車だったけど、僕らが指定された席のある車両だけはなぜかごく普通の座席の列車となっていた。チケットの安さの理由がそこで判明した。しかもボックス席で、とても居心地が悪い。僕らのほかのもう一人男性がいて、彼は席を3席分つかって横になって寝ていた。そのボックス席は5席しかない空間で、男性が3席使っているので僕らはそれぞれ1席ずつしか使えず、しかも後ろに全く倒れないシートとなっていた。とうていここでは眠れそうにない。奈保子は絶望していた。と思っていたらラッキーなことにほどなくしてボックス席には僕たち二人だけになり、僕らは彼が使っていた座席3席分を交代でつかって横になり、それなりに眠ることができた。でも彼や僕らが横になっていたせいでボックス席に座れなかった人がいる可能性も否めない。

翌20日、寝不足状態でどうにかコペンハーゲンに付き、乗り換え時間が確か3~4時間ほどあった。コペンハーゲン駅のマックでご飯を食べ(コペンハーゲンはスウェーデンと同様かそれ以上に物価が高かった。水道料金は世界一高いらしい)、そこで市庁舎を対象にした作品の撮影をした。そこからDBというドイツの電車に乗ってハンブルグ駅経由でドルトムントまで行った。ドルトムントに着く頃にはすっかり夜になっていた。ドルトムント泊。2泊の予定で借りていたアパートメントを1泊だけ使うことに。ドルトムントフラッツという宿。外で食事できるベランダ付きのすばらしいアパートメントだった。

翌21日、AOホテルドルトムントという宿に移動し、そこに2泊してミュンスター彫刻プロジェクトを見て回った。ミュンスターの安い宿がもう全然とれなかったのでドルトムントにしたのだけど、ドルトムントからミュンスターは電車で1時間くらいかかるし往復44ユーロもする。ミュンスターは緑や水も多くありつつ都会的で、とても住みやすそう。奈保子はドルトムントよりミュンスターの方が住みたいと言っていた。しかしウィキペディアによると負債がものすごくたくさんあるらしい。

23日、ドルトムントからカッセルに移動。Flixbus。この移動中、高速道路を走っている最中にバスがとめられ、警察らしきひとたちが入ってきてID提示を求めてきた。抜き打ちのIDチェック。先日一人でヨーロッパを回っていたとき、スイス国境でIDチェックは経験したけど、こんなドイツのど真ん中の高速道路でやられるとは思わなかった。IDチェックは時間をじっくりかけて行われ、なにやら怪しいとみなされた人(?)は一旦免許証やパスポートを取り上げられていた。偽造かどうかチェックしてたりするのか。僕は警察官に、どこに行くのかと聞かれたので「カッセルに行く」と言ったら「ドクメンタか?」と聞いてきた。「そうです」と言った。やはりドクメンタはみんなが知っているらしい。

バスから警察がいなくなったかと思ったら床下から犬の鳴き声が聞こえてきた。おそらく麻薬犬がトランクの中の荷物をチェックしている。徹底している。それもじっくり時間をかけて行われ、しばらくして再び警察がバスに乗り込んできて、ピンポイントで僕の3つくらい前の席に座っていた男女二人組を外に連れ出していった。連れ出されたうちの男はパトカーの中に入れられ、取り調べをうけていた。またしばらくして、バスは二人を残したまま出発してしまった。なんと、バスは二人を残したまま出発してしまった。薬か何かでつかまったのか?

とにかくそれでバスは遅れたが、どうにか僕らは警察にしょっぴかれることもなくカッセルに着くことができた。カッセルではEGE HOTELという小さいけれど素敵な宿に泊まり、3泊して丸2日ドクメンタに費やした。カッセルでも美術館を対象に制作をした。

26日。カッセルからベルリンに移動。Flixbus。早朝5時台発のバスだったので、タクシーを前日に呼んでおいた。念のため出発1時間前に呼んでおいたのだけど、運転手に「早すぎる」と言われた。しかしバスが出るウィルヘルムスルーエ駅についたときにはバスがすでに待機していた。Flixbusは座席の予約はできないので、早く席を取らないと二人並んでとれないことがある。早く宿を出たのが幸いした。さっそくバスに乗ろうと、メールで送られていたEチケットを運転手にみせる。EチケットにはQRコードが付いていて、それを運転手がデバイスで読み込むことで乗車許可がおりる。僕らのQRコードを読み込んだ運転手はデバイスをみて「ノー」と言った。予約されていない、と言った。そんなはずはないといい、もう一度読み込んでもらったがまた「ノー」と言われた。その「ノー」の言い方が非常に冷たく、こちらに対する同情とか、もしかしたらデバイスが何か悪いのかとか、自分に手落ちがあるのかとか、そういうことは運転手の頭には全く一ミリも無いような「ノー」だった。このとき他に乗車待ちの列ができていたりしたら「次の人」と言われ、下手したら僕らはバスに乗れなかったかもしれないが、なにしろ出発1時間前なで他に人は誰もいない。おかげで運転手はそれなりに僕らの相手をする必要が生まれた。QRコードが読み取れないので、名前を言ってその名前がないか確認してもらったが、「名前はない」と言われた。これは参ったなあと思って一瞬絶望したところでデバイスを見ていた運転手が突然「オーイエス」みたいなことを言い出した。なにやら名前があったらしい。しかし「オンリー1パーソン」と言われた。「1パーソン??」と聞き返したら、引き続きデバイスをいじっていた運転手が「サトシームラカミー、ナオコーシゲハラー。2パーソン。」と名前を読み上げた。どうやらやっぱり予約はされていたらしい。ひやっとしたけど無事乗ることができた。

