07091028 | 

日曜日の朝は街が静かった。いつもより遅く起きているだろう家の中の雰囲気がつたわってくる。昨日は結局歴史博物館から家は動かさなかった。沐浴湯の人がいつものおばちゃんじゃなくて男性だったので怯んでしまった。朝9時ごろに沐浴湯に行き、家に戻ってきてから歴史博物館の展示をゆっくりと見て回った。

展示によるとこの歴史博物館の建物は、そもそも日本が朝鮮経済を支配する目的で設立された東洋拓殖株式会社の釜山支店として1929年に建てられたものらしい。終戦後は、アメリカ軍の駐屯地として使われたのち、アメリカ国務部傘下の広報機関として「釜山アメリカ文化院(アメリカンセンター)」とされた。さらに朝鮮戦争中にはアメリカ大使館の機能を果たし、60~70年代には何やら図書を貸し出したり、語学研修やアメリカ留学に関する情報を提供する場所となっていた。84年には2階がアメリカ領事館になった。が、82年には韓国の一方的に依存の対象となっていたアメリカへの反感から、数人の大学生らがこの建物に火をつけるという事件が発生している。95年に米軍基地返還運動の市民団体が連合し対策委員会を組織するなかで96年にアメリカ政府によってアメリカ文化院の閉鎖が決定、99年4月にこの建物は韓国に返還された。釜山市は侵略の象徴であったこの建物を、教育の場として活用するために歴史博物館として開館させたという。そして今となっては、その建物の前に家とともに日本から来た僕が敷地を借りて寝泊まりしている。

展示室の冒頭、1870年から始まる近現代年表の一番最初の項目は「18755月 日本の軍艦の雲揚号が釜山港に入港」という項目から始まる。釜山の近代史は悲しいことに日本の侵略の歴史と一致してしまっているらしい。この土地で徴兵制を敷いた日本が60万人の朝鮮人を戦場に引っ張りだし、12万人がなくなったとされるが詳しい数は分かっていないこと、若い朝鮮の女性を日本や満州に連行したこと。そうやって慰安婦にされた女性のインタビューの映像。農業、水産業、工業において日本の経済侵略が朝鮮の伝統的な商圏や市場を破壊した話。釜山港の埋め立ては日本人の居留領域拡大という性格が強かったこと。などなどがパネル、映像、写真、模型や当時の記録文書などで語られている。例えば日帝強占期は、朝鮮米と日本の工業製品の交換が主な貿易内容だったらしいが、それに関しては

「日帝強占期の朝鮮と日本の貿易の骨格は朝鮮米と日本の工業製品との交換であった。日帝は日本人産業資本家の利潤確保のため、安い朝鮮米を日本に持ち去り、日本で生産された工業品を朝鮮へ持ち込んだ。日本に流入した朝鮮米は日本の労働者の賃金を引き下げ安い日本の工業製品は朝鮮の家内手工業を破壊した。1930年代以降、戦時経済体制を支援するために金、重石、鉄などの鉱産物を日本に持ち去り、朝鮮には軍需物資を生産できる基盤施設を造成した。

 朝鮮と日本との貿易において、主な港となった釜山港には、貿易を補助する市場が発達した。輸出用穀物と水産物が集まる市場だけでなく、輸入品を消費するための常設市場や百貨店が登場した。常設市場の拡大は、朝鮮の伝統的な5日市場や朝鮮の商人の商圏の衰退を招くことになった。」

と記述されている。ここにくる前に敷地として借りていたペクサン記念館の土地に以前あった、ペクサン商会もおそらく東洋拓殖株式会社と対立的なやりとりを当時していたかもしれない。ペクサン商会に関する記述もあって、朝鮮の抗日独立運動を資金で支援するために作られたが、それに気づいた日本の警察が弾圧、1927年に廃業となってしまったらしい。

いまではペクサン商会跡地も、東洋拓殖株式会社跡地もどちらも「観光施設」になっているのが興味深い。歴史博物館の方は特に、日本人観光客の観光スポットとしての役割が大きいらしく、一昨日も昨日も日本人がいて展示を見ながら話をしていた。日本語の音声で映像をきいている若い男性もいた。彼も日本人だろう。

僕はペクサン商会跡地も東洋拓殖株式会社跡地も、敷地として借りて寝泊まりできている。観光という考え方は便利なもんだ。

展示を見たあと、しばらく絵を描き、お昼過ぎにいよいよ替えの服がなくなっていたので洗濯物をもって地下鉄に乗った。韓国で初めての電車に洗濯物と一緒に乗ることになるとは。歴史博物館の最寄り駅の「中央駅」から「西面駅」で乗り換えて「慶星大・釜慶大駅」でおりて10分くらいあるいたところにあるCoin Washというコインランドリーに行って来た。近所を歩いても見当たらなかったし、ネットで可能な限り調べてもここが一番最寄りのコインランドリーだった。家から洗濯機まで30分以上かかる間取りということだ。。コインランドリーにはフリーWiFiも飛んでいた。


釜山の地下鉄は切符を買うか、2000ウォンでチャージ式のカードを買ってそれにチャージするかで乗車できた。日本と同じ。せっかくなのでカードを買ってチャージしてみた。帰ってきて洗濯物をおいて、例のお茶カフェに行ってみた。めちゃめちゃ愛想の良い若いおばちゃん(言い方に困る、ご婦人?)が一人でやっているらしい喫茶店で、静かで良い店だった。韓国緑茶をいただいた。お猪口で飲むスタイルらしい。夜はまともに食べていない・・。スターバックスで日記を書きながら食べたベーグルと、歴史博物館の真向かいのコンビニでCASSという飲み口の爽やかな韓国ナンバーワンシェアを誇るビールと、スナック菓子くらいだ。あと何味かわからないおにぎりも買った。それはこれから朝ごはんとして食べる。ゴミの捨て場に困る。ナンポドンは、夜になると渋谷みたいに通りに店から出たゴミが溢れかえるのでそこに捨てればなんとなく回収されるんだろうけどなんだか気がひける。地下鉄にゴミ箱はあった。映画ミュージアム前の喫煙所にもあった。あとコンビニか。

07091028 | 2018 | 未分類 | Comments (0)

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