確か3~4時間でベルリンに着き、まずホテルに向かった。アクシスホテルベルリンというホテルで、とても綺麗そうなホテルだったのでカッセルやドルトムントの宿よりはねは張ったが、ベルリンは一泊しかしないのですこし良いところにしようと思いそこを予約していた。ホテルについたらレインボーカラーの看板が掲げられていた。また、ガラスに貼ってあるチラシのほとんど全てに上半身裸の男性の写真があり、入口入ってすぐのガラスケースには男性用のパンツが売っていた。どうも様子が変わっている。清潔で黒いぴったりしたシャツを着た男性スタッフにフロントでチェックインの説明を受け。部屋に入った。部屋はとても綺麗だが、なぜか風呂場の壁がガラスになっていて部屋から丸見えだった。またベッドの上にはコンドームが一つ置いてあり、水着姿のマッチョな男性三人がプールで戯れている写真がのったエイズの撲滅を訴えるチラシもある。入口のレインボーカラーでなんとなく、LGBTQの人にもオープンなホテルなんだなと察していたけど、ここはどうやらゲイ向けのホテルらしい。でも普通に女性の宿泊客もいる。ゲイの人が泊まりやすいように配慮しているということらしい。さすがベルリンは違う。こんなホテル形態があるとは。それと気がついてからは、ホテル内を移動するのにすこし緊張してしまった。奈保子もドキドキすると言っていた。

ベルリンではベルリン大聖堂を見て、KWを見た。大聖堂では制作もした。夜にはOpenArtで一緒だったアーティストの魚住さん達と田口さんに案内してもらい、五人でベルリンを飲み歩いた。とても楽しい夜だった。奈保子の後輩のタカミくんとユダヤ博物館に行ったりもした。ホテルをチェックアウトする前に、ネットで予約した飛行機とバスのチケットを印刷してもらおうとフロントに行ったら、PDFファイルが読み込めず、印刷できなかった。3度くらいファイルを作り直して、最後はJPGにして持って行っても印刷できず、結局チェックアウト後に近くのプリントサービス店に持って行った。

27日の夜、ベルリンシェーネフェルト空港からEasyJetというLCCを使ってヴェニスへ。EasyJetの登場は比較的スムーズにできたと思う。シェーネフェルト空港はLCCしか乗り入れない空港で、2011年に完成したばかりらしい。ヴェニスの空港に着き、メストレまで移動。メストレのHotel Viennaにチェックイン。着いた頃は深夜だった。イタリアは蒸し暑くて小豆島みたいだと感じたのを覚えている。

28,29日とヴェネチアビエンナーレとIntuition展を見た。サンマルコ広場で制作もした。28日は帰り際に豪雨にあった。

30日にヴェニスからFlixbusでミラノへ移動。このバスの運転手はいい感じだった。彼はラジオを聞きながら運転していた。ミラノ駅は遺跡みたいな巨大な駅だった。イタリア人はあんなに適当なのに、なぜこんな立派な建物を維持できているのか不思議だ。後に行ったミラノ大聖堂もすごかった。イタリア人は不思議な人たちだ。ミラノでは数時間しかなかったが、奈保子が最後にイタリア料理を食べたいというので、ミラノ駅近くを探したが、どうもあまり店がなく、オフィスビルがたくさんあるような場所だった。でもすこし探したらイタリアンレストランを見つけたので近づいて行ったら、そのレストランのキャッチに捕まって、結局そこで食べることにしたのだけど、これがとんでもない宇宙最悪のぼったくりクソレストランで、初めてグーグルマップのレビューを書くことになった。(そうしないと腹の虫がおさまらなかった。「ザ・ワースト・ファッキン・レストラン・イン・ザ・ユニバース」と書いた)。美味しくないボロネーゼが22ユーロもし、ビールは500ccで8ユーロ、マルゲリータは10ユーロ。マルゲリータもさして美味しくもなかった。見た目は冷凍ピザを温めたようだった。何より店員が完全に舐めた態度で接してくる。態度が偉そうで頭が悪そう。そのくせサービス料も4ユーロとられた。合計で48ユーロもとられた。完全に観光客をカモにしている店らしい。奈保子は店を出てから「値段がわかってからすぐに出て行けばよかった」とブチ切れていた。他の人のグーグルマップレビューをみたら、150人以上がレビューを投稿していて全て星1つの最低評価。書き込みにはみんなが不満をぶつけていた。前もってこれを見ておけばよかった・・。

さて夕方ミラノからバスに乗って空港に行き、そこからライアンエアーでストックホルムのスカヴスタ空港へ。この飛行機が1時間半くらい遅れた。スカヴスタ空港に着き、そこから1時間半かけてバスでストックホルムの宿へ。宿に着くころにはもう3時前で、翌朝7時にはまたここを出なければ行けなかったので少しでも早くチェックインして眠りたかったのだけど、ブッキングドットコムで予約して支払い済みのはずのそのホテルのフロントで「支払いはまだすんでいません。ここで支払ってください」と言われた。そう言われ、クレジットカードの利用履歴やあらゆるメールを確認したら全てで支払い済みになっていたので、そんなはずはない支払っているはずだと、ブッキングコムから来ていた支払い済みを証明するPDFを見せたが、「こちらに振込が確認できていないので、私からはなにも言えない。ブッキングコムにきいてくれ。」と言われた。フロントの女性は電話を貸してくれ、スウェーデンのブッキングコムに電話をしてくれたりしたが結局繋がらず、僕が自分の携帯電話で日本のブッキングコムの事務局にかけることに。初めての国際電話。こんな形で体験することになるとは。いちおう事前に、カッセルでタクシーを呼ぶ際に国際電話をかける羽目になったときのことを考えて料金を調べておいてよかった。1分180円。電話したら日本語で対応してくれた。電話相手のスタッフはホテルのフロントの女性ともやりとりした上、とりあえずここは改めて支払いをし、後日ブッキングドットコムから返金をするということで話がまとまった。しかしそのころには僕らは疲れてており、奈保子は半ば様子がおかしくなっていた。

翌朝7月1日。朝6時半に起きる。2時間半弱の睡眠。ホテルをチェックアウト(同じ女性だった)して、ストックホルム中央駅まで地下鉄で向かう。2駅しかのらないのにスウェーデンの公共交通の制度上、エリア料金が取られ一人45SEKかかる。タクシーとあまり変わらない。中央駅からバスでアーランダ空港へ向かう。45分。

最後の最後、アーランダ空港でもアクシデントが待ち構えていた。預け入れ荷物を預ける際にちょっとした手違いがあり、奈保子の荷物にタグがついていない状態でベルトに吸い込まれていってしまった。すぐに係員に説明し、荷物を管理している部署に電話をしてもらった。その係員の女性は「タグを付け直したから大丈夫」と言ってさらっと行ってしまった。心配だ。心配を抱えたままコペンハーゲン行きの飛行機にのった。飛行機はここでも1時間ほど遅れた。

コペンハーゲンの空港でお土産の買い物をし、再び飛行機にのって今度はいよいよ成田空港へ。この飛行機も2時間ほど遅れた。そして成田空港に日本時間で7月2日の朝11時半ごろに到着。預けいれ荷物受け取りレーンで荷物がちゃんと来てるか、どきどきしながら待った。僕の荷物は通常通り届いていた。奈保子の荷物は・・・届いていなかった・・。空港の預け荷物問い合わせカウンターに行き、荷物が来てないことと、これまでの経緯を説明。捜索をお願いした。対応してくれた日本人の女性スタッフはとても良い感じで、僕たちが安心できるように言葉をかけてくれた。見つかり次第連絡をくれるというので、とりあえず空港を出る。ロストバゲージは、国際線ではよくあるらしいが、最後まで荷物が見つからないパターンは滅多に起こらないという。

この全ての旅程のあいだ、手持ちの少ない現金とクレジットカードの限度額と使えるカードと使えないカード(奈保子が持っていたJCBが限度額も多くて一番使いたいのだが、JCBが使える店はヨーロッパでは総じてあまり多くない。彼女はVISAカードももっているが、限度額がとても少ないのであまり使いたくない。僕のマスターカードは奈保子がついて早々に限度額に達してしまい、使えなくなってしまった。が、最後の最後ミラノに着いたあたりで回復した。)の塩梅を調整しながら毎度毎度支払いをし最後まで乗り越え続けた。

そんなこんなで、40日間の楽しいヨーロッパ滞在は終了。日本に帰国。

07031536 | 2017 | 未分類 | Comments (0)

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